HOME > 国語施策・日本語教育 > 国語施策情報 > 第1期国語審議会 > ローマ字調査分科審議会 > 懇談の続き
懇談の続き
千 葉
そうではない。やはり「ローマ字のつづり方をひととおりにして……」ということである。
原課長
使節団は,つづり方の審議状況についても詳しい説明をきいており,
式の統一に関しては,まだ結論が出ていないということを知っているから,やはり,式を一つにすることを意味しているのだと思う。
千 葉
どう考えても式を一つにしてということである。
桑 原
ここは明らかにそうであると思う。
松 浦
しかし,sistem とform とはっきり使い分けているし,われわれにとってこそ,つづり方は重大な事がらであるが,先方にとってはつづり方は それほどのことではないように思う。
千 葉
「a single system of Romaji」は要するに「a single form of Romaji spelling」のことであろう。
松 浦
第2条から第4条までの3か条は最も重要な,最も実施困難なものから順に並べてある。これからいっても,第1条は最も重要なものと考えるべきで,すなわち,ローマ字専用と解釈すべきである。
千 葉
第3条の「the university level」を「大学程度の教育機関」と訳したのはちょっといいすぎである。「教育機関」というと大学も含まれると思うが,university level には大学それ自体は含まれていない。大学程度の研究機関でよいと思う。たとえば国語研究所なども大学程度の研究機関である。
福 田
英語本位に考えて,さしさわりのないように「大学程度の水準において」とすればよい。
原課長
「水準において」でわかるか。
千 葉
もしも「大学」ならば,「university level」とせずに「university」と書くはずである。
原課長
それは研究のレベルのことか。
千 葉
そうである。「機関」は必ずしも「大学」ではない。
松 浦
いずれにしろ,「教育機関」にあたる語は原語にないのだから,訳文につけるのは望ましくない。
福 田
それでは読む人にもっともらしい印象を与えるために,「教育」をとって,「大学程度の機関」としてはどうか。
千 葉
そうしても大学が含まれることになる。
原課長
「水準において」でもさしつかえないようなものの,それをどう解釈するかに困ると思う。
松 浦
それはしかたがない。原文がそうなっているのだから,なんともいたしかたがない。
千 葉
だから「大学」とはっきり示さずに,「教育機関」だけにしておけばよい。
福 田
たとえ,大学で行ったとしても解釈上誤りではないだろう。
千 葉
いや誤りである。原文では大学でやることは含まれていない。
福 田
わたくしは大学でやってもさしつかえないと思う。
大 塚
「大学」という意味ではなく,大学を含んだ広い意味をもっているのではないか。
千 葉
大学は含まないと解釈すべきだ。
武 藤
教師養成の機関と考えれば,当然「大学」も含まれることになる。
千 葉
しかし,実際問題として,大学でローマ字を研究するといういことはどうか。
松 浦
必ず勧告に従わなければならないということはない。
福 田
各大学で必ず実施しなければならないというわけのものではないから,さしつかえないと思う。
松 浦
われわれが受け入れることができるように翻訳をするのではない。原文のとおり翻訳すべきである。受け入れるかどうかはあとで考えるべきことである。「水準」ではいけないか。
千 葉
それが最もよいと思う。
福 田
その訳で国語としてさしつかえなければ,それでよい。
松 浦
訳文には「教師養成の課程」とあるが,これは原文にはない。
原課長
これは意訳である。現に「教師養成課程」という語が用いられているから,このようにした。teacherを教員とせず,教師としたのも「教師」という語が用いられているからである。
また,「kana, Japanese syllabic signs……」については,明らかに先方の誤解であると思う。
桑 原
気づいた点を申し上げる。
- 「step」は「段階」と訳してあるが,「措置」のほうがよい。
- 「be realized」は「実現されることを」よりも「実現されるべきである」と訳すべきである。
- 訳文の「文部省は1950年8月に……」とあるのを「1950年8月に文部省は……」とすべきである
- 「これらの勧告がなされてから早くも4年以上……」の「早くも」をとること。
- 「are well under way」は「相当に進行している」と訳したほうがよい。
- 「language simplification」は「国語の簡易化」と訳し,「kana, …were……simplified」のときは「……,単純化され……」と訳してあるが,簡易化に統一すべきである。
- 「theoretically at least」は「Kanji has been restricted」だけを修飾していることをもっとはっきり表わしたほうがよい。
福 田
「Since the war, then」のthen を「さらに」と訳してあるが,これは,「すなわち」の意である。
桑 原
当用漢字表や当用漢字音訓表にあたる英語の直訳をあげる必要はあるのか,削ったほうがよいのではないが。
原課長
御意見は係のほうへお伝えする。
安藤会長
いろいろ注意をいただいてありがたい。
大 塚
recognized ,realized などに対しても,もっと適切なことばに訳してほしい。
千 葉
文部省としてこの勧告書に対しての御意見は。
原課長
各局課について,それぞれ事情が違っているから,勧告書全体として一律にどうこうであるというわけにはいかない。目下それぞれ各担当の局課で研究中である。国語改革の章については,国語審議会がこの問題を自発的に取り上げて,なんらかの措置をとられることを待っている形である。審議会をさしおいて,文部省が独自の案を立てることは,さしひかえたい。
千 葉
国語審議会として何か意見があるか。
土岐国語審議会長
勧告書をこのように取り上げ,どのように考えるかなどということについて,この月末あたりに国語審議会総会を開きたいと思っている。
千 葉
国語審議会が勧告をうのみにする必要はないと思う。
土岐国語審議会長
第4項が決まらないことには,第3,第2,第1項はかなり実施しにくいであろう。
千 葉
文部省が正文を作るのだとすれば,順序を変えてもさしつかえないだろう。
原課長
具体策としては,もちろんこの順序によって考えなくてもよい。
武 藤
分科審議会としての意向をまとめておいたほうがよくはないか。
安藤会長
そのためにお集まりを願ったのである。引き続き勧告の4項について御意見を述べていただきたい。
土岐国語審議会長
「university level 」を「大学の水準」と訳しておいても実際はどこかの大学でやってもよいと決めれば,やってもさしつかえないわけではないか。
原課長
教養学部・学芸学部はuniversity levelとは言えないか。
千 葉
言える。
土岐国語審議会長
大学を含まないのなら,なにも university という語を使わなくてすむわけだ。
千 葉
組織には触れてない。だから国語研究所もじゅうぶん資格をもっている。
福 田
最もつごうがよいところでやればよい。
土岐国語審議会長
最もつごうがよいところというと,教育大学や学芸大学になる。
千 葉
それはどうかな。先方は学芸大学なんてものがあることを知るまい。
原課長
このことはC.I.Eの担当官からしょっちゅう聞いていることで少しも新しいことではない。正課とするということになれば,教師養成の課程へも入れなければならないことは先方はよく承知している。
松 浦
各部門別に各局課で訳せばよい。
原課長
共同でやるわけだ。
松 浦
国語審議会の委員が訳すことにしてはどうか。
原課長
そこまでごむりをお願いすることはいたしかねる。
松 浦
正文にならないのならともかく,正文になるのだからよほど慎重にしなければならない。
福 田
疑問が起ったときは,勧告者の意志に最も近いところで解決しなければならない。
松 浦
第2項に中学のことが少しも顔を出してないが,なにか意味があるのか。中学校ではもうやる必要はない,小学校だけでじゅうぶんであると いう意味か。
武 藤
小学校のことと,大学のこととを前後に出しておき,中学校・高等学校は当然それに含まれていると解釈したい。また単に,国語科ばかりではなく,社会科や理科・数学などでも含んでいるものと解釈したい。
土岐国語審議会長
「teaching of Romaji」というのは,「ローマ字を教える」ことか,「ローマ字で教える」こととすると,正課となって小学校1年から教えれば,中学校では,ローマ字について教えることはなくなってしまう。そこでこれは,「ローマ字を教える」ことと解釈したくなる。
千 葉
これは,「ローマ字を教える」である。
武 藤
小学校では「ローマ字を教える」,中学校では「ローマ字を教える」必要がないから,書いてないのである。
原課長
regular carriculum ということは,必ずしも1年からとは限らない。3年からのregular carriculum ,6年だけの regular carriculum というものがあってもさしつかえない。
武 藤
この分科審議会委員で,第1項〜第4項に反対されるかたはないと思う。この席上でじゅうぶん具体策を練って,国語審議会に伝えるようにし たい。そうでないと来年の4月には間に合わない。
安藤会長
そういう問題について,武藤委員から御発言願いたい。
武 藤
来年の4月から,ローマ字を正課に入れることを国語審議会の名をもって文部省に対して勧告してほしい。
原課長
来年4月から,ただちに実施することはむりである。
保科事務官
全国の小学校にローマ字を教える自信のある先生がいるか。
原課長
単に教員の問題だけではない。
武 藤
講和条約が結ばれれば,ローマ字はなくなると思っている人がある。こういうことがないようにできるだけ早く正課にする必要がある。
保科事務官
かりに1年から正課で実施するとなると,まず教科書がない。
武 藤
教科書はある。
原課長
まず,小学校の言語教育におけるローマ字の位置づけが必要である。
武 藤
さしあたりの処置としては,1年から実施してもよいとすること。
原課長
選択ならよいが,正課では問題である。
武 藤
では,正課にする予定なのだから,その準備として現在のローマ字教育を強化する処置を講じてほしい。
原課長
それはさしつかえない。
保科事務官
「ローマ字を」と「ローマ字で」とは違う。
原課長
正課への入れ方をよほど研究しないと,かえって現在よりも縮まってしまう。
武 藤
それはそうかもしれないが,すみやかに実施しなければ立ち消えになってしまう。
保科事務官
授業時間はどうするか。
武 藤
教育課程審議会でやればよい。
保科事務官
よく調べてからやってほしい。
武 藤
そんなことをしているとおそくなる。
保科事務官
正課としても1週間1時間以上とることは,小学校としてはむりだと思う。
原課長
そういうことよりも,正課とした場合に,どのようなことを課さなければならないかということを考えてほしい。
武 藤
それは簡単である。要するに国語を教えるのであるから,たとえば国語の時間が1週間5時間あるとしたら,3時間は漢字かな文で,2時間はローマ字で教えればよいと思う。
保科事務官
そうすると漢字かなの方面の力が低下する。
武 藤
確かに低下するかもしれない。しかし,その低下は大きい目で見れば,――われわれの一生の言語生活において――はたしてプラスであったかマイナスであったかはわからない。4月から正課にするというわけにもいかないだろうが,準備の処置はしてほしい。
原課長
当局としては,会として,も少し具体的に研究していただきたいと思う。
武 藤
行政上のことは文部省がやるのだから,文部省が行政上の措置を講ずれば,審議会としても具体策を研究しやすくなると思う。
福 田
要するに表裏一体のものである。
武 藤
教科書が足りなければ,増刷すればよい。
千 葉
小学校の何年から始めるか。
武 藤
1年からやらせたい。
千 葉
1年からはかえって混乱が起ると思う。やはり3年か4年からのほうがよい。
福 田
自分のこどもにかなよりもさきにローマ字を教えたが,別段混乱は起きなかった。
千 葉
それは教え方による。一般にそうはいかない。
福 田
小学校の先生ならば,もっとじょうずに教えられるだろうと思う。
山 崎
わたくしの学校で1年にやってみたが,大した混乱は起きなかった。わたくし個人の考えとしては,1年か2年からやるのが理想である。おとなが考えるよりも,たやすくできるのである。教育委員会が積極的に講習会などを開いて新しい先生が出るような措置を講ずる必要がある。現段階においては3年あたりからやっていくのが最も実際的ではないかと思う。
土岐国語審議会長
1年からやるというのと,3年からやるというのは,単なる学年の相違ではない。根本原因が違っているのである。1年からやるのは,国語教育をローマ字でやるのであり,3年・4年からやるのは,ローマ字の知識をもたせるということである。ローマ字調査分科審議会が国語教育はローマ字でやるのが最もよいと考えるなら,1年からやるのが当然である。
原課長
それを研究してほしい。
千 葉
それでは,やがては漢字・かなはいらないということになる。
土岐国語審議会長
いるかいらないかは問題ではない。やってみた結果,ローマ字がよいものならば,自然そういうことになりうる。
千 葉
ローマ字調査会の発足のときは,「ローマ字で」ではなく,「ローマ字を」であった。
土岐国語審議会長
そのとき大臣は確かにそう言ったが,大臣としてはそうとしか言えないであろう。
武 藤
会として,国字をローマ字にするかどうかを決めるわけにはいかない。それは国民一般が決めることである。会としては,いかにローマ字を国民一般に徹底させるかを研究すべきである。
千 葉
しかし,国字のことは根本問題である。
武 藤
もっとも,ローマ字が最善のものというわけのものではなく,もっとよいものがあれば,それでもよいわけである。
福 田
そのことは前の勧告を受け入れるときに議論ずみではないのか。式はともかくとして,国語教育におけるローマ字教育の位置づけはできているのではないか。
原課長
そこまではいっていない。前の勧告書は式の統一をせよということであった。
土岐国語審議会長
昭和22年に発表された文部省の「ローマ字教育の指針」はなかなかさっそうとしている。特に書きはじめの部分はなかなかローマ字に肩をもっている。途中で少しあいまいになっている点がないでもないが文部省からあれを出している以上。文部省がローマ字の支持者でないとは言えない。
原課長
文部省はローマ字の反対者ではない。
土岐国語審議会長
しかし,教育を推進しなければならない。
井 上
長い目で見ると,ローマ字はだんだん国民性のなかへはいってくるのではないか。
(佐野委員出席)
原課長
ただいま,佐野委員が見えたから,使節団との折衝の模様を簡単に報告していただく。
佐 野
使節団は5名でやってきた。教育刷新審議会から7名の委員が出た。わたくしは国語問題をも含めて14項目受け持ったのである。9月の初旬約1週間にわたって,大倉集古館で各方面についての話があり,国語問題については9月6日,16時から17時まで1時間にわたって,わたくしが一般報告をしてから,安藤・土岐・西尾・有光の各氏から,それぞれ説明した。その日は当方からの報告と説明だけで先方からの質問はなかった。その後16日にホックウォルト氏と西尾氏・わたくしのふたりで面接し,同氏から国語問題に関して質問を受けた。
大 塚
「ローマ字を国字にすることを4年前に勧告した」のか。
佐 野
そうではない。「国字にすることの準備をせよと勧告した」のである。
大 塚
要するに国字にせよということだと解釈してよいか。
福 田
今回の勧告の第1項「by common usage」というのは,つづり式の統一を意味しているのではなく,日常一般に世間で用いられるという意味にとれると思うが,どうか。
大 塚
佐野委員に質問した使節団のホックウォルト氏が,そのように勧告した。そのホックウッォルト氏がいる使節団が勧告した勧告書であるから「日常一般に世間で用いられる……」と解釈してよいと思う。
福 田
だから日常広く世間一般に用いられることが第1の主旨である。その意味でローマ字の国語教育における位置づけがだいたいわかるような気がする。なお,国字の解釈が問題だが,一般に使われているのが国字ではないか。
千 葉
漢字やかなをどうするかが問題となる。
大 塚
過渡期としてはいたしかたがない。
武 藤
漢字・かなもローマ字もともに国字でさしつかえない。
土岐国語審議会長
ローマ字国字論というと,これまでの考え方からすればどうしてもローマ字専用ということになり,まさつが起きる。そこで,ローマ字も漢字・かなと同じ位置をとらせると解釈すればよい。
松 浦
だから,第1項の「system」は「形」というような小さな問題ではない。やはり第1項はローマ字専用方式を研究せよというのである。
福 田
一つの方式の中に若干の異物があっても,それは一つの方式と考えられる。system は全体として一つの体系としてまとめろという意味だと思う。
土岐国語審議会長
system はつづり方のことをさしているのではないか。
(福田委員退席)
武 藤
分科会としての意見をまとめたらどうか。
安藤会長
けっきょくはローマ字をどういうふうにしていくかということになるが,別に一つの部会を設けて,ローマ字教育に対する処置をどうするかを研究したらどうかと思うが,いかが。
武 藤
少なくとも,勧告書の4項目を推進することに反対される委員はいないと思うが。
安藤会長
ごもっともである。
武 藤
そこをはっきり確認してほしい。また具体的な問題にはいっていくときには部会を設けるのもよい。わたくしとしては勧告に従うのではなく以前から考えていたことが,勧告と一致したのであり,わたくしとしては,これ以上のことをやりたいと思っている。
土岐国語審議会長
勧告の内容が,われわれの考えているところと「一致した」とするか,「最も適当なものと認める」とするか,個人としてはともかく,会としては妥当な表現をとったほうがよい。
安藤会長
それなら,ローマ字調査分科審議会としては「適切なものと認める」と決議してよろしいか。
では新しい部会の委員は別のおりに改めてお引き受けを願うことになるが,なにぶんよろしくお願いする。
では,きょうの総会はこれで閉会とする。