| 海に返す |
| 中村吉右衛門がペンネーム松貫四の名で書き下ろし,自ら演じた『日向嶋景清』を観た。迫力に満ちたすばらしい公演であった。 平家滅亡後の景清は頼朝の誘いも拒否,武将の誇りと威厳を保ちつつ,主君の重盛の位牌を守り,孤島に暮らしている。 ここに彼の娘が訪ねて来るが,武将の誇りを保つためそれをさえ拒否してしまう。後に紆余曲折があり,最後に彼も娘のために我を棄てて船に乗って鎌倉へと向かう。 その場面で,景清が重盛の位牌を海中に投じる。私にとってはこれがたいへん印象的だった。これは,彼が棄てたのではなく,海にお返ししたのだと思う。 海は広大である。その自然の在り様の前では,人間の敵・味方という判断,誇りと恥辱などのすべての分別は消え去ってしまう。 人間は時にすべてのことを海に返しておまかせすることが必要なのだろう。私はこのような作品をぜひ海外でも公演していただきたいと思った。 |
| 河合隼雄 |
|
|
||