文化行政のあらまし
今はなぜ文化立国か
 文化は,人として生きるあかしであり,創造的な営みの中で自己の可能性を追求する人間の根源的な欲求であり,生きがいである。また,文化は,人々の心のつながりや相互に理解し尊重しあう土壌を提供するものであり,心豊かなコミュニティを形成し,社会全体の心の拠りどころとなるものである。さらに,文化は,それ自体が固有の意義を有するとともに,国民性を特色付け,国民共通の拠りどころとなるものである。
 しかしながら,今日,価値観の変動と多様化,国際化の進展や大競争(メガ・コンペティション)の激化等の急激な社会の変化が進む中で,人間としての在り方,生き方も含めた我が国の文化の現状に対する懸念の声も高まり,文化の座標軸をどこに求めるかということが問われている。
 また一方,我が国が今後とも活力ある社会を維持し,世界に積極的に貢献していくためには,先導性や独創性を一層発揮する方向へ転換を図ることが求められており,単なる量的な拡大を中心とする経済成長から,経済の質を高めていく方向への転換が必要となっている。これらの状況下で,とりわけ,創造性が求められる科学技術と文化は,国民生活や社会を支えるものとして,その重要性は急速に高まっている。心豊かな活力ある社会を形成していくためには,科学技術と文化いずれも振興する必要があり,科学技術創造立国の実現とともに,文化立国の実現が不可欠である。
 以下に述べるように,経済や社会の大きな情勢の変化により様々な問題や課題が顕在化してきており,そうした状況に対処するためにも,今後,21世紀に向けて,文化立国の実現は,まさに国をあげて取り組むべき喫緊の課題である。
 
(1) 質の高い生活の実現と文化
   今日の経済的な豊かさの中にあって,人々は,単なる利便性や効率性だけでない快適さや心地よさといった本当の豊かさを必ずしも実感できていないことが指摘されている。あらゆる人が,心豊かな質の高い生活を送るためには,精神的な満足感をもたらす文化的な要素がかつてなく重要になってきている。
   とりわけ,プロフェッショナルとアマチュアの垣根が低くなり,多くの人々が,生活の中で,文化を享受するのみならず創造に参加することを求めるようになっている。そのため,今後,芸術文化活動の頂点と裾野,作り手と受け手とをつなぐための諸条件を整備し,長寿社会の中で,誰もが生涯にわたって文化を享受し文化活動に参加することを通じて楽しく生きがいをもって生活できるような社会を実現することが必要である。
   環境に関しても,従来のような狭い意味での環境保護だけでなく,快適で心地よい生活環境の整備が求められており,この分野においても,文化はより大きな役割を担うようになっている。地域振興においても,こうした生活環境の実現のため,歴史的な町並みや民俗芸能などを活かした文化によるまちづくりが一層重要なものとなっている。
 
(2) 教育と文化
   現在,子どもたちは,ややもすると生活に十分なゆとりを持つことができず,友人たちとの交流を深めたり,自己実現の喜びを実感しながらじっくりと豊かな心を育む環境に置かれていないとの指摘がなされている。また,我が国の伝統文化や地域の歴史・文化に対する理解や,それらを大切にする心の教育が大きな課題となっている。
   とりわけ,完全学校週5日制の実施に向けて,地域において子どもたち同士がふれあう豊かな体験の場や機会の充実を図ることが求められており,連帯感や表現する喜び,自らの新たな可能性を発見することにつながる文化活動に参加する機会を提供することが必要となっている。さらに,心にうるおいとゆとりをもたらす優れた芸術文化や歴史的な文化の所産にふれ感動する機会を提供することによって,豊かな人間性や多様な個性を育むことが可能となる。
   このため,学校・家庭・地域社会が相互に連携しつつ,子どもたちのゆとりを確保し,自主性や個性を尊重しながら,我が国の歴史や過去から受け継がれてきた伝統やはぐくみ育ててきた美しく豊かな言葉,優れた芸術文化などを学び,それらを大切にする心をつちかうとともに,現代に生かすことができるよう,社会全体で,そのための体験の場や機会を提供していく体制づくりを早急に進めていかなければならない。
   また,そのことが,文化を支える基盤となる裾野の広がりにつながり,さらには次の世代の文化の発展につながっていく。
 
(3) 経済と文化
   経済のソフト化,サービス化の進展に伴い,文化は,経済活動において多様かつ高い付加価値を生み出す源泉となっているとともに,文化に関連する産業そのものが新しく成長が期待される分野となってきている。また,観光産業において文化的要素が重要であるのはもとより,多メディア・多チャンネル化が進む情報通信産業をはじめとする様々な産業において提供される内容や情報として,文化は極めて重要な位置を占めるようになっている。文化に対する投資や支出は,新たな需要を喚起し雇用を創出するなど経済全体を活性化するものであり,文化の振興は,それ自体に大きな意義を有するばかりか,より高次な経済社会への転換を促し,経済改革に資するものとなっている。
   そのため,今後の文化振興においては,文化を経済の活性化につなげるという観点もますます重要となっている。
 
(4) 情報化と文化
   情報化の進展に伴うデジタル技術等の新しい技術の発達は,従来できなかった新しい創造活動を可能にし,既存の芸術分野に大きな影響を与え,その向上に資するとともに,新たな芸術表現の形式を生み出すなど全く新しい芸術の創造を促す牽引力となるものであり,また,美術館・博物館等における公開・展示等にも利用されるなど,文化全体の発展の大きな刺激となっている。さらに,デジタル技術等の発達により,文化に関する情報の多様な提供方法や莫大な蓄積が可能となっている。
   そのため,今後の文化振興においては,文化活動や文化財の保存と活用におけるマルチメディアの積極的な利活用を促すとともに,デジタル技術等の新しい技術を用いた新たなメディア芸術を支援することが必要である。また,人々の多様な関心に応えるため,文化に関する情報について,高度な情報通信技術を活用した提供や蓄積を行わなければならない。さらに,これら情報化に対応する著作権制度などの基盤を整備することが重要である。
 
(5) 国際化と文化
   国際化の進展に伴い,文化活動は国際的な広がりをもつとともに,常に国内外の評価にさらされるようになっており,芸術文化の水準向上のためには国際的な交流がますます重要となっている。また,国際社会の一員として,人類共通の財産としての文化財の保護に対する協力など文化による国際貢献も,今や不可欠なものとなっている。
   また,文化は,一国の国民共通の拠りどころとして重要な意義を持ち,個性ある文化や歴史はその国の「顔」であり,国際的な文化交流は,対外的な自己主張であるとともに,相互理解の促進や友好親善の増進に大きく寄与するものであることから,国際社会の中で,優れた文化を育て世界に発信していくことは各国の重要な施策となっている。
   そのため,背景にある考え方も含め,文化の発信・受信を行う双方向の文化交流が必要であるとともに,積極的に文化による国際協力を行い,世界文化の発展に寄与していくことが必要である。また,海外との共同制作など国際的な文化活動を幅広く支援するとともに,国際的な評価にも十分耐え得る文化の振興を図っていく必要がある。
 
(6) 地域と文化
   日常生活の中で,地域に根ざした伝統文化の継承や,多彩な文化活動を通じて,それぞれの地域において豊かな文化が育まれることが,我が国全体の文化の振興につながっていく。地域独自の主体的な文化振興は,文化立国の実現に向けて極めて重要である。
   現在,各地方公共団体においても,地域における文化への関心やその必要性の高まりに応えて,文化を地域の振興施策の中核に据えるような動きが高まってきているが,地域文化振興をより一層促進することにより,あらゆる人々が,それぞれの地域で豊かな文化を自由に享受するとともにこれを発信することができるような社会を実現することが重要な課題となっている。
 
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