文化庁主催 第5回コンテンツ流通促進シンポジウム“次世代ネットワーク社会の到来は著作権制度を揺るがすのか”

第1部:特別講演

「次世代ネットワーク社会がもたらす著作権制度上の課題」

金正勲(慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ総合研究機構准教授)

金正勲

 皆さん、こんにちは。ただいま、ご紹介いただきました慶應大学の金正勲です。よろしくお願いします。
 私の講演のテーマが、「次世代ネットワーク社会がもたらす著作権制度上の課題」となっていますが、今日は主に3つの点について、お話ししたいと思います。それはまず、次世代ネットワーク社会といわれる社会経済システムの変化と、その変化が著作権制度にもたらす影響、そして最後にそうした状況の中での著作物の流通・利用を活性化するための対応策についてお話したいと思います。概念的に言えば、まず1.未来を予測する部分、次に2.その予測された未来が現行の体制(ここでいう著作権制度)にもたらす影響を考える部分、そして3.最後に未来予測と現行体制への影響を踏まえた上での未来への対応戦略を考える部門に分かれています。
 そこでキーワードとしては、創造経済の台頭、メディア融合に代弁されるメディア環境の変化、著作権の薮と取引費用、アンチコモンズの悲劇、そして著作物流通促進策であります。私のお話は後半にあると思いますパネルディスカッションのステージセッティング・舞台設定的な側面もありますので、著作権制度の詳細なお話をするというよりは、マクロ的な観点から、そして多面的な観点からこの問題を考えることにしますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです。

 まず、政策というもの、その本質について考えてみます。政策が目指すものは、公共の利益を増進することであります。その時の、公共というのは多様な利害・選好関数を持つ人々・集団の集合体であるということで、社会全員にとって満足いく政策というのは現実にはなかなか探すことはできません。様々な利害の対立があるという前提で、そうしたトレードオフを考慮しながら、社会全体にとって、ここでいう公共にとって最もプラスになるものを選択するのが政策であります。それはある意味、利害関係者同士の利害調整という側面もありますが、未来を切り開いていくための政策的意思を示すツールでもあり、未来に対する方向性を示す役割も果たします。

金正勲

 次のスライドでは、政策は文脈依存的という言葉を書かせていただきましたが、全ての政策には、それが立案・実行された文脈・コンテキストというのがあります。文脈依存性が高いというのは、ある文脈において正当化された政策が他の文脈において正統化されない可能性はあることを意味します。文脈は様々な構成要素を持っていますが、中でも時間的要素と空間的要素が典型的であります。時間的文脈で言えば、100年前に正しかった政策でも今日においては正しくない場合があります。空間的文脈で言えば、日本で正しいと思われる政策が諸外国においても正しいとは限らないことを指します。

 政策の対象が人間の集合である社会であるという共通点はあるが、その人間は異なる時代に生きることで、また異なる場所に生きることによって、異なる慣習・文化を形成するわけで、それらの「特定の」人々・「特定の」社会のための政策である必要があります。そういう意味で、政策は文脈依存的にならざるを得ないものであります。
 したがって、政策を取り巻く状況・文脈が変わると、政策の内容も変わらざるを得ないという意味では、政策側は常に何のための政策であるかという政策の存在意義、政策目標を常に確認する必要があり、それと同時に、その政策目標を達成する上で、最も効果的で効率的な政策手段を選択する必要がある。このように政策は政策目標と政策手段によって構成されています。前者の政策目標が変化することは滅多にありませんが、政策手段というのは技術的、経済的、政治的、文化的環境の変化によって変化する可能性は高い。特に、著作権政策の場合は、技術的環境、経済的環境の変化がもたらす政策への影響は大きく、技術の変化やそれがもたらす市場の変化を念頭に入れながら、法改正を繰り返してきた歴史があることは周知の通りであります。今日、文化審議会著作権分科会における政策議論の多くは、そうした技術的環境の変化とそれに伴う市場の変化がもたらす政策的文脈の変化に対し、著作権制度はどのように対応すべきか、というのを考える作業が殆どではないかと思います。

 では、著作権政策の政策目標と政策手段を確認したいと思いますが、日本の著作権法第1条の中に、「・・・文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とする」と書かれています。これは読み方によっては、文化の発展というのを最上位の政策目標として定め、その下位の政策目標に著作物の利用と著作物の保護になっている、2段構造として考えることもできますが、私自身は3段構造として考えるのが正しいのではないかと思います。つまり、文化の発展に寄与することを最上位政策目標・レイヤーとして、次にその文化の発展をもたらす手段として著作物の創造と利用があり、最後に、そうした文化の発展の源泉となる著作物の創造と利用を促進する手段として「著作物の保護・権利の保護」があると思うわけであります。言い換えれば、著作権制度というのは、著作物の創造と利用を促進するための、適正な保護水準、保護範囲、保護期間を決めることによって文化の発展に寄与するものであると言えます。
 しかし、近年では著作権に関する政策議論の中で見られる傾向としては、手段の目的化であり、著作物保護が一人歩きし、著作物の保護自体が著作権制度の政策目標であるかのように主張する人々が多く、またその声も非常に大きいのが実情ではないかと思います。著作権政策の議論において、この根本的な部分がずれるとその後の議論は、あまり意味を成さないと私自身は考えています。

 

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