国語施策・日本語教育に関して
平成16年度文化庁日本語教育大会
〜言葉と文化 −言葉から見る日本と韓国の文化−〜

○第3分科会
「異文化間カウンセリングの活用 ―判断留保(エポケー)の実践―」
 講 師:渡辺文夫(上智大学教授)


日 時:平成16年11月14日(日)

文  化  庁


渡辺 それでは,始めましょうか。
 自己紹介といっても,もう既にお手元の資料に書いてございますので,これ以外にも山ほど――山ほどと言うと言い過ぎですが,何ていうんでしょうかね。というような話し方をすると,研修で――私の話し方,大体こんな話し方なんですね。平田先生と随分違うでしょ。私の専門は,専ら企業での海外派遣者のための研修とか,JICA*1から海外に派遣される方々の研修を開発してきたというか,アメリカでつくられた方法のものまねじゃなくて,日本人が海外の現場でどういう経験をしているかという調査に基づき,プラス,それにあと理論ですよね。心理学的な理論,哲学的な理論で固めて,それで一般的に言えば,違った前提を持っている人たち,あるいはもっと一般化すれば,不確実な状況,対象にどう対応すればいいのかということを理論化して,そういう資質を高めるための研修を開発すると。開発するだけでなくて,自分でそれを指導するというか,トレーニングするというか,ファシリテーター*2としてやる。それで終わらないで,そういう訓練,研修ができるトレーナーをトレーニングする―トレーナーズトレーニングですね―そこまでやってやっております。
 これ決して自慢話じゃないんですが,先日私のところで博士論文を書いているある大学のコミュニケーションを教えておられる先生がいらっしゃいまして,彼女はアメリカの某大学の大学院を出られて,世界的にも有名なアメリカの異文化コミュニケーション学の有名な先生のところで勉強されてきたんですが,この間電話で話していたら,そう言われれば,渡辺先生のように最初現場の調査から始まって,理論化して,その理論に基づいて研修プログラムをつくって,その研修も自分でおやりになって,トレーナーズトレーニングまでやる,そこまでやっている研究者は恐らくいないんじゃないんですか,アメリカにも,と言ったんですね。僕もそんなこと考えたことはなかったんですけど,言われれば確かにというふうに思いました。これ自慢話じゃなくて,30年かけて,私,欧米の研究者と対等に,あるいはそれ以上な仕事をしたいと頑張ってまいりましたので,それを聞いたときに,ああ,もうそんな長い時間がたってしまったんだなあと,ふと感じました。
 それで,今日皆さんに御紹介しつつ,何人かの方に実際に経験していただきながら御紹介したいと思ってますのは,そういう私がずっと取り組んできた理論といいましょうか,それに基づいて開発してきた研修の中でも最もいろんな場所で使われている方法を御紹介したいと思うんです。
 それで,先日,スウェーデンのストックホルム大学で博士論文を書いているエリクソンというスウェーデンの電子機器メーカーの部長さんが私の知り合いでいるんですが,東京に来たもんですから,久しぶりにお酒を飲んで,一気に私の理論と研修とこのエポケーの話――今日の話ですね――これをお話ししたんですが,こういう考え方をこういうふうに理論とその実践――研修の方法ですね――それは世界には例がないんじゃないかと。それから,自分の指導教授が問題にしているグローバライゼーション*3とエリアゼーション*4のバランスをとる方法として非常にこれは使えるんじゃないかというふうに彼が言いまして,それはもう少し砕いて言いますと,こういうことなんです。
 グローバライゼーションというのは,皆さん御存じのように,地球全部を対象にして,例えば企業の場合でしたら企業活動を展開すると。それから,情報の伝達,ニュース等についても,地球全

*1 JICA:(Japan International Cooperation Agency) 国際協力事業団。外務省所管の特殊法人の一。1974年設立。発展途上国への政府開発援助,青年海外協力隊の派遣,海外移住者の指導・援助などを行う。
*2 ファシリテーター:(facilitator) 後援者。補助者。まとめ役。
*3 グローバライゼーション:(globalization) 世界的規模に広がること。政治・経済・文化などが国境を越えて地球規模で拡大することをいう。グローバル化。
*4 エリアゼーション:(ereazation) 地域化。各地域の文化・社会を尊重していくこと。


体に同じ情報が駆けめぐる。ですけど,一方で今ここに「関西から文化力」ってありますけども,まさにどの国においても地域の文化というのがあるわけですよね。文化があって,人々の生活の仕方があって,考え方があって,それとそういうグローバル企業がつくった製品とか考え方とか情報とかやり方とか,そういうものが必ずしも合うわけじゃないわけですよね。関西方面,この地区にも外資系企業いっぱいあると思います。それから,日本の,私が昔よく出入りしたのは松下ですけども,松下もグローバル企業の一つとしてかなり前からいろんな努力をしてましたが,やはり同じ問題を抱えてたと思うんですね。
 そういう中で,これからお話しするこのエポケーという一つの,これは私が考えた概念ではなくて,フッサール*1という哲学者が体系化した現象学*2という一つの哲学の中で,彼が強調している最も本質に近づくために重要な,分かりやすく言えば意識の操作なんですね。実はこの重要性に初めて私が気が付いた,経験したのは,しかもそれが異文化間の人間関係づくりに役立つと,経験したのは,実は大学院生のときなんですね。私が大学院生のときには,カウンセリング心理学を専攻してたんです。当時,アメリカからカール・ロジャース*3前のものが多かったと思いますが,皆さんの中にもカウンセリングを御存じの方が多いかもしれませんが,御存じない方もいらっしゃるかもしれません。アメリカからカウンセリングが導入された初期のころなんですね,私が大学院に入っていたのが。それで,その中でもカール・ロジャースという名前の研究者,実践家が書いたものが日本語に随分訳されまして,我々もそれをもとに勉強をしてたんです。その中で,「共感的理解」とか「無条件の積極的な関心」とか,そういうものをカウンセラーになるために,もちろん本も読んだんですが,ロールプレイ*4形式で実践を随分させられたんです。合宿でもさせられたし,週1回の研究会でもさせられまして。要するに,それがうまくちゃんとできないとカウンセラーになれないんです。本だけ,知識だけ知っててもなれない。
 それで,あるとき日本語が余りできない韓国からおいでになった3人の方がその研究会に加わられたんです。それで,たまたまそのうちのお一人と私がペアになってロールプレイをして,それで無条件の積極的な関心,共感的な理解のやりとりをロールプレイでやったわけです。カウンセリングを御存じない方にちょっと御説明しますと,「無条件の積極的な関心」という意味は,積極的な関心というのは,英語では「uncoditional positive regards」と言いますけども,ですから「肯定的な」,ちょっと日本語に訳しちゃうと違うかもしれません。「uncoditional positive regards」,相手に対する肯定的な関心,体全体の関心です。姿勢を向けていくと。「無条件の」っていうのは,「unconditional」です。ですから,「unconditional」っていうのは,「条件がなしの」っていう意味ですよね。だから,その人がどういう人であっても,あるいはその人が言ったことが

*1 フッサール:Edmund Husserl ドイツの哲学者。現象学の創始者。初めブレンターノの記述的心理学の立場から「算術の哲学」を著したが,のちにその心理主義の立場を自己批判して純粋論理学を構想し,やがて「現象学的還元」の方法を確立して一切の対象的意味を構成する超越論的主観性に立脚した構成的現象学を大成した。後期には意味の発生を解明する発生的現象学の立場に移行し,身体・地平・間主観性・生活世界などの独創的な分析を通じて,ハイデッガー・サルトル・メルロ=ポンティらを筆頭とする現代哲学の展開に多大の影響を与えた。著「論理学研究」「イデーン」「ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学」など。
*2 現象学:意識に直接的に与えられる現象を記述・分析するフッサールの哲学。現象そのものの本質に至るために,自然的態度では無反省に確信されている内界・外界の実在性を括弧に入れ(エポケー),そこに残る純粋意識を志向性においてとらえた。実存哲学などにも影響を与え,サルトルによるイマージュの現象学,メルロ=ポンティによる知覚の現象学などが生まれた。
*3 カール・ロジャース:臨床心理学,カウンセリング心理学の生みの親の一人。アメリカの研究者。
*4 ロールプレイ:=ロールプレイング(role-playing) 現実に似せた場面で,ある役割を模擬的に演じること。カウンセリングなどの学習の手段や,心理療法の治療技法として用いられる。


自分が気に食わなくても,気に入っても,その人が偉い人でも,偉くない人でも,そういう条件なしに「positive regards」,積極的な思いやり,プラス関心っていいましょうかね,相手に対する,それを向けていくと。それが,そのやりとりの間ずっと一貫して持てるかどうかということです。
 同時に,「共感的理解」というのは,カール・ロジャースによれば,日本語に訳すと「あたかも」でしょうか,英語では彼は「as if」という言葉を使ってますが,私はあなたにはなり切れないというか,私とあなたは違った人間,違ったというか個別な人間ですが,「as if」,あたかも私があなたになったと思ったとして,あなたが今おっしゃったことを受けとめるとすれば,こういうふうに受けとめられたんですが,それでよろしいんでしょうかというような姿勢で相手を受けとめる,理解する,これをロジャースは「共感的理解」と言っております。
 実はこれはいろいろ勉強していきますと,これはカール・ロジャースが言葉の使い方が非常に上手な人だなあということが分かるんですが,今の二つのこと自体は,先ほど言いましたカール・ロジャースより50年以上前でしょうか,先ほど言いました現象学という哲学の分野を打ち立てたフッサールが強調した,その本質に迫るためには,この判断,日本の哲学者は「停止」と訳してましたが,僕は「留保」の方が当たってると,現実に近いと思って「留保」という言葉を使ってますが,ドイツ語では「エポケー」とフッサールは呼んでます。つまり,それはどういう意味かというと,フッサールが書いた『イデーン』という本の翻訳本が出てますが,それを読むと,実はエポケーというのは2種類あって,初期の段階のエポケーとずっともっと先に進んだときのエポケーというのが二つあるんですけども,これは初期の最初の最も基礎的な段階でのエポケーと考えていただきたいと思うんですが,彼によれば,今私の話を皆さん聞いていらっしゃいますよね。そうすると,自然と皆さんの中に,何か例えばどうでしょう,分かりにくいなとか,何か硬い話だなとか,何かあるいは逆におもしろそうだなとか,これから何を話すんだろうかとか,ちょっと疲れたなとか,いろんな考え,判断,思い,感情が自然と出てきますよね。フッサールは,そういう自然に出てくるものを否定するんじゃなくて,お手元の資料で言いますと,33ページ,ケンブリッジ大学で出した哲学辞典,フッサールの説明の項がありまして,そこにエポケーの意味が書いてあって,それを訳したんですが,これを見ていただいた方が分かりやすいかもしれません。エポケーというのは,こうやって私の話を聞いていると,今言いましたように,自然といろんな考えとか,皆さんなりの判断,確信,そこでは意図とか行為というのも出てますが,そういうものが出てくるけども,もし皆さんが現象学的な姿勢をとろうとするならば,それをちょっと保留しましょうと。保留というのは,英語では「suspend」という言葉が使われてます。ちょっと宙ぶらりんにしておきましょうと,断定しない,固定しないで。そのことは決して自然に出てくるそういうものを否定することじゃなくて,対象から少し距離をとって,その相手の人,例えば話してる人だったら,その話してる人が何を話したいのか,どういう気持ちなのか,その言葉の背後にある,ここでは構造という言葉が使われてます。それをじっくり見て,じっくり考えようという姿勢ですね,これをエポケーと呼んだということです。
 実際には,これ1回で終わるわけじゃなくて,そうしている間にも私は次の話をしてるわけですから,そうすると次の話が出てきたら,また皆さんの中には自然とまた別な考えとか気持ちが出てくるわけですよね。それをちょっと意識のわきに置いて,宙ぶらりん,固定化しないで,後は忘れる,それを記憶しておく必要はないんです。それにこだわらないで,こだわるのは相手に目を向け,耳を傾け,体を向け,さっきロジャースが言った無条件の積極的な関心を相手に向けていくという。それで,じっくり,私は聞くというよりも受けとめるという言葉の方がいいのではないかと思うんですね。聞くというのは一部であって,受けとめる姿勢をとる。それをし続けることによって,だんだん相手が分かってくる。相手が本当は何を言いたいのか,相手は本当はどういう人なのか。一言で言うと,本質が見えやすくなると。そういう意識の操作,エポケーという操作なしに私たちは本質にはなかなか到達しにくいということをフッサールは言ったわけなんですが,先ほど申し上げました,私が大学院生のときにそういうロールプレイ形式で,韓国からおいでになった日本語が余りできない,たどたどしい日本語で私の相手をしてくださった女性の方と私が受けとめる側で,相手が話す側でやりとりをしていたら,そのうちに相手が日本語が余りできなくて,韓国から来た人だっていうのを忘れるぐらい,彼女の話す内容に,彼女の世界にこっちが入っていっちゃったという経験をしたんです。そのとき,これは異文化の人間関係でも使えると思ったわけです。これが一番最初です。それがきっかけの一つとなって,異文化接触で問われる資質,何なのかというのを実証的に,科学的にというか,欧米人ではなくて日本人の経験に基づいて調べていって,積み重ねていって,それを明らかにしていこうと。
 そうしました結果,到達したのが,31ページに書きました,ちょっと分かりにくい言葉ですが,「統合的関係調整能力」というのがどうもそういう大事な資質なんではないかという結論になったわけです。これはどういうことかというと,もっと標語みたいにしてこれを言い換えて本に書いたり,学生には話したりしてるんですが,「関係は本質に先立つ」と言いますか,ちょうど今エポケーの話をしましたが,フッサールが言ったように,その本質に迫るには,その前に直接その人の本質が何なのかということを考える前に,まずエポケーをしてみましょうと。ちょっと意識の操作というか,自分が自然に今抱いている判断をわきに置いてみましょうという。で,こちらの姿勢を相手に全面的に向けてみましょうと,新しい姿勢でね。それは関係ですよね。相手との関係のとり方ですよね。だから,そういう関係のとり方をまずしてみましょうと。そうでないと,相手の本質が見えてきませんよと。だから,まずは関係の在り方じゃないでしょうかということを言うために,「関係は本質に先立つ」という,そんな標語みたいなのをつくったわけですが,この統合的関係調整能力というのは,現場の話で言いますと,こういうことなんですね。いろいろ調べてみると,外国に派遣されて,仕事して帰ってきた,私が調べたのは大手の自動車会社の人たちですが,どうも十分満足して仕事をして帰ってきた人は,例えば相手がタイ人で,タイ人っていうのはこういう考え方持って,こうなんだよ。おれは日本人で,日本人はこういう考え方でやるんだよとかそういう,これは本質論ですよね。それにこだわるんじゃなくて,それはわきに置いといて,一種のエポケーですね,とにかく機械を間に挟んで,相手がこういう操作をしたら,こちらがこう対応すると。その結果,相手がどう出てくるか。そういうやりとり中心主義っていいますか,私は関係を大和言葉で言うと「やりとり」なんじゃないか,それ以外の言葉あるかもしれないですけど,いろいろ考えたんですが,「やりとり」が一番いいのかなと思うようになったんですけども,そういうことを一番大事にする人が非常に満足感を持って仕事を終えて帰ってきた人たちだということが,調査の結果分かったわけです。関係のあり方を重視して,関係を調整してうまくやっていく,そういう資質ですね。
 だとするならば,そういう関係優位なものの考え方,やり方を研修で育成できないかということを次に研究者として考えるようになったわけです。それで,このエポケーがそうじゃないかと。昔,大学院時代のときの経験も思い出したわけですね。
 フッサールが提唱したエポケーという意識の操作を何とか,学歴で言うのもあれですけども,要するに余り知的なことに関心のない人でも,簡単なやりとりでそれを学習できる方法ができないかと思いまして,いろいろ工夫してみたんです。私の仕事柄,随分長い間,看護師を育成する学校でも授業をしたり,合宿で研修をしたりしてまして,その中でそういうエポケーなるものを非常に簡単なやりとりで経験できるようにいろいろ年を重ねて工夫していって,それで32ページにお示ししたような方法に落ち着いたといいましょうか,今改善を更に進めております。こういう方法で比較的簡単に体験していただけると。
 あと,私が今いる上智大学の公開学習センター,社会人のための夜のコースがありまして,そこでこういう研修をやる,指導する人,ファシリテーター,トレーナー,トレーナーズトレーニングも始めたんです。大学院レベルの理論の勉強からも含めてずっと,あと実習,その受講生がトレーナーの役をして,私がスーパーバイズ*1をすると。そういう受講者の中に日本語教育の現場の先生方とか英語の先生,学校のですね,そういう語学教育の専門家の方が毎年おいでになって,ふだん自分がやっている日本語教育の中にこのエポケーを取り入れて実習してもらうわけです。自分で授業を計画してもらって,その中に必ずエポケーの方法を入れてやってもらうと。それを課題としてやってもらうと,非常に擬似授業で,模擬授業というか,実際は外国人の人たちでなくて受講生なんですが,非常にやりとりが活発になるのと,受講生の発言が多くなるといいましょうか,教員の方は,このエポケーというのは自然と無条件の積極的な関心,そういう姿勢をとりますから,すべてが肯定的に,受講生が肯定されながら,しかも共感的な受けとめられ方をされながら授業が進んでいきますから,非常にいい雰囲気で,やりとりで授業が進んでいくということが分かってきたわけです。そのほかにもいろんなところでこれが使えると。医療の中でも,お医者さんとか,看護師さんとか,社会福祉士さんとか,このエポケーの技術を身につけると,それまでと違った関係が患者さんとの間にできて,例えば患者さんの方がすごく向こうから話しかけてきやすくなってくると。誤解が少なくなる。あと,スタッフ同士も,これはTQCと言いますが,トータル・クオリティー・コントロール,そういう会社などで職員間のやりとりの質の向上にも役に立つということも分かってきました。その目的のためにある精神科のクリニックでこのエポケー実習を始めて,TQCのためだけ3年やってますけど,いろいろな変化が出てきました。
 それで,余り話を長くするよりは,実際多くの方に経験していただいた方がいいと思いますので,話はこれぐらいにして,ここまでのところで何か分かりにくい言葉とか説明の部分とかございますでしょうか。あと,実習,ロールプレイでやってみると,だんだんああこういうことかというのも分かってきやすくなると思いますが。よろしいですか。途中で何かありましたら,いつでもおっしゃってください。  それで,今この中でどういうふうにやるか,今ちょっとデモンストレーションで私がやってみますので,私の相手をどなたかにやっていただければありがたいんですが,そうすると,体験してみると,ああこういうことかとすぐ分かります。どなたかいらっしゃいませんか。どうですか。じゃあ,お願いしますね。どうぞ,そちらの方に座ってください。
 手順は,32ページにある手順に従ってやりたいと思います。
 ステップが二つあります。初めての場合には,この二つのステップを連続してやる場合が多いんですが,この紙に自分にとっての大切なものを絵で描いてください。

参加者 絵ですか。

渡辺 はい。第1ステップ,絵をかいての実習ということで,二人1組のペアをつくって,Aさん


*1 スーパーバイズ:(supervise) 監督する。管理する。


ですかとか,それいつのことですかとか,いろいろ聞きたくなるんですよね,話聞いてると。あるいは,自分の考えを言いたくなったり,意見を言いたくなったり,それはちょっとわきに置いて,忘れて,新しい姿勢で相手にまた耳を傾け,目を向け,体を向けていくと。それで,相手の人の説明が終わったら,その絵について,私がこれをこういうことをこういうふうに大事にしてるんですよというふうに話が終わったら,今度Bは必ずこの言葉で確かめてほしいんです。返してほしいんです。それはかぎ括弧の中にある言葉です。「あなたは何々を大切に感じているのでしょうか。」ポイントは二つあります。「感じている」という言葉を入れていただくのと,最後に必ず「でしょうか」と上あがりで確かめていただく。質問口調じゃなくて。この「感じているのでしょうか」というニュアンスを分かっていただくために,もう一つ別な言い方言ってみます,「感じているのですね」,ちょっと違いますよね。「感じているのですね」って言われると,ちょっと断定的で,ちょっと威圧感を感じる。「感じているのでしょうか」と言うと,あっ,この人にはもう少し話がしてみたいな,ちゃんと聞いてくれる,自分勝手に聞いてくる,断定的に聞くんじゃなくて,ちゃんとこっちの言うとおり,こっちを尊重して聞いてくれそうな人だなとこの一瞬で感じちゃうわけですよね。それが信頼関係につながるわけです。ああ,この人は信頼できそうだと。話しても大丈夫なようだと。すると,次の話が出やすいですね。そうすると,さらにそのAさんは,「ええ,そうなんです。こういうことも,こういうことも,こういうことがありました」とか,あるいは「いや,そうじゃなくて,こういうことなんです」って言うかもしれない。そしたら,それをまたエポケーするんです,Bは。意見とか質問をしないで,相手が2番目に言ったことを聞きながら,自分の中に出てくる考え,判断をちょっとわきに置いて,じっくり受けとめて,「ああ,あなたは何々と感じているのでしょうか」と。2番目以降は必ずしも大切なことでないかもしれませんから,「感じているのでしょうか」と。そうすると,また話がAさんの方で出てくるか,あるいはそこで終わっちゃうか,いろいろそのときによって違うんですが,一応Aさんが話したいことが終わるまでそれを続けてみると。ただそれだけなんです。
 肝心なポイントは,ちょっと繰り返して言いますと,Aさんの説明をBさんが聞いてる間はエポケーをちゃんとしていただく。つまり,自然に話を聞いてると,自然に自分の判断とか,思いとか,質問とか,感情とか,いろいろ出てきますけど,それをちょっと自分の意識の力でわきに置いてもらう。フッサールは括弧の中に入れちゃうと言ってますけど。宙ぶらりん,サスペンドすると。で,忘れてしまっていいです。新しい姿勢でまた相手を受けとめながら,ずっと話を聞いていく。じゃあ,相手の話が終わったら,「あなたは何々を大切に感じているのでしょうか」と返して,これは質問口調じゃなくて,慎重に確かめる,優しく確かめる感じです。それで,そうすると相手の人が次言いやすくなりますから,それを聞いて,また同じことを繰り返してみる。いずれにしても,ちょっとやってみましょう。実際始めてみると,いろんなことが起きて,予定外のことも起きて,臨機応変に対応しなきゃなんないんですが,やってみましょう,とにかく。いいですか。  この研修は,普通はこんな広いとこでやんないんですね。もう少し狭いところで,この絵を皆さんが見える程度の広さの部屋でいつもやってるんですが,この絵には人の顔が,6人の顔がかいてあります。顔だけです。  この絵であなたが何をどういうふうに大切にしているか,いっぱいお話聞かせてください。

参加者 はい。私の名前とか言った方がいいですか。

渡辺 いいよ,別にいいのよ。

参加者 この絵は,私の同じ日本語教師養成講座の友人です。仲のいい人たちがこれだけいて,私は4月生なんですけれども,卒業したのが彼女と彼とこの3人です。もう卒業して,修了して,いなくて,一人日本語教師として海外へ行く人もいて,今働いている友人もいるんですけれども,もうばらばらになってちょっと寂しいなあというのはあるんですけれども,残っている4人で今もずっと仲良く授業を受けてます。

渡辺 同じ学校の学生さんで,何人か卒業して寂しい面もあるけど,残った者同士楽しく勉強することを大切だなと感じていらっしゃるんでしょうか。

参加者 そうですね,今の状況がそのような感じで,この仲のいい友達,みんなと過ごした時間とか。決してまじめなグループではなかったと思うんですよ。授業中もしゃべっている人もいたり,ずっと先生の話を真剣に聞いてるかといったら,きっとそうじゃなかったですし,まじめかどうかって言われたら分かりませんけど,でもすごく仲が良くて,休み時間とかみんながたばこを吸いに行くのに私がついて行ったりですとか,そうやってみんなで過ごして,検定前にはみんなで励まし合ったり,メール送り合ったり,ちょっと前にはみんなで一緒に夏にはビアガーデンへ行ってわいわい騒いだり,そういう時間というのがすごく楽しくて,すごく大事な友達です。

渡辺 ふうん。すると,勉強だけじゃなくて,ちょっと悪さとか,お酒を飲んで楽しんだりとか,いろんなそういう経験を一緒にしてきた仲間として大切だなあと感じていらっしゃるんでしょうか。

参加者 はい,そうです。
 そうですね。今はもうメールでやりとりするぐらいですけれども,でもたまに次いつ集まろうかというふうに話ししたりとか,集まっても,みんなそれぞれ仕事していたり,学生だったり,いろんな職業とか,いろんな話とか,もっとほかにもいっぱいすることがあるだろうに,いつもなぜか音声学の話とか,ビアガーデンへ行っても,音声学を習いたてのころだったんで,いきなり「ら」は何音やったっけとかと言って教科書を取り出したりとか,何かそんな,本屋さんへ行っても,日本語教育のとこへ行って,文法がどうこうとか話ししてたりとか,そんな感じです。

渡辺 うん。そうすると,一見遊び仲間のようだけども実際はそうじゃなくて,すぐきっかけがあると勉強ということで行動を一緒にする仲間として大事だなあと感じていらっしゃんでしょうか。

参加者 はい,そうです。はい。

渡辺 という感じなんですよね。
 それで,ちょっと聞いていらっしゃる皆様のために,僕から返されていって,ふだんこんなことないんですけど,自分の気持ちがどんなふうに流れていったか,気づいたことをお願いします。

参加者 流れですか。

渡辺 ええ,ちょっと説明していただけませんか。

参加者 流れ。最初は,大事なものと言われて,まずこれだけの友人が浮かんで,一緒に楽しかったなあということがぱっと浮かんで,そのお話をしたんですけど,確認されて,特にそれ以上に聞かれず,「そうなんですね」って確認されて,じゃあ次,私もっと何を話そうかなって思って,またこんなことがあったんですよって自分の中で生み出すじゃないですけど,逆にどんどん聞かれて,こうこうこうなんです,こうこうこうなんですというよりも,保留されて,そこからまた自分の中で考え出したというか,そんな気持ちといったらあれですけど。

渡辺 自分の中にあるまだ言葉にならない大事なことが探しやすくなった。

参加者 探しやすいですね。

渡辺 で,それを言葉にしていって,それがどんどん進んでいって……。
 で,話し始めたときと終わったときではどう。

参加者 話し始めたときよりも終わったときの方が自分の中での言いたいことが,最初はこれだけだったのが,最後結果的に言ったことがもうちょっと膨らんでるというか。

渡辺 うん。で,言い終わってみて気分はどうですか。

参加者 ああ,気分ですか。
 すっきりというか,言いたいこと言ったかなという。ただ普通に質問ばかりされてたら,自分の言いたいこととは多分違うところにそれているかもしれないですし,言いたいことを言ったなあという。



渡辺 言いたいこと言った感じは。

参加者 すっきりです。

渡辺 ということなんですよね。
 そうすると,僕の方からすると,こちらの方が何を大事にされてるかというのが深いところまで受けとめられたわけですよね。もし皆さんが日本語教育の中でこういう姿勢で対応していくと,相手の人の深いところが分かった上で,例えば助言を言う,注意をする,教えてあげると,かみ合うわけです,深いところで。あるいは,時にはちょっときついこと言わなきゃいけないかもしれないけども,かみ合った上でそれがメッセージとして届きますから,信頼関係は壊れないで,かみ合って進んでいくわけです。一瞬遠回りのようですけど,何分ぐらいでしょうか。そんなに時間はかからなかったけど,これぐらいのやりとりでかなり深いところまで話が受けとめられるし,御本人もそれまで意識してなかったですよね。

参加者 はい。

渡辺 そういう何か最初楽しい仲間だと思ったけど,本当は勉強の仲間として大事な仲間だったんだということに改めて気づかれたわけですよね。

参加者 そうですね。

渡辺 それは専門用語で言うと再構成,今構成主義*1という概念がはやってますけども,コンストラクティビズム,リコンストラクションが進んでいって,それがはっきりすることによって,今度友達と会う場合には,自分にとっての意味がさらに深くはっきりした上で会えますから,自己実現しやすいと,その仲間とのやりとり。そういうことにもなるわけです。ですから,双方にいいことが。

渡辺 それは専門用語で言うと再構成,今構成主義*1という概念がはやってますけども,コンストラクティビズム,リコンストラクションが進んでいって,それがはっきりすることによって,今度友達と会う場合には,自分にとっての意味がさらに深くはっきりした上で会えますから,自己実現しやすいと,その仲間とのやりとり。そういうことにもなるわけです。ですから,双方にいいことが。
 で,いつもこれをやってればいいということじゃなくて,そんなことはできませんよね。そうじゃなくて,今何か大事なことをこの人は,皆さんの場合でしたら,日本語学習者は自分に何か言いたいようだと。じゃあ,ちょっとじっくり聞かなきゃならんというときに,今のようなエポケーの姿勢で聞いていくと,相手の深いところが分かって,分かればこっちの対応も分かってくるわけです。相手からしても,どう感じたか,ちょっとどんなふうに感じました。

参加者 どう感じたかですか。
 最初,自分の言いたいことが徐々に徐々に出てきますので,ぼんぼん質問で突っ込まれるよりも割と言いやすいところはあるんですよ。ただ,ある程度進んでくると,自分の言いたいこともなくなってきそうになるので,多分質問とかもちょっと欲しいかなとか思うかもしれないんですけど,でも何か聞いてもらってるなあって安心できるところが……。

*1 構成主義:(constructivism) 教育の領域で言うと,学習者が自分の意味づけ,意識の構成の仕方を尊重しながら学習を進める考え方。


渡辺 安心感ね。

参加者 ああ,聞いてくれてるんやなあみたいな,そういう感じで,こう受けとめてもらってる感があります。

渡辺 そういう関係ですね。そういう安心感があるから,こちらの方は自分に集中できるんですよね,自分の気持ちの中に。だから,こう話して,こんなことも言葉にできなかったけども,こういう大事なこともあったなということに気付いて,それを言語化しやすくなると。じゃあ,こっちにもあったなと,言語化しやすく。そういうゆとりができるわけ。自分に集中できるゆとりができるわけですよね。こっちに安心してるから。自分にだけ集中しておられるから。
 多分「でしょうか」とこの間京都でやったら,あと松山でもやったんですけど,京都では「でしょうか」というそんな言葉はちょっと合いませんなあと。大阪ではどうですか。京都では,「何々なんなん」とか何かそっちの方が自然ですというのが出まして,だから大阪ではどうですかね。「何々でしょうか」というのは。これ東京弁ですけど。

参加者 それは例えば東京でお話しされてる場合はすべて有効な形のフォームになるんでしょうか,「感じてるでしょうか」。

渡辺 標準語でいけるところはね。

参加者 質問よろしいですか。
 大体第1ステップの場合,日本人同士で行った場合,どのぐらいの時間が平均的なものというのは出てくるんですか。

渡辺 いや,平均というの,おおよそ10分,長くて15分,短くて一言で1回で終わっちゃう場合もありますし,それは最初の段階では余り細かく厳しく言ったりしない。

参加者 そうですね。だから,カウンセリングの方法に立った場合は,それを繰り返していくっていうことじゃないですか。1回目,そして2回目,3回目,4回目ということで何回か継続している中でその本人との関係を築いていくっていうやり方がありますよね。例えば,その練習の段階で,それが1回でそこまでうまくいくものなのかっていう疑問はあるんですけども。

渡辺 人,ペアそれぞれですよね。
 だから,絵をかいて始めるようになったのは,絵をかいて話すと,ちょっと雰囲気が和むんですよね。

参加者 具体化されるという部分等含めて。

渡辺 アイスブレーキングというか。それでも緊張されて言いにくそうな人もいますけど。

参加者 そうですね。ただ,絵の好き嫌いも含めて,例えばいわゆる今こちらの話をする方の方が内向的な方で,練習のときも含めて余り話したくないというタイプの方であれば,どこまで話が引き出せるのかなっていう部分もあるんですけども,それはどうなんですか。

渡辺 それはこの次の段階の実習のときにはやるんですけども,「開かれた質問」と「要約」というのを組み合わせてやるんです。「開かれた質問」というのは,例えばちょっと短い言葉を言ったとしますね,ちょっと内向的な方で。そしたら,すみませんが今おっしゃったことをもう少し詳しくお話ししてくださいますかと,こちらから。

参加者 という質問もあるんですか。

渡辺 そういう,開かれた質問を。開かれた質問というのは,これもカウンセリングの一つの簡単な分類ですけど,何でも言ってもいい質問です。答えが,はい,いいえじゃなくて。

参加者 答えが広がるっていう,何でも答えられるということですか。

渡辺 ええ。そうすると,言いやすくなりますから,その言ってくれたことをエポケーをしながら聞いて,話し終わったら,「何と感じているのでしょうか」でいけるんですね。

参加者 すみません,もう一ついいですか。
 今この段階では,先生が大学での講義で日本人の学生相手にトレーニングっていう話もされてたんですけど,例えば外国人学習者という点で考えた場合,言語化しにくいという部分がありますよね。例えば,初級段階,中級段階,上級段階でどれだけ日本語で自分を表現できるかという部分で,それが逆にストレスになって,日本人教師としてカウンセリングじゃないけども,話をするときに,その学習者の日本語能力によって聞き出せる範囲っていうのも限られてくると思うんですけども。

渡辺 聞き出すことが目的ではなくて,これの目的は,さっき言った本人なりの再構成ができればいいんです。だから,完全な日本語でなくとも……。

参加者 自分を表現していって,それで自分の中の自己確認。

渡辺 それまで言語化されなかった深いところまで掘り下げて,意識化されて,それが不完全な日本語でもいいから表現をされていくという。それを繰り返していると,だんだんそれは日本語の練習になりますから,自分の気持ちを日本語に置き換えるね。

参加者 あきらめる学生が非常に多いんですけど。日本語で話そうとする部分であきらめてしまう学生っていうのが結構多いんですよ。

渡辺 だから,こういう姿勢でいくと,それが勇気づけられ,言いやすくなる。言語化しやすい。

参加者 ああ,どんな小さい言葉でも「何々なのね」っていう形で確認していきながら……。

渡辺 不完全な日本語であっても,間違った日本語であっても,こっちはそれを「それ間違いです」と言わないで,そのまま返してあげる。すると,もっと相手は積極的に日本語で言いたくなる気持ちが出てくるから,それを繰り返していくと,言語化しにくい自分の考えとか気持ちを日本語で表現する,置きかえていく訓練にもなるわけですよね。

参加者 ということは,話を聞く方は,とにかく相手の言うことを受けとめるという姿勢に一貫して,先生が内容を忘れてもいいとおっしゃってたじゃないですか。結局,内容の云々じゃなくって,相手に話をさせるという部分とこちらが受けとめる姿勢を表示するという部分で,相手が,今リコンストラクションと言いましたけども,再構成という部分で自己成長を促していくっていうやり方になるっていうことですか。

渡辺 そういうことですね。  順序は何が一番最初かというと,こっちです。エポケーをまずしないと。そうでないと,相手は言いにくい,言語化しにくいし。

参加者 分かりました。ありがとうございます。

渡辺 それを授業の中で,さっき言った社会人のコース,大学院レベルの研究コースで日本語の先生が二人ちょうどいた年があって,その先生方は,今の私のエポケー,これを使ってかなり難しい中級レベルを想定して授業やりましたけど,受講者に課題を出して,それを日本語で発表させて,それをどんどんエポケーしていくんです。そうすると,どんどん日本語で話が出てくると。それをずっと一巡すると,雰囲気も肯定的で明るいし,活発で,積極的な授業になって。

参加者 というと,考え方としては,一種の日本語学習というよりも,日本語学習に対する意識づけとかモチベートに近いものがあるんですかね。日本語学習で利用した場合は。

渡辺 もっと深いものだと思う。その先生に自分は尊重されてる,大事にされてる。

参加者 やはりじゃあ相手との関係の構築という部分で。

参加者 学生の方がということですね。
 分かりました。ありがとうございます。

補助者 今の質問だと,日本語の縛りをしてるのがすごくデメリットになる可能性があるという話だったと思うんですけど。つまり,日本語だけで話せっていう状況をつくっている状況が学習者にとって話しにくい状況になるという話ですよね。で,問題は,再構成の話が出てきましたけども,今おっしゃってた自尊心ですね,自分に対する尊敬の念を抱くように持っていくっていうことを考えたら,クラスの中で日本語がかなりできる人とそうでない人っていうもしレベルの差があったとして,レベルの高い人がちょっと低い人にエポケーをする側とされる側というような組み合わせでやることによって,例えば第一言語,お互いが同じ第一言語であれば,第一言語でも話してもいいよという条件をつけてあげてもいいわけですよね。

渡辺 それもありだと思います。それは先生の工夫で。

補助者 それでやれば,恐らく最大の目的は果たせて,日本語の学習というのは二義的な目的になっていくけれども,その効果もあるということですね。

渡辺 その先生の考え,工夫でいかようにでも使っていいんじゃないかと思ってます。今のも一つの方法。

補助者 若干補足すると,渡辺先生のエポケー実習を文化庁で取り上げてやっていただき始めて,はや3年ぐらいが,2年とか3年たちますが,やり方もいろいろやっていて,最初のころはここにいらっしゃる方全員が組み合わせでですね,実習を全員がやっている状況をやったりしたんですけども,それだとなかなか渡辺先生の思いが通じにくいということもありまして,舞台上あるいは別途二人組でやっていただくっていう形になってきて,エポケーの実習のまた実習みたいなのの進化があるんですね。一方で言うと,渡辺先生のエポケーをやる横で並んで,例えば国際交流協会のあるグループが参加型学習というのをやっていただいていて,その参加型学習でねらっているセルフエスティーム*1の問題というのと,このエポケーでねらっている再構成の問題というのもつながりが非常に深いものがありまして,それを組み合わせてやることということも不可能ではないということがあります。今話題になっていたことで言うと,日本語にこだわり過ぎることによって問題があるのであれば,日本語の限界を解いていただいて,母語を使ってもいいという状況でもできるということが確認できたわけですね。はい。

渡辺 はい。
 あと何でもいいですから,御質問。
 「でしょうか」というのは,親しい友達だとか自分の家族,同僚だったら,「の」だけでいいんですね。「でしょうか」のかわりに「の」。「そう感じるの」。早いやりとりの場合には,もう相手が言った最後の一言に「の」をつける。「寂しいの」,それだけでも同じような効果が。
 それから,長い話の場合には,前から確かめるんじゃなくて,一番最後に出てきた,最後の辺で大事なところだけとらえて,「でしょうか」で十分です。というのは,長い話の場合,大抵の場合,一番大事なその人が言いたい気持ちは最後の方に出てくるんですよね。
 あともう一つは,一番最初から戻って,記憶をたどって確かめると,緊張しちゃうんです。要するに,言った本人も思い出さないとならないでしょう。時間の流れもさかのぼってしまうし,緊張

*1 セルフエスティーム:(self-esteem) 自己尊重感。

するし,最初に話したことは本当に話したいことじゃなくて,さっきも言ったように,終わりの方に出てくることが大事なことが多いんで,相手が長い話をした場合には,最後の方だけ受けとめて,「と感じているのでしょうか」で,すっと流れていく。
 はい,どうぞ。

参加者 お話伺っていると,最初のエポケーのやり方っていうのが異文化間のカウンセリングの活用っていうことで,要するに日本語学校なりの学生さんが何か悩みを持っているときに使うこともできるし,お話伺っていると,授業にもこれ応用できるんではないかっていうふうにもとれるんですけれども,私の場合は授業に使えるのもかなり有効かなと思っているんですが,この場合は中級レベルで例えば絵を見せて話をつくっていくとか,そういう形に使うんでしょうか。あるいは,初級の本当に文型を練習している受講生の間でも使うことができるのか,その辺がちょっと私の中で今あいまいになってきてるんですけれども。

渡辺 私の想像では,初級クラスでは割と機械的な学習,やりとりが多くないですか。

参加者 はい,例えば絵を見て,自分をというような感じなんですけれども。

渡辺 私もちょっとそちらの専門じゃないんですが,その私の受講生の公開学習センターでの受講,大学研究コースの受講生が二人とも中級クラスに絞ったのは,中級クラスの方が受講生の日本語による発言が多いからという理由でした。

参加者 それは御本人の何か悩みがあってのカウンセリングに……。

渡辺 じゃなくて,純粋に,日本語教育の一つの技法としてこのエポケーを取り入れて使ったということです。
 だから,初級でも,例えばこの絵を見て,完全な日本語でなくていいから,自分の印象,感想を言ってみてくださいと言って,感想を言ったら,それをエポケーをしながら聞いて,あなたはこの絵を見て何々と感じたのでしょうかと言うと,もっと言いやすくなるし……。

参加者 相手がまたその先を考えて話し始めるってことですね。

渡辺 今と同じような関係ができていくと思います。

参加者 そのときに,今先生がされたことは,学生が言ったことをそのまま繰り返してらっしゃったんですけれども,例えばちょっと文法的に,ここポイントで,そこができてないというときは,教師の方で正しい日本語に言いかえてもいいんでしょうか。

渡辺 一度「あなたは〜と感じているのでしょうか」という返しをして,一回受けとめて,相手がまた言うかもしれないけど,一段落ついたところで,さっきあなたはこう言ったけど,あそこは正しくはこの方がいいと,そういう順序でやると,信頼関係は崩れないと思います。最初から注意するよりはいいんじゃないかなという感じがしますが。

参加者 そうしましたら,授業は1対1の授業じゃないと思うので,周りの学生はどのように対応していくんでしょうか。周りの学生もそれを言ってるのをずっと聞かせてるんですか。

渡辺 日本語の一斉授業の中で全員一斉に言ってもらう場合もあるかもしれないけど,ちょっと誰かに誰々さん言ってみてくださいということ,ただ単なるこちらが与えた教材どおりに言ってもらうような練習形式の場合には,ちょっとこのエポケーは使いにくいかもしれないけど,先ほどおっしゃった,この絵を見てあなたはどう説明しますかとか,どう感じますかというような授業の仕方のときには使えると思うんですけど。ほかの受講者の人はそれを聞いてるということになると思うんです。

補助者 中級でこれを活用して,渡辺先生が一人一人エポケーの実習のようにやっていったときっていうのは,クラス何人ぐらいいらしゃったんですか。

渡辺 6人ぐらい。

補助者 中級6人とか10人ぐらいのレベルだと活用しやすいですけど,もっと多人数だと,授業で活用するということ自体でエポケーの本来の趣旨が崩れてしまう可能性の方が大きいかなという気がしますね。
 ちょっと背景を説明すると,エポケーそのものを3年前の日本語教育検定試験の教育内容を変える際にキーワードとして入れたわけです。入れたときの最大の理由は,日本語の学習のために使うというよりは,教員の研修にこれを活用してもらいたいがためというのが一番です。教師そのもののエポケーをつくらないことには,日本語の学習現場でそういう学習者に対してエポケー的な対応ができるわけがないということもあって,是非活用していただければということでまず始まりました。渡辺先生にも研修の場に結構おいでいただいて,教員の研修にまず活用するようにということでし向けていただいて,それを相乗効果で副産物として中級のクラスでこういう活用の方法がありますよということで先ほどの例が多分挙がったんだと思うんです。
 ですから,日本語の教室でもし使う場合には,今後お使いになったら,是非その使い方とか報告を逆に渡辺先生に発信していただいて,こういう使い方がありましたよと教えていただくと,渡辺先生も非常に助かる部分があるんではないかというふうに思います。

渡辺 ありがとうございます。
 それでは,ちょっとやってみたい方,希望者の方。

参加者 すいません,ちょっと御質問よろしいですか。

渡辺 御質問どうぞ。

参加者 今渡辺先生は,エポケーのやり方として聞き返し,応答の「何々でしょうか」というやり方を御紹介していただいたんですけれども,そのほかに例えばエンカウンター*1なんかでされてる傾聴であるとか,あとコーチング*2なんかでは,例えばそのような対面形式のときの座る位置とか,あとその目線とか,そのようなもっとエポケーのときに必要な例えばインタビュアーの態度であるとか,あと形式ですよね,そのようなことももう少し何か補足としてつけ加えていただけるでしょうか。

渡辺 傾聴訓練*3とか,アクティブリスニング*4と違うのは,エポケー実習で一番大事なポイントは,相手の話を聞きながら自然と自分の中に出てくる判断,考え,感情をわきに置いて,宙ぶらりんにして,新たな姿勢で相手を受けとめる姿勢がとれるかどうかなんです。「でしょうか」って確かめる内容が間違ってても間違ってなくても,それはどっちでもいいんです。この姿勢がとれてる限り,相手の人は,もしこっちが確かめたことがちょっと違ってたらば,いやそうじゃなくてと言ってくれるし,そのことよりも大事なのは,この意識の操作の結果,できるこの姿勢,関係のあり方なんです。

*1 エンカウンター:=エンカウンターグループ(encounter group) 小集団で互いに率直に感情を表明し合い,他者との出会いを体験し,人間的な成長をめざす心理療法。
*2 コーチング:(coaching) 目標を達成するために必要となる能力や行動をコミュニケーションによって引き出すビジネスマン向けの能力開発法。専門のコーチが質問を重ねながら相手に自分自身で何を実現したいのかを明確にイメージさせ,潜在能力を引き出して目標を達成するための行動を促す。近年はビジネスだけでなく育児など生活上のテーマも扱われている。
*3 傾聴訓練:アクティブリスニングと同意。
*4 アクティブリスニング:(active listening) 話し手の意図をも積極的に理解して聞く方法。


 コーチングというのは,基本的には構成主義的な考え方なんですが,教え込むんじゃなくて気づかせると。あと本人にやってもらうと。それが基本ですよね。そのためには,このエポケー的なこういう対応というのは役に立つと思います。実際,僕の大学院の授業とかトレーナーズトレーニングでは,現象学と自尊心と構成主義を一緒にして説明して,その中の一つの方法として今はやっているコーチングっていうのもあるよという紹介だけです。コーチングも一つの例でしかなくて,原理は広いわけです,もっと。日本で出版されているコーチングの本は,その原理は余り書いてないです。

参加者 テクニックとしてあるだけですね。

渡辺 だからあれじゃあちょっと勉強にならないと思う。
 はい,よろしいでしょうか。
 どうぞ学習,勉強の場ですから,恥も外聞もないですから,やってみないと,経験してみないと分からないことでもありますので,どなたかいらっしゃいませんか。
 こちらから名指ししてもよろしいですか。どうですか,どうぞ。で,僕の役割やって。

参加者A ええっ。本当にですか。

渡辺 うん。そこでいいです。
 じゃあ,これに。白い紙あります。

参加者B 私の大切なものは,今やはり息子と娘です。

参加者A はい,息子と娘さんなんですね。

渡辺 話が一通り終わるまでちょっと聞いていましょう,じっくり。

参加者B 主人が出てこないのはちょっと問題なんですけど,やっぱり親ですから,もう23と21になるんですけれども,息子と娘が今一番大事です。

参加者A 21歳と23歳の息子さんと娘さんが大事なんですね。

渡辺 今のは「大事なんですね」って質問になっちゃってる。

参加者A 大事なんでしょうか。

渡辺 大事だと感じているのでしょうか。もう一回言い直して。

参加者A 御主人は出ていらっしゃらないですけれども,23歳と21歳の娘さんと息子さんが大事だと感じていらっしゃるのでしょうか。

参加者B はい,そうです。息子はひとりで今アパート生活しておりまして,娘はいわゆるもう問題になっている女子大生で,ほとんど家に帰ってこないで,夜遊びばっかりしているようで,問題だらけなんですけれどね。

参加者A 息子さんがアパートでひとり暮らしをなさってて,娘さんはなかなかおうちに帰っていらっしゃらない。問題がおありなんですか。おありなんでしょうか。

渡辺 問題があると感じていらっしゃるのでしょうか。

参加者A あると感じていらっしゃるんですか。

渡辺 でしょうか。

参加者A でしょうか。

参加者B そうですね。息子はもうやはり独立したという,まだ学生なんですけれども,どこか自分から離れてしまったというのはもう理解できてるんですけれども,娘はやはりまだ結婚するまでは私がというような気持ちがあるものですから,このごろの若いお嬢さんたちの生活っていうのがやはり私には全然理解できないもんで,一晩カラオケで帰ってこないっていうの,私には許せない。その戦いの毎日ですね。

参加者A そうですか。じゃあ,息子さんはもう学生さんですけれども独立なさって,ひとり暮らしをなさってて,娘さんはカラオケで一晩じゅう帰ってこないっていうことが許せない,理解できないと感じていらっしゃるんでしょうか。

参加者B そうですね。娘の方は,やはり自分でこれから,私も自分が女性ですから,女性が生きていく上で大切なことって何なのかっていうことを教えたいと思っても家にいない。大抵遊びに行ってるという感じです。今の若い方たちの問題点というのもを具現してるような娘なもんですから,それこそ若者言葉の典型で,クラスを教えるときに非常に役には立ってくれるんですけども。

参加者A そうですか。娘さんに女性として教えたいことがあるのにおうちにいらっしゃらないということで,若者言葉に関しては非常にお役に立ってらっしゃると感じてらっしゃるんでしょうか。

参加者B そうですね。確かに若い人たちとつき合う仕事ですから,今の若い人たちにはやっていることとか,それから関心のあることとか,はやっている漫画とか,若者文化を理解する上では非常に二人の子が役には立ってくれていると思います。

参加者A 息子さんと娘さんが若いですから,学生さんが若いので,若い人とつき合う,教えるときに,非常に若者言葉ですとかが役に立っているということでしょうか。

渡辺 と感じて……。

参加者A 感じていらっしゃるんでしょうか。

参加者B そうですね。あとやっぱり理解が,それはいい面ではありますが,大事に思っているゆえに,息子のガールフレンドはもうあきらめて,まあええかって思えるんですけど,逆に娘のボーイフレンドは許せない。それは許せないというか,もうちょっとましなん連れてきてって言いたくなるんです。

参加者A はあ,じゃあ息子さんのガールフレンドに関しては,もうほうっておいてもいいと思っていらっしゃるけれども,娘さんのボーイフレンドに関しては,まだ許せないと感じていらっしゃるんでしょうか。

参加者B そうですね。本当にもう少し,自分を大切にして,あらゆる面で少し大事なものって何かなっていうことを考えてほしい一つの例として,そのボーイフレンドですかね。

参加者A そうですね。あらゆる面でいろんな大切なものがある中で,ボーイフレンドのことに関してはちゃんと考えてほしいというのを考えていらっしゃるんでしょうか。

参加者B そうですね。

渡辺 はい,どうもありがとうございました。拍手が出ました。
 会場の方のお勉強のために,こういうふうに返され続けて,自分の気持ちがどういうふうに流れていったか,ちょっと説明していただけますか。

参加者B 大事なものっていうことでしたから,単純にやはり子供を出したわけですが,やはりそこからいつも自分が考えている問題点に意識はやはり行ってしまったように思います。そういう意味では,常に抱えている問題点が最終的には表面に出てきてしまう―この形式では―ような気がしました。
 それと,一つちょっとお話,途中で感じたことで,「何々と感じていらっしゃるんでしょうか」という質問の場合と,それから先生が注意なさる前にそれがなかった場合とでは,やはり答えることがぴっと変わったのが自分で分かりました。

渡辺 どういうふうに。

参加者B いや,それがその一瞬覚えてたんですけど,「と感じていらっしゃるんでしょうか」のない場合は,「何々ですね」って言われたら,「はあ」で終わってしまったかもしれない。でも,そこで「何々と感じていらっしゃるんでしょうか」って言われて,「はい,そうなんですけど」が出てくるかなっていう気はしました。  先ほどそこら辺でちょっと話してたのは,大阪弁だったら「何々と思うてはんの」っていうようなふうに聞かれた方が話しやすいかなとは思います。

渡辺 うん,じゃあ大阪ではそれでいきましょう。
 どうも,まだ残ってくださいね。今度は役割交代というふうにどんどん進んでまいりますが,どなたか御希望の方。いらっしゃいませんか。
  じゃあ,どうですか。

参加者C 私も主婦ですから同じような答えになると思いますけれども,子供だと思いますが。

渡辺 うん,まあいいですよ。それはきっかけですので。
 じゃあ,残ってくださいね,こちらの右の。どうもお疲れさんでした。
 ちょっとどういう絵か説明して,何をかいたのかを。女性の顔が書いてある。

参加者C いえいえ,男性です。

渡辺 違うんですか,ごめんなさい。じゃあ,どうぞもう始めてください。

参加者C このままでいいんですか。

渡辺 どうぞ始めてください。

参加者C 3人子供がいるんですが,もう上の二人は独立しまして,最後に残りました次男坊の絵を描きました。

参加者B 下の坊っちゃんを大切に感じておられるんでしょうか。

参加者C はい,大切というか,気がかりなんです。

参加者B あっ,気がかりと感じておられるんでしょうか。

参加者C はい,そうなんです。というのは,高校なんですけども,今までにもいろいろ彼なりの壁があったんですけども,その壁がなかなか乗り越えられずに,彼なりに努力してるのかな。親にはちょっと努力不足のように思えるんですけども,そういう状態が何回もありましたので,とても気がかりなんですけども,やっぱり一番大切かなと思ってます。

参加者B 壁を乗り越えようと努力なさってる坊っちゃんが大切だと感じておられるんでしょうか。

参加者C はい,そうですね。20歳まではやっぱり親の責任じゃないですけど,やっぱりいてやりたいし,将来ちゃんとやっていけるかどうか,そういうところも見届けてやりたいので大切に思います。

参加者B 20までは親が責任を持って見てあげたいと感じていらっしゃるんでしょうか。

参加者C はい,そうですね。上の二人も何とかうまく自立してくれたので,彼も同じようにうまく自立してほしいので,そう思います。

参加者B うまく自立してほしいと感じておられるんでしょうか。

参加者C はい,そうですね。

渡辺 それでは,ちょっと時間が十分あるんで,次のステップ,普通はやらないんですけども,やって,その後このステージの上で模擬日本語授業ですか,1対1の個人レッスンをやっていただいて,そこにエポケーを取り入れていただくというその実習までちょっとやれそうですから,そこまでやってみたいと思うんです。
 それで,今と同じ内容でいいですから,今度,さっきちょっと僕が言った「開かれた質問」を入れてみてください。相手が言った方で,どうもここは大事そうなんだけども,もう少し詳しく聞きたいなと,聞いておいた方がいいなと思われるところが出てきたら,「今何々とおっしゃいましたけど,そこをもう少し詳しく話していただけますか」って聞いて,そして話しをされたら,それをまたエポケーで返していってみてください。
 それで,あともう一つ課題は,話が全部終わったら,全体を通して短くまとめて要約して,「あなたは〜ということを感じていらっしゃるのでしょうか」で確かめてみてください。ですから,新たな課題は,開かれた質問と要約です。
 テーマは全く同じでいいです。同じ話になっても構いませんし,ただ多分流れが変わってくると思います。変えますか,話題。

参加者C はい,変えます。

渡辺 はいはい,じゃあいいです。変えてください。

参加者C 変える。そしたら,次に大事なもの。

参加者B 次に大事なものでよろしいですか。

渡辺 うん,それでいいです。

参加者C そしたら,主人は置いといて,仕事ですかね。仕事なんですけども。

参加者B 仕事を大切に感じていらっしゃるんでしょうか。

参加者C はい,感じてます。

参加者B もう少し詳しく教えていただけませんでしょうか。

参加者C パートなんですけども,△△△という生協の方でもう10年ほど勤めているんです。それで,今労働組合の方でちょっと役もやってるんですけども,そういういろんな活動ができたり,いろんな人と知り合えたりしてますので,その仕事が大事です。

参加者B お仕事でいろんな方とお知り合いになったりしておられると感じていらっしゃるんでしょうか。

参加者C そうですね。その方たちと旅行に行ったり,いろんな美術館めぐりしたり,いろんな活動ができますので,とても楽しみなんです。

参加者B お仕事以外で旅行や御一緒に活動なさることが楽しみと感じておられるんでしょうか。

参加者C はい,そうなんです。それで,1年間なんですけども,ちょっとくじで当たってしまった労働組合の役も,知らない支部の方とお知り合いになれて,また違った話が聞けるので,私にとっては違う考え方,私が言ったいろんな悩みに対して答えてくれるので,ああ,そういう考え方もできるんだと思って勉強になりました。

参加者B それでは,その違った考え方で,お勉強をなさったと思われてるようなこと,もう少し教えていただけますでしょうか。

参加者C 今年いろんなことがありまして,娘の結婚式もありましたし,主人の父のお葬式なんかもあったんですけども,お葬式でもいろんなことをもめたんですけども,現在ももめてるんですけども,そういう愚痴を新しく知り合った人に話したら,あなた,それあなたの人生の華よっておっしゃったから,ああそうか,今これが人生の華なのかと。私はそのときすごく何かすとんとその人の言葉が胸に落ちて,ああ,これでも人生の華かとすごく納得してしまって,そういう何か思いがけない言葉をちょうだいしたので,そういうところから,また違った人とお知り合いになれたこの自分の仕事がすごく大事だなあと思えたんです。

参加者B 御自分が苦しく思っておられたことを,新しく知り合えた方がそれがいいことなのよっておっしゃってくださった,そういう関係を持てたということが非常によかったなあと感じていらっしゃるんでしょうか。

参加者C はい,そうですね。だから,今までこんなこともあるし,こんなこともあるし,次から次へといろんなことがある一年だから,すごく何かうつうつとしていた気持ちが,人生の華よって言われた一言で何か気持ちがころっと変わったので,それからはいろんなことがあっても,ああ,これが人生の華かと思ったら,何か軽く飛び越えられる,そんな感じがこのごろはしてます。

参加者B ということは,お仕事をなさって,新しい方とお知り合いになれて,その方がおっしゃった一言で,あなたの今まで苦しく思うことも,考え方を人生の華だと思えるようになったということと感じておられるんでしょうか。

参加者C そうですね。だから,やっぱり役を引き受けたときは,もうとても嫌で仕方なかったんですけど,こういういいめぐり合いもあるのだなあと思って,今ではちょっとは感謝してるんです。

参加者B お仕事がいいめぐり合いになったということですね。ですねじゃなくて,感じておられるんでしょうか。

渡辺 はい,どうもありがとうございます。
 「ことですね。」って「こと」でまとめちゃうと,事柄を受けとめたことになっちゃうんですよね。「こと」は取って,感じられると。
 さて,どうですか。今2回やってみて,何か気持ちの流れ,どんなふうな,何か気づかれたことがあります。

参加者C 同じことを繰り返されるので,また次の一歩というか,次の考え方というか,もっと深く何か自分の中を内省するというか,そういうやりとりだなと思いました。

渡辺 あと1回目と2回目ではどうですか,開かれた質問と。

参加者C また全然違う内容を,内容というか,ほかの方に頭を切りかえるので,また違った考え方が引き出されるというか。

渡辺 うん。広がった。

参加者C はい,広がってくる。

渡辺 今要約やるの,ちょっと僕指示忘れちゃいましたが,さてこの中で今日本語を勉強していらっしゃる方いらっしゃいますか。ちょっと手を挙げていただけますか。要するに,教員じゃなくて学習者の方。いらっしゃらないですか。
 それじゃあ,今お二人慣れたところで,ちょっと中級クラスでこうやって1対1で授業することはあります。例えば,中級クラスを今ちょっと,例えばどんななんですか,教え方というと変だけど。

参加者B クラス16,7,8人ぐらいで,教科書を使っての文法とかです。

渡辺 文法をどうする。どうするの。

参加者B 文法は,基本的に文型,例えば今さっきの「何々のことだ」というのを出して,それについて状況設定して,説明して,それから文章をつくらせてというような形です。

渡辺 文章をつくらせる。

参加者B 学生に文章を,その文型を使って文をつくらせていって,そこで間違っているものを訂正するというのが中級の文法です。

渡辺 文法以外の授業だったらどう。

参加者B 読解と聴解。

渡辺 読解はどういうふうに。

参加者B 読解は,もう教科書の方は精読,もう本当に英文講読みたいな感じで,私たちがやった英文講読のような一言一句をやっていって,最終は,全体について書いてあることに対してのクエスチョン・アンサーです。

渡辺 その書いてあることを学習者がどう理解したかを……。

参加者B クエスチョン・アンサーしてみたり,段落ごとにまとめさせたり,段落の発展を見たり,起承転結だとか。

渡辺 今その教科書あるんですか。

参加者B 教科書はないんですけど,すごいベテランがいてはるから。

参加者 試験前などで,試験問題の解き方,「この」は何を指すとか,「この」が出てきた,「このように」が出てきたら,必ず後ろにその内容はあるんだとか,そういうことを解説し続けてるので,学習者の意見が出る読解っていうのは今やってないんですよ,聴解にしても何にしても。
 あと,学習者の意見が出るのは,今の時期だと,志望理由書を書くぐらいかな。

参加者B その志望大学をどうするかっていうようなことでは非常に学習者と,これは非常に有効だと思いました。

渡辺 じゃあ,それやってみますか。どなたか学習者の役割を。

参加者B 学習者やります。

渡辺 じゃあ,役割交代して。役割交代して,学習者役で。ええ。
 そちらはこちらの方がさっきやったと同じように,あなたはこういう理由で何々大学を希望していらっしゃるんでしょうか,あるいは行きたいと思っていらっしゃるんでしょうか。
 あと,開かれた質問を入れてもいいですけど。はい,それでちょっとやりとりやってみてください。

参加者B 私,大学行きたいです。

参加者C 日本の大学に行きたいんですか。行きたいんでしょうか。

渡辺 それは,閉ざされた質問になるんです。
 答えは,「はい」か「いいえ」かどっちか。それで終わっちゃうんです。

参加者C そしたら,どんな大学に行きたいんでしょうかでいいんですか。

渡辺 うん,それでもいい。

参加者C どんな大学に行きたいんでしょうか。

参加者B 有名な大学。

参加者C 有名な大学に行きたいんですか。

渡辺 有名な大学に行きたいと思ってるんでしょうかでもいいですし,開かれた質問をまた続けてもいいし,どっちでも。

参加者C ああ,なるほどね。どんな大学が有名なんでしょうか。

渡辺 それだと,ちょっと質問になっちゃうから……。
 何だろうな,例えばどういう大学へ行きたいと思っていらっしゃるんでしょうか。

参加者C 例えば,どういう大学に行きたいと思っているんでしょうか。

参加者B ええっと,K学院大学。

参加者C K学院大学が有名,ああ,違うなあ。K学院大学がいいんでしょうか。

参加者B はい。でも,私,大学どこでもいいです。

参加者C どこでもいいんでしょうか。

渡辺 それは質問になっちゃうから,開かれた質問をするとすれば,それはどういう意味ででしょうかとか,それはどうしてですかとか,あるいはただ単にどこでもいいとも思っていらっしゃるんでしょうかという確かめでもいいですね。

参加者C どこでもいいと思っていらっしゃるんでしょうか。

参加者B お父さん,お母さん,K大学に行きなさいと言います。私,K大学,ちょっと難しいです。

参加者C どういうところが難しいんですか。

渡辺 いやいや,相手の方が言った言葉に忠実に,それを受けとめて,確かめていくと。

参加者C 難しいと思われるんでしょうか。

参加者B はい。でも,行かないと,お父さん,お母さんが恥ずかしいと言います。だから,受けたいです。

参加者C お父さん,お母さんが恥ずかしいと言われるんですか。

渡辺 ん,今のは質問,質問ですよね。

参加者B 先生,そういうときにあなたはどう思ってるんですかっていうのはだめなんですか。例えば,お父さん,お母さんが恥ずかしいと思ってるからK大学を受けたいって学生はそういうふうな言い方をよくするんですが,そういうときにあなたはどう思ってるんですかというのはやっぱり閉ざされた質問になってくるんでしょうか。

渡辺 それはカウンセリングにも幾つかの流れがあって,カウンセリングの講義になっちゃうんだけど,そういう選択をあなたの選択はどうなんですかというところに焦点を当てて聞くのは実存主義的なカウンセリング,実存主義,現象学的な,ロジャース的なアプローチのカウンセリングではそういうところに焦点を当てて聞くんですけど,ここではただエポケーの応用でカウンセリングの勉強会じゃないから,エポケーの応用をちょっとしながら話をしてみようと,したらどうかということだから,それでなくて開かれた質問か,もう一度相手が言ったことを……。
 オウム返しでなくてもいいから確かめて,それを続けることによって,だんだん相手の考えが明確になっていきますから,それだけでも。それをちょっと続けてみてください。

参加者 ちょっと御質問よろしいですか,途中ですけど。
 先ほどエポケーとカウンセリングは違うというふうにおっしゃったんですけど,その違いは何なんですか。

渡辺 カウンセリングというのはプロセスがあるんですよね。カウンセリングの目的があるし,その目的に達成するために心理学の医療に裏づけられた方向でやらないとカウンセリングにはならないんですね,プロの,専門家の。単なる相談ではないんです。専門家が行う行為ですから,医療と同じく,だから心理学的な理論の裏づけでそういう訓練を受けた人でないとカウンセリングはできないと思ってるんですが,一般にカウンセリングの標準的なプロセスがあって,そういうものを理解してないとカウンセリングはできないと思うんです。

参加者 ただ先ほど何人かの方に,エポケーを実際に見せていただいてたんですけど,そのエポケーというのも,じゃあただ単に「何々と思ってらっしゃるんでしょうか」とか「何々と感じていらっしゃるんでしょうか」って言えばいいっていうもんでもないかなと思うんです。エポケーをちゃんとできるファシリテーターとしての素養というか,素質というか,何ですかね,ただ単にテクニックとして「何々と思っていらっしゃるんでしょうか」というふうにオウム返しに返せばいいというもんでもないんじゃないかなというふうに思うんですが。

渡辺 先ほども言いましたように,オウム返しがエポケーではないんですね。その資料を読んでいただくと,もう一回繰り返すと,エポケーという意味は,相手の話を聞きながら,自分の中でいろんな考え,判断,感情,出てきますよね。それをちょっと意識のわきに置くという操作,わきに置いて,ちょっと宙ぶらりんにして新たな姿勢で相手を見,聞き,受けとめるという姿勢をとり続けること,これがエポケーですね。その結果,それをやらないのとは違う見え方がするんで,それを確かめていく。その確かめ自体はエポケーではない。

参加者 それは例えばカール・ロジャースのエンカウンターで言うところの共感,「何々ですね」,例えばエンカウンターだと「何々ですね」っていうふうな多分やり方をやってたと思うんですが,それは通じてるんじゃないかなあと思うんですけど。

渡辺 ロジャースの原点は現象学にあるわけですよ。そういうつながり。

参加者 いろいろ現象学とか実存主義とか言われても,余りよくわからないんですが。

渡辺 実存主義と,そういう流れがあるわけです。

参加者 今のに関連してなんですけど,例えば今おっしゃってたときに,一人の方が今が人生の華よっておっしゃって,それですごく考え方変わったっておっしゃったときに,私はすごく肯定的に心の中で思ってしまって,やっぱりそしたらそれが要約とかすべて出てきますよね。それも余りよくない。
 あるお友達に,「ああ,それが人生の華よ」って言われたって。それで,そこからすごく考え方が,嫌なことがいっぱい続いたけども,考え方が変わったっておっしゃったときに,私はやっぱりそれに対してはすごいいいことやなあと思ってしまいますよね。それが当然私の判断ですよね。思い,判断が出てきますね。そしたら,返す要約とか返す言葉にどうしてもそれが反映されてしまいますね。ネガティブなことだけじゃなくて,それは本当いいことでしたねえと思わず言いたくなる気持ちで返してしまいますよね。

渡辺 うん,現実にはそうなってしまうのかもしれませんが,エポケーの実習の訓練というと変ですけど,実習の中ではそういう気持ちが起きたとしても,それもちょっとおいといて,それはなぜかっていうと,自分もそうなんですとか,気持ちを伝えると,それはそれまでは相手の人にひたすら自分の姿勢が向いてたのが……。

参加者 自分のことになってる。

渡辺 うん,だから相手はそれを微妙に感じちゃうんですよね。
 それまで自分に100%向いてた相手の姿勢が,あっ,何かちょっと変わったと,自分からちょっと離れたと。そこは,本当に敏感に相手の方はそういう姿勢の変化を感じる。これは勉強ですから,わざとちょっと実験というと変ですけど,わざとこうやってるんで,100%相手に姿勢を向け続けるということはどういうことかということを経験していただくための,一つの不自然なやり方ですけど,そうでないと分からないことがいっぱいあるのでやっていただいた。だけど,実際の場面ではそういうこともあると思います。それは自然の流れで,それをやっちゃだめだということではない。

参加者 自分の問題になっちゃって,質問者の問題になってしまったらいけないということですよね。

渡辺 はい。後で言うのはいいと思うんです。一区切りついて,いや実は私も。そうすると,もっとお互い親密になれるでしょう。
 じゃあ,模擬授業の形でちょっとエポケー的なスキルを取り入れてやってみたいんですが,どなたか。挑戦してみたい方,どうぞ。
 じゃあ,ここで5分間休憩をとります。
<休憩>

渡辺 どなたか学習者役で,あるいは中国か外国に長く住んでいらした方。

参加者D やります。

渡辺 じゃあ。
 どこにいたんですか。どこにいました。

参加者D 韓国にいました。

渡辺 そしたら,韓国人の学生さんのつもりで。
 韓国に長くいらしてた方なので,韓国の学習者のつもりでちょっと。上級コースでね。

参加者E おはようございます。

参加者D おはようございます。

参加者E 元気ですか。

参加者D はい。

参加者E 日本語の勉強,じゃあ始めましょう。
 難しい言葉,知ってる言葉で話してくださいね。

参加者D はい。

参加者E 最近楽しかったこと,どんなことがありますか。

参加者D 日本に来て,お祭り見ました。とても珍しかったです。

参加者E お祭りは珍しかったと感じたんでしょうか。

参加者D はい。

参加者E 日本に来て,お祭りを見たんですね。例えば,どんなのを見たでしょうか。

渡辺 それだと……。

参加者E 質問になりますよね。

渡辺 だから,そのお祭りを見たときに感じたことをもう少し……。

参加者E 日本でお祭りを見たんですね。そのお祭りについてどんなことを感じたんでしょうか。

参加者D 変わった格好をして,大勢の人が踊ったりして,とても変わってました。

参加者E とても変わってたって感じたんでしょうか。

参加者D はい,おもしろい格好をしてました。

参加者E おもしろい格好をもう少しどんな――どんなって言ったらだめなんですか。
 おもしろい格好をしてたって感じたんだけれど,もう少し詳しくお話ししてくれますか。

参加者D 夜になって,お店がいっぱい出ました。大人も子供も頭にタオル巻いて,同じ格好をして踊ったりしてました。

参加者E ああ,大人も子供も同じ格好して踊ってたのをおもしろいって感じたんでしょうか。

参加者D はい,着物みたいな格好で,とても日本的でおもしろかったです。

参加者E ああ,その着物みたいなって,もう少し詳しく教えてくれますか。

参加者D 着物の短いのみたいな格好でした。

参加者E 着物の短いみたいな格好,前に韓国にも同じようなのがあればちょっと教えてもらえるとうれしいですけど。

渡辺 それも質問なので,着物が短いのが……。

参加者E 短いのがおもしろいと感じたんでしょうか。

渡辺 おもしろいと感じたんでしょうかでもいいし,あるいは開かれた質問で,着物が短いのがどういうふうにおもしろいと感じてるんでしょうか。

参加者E 自分のは保留して,もうこちらに言わないといけないんですね。

渡辺 はい,そう,それがポイント。

参加者E ああ,着物が短いっていうのはどういう点がおもしろいというふうに感じたんでしょうか。

参加者D 本で見た着物と違いました。

参加者E ああ,本で見た着物と違ったんでおもしろいなあって感じたんでしょうか。

参加者D はい。

渡辺 はい,どうもありがとうございました。ちょっと時間の関係で。
 今のように返されると,どうですか。韓国から来た学習者になったつもりで考えてみると。

参加者D そうですね,いろんな意味でだんだん表現を変えながら,自分の何か見たものを説明していかなければならないというのは分かります。

渡辺 あと,ほかに気づいたことありますか。

参加者D ですから,どういうふうに何か引き出すのかなあというのが,逆に声をかける側でも,何か限られていることを最初に意識してやっていると,受ける方も何かそれが分かっていると,それなりの工夫が出てくるのかもしれないなという気が今ちょっとしてます。何かこう何も前提がなくて,いきなり繰り返しでやられてると,なぜこの人はこんな質問の仕方ばかりするのかなという気がしてくるように思っているんですけれども,その辺はいかがなんでしょう。

参加者E 多分本物の学習者だと,一生懸命に日本語を使って言おうとするので,今なりきっていただいたのでその辺は難しいのかなというのも思いますが,聞く方は自分の意識を置いといてって言われた,かなりやっぱり難しいです。できません。できるつもりで手挙げたけど,できませんということが分かってきたと。やっぱり訓練するとできるんでしょうか。

渡辺 うん,できる。だから,その違いはちょっと少し感じました。自分の考えを入れて返すのと,ちょっと置いといて返す,違い。

参加者E 難しいというふうにまず感じたことが一つですが,そのように努力してというか,そうではなく,相手の言葉と相手の態度に集中するんだというふうにすると,それはやっぱり違ったプロセスで返ってくるのを待つことができます。

渡辺 うん,そこがポイントなんですね。
 それで,さっきおっしゃったことは,基本的には開かれた質問が割と多かったので,割と感じたことを自由に話せる形式というか,そういう返し方が多かったけども,それが話しにくかったというのは,もう少し,開かれた質問でももう少し具体的な開かれた質問の方が答えやすかったというところか,それとも答えにくかったということをもう少し説明していただいてもいいですか。

参加者D いや,答えにくかったというか,ある意味で結局ここでやっぱり出てくるのは,言葉を選んで何かを表現していくっていうのには非常に有効なのかなあというふうにも今感じてます。何か結局閉じられた質問というんですか,そういう形ですと,例えば楽しかったんですか,とても楽しかったです。食べておいしかったですとか,何かある文型なり何なりの方向に行ってしまうんですけれども,それがないところで逆に突き放されて,何かその次を表現していかなきゃならないということになると,その次の選択肢を考えて,さらにそこのところで文型から一番基本的な部分から考えて,それを組み立てていかなきゃならないというので,中・上級としてはやっぱりかなりいい訓練かなというふうにも思ったんですけど。

渡辺 ああ,やっと分かりました。じゃあ,かなり上のレベルの人にとっては,かなり自分でいろんなものを構成する,そういう訓練にはなると。

参加者D ええ,というふうに思います。

渡辺 ああ,それなら。それよりレベルが低いと,ちょっと苦しいかなと,そういう。

参加者D ええ。

渡辺 分かりました。
 ということでございます。どうもいろいろと御協力ありがとうございました。

参加者 どうもありがとうございました。

渡辺 あと,皆さん,気づかれました。僕が最後は全部エポケーでやってたんですよ。それで整理ができた。気付かれましたか。エポケーで返していって,学習者の役割の方の考えをこちらが確かめていって,それで明確になっていった。こっちも明確になった。理解できた。そういうことです。

参加者 エポケーの質問を返す自体,非常に難しいということがよく分かりました。
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