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語形の「ゆれ」の問題 漢字表記の「ゆれ」について(報告)3
「劇暑」と「激暑」――演劇関係の語に使う「劇」は別として,「はげしい」という意味に使う場合の「劇」と「激」との熟語構成の機能を比べると,次のようである。
激 越 | 激臭(劇臭) | 劇 職 |
激 化 | 激震(劇震) | 劇 務 |
激 減 | 激痛(劇痛) | |
激 賞 | 激変(劇変) | 劇 毒 |
激 情 | 激烈(劇烈) | 劇 薬 |
激 戦 | 激論(劇論) | |
激 増 | 急激(急劇) | |
激 怒 | ||
激 動 | ||
激 突 | ||
激 流 | ||
激 励 | ||
激 浪 |
だいたい,左欄は「激」を使う語,中欄は「激」「劇」いずれをも使う語,右欄は「劇」を使う語である。こうして見ると,「激」のほうが「劇」よりは機能が大きいといえるであろう。また,意味のうえからいっても,今日,「劇」に「はげしい」という意味があることは一般に知らなくなっているから,「劇職」「劇務」なども「激」を使うようになっていくであろうが,「劇薬」は今日のところ「劇」を使うのはやむをえないであろう。
「状態」と「情態」――漢字は一字一字意味をもっているものであるから,漢字のもつ意味を厳密に生かそうとすれば,漢字表記のゆれの多くは,同音類義ないし同音異義の語であるとして,使い分ける必要がある。しかしながら,こういう場合,漢字の意味のわずかな相違にあまりにこだわることは,社会一般としては限度があるであろう。「状態」「情態」なども,厳密に言えば,「状態」は「ようす・ありさま」の意味であり,「情態」のほうには心的な意味が加わるのであろうが,普通には両者同じように「ありさま」の意味に使う。その場合,今日では「状態」を使うのが一般的である。
次に揚げる語も,別の意味に使われることもあるが,同じような意味に使う場合もあるものである。特に必要のある場合のほかは,かっこの外のものを使うようにしたらよいと考えられる。
〔3の類例として考えられるもの〕
委 嘱(依 嘱) | 委 託(依 託) |
応 対(応 待) | 学 習(学 修) |
起 因(基 因) | 機 運(気 運) |
基 準(規 準) | 起 点(基 点) |
強 豪(強 剛) | 自 習(自 修) |
修 得(習 得) | 成 育(生 育) |
精 彩(生 彩) | 成 長(生 長) |
探 検(探 険) | 的 確(適 確) |
的 中(適 中) | 独 習(独 修) |
独 特(独 得) | 敷 設(布 設) |
〔5の類例として考えられるもの〕
因 習(因 襲) | 改 定(改 訂) |
終 局(終 極) | 上 々(上 乗) |
状 況(情 況) | 前 兆(前 徴) |
兆 候(徴 候) | 無 残(無 惨) |
「十分」と「充分」――いずれも普通に行なわれている。憲法では「充分」を使っている。本来は「十分」であって,「充分」はあて字である。また,「十」のほうが字画も少なく,教育漢字でもあり,「充」はそうでないことなどからも,漢字を使うとしたら「十分」を採るべきであろう。しかしながら,最近では,この語はかな書きにする傾向がある。
公用文や「文部省刊行物表記の基準」などでは,かな書きを採り,「十分」と書くことを許容している。
「一応」と「一往」――本来は「一往」が正しいといわれるが,今日ではあて字の「一応」のほうが一般的に行なわれている。しかしながら,これなどもかな書きにしてよいと考えられる。このように,語によっては,かな書きにすることによって,漢字表記のゆれを解消したほうがよいものもあるであろう。この種類のものを次に揚げる。
おおぎょう(大仰・大形) | すいきょう(酔狂・粋狂・酔興) |
ちょうほう(重宝・調法) | のほうず(野放図・野方図) |
ようす(様子・容子) | ふだん(不断・普段) |
しんぼう(辛抱・辛棒) | ぞうさない(造作ない・雑作ない) |
へんくつ(偏屈・変屈) |
以上は,主として用字の傾向や考え方の方向を述べ,これにいくつかの類例を添えた試論であって,必ずしも一語一語についてこう書かなければいけないというように決めたものではない。また,語例の中には,今日使うにはどうかと思われるものもあるであろうが,ここでは,その語を漢字で書く場合には,どういう漢字を使うほうがよいかを問題にしているのである。
字訓の語の漢字表記にもゆれのあるものがあるが,その整理統一は異字同訓の問題にかかわるところが多い。音訓表では,異字同訓はできるだけ整理しているが,「かえる―替・換」「つくる―作・造」「のびる―延・伸」「はかる―計・図・測・量」「くら―倉・蔵」など,いくつも残っている。これらをいずれか一つの漢字で書くことにすれば,漢字の使い方はやさしくなるが,現在では,まだ抵抗を感じることが多いであろう。一般にはその使い分けがむずかしいので,最近では,こういう場合,単独の動詞などはかな書きにする傾向も出てきている。