文化庁主催 第5回コンテンツ流通促進シンポジウム“次世代ネットワーク社会の到来は著作権制度を揺るがすのか”

第1部:特別講演

「次世代ネットワーク社会がもたらす著作権制度上の課題」

金正勲(慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ総合研究機構准教授)

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 メディアが融合すると、今まで提供されることのなかった新しいサービスが提供できるようになり、消費者の便益は高まります。しかし一方で、制度面では大きな課題をもたらすものでもあります。既存の情報通信制度は通信網では通信サービス、放送網では放送サービスという形で、伝送する設備に基づく規制的分類を行い、異なる規制政策を適用してきました。しかし、技術の融合、そして市場の融合によって、今まで異なる制度が対象にしてきた規制領域が重なることによって省庁内又は省庁間での規制的調整/中長期的には規制的統合の必要性が高まってきます。つまり、融合というのは、制度間での融合の必要性を高めることになり、そこから今までは予期しなかった葛藤が生まれる場合もあります。例えば、著作権政策と情報通信政策は長年、平和な共存関係を築いてきたわけでありますが、2001年総務省が電気通信設備を利用した放送サービスの提供を可能にし、それを放送法上では放送の一種と位置づけたのに対し、同サービスを著作権法上、放送ではなく自動公衆送信と位置づける文化庁との考え方の違いが表面化したのはその典型的な例であります。また昨年度、IPマルチキャスト関連の著作権の取扱いに関する議論においても、省庁間での見解/解釈の差が明らかになったわけでありますが、結果的には内閣知財本部、文化庁、総務省間での調整を通じて解決に向かって前進しています。このようにメディア融合は制度やそれを管轄する省庁と言う面での調整の必要性を高める要因になっています。

 次に、メディア環境の変化が情報の生産方式へもたらす影響について考えてみることにします。皆さん、WEB2.0という言葉を聞いたことがあるかと思います。それには色々な特徴がありますが、その1つに「クリエイターとしてのユーザー」というのがあります。UCC、 CGMと呼ばれるものでありますが、既存のマスメディア時代においては、受動的で単なる情報の消費者に過ぎなかったユーザーが、ネットワーク化が進展した社会においては、自らが情報やコンテンツを創造するクリエイターとなり、またそれを瞬時にグローバルに配信できるdistributorにもなったわけです。それは、トフラーが第三の波で指摘したProsumerを可能にし、またプロとアマの区別を曖昧にする効果を持ちました。
 また、情報通信技術の発展は、集団的な情報生産にも大きな影響を与えることになります。集合知を利用するWikipediaやソフトウェア開発におけるopen source運動はその典型的な例であります。さらに、共有を通じた知識生産の促進や経済的価値の創造が加速し、社会経済システムにおいてもその比重/重要性を急速に高めています。

 次に、著作物の流通における阻害要因とその解決策について述べることで発表を終わりたいと思います。まず、「著作権の薮とアンチコモンズの悲劇」ですが、先ほどもお話ししましたように、芸術作品とは対照的に近年のコンテンツの多くは複数の人々がコラボレーションすることによってはじめて完成を迎えます。このような、1つのコンテンツの生産において複数の財産権者が関わる場合(ここではこの状態を著作権の薮という表現をしていますが)、その著作物を利用するにあたっては、原則、権利者全員から利用許可/許諾を得る必要があります。しかし、その時に、権利者が複数であるために、検索費用、契約締結費用、契約執行監視費用などの「取引費用」が増大し、結果的に著作物の利用が制限される場合があります。また、残り全員の権利者が許諾に同意したとしても、1人の権利者が許諾を拒否することによって、著作物の利用自体が中止する可能性があります。
 このように、1つの製品に財産権が複数で、さらにその権利者が複数である場合、製品の利用交渉のためにかかる取引費用の増大や、一部の権利者による許諾拒否によって、資源の利用が制限される現象を、法と経済学では「アンチコモンズの悲劇」という言い方をします。
 著作権の世界の場合、結合性のあるコンテンツもそうでないコンテンツも、利用における取引費用を削減することが重要な課題になります。特に、著作権は無方式主義をとっているために、検索費用などの取引費用は増大する可能性が高くなります。今日の著作権政策は様々な問題に直面しておりますが、この著作物の流通/利用にかかる「取引費用」を如何に削減するのか、というのが最も重要な問題ではないかと私は考えています。

 そのアンチコモンズの悲劇を是正し、著作物の流通・利用を活性化させることが重要になりますが、そこには様々な解決策が考えられます。おそらく本日のパネルディスカッションはここが焦点となると思いますので、ここでは詳細は省略し、簡略に申し上げることに致します。
まず、登録制度を導入することによって取引費用、中でも検索費用を削減することが考えられます。登録制度には政府主導のものと民間主導のもの、また強制的なものと任意なものがありますが、最近、経団連において本格的に進められているコンテンツポータル構想は民間による、任意な登録制度の構想であります。この構想は、著作物の利用における検索費用の削減に焦点を当てたもので、契約締結や契約執行の監視の部分までは踏み込んでいない。
次に、著作権者不明の場合に利用できる裁定制度も、取引費用を削減する有効な手段の1つであります。
 続きまして、JASRAC等のような集中権利管理機関のようないわゆる著作権プールも、取引費用削減に大きく貢献し、著作物の流通/利用の活性化に貢献しています。先ほどのコンテンツポータルや登録制度が、著作物の検索費用削減に中心をおくのに対し、著作権プールは検索費用削減に加え、権利の処理/管理/収益の配分も一元的に代行してくれるという意味では、取引費用を大きく削減する手段として貢献しています。
 他にも、取引費用のみならず、ライセンス拒否といったholdupのリスクを削減するために、特定の用途/コンテンツに限って、許諾権を認めず、事後的な報酬を保証する、報酬請求権も著作物の流通・利用を促進する手段の1つであります。
 今まで申し上げたのは、大きく市場による解決と政府政策による解決でありますが、最近では技術的手段を利用した、市場や政府ではない自発的なコミュニティによって、著作物流通/利用と関わる取引費用を削減する動きも見られます。Creative commons運動はその典型的な例であります。これはある種の事前的な意思表示システムとして、無方式主義の著作権制度がもつ欠陥を是正するのに潜在的に大きな役割を果たす可能性があるものと考えられます。

 以上、長くなりましたが、私の今日のお話をまとめると、政策は文脈依存的で政策を取り巻く環境/文脈が変わると政策も変わる必要があり、その変化の本質を正しく理解することが大事であるという話、そして最近の著作権政策議論では政策手段であるはずの権利保護がそれ自体で目的化している傾向が強いということ、次に、社会経済システムの変化の中で、特に創造経済の台頭が注目すべきであるということ、そして近年の技術革新によるメディア環境の変化によって著作物の創造/流通/利用方式が多様化・変容しているということ、そして最後に、著作物の流通を妨げる著作権の薮とアンチコモンズの悲劇、そしてそれを解決/是正するための様々な民間の、又は政府レベルの解決策についてお話ししました。以上をもちまして私の発表を終わりたいと思います。長時間、御清聴いただき、どうも有り難うございました。

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