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語形の「ゆれ」の問題 発音の「ゆれ」について(報告)1

第2部 発音の「ゆれ」について



 国語の発音のゆれを整理して,その標準的なものを選ぶうえで考えるべき事がらをあげてみれば,漢字表記の場合と同じように,原則的には語源的に正しい,あるいは一般的に行なわれているということが尊重されるべきであろう。しかしながら,そのほかにも,方言でない,言いやすい,聞いて感じがよい,口頭語的である,必ずしも伝統にこだわらないなど,いろいろな観点から考えられなければならない。
 以下,具体的な語例について考えてみる。



 「カシ」と「クヮシ」(菓子),「ガイコク」「グヮイコク」(外国)――いわゆる唇(しん)音退化によるクヮ行拗(よう)音の直音化の現象である。国語の「クヮ・グヮ」の音は,今日では,東京その他全国的に広く「カ・ガ」と発音されるが,九州・四国をはじめ,各地方に「クヮ・グヮ」の音を保存している所もある。「カ・ガ」が一般的であることに問題はないであろう。
 国立国語研究所(以下「国研」という。)の調査の回答によれば,「菓子」は*採る形としては「カシ」が絶対多数(80%以上)で,**使う形としても対部分が「カシ」である。その理由としては,言いやすい61%,一般的53%,使用地域が広い39%,増加の傾向31%,変化の傾向にそう23%,口頭語的21%,語感がよい12%などがあげられている。
   * 被調査者が口頭語の標準語として採る形。
  ** 被調査者が使う形。

 以上から考えて,「菓子」「外国」は「カシ」「ガイコク」と発音するのが標準的であるといえるであろう。
 「フジ」と「フヂ」(),「ミズ」と「ミヅ」(水),――これは〔d〕〔dz〕〔〕相通の現象である。「ヂ・ジ」「ヅ・ズ」の音の区別を残す地方として最も有名なのが高知県で,九州その他の地方にも区別する所がある。しかしながら,「クヮ・グヮ」が「カ・ガ」に発音されるのに比べると,さらに範囲が狭く,全国の大部分の地方では,「ヂ・ジ」「ヅ・ズ」同一に発音されている。したがって,「藤」「水」は「フジ」「ミズ」と発音するのが標準的であるといえるであろう。
 なお,現代かなづかいでは,末尾の〔注意〕で,「クヮ・カ」「グヮ・ガ」および「ヂ・ジ」「ヅ・ズ」を言い分けている地方に限り,これを書き分けてもさしつかえないとしている。



 「ハイ」と「ハエ」()――これは二重母音〔ae〕が〔ai〕に変化する現象である。「帰る」「名まえ」を「カイル」「ナマイ」というのは,なまりといわれるが,「ハイ」「ハエ」は二つとも広く行なわれていて,その標準的発音がどちらであるかがしばしば問題になる。
 国研の調査によれば,採る形としては,「ハイ」が多数(55〜79%)である。(ただし,第1回調査では「ハエ」が多い。)採る理由として,言いやすい38%,一般的27%,増加の傾向18%,語感がよい15%,口頭語的13%などがあげられている。また,使う形としても全般に「ハイ」が多く,東京の下町に特に率が高い。ただ,日本の東部に限って「ハエ」のほうが多い。
 NHKの「放送用語参考辞典」には,「古くはハエである。しかし,現在ではハイを使ってもいい。(注)動物学など学術上の用語としてはハエである。」とある。
 以上から考えれば,今日では「ハイ」というのが妥当のようであるが,現実の表記の面では圧倒的に「はえ」(または「ハエ」)が多い。表記のうえでは,このほうが他の語との区別ができる長所があるといえるであろう。そこで,問題は,発音に従って「はい」(または「ハイ」)と表記するか,表記に従って「ハエ」と発音するか,あるいは表記は「はえ」(または「ハエ」)として,「ハイ」と発音することを許容するかということになるであろう。



 「ムズカシイ」と「ムツカシイ」(しい)――普通,「ムズカシイ」は関東的,「ムツカシイ」は関西的であると考えられている。教育・放送などでは「ムズカシイ」を採っているので,今日では,「ムズカシイ」が優勢であるといってもよいであろう。しかしながら,「六ヶ敷」というあて字とともに,「ムツカシイ」もかなり行なわれている。
 国研の調査によれば,採る形としては,第1回・第2回ともに,「ムズカシイ」が多数(55〜77%)である。理由には,一般的35%,言いやすい34%,語感がよい21%,共通語的19%,口頭語的16%,関東的14%などがあげられている。なお,日本の東部,東京には「ムズカシイ」を「言いやすい」「語感がよい」とするものが多い。使う形としても,全般に「ムズカシイ」が多いが,西部・九州に「ムツカシイ」の率が比較的に高い。
 以上から,「ムズカシイ・ムツカシイ」のゆれは関東・関西の対立によるものと考えられ,標準的な形として「ムズカシイ」を採るにしても,「ムツカシイ」の形をも認めないわけにはいかないであろう。

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