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3 話しことばの問題

「あらたまってものを言う場合にも出る方言」について

 あらたまった場面において標準的なことばで話そうとする場合に,はたしてどの程度にどのような方言が出るか。それについて,全国的に,方言の研究者,国語教育者,その他広くその関係方面に回答を求めて調査を試みた。その結果の概略を報告する。
 ただし,「あらたまった場面において標準的なことばで話そうとする場合」という条件の設け方はきわめて大まかな限定で,その解釈のしかたにはかなりの幅があるであろうし,また解釈のしかたの相違にしたがって結果にも,ずれが生ずるはずである。この調査の結果にも,そういう意味の不統一のあることは,回答そのものからもじゅうぶん察せられた。もともと,この調査は概観を得ようとするためのものであり,その限りでの結果を示すものにすぎない。
 なお,限られた狭い範囲に行なわれている事実については,概観を求めたこの調査では取り上げられなかったものがあるかもしれない。このことを言い添えておく。


語法について

  1.  回答によってみると,従来方言の語法として指摘されてきたものが,あらたまってものを言う場合にも,一般に地方地方で相当有力に行なわれている。たとえば,東北・関東の「べー」,長野・山梨・静岡辺の「ずら」,京阪の「だす」「どす」,中国・四国の「つかさい」,九州の「ばってん」「よか」等,有名なものがすべて出ているようである。
  2.  しかしまた,少し詳しくみると,あらたまってものを言う場合とそうでない場合とで,語法の行なわれ方にかなりの相違のあることも注目される。従来の方言調査において明らかにされているその語法の行なわれる地域と,この調査で報告されている地域との間に相当ずれのあるものがあるが,これはだいたいにおいて,日常的な談話の場合とあらたまって言う場合との不一致を示しているとみるべきであろう。二三の例をあげよう。
     (1)理由を示す「さかい」およびその系統のものは,方言調査では,大阪を中心として近畿一帯から北陸・新潟,さらに東北の荘内・津軽にまで及ぶと報告されているが,この調査では,大阪・京都・兵庫のほか新潟にあると報告されているにとどまる。
     (2)推量・意思を表わす「べー」「ぺー」は,方言調査では,荘内地方を除いて東北全体,関東全体,さらに新潟・長野・山梨・静岡にも行なわれていると報告されているが,この調査では,青森・福島・群馬・長野・新潟にない。
     (3)文末の助詞「なも」は,方言調査では,愛知・岐阜を中心として,滋賀・奈良・富山・福島・徳島・長崎にもあると報告されているが,この調査では,わずかに岐阜・静岡にのみある。
    方言調査からはあると認められていて,この調査でそれがそこにあがってなかったというのは,あらたまった場面では,その方言の語法が行なわれないものと考えてよかろうか。
  3.  その地方であらたまった場面でも行なわれるというものについては,なお,都市・農山漁村等の地域性の相違や,話し手の年齢層,教育程度の相違によってそれを使うかどうかの違いが全般的に著しい。
     たとえば,上一段活用の五段活用化の傾向(「見らん」「見れ」等)については,大分県では農山漁村に多く,都市の青年・婦人は避けようとしているという報告がある。方向を示す「へ」「に」のかわりに「さ」という(左さ曲がる。)ことについては,青森・宮城・福島・山形・栃木等の諸県において,学歴の低い者に多いという報告がある。推量・意志を表わす「べー」「ぺー」については,秋田・宮城・山形・埼玉・山梨等の諸県において,老年層に多く,青少年層では減っているという報告がある。常識的にも考えられることであるが,一般に都市よりも農山漁村に,年齢の高い層ほど,教育程度の低い層ほど,方言の語法の行なわれることが多い。なお,青少年特に少年に多いなどという報告もぼつぼつあるが,これは社会生活の訓練のふじゅうぶんという意味になるであろう。
     このように,地域性・年齢層・教育程度のそれぞれの差異が,あらたまって言う場合の方言の語法の出方に著しく関係しているが,そのうち,特に地域性・教育程度との関係が大きいように見うけられる。この調査だけからこのように言うことはもちろん危険であるが,もしさらにいっそう詳しい調査によってこのことが言えるとしたら,それはいわば文化的条件の差が大きく関係するものと言いかえてもいいであろう。
  4.  地域性・年齢層・教育程度等の差による相違の著しいものに対し,比較的そうした条件にかかわらず,その地方で一般に行なわれているものもある。たとえば,「買うた」等のウ音便,「……という」「……と思う」の「と」が抜けること,「……よる」「……とる」等の進行態・完了態の表現などは,それぞれの地方で概して一般的に行なわれている。方向を表わす「さ」,推量・意志を表わす「べー」「ぺー」などは,これと反対の傾向のものである。それについて一つ考えられることは,方言の中にもいわば全国的に通用することばに近い位置にあるものと,それに遠い位置にあるものとがあるということである。
     「買うた」等のウ音便,「と」抜け,進行態・完了態の「……よる」「とる」などはいわば全国に通用することばに近い位置を占め,方向を表わす「さ」,推量・意志を表わす「べー」「ペー」などは全国に通用することばに遠い位置にあるものと言える。演芸などでいなかことばの見本のように使われるのは,「買うた」,「と」抜け,「……よる」「……とる」の類ではなく,「さ」「べー」「ぺー」の類である。こうした位置づけにあずかった要因の中には,日本社会の歴史的事情があり,地方地方の勢力関係などのあることが察せられる。そうして,地方地方の方言や全国に通用することばに対する概念のもち方,態度のもち方がそれにもとづいてうみつけられてもいるだろう。いわゆる標準語に関する政策を考えるうえに,ことばについての人々の自信や卑屈感は無視することのできない大きな事実である。

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