国語施策・日本語教育

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議事 ローマ字つづり方について(1)

土岐会長

 では,議案を読んでもらおう。

(議案を朗読)

佐野分科会長

 これについてわたくしが朗読する。
 今次の国語審議会は,さきの国語審議会から受け継いだ三つの問題,すなわち,ローマ字教育・わかち書き・つづり方について審議を進めることとし,これをローマ字調査分科審議会に付託された。分科会としては,この三つの問題の中から,まずつづり方の単一化について,特に部会を設けず,全員21名で審議することにし,審議の材料として,いわゆる第1読会案に基いて,7回の会議を経て一応の仮決定案をまとめた。第17回総会(昭和27.12.18)に報告したのがそれである。そのときにも申し上げておいたが,さらに慎重を期するため,分科会の全委員にこの原案を郵送し,文書で修正意見の提出をお願いした。修正意見を出された委員は4人あった。4人はいずれも,第2表のdi,duを第1表に入れるか,あるいは,そえがきの表現を変えて第1表と同じ効果を持たせるようにせよとか,いずれにしてもdi,duのことが主だった。それについては,分科会として第8回の会議でじゅうぶんに協議したが,di,duについては議論し尽されていたためか,仮決定案を支持する委員が多かったので,現在のように決定したのである。ついで第9回の会議で,まえがき・報告文を審議し,決定したので,この総会で報告するわけである。
 内容について説明すると,まえがきに第1表と第2表の適用について述べてある。第1表・第2表ともに使用してさしつかえないのであるが,教育上一定のよりどころとしては第1表によるというわけである。
 第1表は,できあがってみると,昭和12年に発表されたいわゆる訓令式とまったく偶然に一致した。これは意識的にそうしたのではなく,審議の結果,自然にそうなったのである。訓令式というのは,1音1つづりの原則が貫かれているのだから,最も簡単で,単純で,見方によっては味もそっけもないといわれるかもしれないが,その味とそっけとは第2表にあり,第1表と第2表を適当に組み合わせることで,従来のいわゆる標準式にも日本式にもなる。
 そえがきは第1表・第2表に共通するものであるが,書き表し方の細目を定めたものである。どうしてもこの各項にもれるものがあるので,「おおむね」ということばを入れたわけである。
 なお,一つ二つつけ加えると,さきほど9回会合を重ねた結果,成案を得たと申し上げたが,それは昨年委員改選後だけのことであり,つづり方の審議そのものは,昭和23年以来継続しているので,その4年半を通算すると,54回の会合を重ねたわけである。その間,安藤正次委員がなくなられたのは残念であった。委員の出入はあったが,多数の人の熱意と,小異を捨てて大同につく寛容によって,今日の結果が得られたことを報告申し上げるとともに,各位の御努力に対し,深く感謝の意を表わしたい。
 ただ,報告の終りのほうにあるが,この総会でじゅうぶんに審議されたうえで議決されたならば,昭和12年の訓令を改めるように,政府に建議していただきたい。

金田一

 長い間の,ローマ字のつづり方問題が,佐野ローマ字調査分科審議会会長はじめ各委員の熱心な審議の結果,このたび終止符を打つことができたことは,ほんとうに歴史的なことであり,心から感謝とお喜びを申し上げる。
 内容については,わたくしとしてはまったく意見はなく,全面的に賛意を表する。これが,一般に受け入れられて,用いられるようになることを念願するものである。
 わたくしもおそまきながら委員の1人として参加したので,今さら質問など申し上げるすじあいではないが,ある偶然のことから,どうしたらいいかという問題がかなづかいの問題にからんで起ってきた。それは,ある学校の生徒から質問の手紙を受け取ったのだが,現代かなづかいでは,オの長音は本則としてはオウと書くと書いてあるのが,オの長音をオオと書いたら先生が×をつけた。しかし,金田一先生の辞書にはオオと書いてあるが,どちらが正しいのか,と聞いてきた。その答えを書く際に考えさせられたのだが,つまり,この二とおりに書くことを認めるということは,生徒が一つの文章の中で二とおりに書いた場合,先生の立場としては,どう取り扱っていいかという疑問にぶつかってしまうことになる。わたくしは「オオ」と書いても誤りとすべきではないと返事をしておいた。この見地から,今度の表を見ると,生徒がすべて第1表によって書いているのに,たとえば「シ」だけをshiと書いた場合どう取り扱うか。他日,わたくしが学校の先生に話をする際のためにも,皆さんからはっきりした御意見を伺っておきたいと思う。

佐野分科会長

 かなり専門的な御質問なので,わたくしからお答えするのは適当でないと思うが,ただ今の,第1表と第2表とをまぜて書いていいか悪いかということは,座談の間にその議論が出た。そのときの話は,第1表を教えている過程では,第1表だけで書かせるが,第1表を教えてしまってから第2表を教える段階にはいったら,おのずからまじることはあり得よう。それはまちがいであるとするわけにはいかないが,第1表だけで書くのは,よりいいというくらいの話であった。なお,はっきりしたことは教育の実際家にお聞きしたい。

土岐会長

 いろいろ質問がすんだあとで報告を受け取ることにするか,一応受け取ってから,総会として細かい点を審議しようか。

保 科

 ただいま金田一委員がお話しになったことは,これからしばしば起ってくることであろうから,この表を教育上に実施する場合には,教科書は全部第1表で作り,教育上は必ず第1表によることとする。しかし,児童が町の看板などに書かれたローマ字を読もうとする場合に必要であるから,第2表も読めるようにしておくという程度にしておきたい。どっちでもいいというふうにあやふやだと,指導上も困るし,児童も困る。同一の文章をいろいろのつづり方で書いているのでは統一が取れない。そういう混雑が起らないように,学校教育は第1表によることとするが,もし児童が第2表のつづり方を用いて書いた場合でも,それは一応認めてやることにしてはどうか。そういう点をよく考えてほしい。注意書きなどをつけ加えていただきたい。

服 部

 わたくしも金田一委員と同じ疑問を持っている。この表はこのままだと問題を残すと思うが,この際教育上どうすればいいかを,すっかり解決してから実施してほしい。

佐野分科会長

 表を一つの式だけのすっきりしたものにしたいというような御意見のようであるが,申し上げておかなければならないのは,まえの審議会のつづり方部会で,「シ」をsiにするかshiにするかということはじゅうぶん審議された。けっきょく,si または shi というふうに「または」をつけておさまりがついたのである。これを一つにしようというのはほとんど不可能である。だから,適用の面で軽重をつければよいと考えて,まず,教育は必ず第1表による,ということを決めた。しかし,世間では第2表が行なわれているから,児童に対してもその知識を与えずにはすまされないので,まず第1表で教育された後,適当な過程で第2表のつづり方も習得させるべきであるとしたのである。そうしなければ,世間の事情に通じないことになる。すなわち,教育の正道は第1表によるということを定めたのである。この点を御了承願いたい。

大 塚

 金田一委員の言われた問題,すなわち,第1表と第2表の使い分けについてであるが,第1表と第2表ができて,これではどうかと分科会長から意見を求められたときは,まだ,まえがきがついていなかった。したがって,そのときに各委員は,表の取扱については自由な解釈によったのだろうと思う。この点は初めから問題であった。審議の過程において取扱がはっきりしていたら,結論が違ってきたのではないかと思う。このようなわけであるから,慎重に考えてほしい。
 また,この第1表は現代かなづかいと対応していないのだが,そのことについて,分科会長はじゅうぶんに考えたいと言われたが,わたくしとしては,じゅうぶんに考えていなかったと申し上げたい。このことはこの総会の席で改めて考えるべき問題ではないかと思う。このような問題を受ける先生の立場になって考えてみると,たいへん困るだろうと思う。この点についてじゅうぶんに御考慮願いたい。

佐野分科会長

 ただいまのおことばに対し,分科会長として説明したい。
 仮決定案についての質問に,まえがきがなかったといわれたのは心外である。確かにあのときは文章はついていなかったが,第1表と第2表の扱い方についてじゅうぶん話し合ったものであり,このまえがきは,その話し合いとちっとも変っていない。ただそれを文字にしただけである。すでに了解されている事項である。
 現代かなづかいとローマ字のくいちがいについても,しばしば話が出た。チ・ツの濁音が少なくとも第1表にないということは,さきほど説明したように,ごく単純な,すらっとした1音1つづりの原則に立っているのである。ローマ字とかなとは一致しなくてもいい。根本から成り立ちが違うという考え方からそうなった。ローマ字とかなと一致しないと教育上困るという問題は,考え方によれば確かにそのとおりであろうが,ジ・ヂ,ズ・ヅの使い分けをかなで教えてから,この区別のないローマ字を教えると,最初はまごつくこともあるが,もしローマ字だけでzi,di,zu,du の使い分けを教えるとすればさらに困難であると実際家の委員からの御意見があった。そういうわけで,第1表は単純なものになった。
 なお,教育の専門家のお話があれば,いっそうはっきりすると思う。

大 塚

 教育のことが出ているので,もう一言述べさせていただきたい。
 今のお話だと,かなにもどってローマ字を教えるというようなことであったが,今のローマ字教育では全然そういうことはない。もしそうしたならば,失敗である。わたくしは,ローマ字はローマ字として日本語を教える,ということにしている。ローマ字教育の実情を御存知ないと困るので,ちょっと御説明申し上げる。
 正直に言って,会議の席上では教育上の問題はあまり考えられなかった。なるほど4年半の間審議をしているが,具体的な材料を取り上げたことはない。国語研究所などにそういう材料があるのではないかと思うが,こういう大事な問題には,国語研究所というりっぱな機関に材料を要求してもいいのではないだろうか。もしそういう材料があるのなら,この際出してほしい。

緒 方

 さきほどからのお話で,総会としてこれをどう受け取るかについて忠実に考えていたが,お話が細かくなり,わたくしはどう申し上げていいかわからなくなった。この「まえがき」は,人によって解釈がいくとおりにもなる。わたくしは,この案は佐野分科会長が司会されていろいろ練ってこられたものであるから,これをまずすなおに受け取ってから,なお,第1表と第2表との取扱について,はっきりさせたいと思う。この案を正式に受理してはどうか。

佐野分科会長

 第1表・第2表はどこまでも正副であり、第1表を教育の基本とするということは変りない。第2表は,第1表を相当程度教えてから教えるというのである。現在世間に実際に行われているものを理解させる意味で,第2表は必要なのである。実際問題として,第1表と第2表が同じ程度に行われることはないと思う。

土岐会長

 ほかに御質問はないか。

都 留

 第2表はだいたい英語式の読み方,すなわち,ヘボン式がはいっているようだ。その中でtsuだけには特別の性格がある。というのは,英語ではtsuを「ツ」と読まず,「ツス」と読んでしまう。このことはわたくしの名まえの経験から言える。さらに,英語には語尾にはts がくるが,語頭にくることはない。shi,chiはいい。tsuについてはなお研究していただきたい。第2表は現在世間に通用しているからということであり,御説明では副の意味であるといわれたが,その点についてなお,将来研究を続けていっていただきたい。

佐野分科会長

 第1読会案ではtsuとfuのつづりがなかったのだが,今度の審議では,標準式も社会で行われている以上,tsuとfuがないのはおかしいという意見が有力であった。第1読会案は,第1表・第2表と分けてはなく,箇条書になっているところにtsu,fuがはいっていなかった。あとで第1表と第2表と正副を分けたのだから,tsu,fu も入れてもいいではないかということで,tsu,fuを入れたのである。そういう事情だけを申し上げておく。

土岐会長

 ちょっと補足して申し上げるが,改選前のつづり方部会では,標準式・日本式・訓令式3式のかたがたからの説明があり,そのとき「ツ」「フ」を標準式でもtu,huと書くことを理論的に認められ,第1読会としてつづり方を決めてきたときには,理論的にやって,一応 tsu,fuは入れなかったが,今次の会議で第2表を決める際,現実に通用しているものだから取り入れようということになったわけである。

小 林

 tsuについてわたくしから一言申し上げる。
tsuというのは英語の音節にはない。スラブやドイツにはあり,何とか方法を用いて表わしていた。スラブでもポーランドではtsuを使って表わしている。自分の国にないときは, ts を用いるのが適当であると思う。それだからtsu は奇異なつづりではない。取り入れた事情については分科会長のいわれたとおりである。

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