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平成20年度(第6回)文化庁映画賞について



 文化庁では,我が国映画の向上とその発展に資するため,文化庁映画賞として,優れた文化記録映画作品(文化記録映画部門)及び顕著な業績を挙げた者(映画功労部門)に対する顕彰を実施しています。
 文化記録映画部門には,選考委員会における審査結果に基づき,以下のとおり3作品(文化記録映画大賞1作品,文化記録映画優秀賞2作品)を受賞作品として決定し,各作品の製作団体に対して,文化庁映画賞として賞状及び賞金(文化記録映画大賞200万円,文化記録映画優秀賞100万円)が贈られました。
 また,映画功労部門は以下のとおり5名を決定し,受賞者に対して文化庁長官から賞状が贈られました。

【贈呈式】

日時
平成20年10月18日(土曜日)19時30分〜
会場
六本木ヒルズ「グランド ハイアット 東京」3階

【受賞記念上映会】

<文化記録映画部門受賞作品>
日時   平成20年10月19日(日曜日)
11時30分〜「オオカミの護符 −里びとと山びとのあわいに−」
<ゲスト> 由井 英(監督)
14時40分〜「十歳のきみへ いのちの授業」
<ゲスト> 今泉 文子(監督)
16時30分〜「緑の海平線〜台湾少年工の物語〜」
<ゲスト> 呉 春生(出演者),郭 亮吟(監督),藤田 修平(製作)
会場 Bunkamura「ル・シネマ1」

【平成20年度(第6回)文化庁映画賞受賞一覧】

<文化記録映画部門>
文化記録映画大賞 作品名 緑の海平線〜台湾少年工の物語〜
製作者 藤田 修平
文化記録映画優秀賞 作品名 オオカミの護符 -里びとと山びとのあわいに-
製作団体名 株式会社ささらプロダクション
作品名 十歳のきみへ いのちの授業
製作団体名 U.N.Limited
(作品名50音順)

○贈賞理由

『緑の海平線〜台湾少年工の物語〜』 監督:郭 亮吟 2007年/60分
 第二次世界大戦中,神奈川県大和の海軍工廠に派遣され,軍用機の製造に従事した約八千人の台湾人少年達の「忘れられた歴史」を,日本人プロデューサーと台湾人監督の共同制作で丹念に掘り起こした労作。四年の歳月をかけて数十人の関係者の証言を集め,現存する文献や映像資料とともに丁寧に編集構成することで,日本・台湾・そして中国大陸を往還する歴史の多面性を見つめ直す「青春群像記」にまとめ上げた手腕を高く評価したい。<清水 浩之>
『オオカミの護符 -里びとと山びとのあわいに-』 監督:由井 英 2007年/114分
 東京近郊,今ではすっかり新興住宅地に囲まれた旧家の土蔵に貼られた一枚の「お犬さまの護符」。260年以上も続く地域の山岳信仰―御嶽講(みたけこう)を探る旅は,かつてニホンオオカミが棲んだ関東周辺の山々と里との間に,素朴な信仰を介した人々の絆があったことを発掘してゆく。身近な日常に息づく民俗に着目し,その古層を掘り深めようとする率直な姿勢は,失われつつある習俗を新鮮な驚きとともに暖かみをもって描きだした。<大久保 正>
『十歳のきみへ いのちの授業』 監督:今泉 文子 2007年/17分
 年3万超の自殺者と自滅的な無差別殺人が連鎖する社会の子どもたち。親殺し,子殺し,いじめが生む殺人や自殺が起きる都度,親や教師は「生命の大切さ」を説くという難題に直面する。10歳に照準を定めて「いのちとは何か」を考えさせる日野原重明氏96歳の出前授業を描く本作は,短篇映像の特性を活かし内容を独自の時空に再展開,一人の高齢の医師のメッセージを,永く全国の10歳に伝え続ける発信力を創り出した。<吉原 順平>

※< >内は執筆した選考委員名

<映画功労部門>
氏名 分野
井上 章(いのうえ あきら) 映画美術
岩木 保夫(いわき やすお) 映画照明
長田 千鶴子(おさだ ちずこ) 映画編集
佐々木 志郎(ささき しろう) 映画企画
萩原 憲治(はぎわら けんじ) 映画撮影
(敬称略・氏名50音順)

○贈賞理由

井上 章
 昭和28年大映東京撮影所に入る。同36年美術監督に昇進し,川島雄三監督「女は二度生まれる」,村野鉄太郎監督「雪の降る街に」(昭和36),増村保造監督「嘘」(同37),特撮映画「ガメラシリーズ」(同40〜44)の本篇,特撮美術を手がけガメラ,ギャオス,ギロン等の怪獣も生みだした。同44年大映テレビ室に移籍し,「ザ・ガードマン」や山口百恵の「赤シリーズ」など数多くのテレビドラマで美術を担当した。永年日本映画・テレビ美術監督協会の理事を務めその法人化や,また日本映像職能連合においても幹事として諸問題の解決に尽力するなど斯界の発展に貢献した。近年は「映画美術スタッフ塾」において後進の育成に務めるなど活躍を続けている。
岩木 保夫
 大映京都撮影所を経て昭和29年に日活に入社。久松静児監督の「警察日記」(昭和30)を始め,田坂具隆監督の「陽のあたる坂道」(同33)など文芸作品からプログラムピクチャーまで数多くの作品を担当する。なかでも姫田真佐久キャメラマンと組んだ今村昌平監督の「果てしなき欲望」(同33)「にあんちゃん」(同34)「豚と軍艦」(同36)「赤い殺意」(同39)「人類学入門」(同41)「神々の深き欲望」(同43)「復讐するは我にあり」(同54),熊井啓監督の「日本列島」(同40)「天平の甍」(同55)などの作品は特記される。他にも山本薩夫監督の「戦争と人間 第一部」(同45)「戦争と人間 第二部」(同46)などがある。
 また,日本映画テレビ照明協会の理事を長く務め,後進の指導育成に尽力した。「復讐するは我にあり」「黒い雨」(平成元)で日本アカデミー賞最優秀照明賞を受賞。
長田 千鶴子
 元大映プロデューサー,中島源太郎の事務所を経て,昭和43年大映テレビに編集助手として入社。同48年関西テレビ制作のテレビドラマ「市川崑シリーズ 追跡」で編集技師となる。この市川崑監督との出会いにより,「股旅」(昭和48)以降,亡くなるまでの同監督の殆どの作品を担当した。緻密な演出と画面構成に特徴をもつ日本映画界の巨匠,市川崑の世界を編集の立場で支えてきた功績は大きい。主要作品に「犬神家の一族」(昭和52, 平成19)「悪魔の手毬唄」(同52)「細雪」(同 58)「おはん」(同59)「映画女優」(同62),他に「少年時代」(篠田正浩 平2)「誘拐」(大河原孝夫 同9)などがある。
 「四十七人の刺客」(平6)「誘拐」(同9)で日本アカデミー賞最優秀編集賞を受賞。
佐々木 志郎
 昭和37年日活入社以降,一貫して企画畑を歩む。映画界が斜陽の時期を迎えた昭和40年代半ばに企画者となり,日活ニューアクションからロマンポルノの時代を企画の最前線で支えた。この間,脚本家として中島丈博,田中陽造,那須真知子,荒井晴彦,桂千穂,金子成人らを世に送り出し,根岸吉太郎,池田敏春,中原俊,那須博之,金子修介らの若手助監督を監督に抜擢することで次世代を育て上げた。また東陽一監督の「ラブレター」(昭和56),森田芳光監督,松田優作主演の「家族ゲーム」(同58)では日本映画界に新しい潮流を生み出した。製作スタッフのポスター等への氏名表示にも力尽くすなど,常に作り手に寄り添う姿勢は斯界から深い信頼を得ている。
 他に作品に「反逆のメロディー」(澤田幸弘 同45)「帰らざる日々」(藤田敏八 同53)「人妻集団暴行致死事件」(田中登 同53)「お受験」(滝田洋二郎 平成11)「殺し」(小林政弘 同12)「同窓会」(サタケミキオ 同20)など。
萩原 憲治
 大映東京撮影所を経て昭和29年日活に入社。撮影監督昇進以降,昭和30年代後半から40年代前半にかけて新人監督の意欲作からプログラムピクチャーまで幅広く担当する。なかでも石原裕次郎主演の「若い人」(西河克己 同37),吉永小百合主演の「愛と死をみつめて」(斉藤武市 同39),高橋英樹主演の「けんかえれじい」(鈴木清順 同41),渡哲也主演の「星よ嘆くな 勝利の男」(舛田利雄,同42)などが特記される。また藤田敏八監督の「八月の濡れた砂」(同46)は時代の挽歌を奏でる記念碑的な作品。ロマンポルノにおいても「牝猫たちの夜」(田中登 同47)「OL日記 濡れた札束」(加藤彰 同49)などがある。また「伊豆の踊子」(西河克己 同49)を始め,時代のアイドル山口百恵の主演作品を数多く手がけて熟達した手腕を発揮する一方,記録映画にも挑戦している。平成11年からは日本映画学校において講師を務め,多くの後進の育成にも尽力した。他の作品に「青春デンデケデケデケ」(大林宣彦 平4)などがある。

【平成20年度文化庁映画賞選考委員】

<文化記録映画部門>
大久保 正   前社団法人 映像文化製作者連盟事務局長
清水 浩之 ゆふいん文化・記録映画祭コーディネーター
寺本 直未 映画評論家・映像制作
福井 康雄 短編映像プロデューサー(元メディア教育開発センター教授)
山名 泉 社団法人 日本映画テレビ技術協会理事
山本 克己 映像制作アドバイザー・映像評論家
吉原 順平 映像・展示プランナー
<映画功労部門>
兼松 X太郎   協同組合 日本映画撮影監督協会理事長
黒井 和男 シネマインヴェストメント株式会社 代表取締役会長
小藤田千栄子 映画・演劇評論家
白鳥 あかね 協同組合 日本シナリオ作家協会理事
新坂 純一 社団法人 日本映画製作者連盟事務局長

(敬称略・氏名50音順)

(問合せ先:文化庁芸術文化課支援推進室 電話03-5253-4111 内線2083)

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