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議事 ローマ字調査分科審議会

ローマ字調査分科審議会報告

〔I〕はじめに

 ローマ字に関することおよびその教育については戦後文部省で審議され実施されてきたが,第4期の国語審議会ローマ字調査分科審議会としては,これまでの8回にわたる審議において過去11年の経過をたどるとともに現状を考察し,今後の対策の資料とすることとなった。
 まず,昭和21年6月文部省に設けられた「ローマ字教育協議会」(以下協議会と呼ぶ。)は,10月「ローマ字教育を行なうについての意見」「ローマ字教育の指針」をまとめて文部大臣に提出した。ローマ字の表記法(つづり方,わかち書き,句とう法,文の書き方)についてのいちおうの基準は,この「ローマ字教育の指針」で示されたのである。
 文部省はこの「指針」に基づいて「ローマ字教育実施要項」を定め,昭和22年度から校長の自由選択ではあるが,義務教育でローマ字の教育を実施した。
 なお,この「意見」には,「ローマ字の表記法(特につづり方)について……さらに適当な機関を設け,学術上,教育上および実際生活から研究を進め,改善をはかられたい」と述べてあり,それによって,次のような審議機関が順次に設けられた。
  昭和23年ローマ字調査会
  昭和24年ローマ字調査審議会
  昭和25年国語審議会ローマ字調査分科審議会
  (以下これらの三つの会を「審議会」と呼ぶ。)
 これらの審議会で採り上げられたのは,おもにつづり方,わかち書きおよび教育についてであった。

〔II〕ローマ字の教育

 ローマ字教育,詳しくはローマ字文による国語教育について,さきの協議会の「ローマ字教育を行なうについての意見」は,「国語教育の徹底をはかり,社会生活の能率を高め,国民の文化水準を向上させるために,ローマ字によって読み書きを行なう習慣を国民一般に普及する必要がある……」と述べている。
 このうち,「国語教育の徹底」と「社会生活の能率を高め」るうえにローマ字が役にたちつつあることは,実証されてきた。しかし,「ローマ字によって読み書きを行なう習慣が国民一般に普及する」ことを期待できるまでには至っていないのが実状である。
 また,審議会の初めのころは,「ローマ字教育の目的がわからない。」という意見が出るくらいであったから,審議会はまずこれを採り上げ,「改訂ローマ字教育の指針」をまとまたが,これはさきの「協議会」の意見を別のことばで述べたものである。

〔III〕ローマ字のつづり方

 次の審議会は,ローマ字とその教育の普及のため,表記法の一つであるつづり方を採り上げて審議した。それはまた,協議会の「意見」の方針に従うためでもあった。
 当時の事情を顧みると,つづり方としては,すでにいわゆる訓令式が公布されていたのであるが,ローマ字教育実施の当初は標準式・日本式も取り入れられていたからである。その後,審議の結果いわゆる訓令式に基づいたものは現在の第1表,他の2式は第2表にまとめられた。この訓令式に基づいた第1表が昭和30年このかた教育界では広く行なわれているが,外交面その他では第2表が使われている。

〔IV〕わかち書き

 わかち書きのよりどころとしては,「ローマ字文の書き方」にその大要が示されている。ただし,現行の教科書では検定基準が必ずしもこれに準拠することを要求しなかったため,実際にはいろいろの方式が行なわれている。
 審議会としてもわかち書きの問題は採り上げたが,まだ最終的な結論には達していない。けれども,いわゆる正書法という立場からローマ字文の書き方を考えると,近い将来にわかち書きのしかたを決定し統一する必要が認められる。

〔V〕ローマ字教育の効果

 最近における審議会の審議は,おもにローマ字教育の国語教育における効果にむけられていた。そして,それには次のような点があげられた。

  1.  ローマ字文ではわかち書きをし,句とう法がはっきりしているという理由で,児童,生徒に語意識(単語と文の構造意識)を与えるのに特に効果がある。その結果として,
    (1) 国語のきまり(文法)が明らかにされる。
     たとえば,kakanai,sinaiなどのnaiは続けて書くが,yoku naiなどのnaiは離して書く理由を児童が自身で見つける。
    (2) そのため,読解力・表現力をつけやすい。
     たとえば,(a)読む速さも漢字かなまじり文よりおそくはない。(b)算数の応用問題はローマ字文で書いたときのほうが漢字かなまじり文で書いたときよりよくできるという結果などは,読解力がついたものとみることができ,ローマ字のほうが作文でもよい成績を示したなどは表現力がついたものとみることができる。しかし,これについては,さらに多数の教育実験の結果を期待したい。
    (3) (1)(2)をひとくちで言えば,「国語の力をつける」ということである。その結果として,たとえば漢字の記憶によい影響を与えたことも報告されているが,この事実は意味がわかっている文字のほうが記憶しやすいという心理学の観察と一致する。また,漢字かなまじり文の読解力・表現力にまで影響を与えていることも報告されているが,これも国語の力がつけられたという例と見られる。
  2.  ローマ字は1種の音素文字である。そうであるから
    (1) 音素間に変化のある日本語の変化がよく表わされる。
       watakusi→watasi→atai
       kak―u,―anai,―i,―e,―
       kakeru→tegakeru など
     このようなことは,また上で述べた語意識を与えることに役だっている。
    (2) 音素文字で表現すれば,ことばのなまり音を正しくしたり,正しい発音の指導がしやすい。
  3.  児童でも国語・国字問題について考える力がつく。
     たとえば,ローマ字で文を書く際に,同音異義語を使わないようにしたり,耳で聞いてわかりにくいことばを避けてすなおな文を書くようになる。
     放送を聞いてわかりにくい言い方に対して,もっとよくわかる言い方があるのではないかと気がつくのは,ローマ字文に慣れている者に多い。
     漢字は字を学習するのにほねがおれるが,ローマ字では国語や中身を習っていることに気づく児童が多い。その父兄が国語・国字問題について考えるようになる例も多い。
     以上のようなローマ字教育の効果は,学習指導要領などに示された指導法によって得られるから,教員養成に適当な処置がとられるならば,いままで一部にとどまっていた成果も,全国的になることが期待されるであろう。

〔VI〕ローマ字教育に対するその他の意見

 ローマ字とその教育には,このような効果があるものと認められる一方,これに反対の意見もある。それらは学習指導要領によって指導しないために出てきた意見であると認められる。次に,それをあげてみよう。

  1.  現在の義務教育では,ローマ字教育に回せるほど時間のゆとりがないという意見。
     これは,現在,社会が要求する国語力の指導はローマ字を使わないほうが能率的であるという仮定に立ったときの意見とみられている。言いかえれば,さきにあげたローマ字教育の効果を認めない人に多い意見であり,つまりローマ字文の学習は,漢字かなによる国語の学習とは別の余分な学習であると考えているための意見とみられる。
     これについて参考となる事実は,かつて中学校の第1学年では数学のうち,算術だけを教え,後にこの算術の時間数を減らして代数も幾何も教えることにしたが,その結果は,代数を使って算術の問題が解けるだけでなく,はるかに高い数学の力を養うことができるようになった。理科でも同じようなことがある。すなわち,この事実は,質のよいものを与えれば,量を補ったうえいっそうよい教育ができるという例である。
     この例はまた,国語におけるローマ字の役割を考えさせる資料でもあろう。
  2.  ローマ字教育で成績を上げるには,指導法がむずかしい,わかち書き一つにも自信がないという声がある。
     これについては,学習指導要領に従って指導すれば成績があげられることが認められているので,これはむしろローマ字の指導法を授ける教員養成機関に連なる問題である。
     わかち書きの問題についても,現在の指導者の中に,わかち書きに自信をもつ人が多くあり,これはローマ字教育をやることによってそうなったとみられる。
  3.  このほか,ローマ字教育は英語教育の妨げになるという意見もある。
     これに対しては,英語もローマ字も学習指導要領によって指導すれば,ローマ字教育が英語教育に役だつことも実証されているのであって,ローマ字教育によって語形をつかむこと,文字に対する慣れ,文法的感覚,わかち書きなどの力が英語学習にそのまま役だっているためとみられる。
     なお,英語学習の一部としてまたはその続きとしてローマ字を指導すれば足りるとする意見もあるが,これはローマ字の学習が国語の学習であるという点からみて,英語学習の目的をはずれたものであり,ローマ字学習にもよくないといわれている。
  4.  ローマ字教育が成績をあげているというのは特例ではないかという反問もある。特例といえば,他の教科も同様で,すばらしくよい特例もあろう。なかには悪いほうの特例もあろう。しかし平均してみると,やはり,ローマ字文の学習によって(ローマ字の表記法を身につけると同時に)国語の力を増していることが認められている。かつての文部省の実験学級はその例となるであろう。

〔VII〕社会の情勢

 過去11年のローマ字教育が以上のような経過をたどっている間に,情勢は国内的にも国際的にも変化してやまなかった。

  1.  実業界では能率を上げるため,事務の機械化と自動化が進むとともに,ローマ字が実際に使われてきた。この傾向は今後加速度的に進むであろう。
     (1) 現に事務の処理に全面的にまた部分的にローマ字を使って機械化し,能率をあげている会社がみられる。
     (2) これらは,いままで既に認められているタイプライター,ライノタイプその他の印字,印刷機械におけるローマ字の機能をさらに上回るものである。
     (3) いっさいのことばは音素だけで表わせるのだから,ことばの生活に使う機械は,音素の理論に基づいて設計すれば,そのままローマ字に変換することができる。それで,ローマ字を使うのがいちばん簡単な方式とされている。たとえば,さん孔テープによる通信機械などでは,ローマ字なら5列穴でよいが,かなでは6列穴が必要であり,当用漢字であると6列×2の穴がいる。つまりローマ字を使えば,
      (a)効率のよい機械ができ,
      (b)世界じゅうの新しい発明を早く利用することができる。
     (4) 将来,話されることばを機会で自動的に書くとすれば,必ず音素分析がされるはずであるから,ローマ字ならばそのまま機械を使うことができる。
     現在でも,13音素はその音声を機械的に文字化できるようになっている。
     それで日本でも,音声と文字の間の変換や外国語の機械による翻訳の場合には,ローマ字が第1に考えられるであろう。
  2.  国の文字組織が変わる場合は,表意文字から音素文字に変わることは歴史の示すところである。最近では,中国における文字改革の試みがそれを示すものといわれている。

〔VIII〕結び

 ローマ字とその教育の効果,特質および社会の情勢については,だいたい以上のとおりであるが,国語・国字問題が重大な社会的民族的国家的意義をもつことを考え合わせれば,11年前ローマ字教育をその解決の一つの道としてふみ出したことは正しい施策と認めてよかろう。
 なお,外国では新しい科学(サイバネティックスなど)を使ってことばとその機械通信が研究されているが,この研究は脳でことばをつかさどる機構の研究にまで及んでいるので,わが国でも国語について音素による能率的機械化などこの方面の研究をすることが望まれる。
 そこで,この審議会においては,ローマ字とその教育法についてさらに審議を続けるとともに,以上のような事実を一般に知らせることも必要であり,ローマ字教育を義務教育で必ず行なうことが関係方面において考慮されなければなるまい。その場合には,時間の配当や教科書の程度,分量などすべて目的にそうようじゅうぶんに慎重に考慮すべきであろうと考える。

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