国語施策・日本語教育

HOME > 国語施策・日本語教育 > 国語施策情報 > 第4期国語審議会 > 第35回総会 > 議事

議事 審議

土岐会長

 もうひとり永田委員が出席ということになっているが,まだ見えないから新しい委員の発言はこれまでとし,議事を進める。今後どういうふうに運営していくべきか。部会を設けるとすればどういう部会を作るべきか,自由にお話し合い願いたい。

伊 藤

 報告書を拝見した。これは横書きになっている。横書きの場合,ひらがなとかたかなの優劣についてははっきりしている。当審議会から建議した「公用文作成の要領」では,横書きの場合は,ひらがな,かたかなのどちらを使ってもよいことになっている。この報告書は,1行33字になっていて読みにくい。わたくしはかたかなを多く読んでいるが,かたかなは目の疲労が少ない。この中に,チャランチャラン(152ページ),ヒキハリ(191ページ),インフォーメーション(217ページ)など,簡単な例が出ている。この本は印刷がよいのでわりに読みよいが,左横書きの場合,かたかなを採択することはできないか。官庁文書様式のうえからもかたかなを使ってほしい。活字の場合かたかなであると,すでに数十種のタイプがあり,2/3の活字で印刷自体をセーブできる。このタイプなども実行の一つに考えていただきたい。各省ほとんど横書きを実行しているが,外務省だけが縦書きである。今日ではさいわいに外務省でも横書きを希望している。内閣から2度も通達が出ても実効していないが,文書様式をさしずめ左横書きに統一することを内閣の力によって実行したい。
 話しことばについては意外に行なわれているのは通産省である。通産省では公文書に「こぎしゅんじゅん」「じんぜん」ということばを「もたもた」,「計算する」を「はじいて」,「結論に達した」を「わりきった」などと想像以上に思いきった飛躍があり,新しい文書様式に進んでいる。各省を通して,左横書きのかたかなについて,目の衛生,能率などのうえからお考え願いたい。直ちに実行することは,なお時間を要することとは思うが,総会で決定するようにしたい。

土岐会長

 今の発言に関連して,御意見はないか。

遠 藤

 今の話も含めて,今まで出た意見をまとめて整理分類すると,問題が出てくるだろう。それによって,どういう部会を設けるかの手がかりになると考える。

土岐会長

 今までの発言をしぼっていくと,書きことばの部会と話しことばの部会とは,やはり必要ということになろう。書きことばについては,第3期の終わりで正書法というところへきたが,その整理徹底に努めなければならない。話しことばも最後はこれに結びつくだろうが,それまでは別々にやっていけると思う。外国語・外来語の問題も出たが,これは正書法でも話しことばでも扱っていけよう。そこで正書法,話しことばをひとつひとつの部会にすることが考えられる。ローマ字は,ローマ字調査分科審議会があるので,そのほうでやっていただくことになる。ところで,国語問題は究極においてどういうところに解決点があるか,このさい一歩を進めて,あるいは百歩を進めて,ずっと先の見通しをつけ,そのことを考えてゆくべきではないかと思う。そのためには,政策実施等の小委員会というようなものを考えていけば,今後ますます機械化されてゆく社会生活と日本の国語表記がどう結びつくかなども考えられるはずであろう。これが適当となれば,それぞれ加わっていただくかたを決めたい。

遠 藤

 小委員会というのは,国語政策の根本方針を考える委員会と理解してよいか。この前,歴史主義と合理主義をどう調和させるかという話があったが,その委員会は今後の国語政策の方針に関するものとなるようだが。

土岐会長

 現実的な国語問題の処理されたものが国語政策として実施されてゆくわけであるが,国語問題にはそれだけでは最後的に処理されないものがあると思う。その問題を考えてゆくと,現実的に処理されたものをどうすればいっそう効果的に実施することができるか,その方法を考えてゆくこと。政策実施というのは,この二つの方面を合わせたつもりである。

遠 藤

 たとえば,正書法では実際には理想的なものを考えながら現実によって考えたのではなかったか。それなら,今までの部会でも当然考えなければできないことであったろう。

土岐会長

 国語政策としてはこんな問題もある,あんな問題もあると,さらにいろいろな問題の考え方を取り上げてみて,たとえば,この問題はNHKや民間放送と連絡してやっていこうということになることもあるだろう。また,正書法の考えを進めてゆくにしたがって,現在の国語表記では 徹底し得ないかもしれない。その点になると,これまでの正書法部会とは別な考え方も出てくるわけであろう。

遠 藤

 具体的な問題を連絡する機関であるか。あとしまつはどうするのであるか。

土岐会長

 そういう機関ではなく,理想的な見地から国語政策を考え,実施の方法も現実的に考えるのである。あとしまつは総会でする。総会で修正されるかもしれず承認されないかもしれないが,国語政策としての問題意識は総合的に結びついてゆくと考える。

遠 藤

 小委員会で考えたものを総会で決めて,それをさらに部会へもっていくのであるか。

土岐会長

 国語審議会としての考え方が提出されるのである。今までは,総合的な考え方の具体的に提出されることがなかった。

横 田

 わたくしにはよくのみこめないが,さしあたってどういうことをやるのであるか。たとえば,外務省に勧めるとか,新聞でやってもらいたいとかいう結論の働きかけ,つまり結論に対する実施の面をうけもつ委員会であるか。結論や決議をどう実施するかという政府との協議連絡機関のように聞こえるが,どうだろうか。

土岐会長

 実施の面でいえば,たとえば,話しことばについてNHKや民間放送関係のかたに加わってもらえば,ラジオの話しことばとしてすぐ現われるのではないか。

横 田

 国語課でも普及するだろうが,それだけにまかしておかずに,広く世間に具体的に働きかける委員会を作ることは必要だと思う。

成 瀬

 審議の機関であって,そこまで考える必要があるかどうか。そういうところへいくまでの審議をする機関であろう。個人個人の主張でやることはよいが,中には反対の人もいるから,あくまで国語問題についての審議をすることがこの会の対象である。別に普及会でやることはけっこうと思う。文部大臣に建議するのがこの会の役目ではないか。

有 光

 土岐会長は多少遠慮がちに述べていられるようだが,端的にいうと,国語・国字の改良は,たとえば,鉄道でいえば,一方では新しく線路を敷き,一方では補修するという建設と改良があるように,今までのわくの中で合理化し改善するという具体的な方面を考えている。また,それと平行して,すぐには実行できないかもしれないが,文字が社会にどういう働きをもつか,どうならなければならないかという建設的な面で,これは夢物語かもしれないが,一歩先を見た別の立場で考えてみる。実行するにはどんな条件があるだろうか,どう克服してゆくかを考える段階にきているのではないだろうか。出る結論は別として,何かそういうことを考える必要が国語審議会の使命の中にあるのではないかということが,第4期になって会長の気持ちにあるのではないかと推測するのである。

舟 橋

 第4期ということに問題がある。今期は第3期までにやったことを絶対に通して,さらに発展させてやっていくのであるか。中には反対の委員もいるが説得してやるのであるか。会長は,4選されたから引き続いて前のことの発展を考えるのだろうが,今期は新しい委員もいる。われわれも新しく任命されたが,これは留任であるか。第3期のはじめに当用漢字を,10倍は大げさだが,せめて3倍にしてほしいということをわたくしは述べた。文芸家に今のままで協力せよといわれても,語いが得られない。貧弱な語いしか使えなくなる。漢字を3倍にすることは第3期には通らなかったが,今期にはもう一度そのことを考えてもらおうと思っている。現在は当用漢字の実践について,どこがやっている,どこがやっていないとかせんぎ立てして普及を計るというような段階まできていないと思う。逆に当用漢字を3倍にしろという要求もあると思う。3倍にはできないという結論は出ていない。会長としては,今までのものをまとめたいというお考えもあるだろうが,もう少し新生面に立ってやってはどうであるか。

土岐会長

 それぞれの部会では,今まで出たデータをもととして,仕事は引き続いてやるが,考えは新しくやってもらえばいい。小委員会で,当用漢字は今までのものではだめだから考え直してみようという考えが出るかもしれない。結果はどうなるかわからないが,今まで押してきた考えのほかに考えが出てよいのではないか。今までのものをそのまま引き続いてやっていくというわけではない。

颯 田

 話しことばでも,正書法でも,今まではいかにあるかということが対象であった。話しことばなど実際にあたってみて,わたくしどもの知らない面で想像以上に進んでいたのに驚いた。これからは,いかにあるかを見ると同時に,いかにすべきかということを見るようにすべきである。

横 田

 どの程度にどの方面にまで進めるかというところまで審議することは必要だろう。今の段階ではこの程度までということを決めることは必要であろうが,それからさきは,文部省とか内閣とかを通じてやるべきことである。結論をどういうふうに実現するかを審議すべきである。今までの委員のやったことに対して拘束されるものではない。今までのものでいいものがあれば実現の方法を考える。また,再検討の必要があれば再検討していけばいい。

伊 藤

 一つの方向があって進んでいる。小委員会で決まったことは総会で決議されれば実行されるのであるか。

横 田

 強制力はないが,勧告はする。自然科学では現に決められたものでやっている。ことに数学方面では実によく行なわれている。

伊 藤

 法律方面でも実行されている。

土岐会長

 国語審議会は建議機関である。総会で建議すると決まれば関係大臣へ建議する。これを実施に移すかどうかという権限は先方にある。たとえば,人名用漢字の場合,審議会としてはこれくらいが適当であろうと決定して建議した。それを法務省が取り上げて,戸籍法の細則として実行に移された。実行しうる程度まで考えることは必要であるが,国語審議会で決まったものが直ちに全部実行されるとはかぎらない。建議が内閣の訓令として出れば各省で実行されるはずであり,今までもそういう前例になっている。その場合これを使わないものは,訓令に従わないことになるのである。社会的には,訓令として出ないでも実行する場合がある。

土岐会長

 ここで,故吉田甲子太郎委員に対して黙とうをささげたい。
(一同起立,黙とう。)

土岐会長

 小委員会および部会を設けることについておはかりする。部会ができたら,そこでなお考えたい。

成 瀬

 さきほどの副会長の意見のようなことでなら了解する。

大 塚

 今までは現実的な問題の解決についてやられてきた。また将来もやられるであろうと思う。しかし,将来はもっと発展するか,あるいは後退するか,今はこう決めるが将来はどうなるだろうかという見通しなどについて話し合う機会があっていいと思う。

土岐会長

 小委員会に加わった委員どうしで,今までのご発言を含んでテーマを考えてやっていただけばいいと思う。小委員会はこうあるべきで,こういうように考えてほしいというのではなく,拘束されずに自由な立場でやりたい。

舟 橋

 前にも経験があるが,小委員会でやったものが総会で反対されてしまって,それまでにやったことがむだになることがあった。そんなことにならないように,小委員会を作るについて,小委員会ではどういうところまでやるか限界を考えていきたい。

土岐会長

 正書法,話しことばは部会であるが,小委員会は部会ではない。たとえ小委員会でまとまらなくて,まとまらないという報告を出しても,それで小委員会の任務は果たされたとみてもいい。総会で否決されるということよりも,小委員会の報告によって,なるほどこういう考え方もあるのだということを反映させていけばよいと思う。

伊 藤

 多数のものが審議したものによってオーソライズしなければ進歩はしない。まとまったものは,まとめていくことが必要である。

実 藤

 総会で決定する場合,従来は多数決で決定したのであるか。多数決ではどうしてもしこりが残るだろう。小委員会の自由討論の結果,委員どうしの間で納得しないものを社会へ出しても,やはり納得しない人が多いだろう。あるところで,賛成,不賛成の色分けはできないだろうか。小委員会には,両極端の人を集めて,腹蔵なく討論していけば,どちらがまちがっているかわかるだろう。委員の中で不満を残すようなことはやめて,そういう機構でやりたいと思う。

横 田

 慎重にやれという御意見はもっともなことであるが,多数の人でやる以上,賛成者も反対者もあるだろう。話し合いの結果まとまればいいが,この会にかぎって全員一致でなければということは不可能だろう。やはりある程度決めていかなければ進んでいかない。多数決としても,賛否決定の方法として2/3以上の賛成によるなどとして決めてゆきたいと思う。小委員会には,最左・最右・会長・副会長は必ずはいって,いろいろな意見が代表されることが必要である。

内 村

 たとえば,小委員会で作った案を,ここだけで決めるのでなく,仮の案として広く世論に訴えて,社会の反響をみるというような,広い意味の多数決によるというようにしたらよい。議論ばかりでなく,もっと実際問題にはいっていったほうがいい。

土岐会長

 正書法についていえば,前に出したものでまだ決まっていない部分がある。それらについて審議会としてはこうも考えられるということで 世論にきく。そのような方法をとった。
 部会,小委員会をつくることは,お決めいただいたこととし,それに加わっていただくかたはこちらからお名ざしすることになるが,御承知願いたい。
 なお,その前に,毎回の議事録は最後に報告書にまとめて出すことになっている。議事録について修正するところがあれば,早い期間に国語課のほうへお出しいただきたい。
 では,各部会へ所属していただくかたを申し上げる。

〔正書法部会〕

岩下,岩永,上野,遠藤,楓井,高津,佐伯,塩田,高橋(健),成瀬,野島,服部,原,久松,藤井,藤江,舟橋,前田(賢),前田(雄),松坂,丸野,山田,吉田 各委員

〔話しことば部会〕

池田,石井,内村,緒方,佐久間,颯田,西本,西脇,波多野,山岸 各委員

 ローマ字調査分科審議会委員は大臣指名になるが,大臣からお話しがあれば,次のかたがたにお願いしたいと思う。

石井,稲富,大塚,倉石,坂西,佐久間,実藤,下村,高橋(秀),照井,野島,波多野 各委員

〔政策実施等の小委員会〕

足立,伊藤,稲富,金田一,下村,芹沢,高木,中島,永田,前田(雄),横田,高辻 各委員

 以上に会長・副会長が加わる。
 ひとりのかたが,二つ以上に属していただくことは,ごめいわくかとも思うが,よろしくお願いする。なお,適当な早い時期にそれぞれ部会を開いて部会長を決めていただきたい。

舟 橋

 ただ今の指名で,小委員会の委員はかたよっていて不公平である。反対側の人がはいっていない。これでは反対意見が少なくなる。

土岐会長

 反対側とか賛成側とかいうようなことは意識しなかった。

横 田

 今の小委員会に懐疑的な発言をされた人にはいってもらえばいい。

高 木

 もう少し加わっていただきたいと思う。発言者の中から選んではどうか。

土岐会長

 では,舟橋,成瀬両委員に加わっていただくか。
(異議なし。)

 これで,きょうの議事はだいたい終わりであるが,まだ少し時間があるから自由に御発言願う。また,部会開催の日時は国語課のほうから通知する。その時部会長を決めていただきたい。

岩 永

 第4期の予定表といったものはどうするのか。一月1回でやるとしていつごろまでに審議のめどをつけるのであるか。

土岐会長

 部会の運営は部会ごとにお任せする。まとまれば総会にかけることになる。あるいは,中間報告も行なわれる。

成 瀬

 舟橋委員とわたくしが最右翼といわれているがなぜだろうか。自然科学では早くまとまったが,社会科学では困難であるというのは,言語を使う人間自身の問題からである。自然科学では文字は単なる記号として用いているが,社会科学ことに文芸家では,ことばが思想や感情の媒体として人間と密接に結びついている。1プラス1は2というふうに使っているのではない。たとえば「風が吹いた。」ということにしても,人によって受け取り方がちがう。風を具体的に表わすのにどう感情を入れようかと苦心している。画家の絵の具を使うのと同じで,外から制限はできない。看板などは制限された概念的な色を使っているので拙劣でつまらない。芸術家は色に思想を盛りこんで個性の色を出す。つまり思想や感情を表現する色である。芸術家に制限せよと呼びかけるのはゆきすぎである。小説家は社会の人間として生活しているから,小説家の文体は生活とともに変わってくる。文体によって変遷がわかる。文芸家・文学者は少数だからかまわないといわれるが,言語というものをもう少し識別して考えてもらいたい。ことばは記号であるという立場から考えられすぎている。自然科学がうまくいっているからといって,社会科学ことに文芸家の場合これと同じあり方でよいかというとそれでは困る。その点理解していただきたいと思って申し上げた。

山 岸

 前に審議機関であって執行機関ではないということを言われたが,そこの関係はどういうことであるか。副会長からさらに説明していただきたい。

有光副会長

 国語審議会は国語政策を推進する建議機関であり,審議会の中の部会は当面の問題を審議処理する。それに対して部会とは別の立場で,当面の問題に追われることなく,国語審議会として考えなければならない遠い将来のことを考えるのが小委員会であろう。その小委員会で結論は出ないかもしれないが,いろいろと考えてみる。こういう委員会は結論が出しにくく,実行に移すのは困難である。それを検討することは,まとまりをつけるのでなく審議するのである。結論が出ても,実行に移す場合,どういう段階でどういうぐあいに実行するかを考えることは必要であると思う。

石 井

 さきほどの成瀬委員の意見に対してわたくしの考えを申し上げる。わたくしは漢字の数についてもなんとかしてやってゆきたいと思う。ことばなおしをする場合,文芸家は作品の上でよいことばを作っていただく。文芸家が率先してことばなおしをやってくださるよう期待する。こどもに対しては子どもに,一般大衆に対してはそれに向くように,われわれの言い得なかったよりよいことばを作ってもらって,一般に広く使わせるような方向に協力し努力してほしい。ことばを記号としか考えていないというお話が出たので申し上げる。

成 瀬

 童話は子どもを教育するものであるから,童話作家に対してはそれでいいだろう。教育と結びついている場合はそれでいいが,たとえば,谷崎氏の「鍵」などを見ても,芸術家は慣習を破るところにある。教育に関係なく自由にやらないと芸術家としては困るのではないか。

石 井

 俳句を現代かなづかいにしようという人があるが,そこまでなおす必要はない。散文はなおしたらよいと思う。

山 岸

 ことばは,作家とかかぎられたものでなく,広く影響するところが多い。読む人間は聞く人よりも少ない。もっと大きな立場から日本語を全体的によくしていこうとする大きな観点からやっていきたい。

高橋(健)

 さきほどから話を聞いていると,ことばも制限しているようにとっておられるかたもあるようだが,字に対しては制限しているが,ことばに対しては少しも制限をしているのではない。一般の人が理解できないようなむずかしい漢語は減ってゆき,理解できるものが残っていく。むしろことばは豊かになっていくほうに向かっている。過渡的なものとして新聞などでわり漢字を使っているのも,ことばを制限しない趣旨であろう。作家のことばを制限しようとするものではないと思う。

土岐会長

 きょうはこれで閉会とする。部会・分科会・小委員会等の日取りが決まれば,御通知する。どうかよろしくお願いします。

トップページへ

ページトップへ