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語形の「ゆれ」の問題 発音の「ゆれ」について(報告)3



 「ウサギ」と「ウサキ°」()――これは,ガ行鼻濁音化の問題で,語頭以外のガ・ギ・グ・ゲ・ゴの鼻音化を採るかどうかということである。「音楽」「外国語」「会議」「しらが(白)」「なぎなた(薙刀)」など,国語では語頭以外のガ・ギ・グ・ゲ・ゴは鼻音化して,カ°・キ°・ク°・ケ°・コ°と発音するのが普通である。(「十五」の「ゴ」のように鼻音化されない例外的なものもある。)
 国研の調査によれば,採る形としては「ウサギ」が多数(55〜79%)で,語感がよい46%,言いやすい32%,共通語的24%,使用地域が広い・望ましい体系を作る各11%などの理由があげられている。使う形としても,全般に「ウサキ°」が多いが,九州だけは「ウサギ」「ウサキ°」両方が同数である。
 NHKでは,早くから放送言語にガ行鼻音を採用している。「放送言語の現状の研究」によれば,「ガ行鼻音は江戸時代以来,東京で使われてきたものである。さらに全国的にみても、本州の大部分(東北・関東・中部・近畿地方。ただし,千葉県と群馬県を除く。)および徳島県が,ガ行鼻音を使う区域である。この点からみても,放送でガ行鼻音を使うことは,無理な処置ではないと言えよう。」と述べている。
 戦前の小学校教育でも,ガ行鼻音を使うことを原則としていた。しかしながら,ここに注目すべきことには,東京の区部で,若い年齢層にこれを使わない傾向が出てきていることである。(金田一春彦・岡崎有鄰両氏の調査)
 現在のところ,ガ行鼻音を使うほうが標準的であるとみとめてもよいであろうが,将来の問題として残るものと思われる。



 「イリクチ」と「イリグチ」(入り口),「ケンキューショ」と「ケンキュージョ」(研究所)――これは清濁の問題で,「入り口」を「イリグチ」というのは連濁の現象である。
 「入り口」については,国研の調査によれば,採る形として「イリグチ」が多数(55〜79%)で,言いやすい51%,一般的31%,語感がよい18%共通語的・口語的・望ましい体系を作る各13%,伝統的・変化の傾向にそう各10%などの理由があげられている。
 「研究所」を「ケンキュージョ」というのは,漢語の連濁の例である。「研究所」を「ケンキューショ」というか「ケンキュージョ」というかについては,同じく国研の調査によれば,採る形として「ケンキュージョ」が多数(55〜79%)で,言いやすい40%,一般的35%,語感がよい25%などの理由が数えられる。
 なお,「所」のつく語はたくさんあるが,必ずしも「ジョ」というわけでもない。たとえば,「裁判所」「事務所」「検疫所」などは「ショ」である。
 以上の語だけでなく,国語には,清濁両様に発音する語は無数にある。「センタク・センダク(洗)」「カカシ・カガシ(案山子)」「カカト・カガト()」などのように,清濁が関東・関西の対立と見られるものもある。今日では,「センタク」「カカシ」「カカト」が標準的なものと考えられ,教育・新聞・放送などこれに従っている。
 以上から考えても,原則的に,清音を採るとか,濁音を採るとか決めることはできない。しかしながら,若い年齢層には,こういう場合,濁音を使わないで清音を使う傾向があることは指摘できるであろう。


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 「イイ」と「ヨイ」(良い)――普通,「ヨイ」は文章語的で,ていねいであり,「イイ」は口頭語的で,そんざいであるとされている。
 国研の調査によれば,採る形として「イイ」が多数(55〜79%)である。(ただし,第1回調査ではほぼ同数(46〜54%。)その理由としては,言いやすい45%,口頭語的39%,一般的30%,語感がよい16%,共通語的14%などがあげられている。使う形としても全般に「イイ」が多く,特に東京は「イイ」の率が高いが,西部に限って「ヨイ」が多い。
 以上から考えて,口頭語の標準としては,「イイ」(ただし,連用形は「イク」とは言わない。)がよいかもしれないが,改まってものを言う場合や文章語では,「ヨイ」を使うことも認めないわけにはいかないであろう。
 「イク」と「ユク」(行く)も同じように考えられ,標準的な形として口頭語的な「イク」を採るとしても,改まってものを言う場合や文章語では,やはり「ユク」を使うこともあるであろう。(ただし,「行くえ」「行く末」「行く手」「行く行く」などは「ユク」である。)
 当用漢字音訓表では,「良」には「よい」,「行」には「ゆく」「いく」の訓を認めている。
 同じ「ユ」「イ」(〔j〕〔i〕)相通の現象でも,「ユオー・イオー(硫)」「カワユイ・カワイイ(可い)」などは,「イオー」「カワイイ」だけでよいであろうし,(学術用語集<化学編>では「イオー」を採る。)「アユ・アイ()」「カユ・カイ()」「カユイ・カイイ(い)」「マユゲ・マイゲ(毛)」などは,標準的な形としては「アユ」「カユ」「カユイ」「マユゲ」を採るべきであろう。
 「ユダル・ウダル(る)」は〔j〕の脱落の現象であるが,これなども標準的なものとしては「ユダル」を採るとこになるであろう。


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 「エツネン」と「オツネン」(越年)――「越」の漢音「エツ」,呉音「オチ」である。「越年」は「オツネン」と読むのが伝統的であるが,近年は「エツネン」と読むけいこうになってきている。「越権」なども同様である。「越」の字は「エツ」と読む場合が多いことから,しぜん,そうなってきたものであろう。
 以上から考えて,必ずしも伝統的な「オツネン」にこだわる必要はなく,むしろ新しい傾向の「エツネン」を標準的なものとしてよいであろう。なお,当用漢字音訓表でも,「越」の音は「エツ」だけを採っている。
 「アイチャク・アイジャク(愛着)」「シューチャク・シュージャク(執着)」「トンチャク・トンジャク」(着)なども,今日では,「チャク」のほうを標準的なものとして考えてよいかもしれない。
 このように,伝統にこだわらないで新傾向に従うといっても,一概にそうもいえない。「発意」「発熱」は,もと「ホツイ」「ホツネツ」であったが,今日では「ハツイ」「ハツネツ」と読むのが普通であるから問題はない。しかしながら,「発足」「発端」は,「ホッソク・ハッソク」「ホッタン・ハッタン」両様の読み方が行なわれていても,伝統的な「ホッソク」「ホッタン」を捨てて,「ハッソク」「ハッタン」を標準的なものとして採るのには,今日のところ,まだ少なからぬ抵抗を感じるであろう。
 なお,「発願」「発起」「発句」「発作」「発頭人」などは,言うまでもなく「ホツ」であって,これらを「ハツ」と読むことはない。したがって,音訓表でも「発」には「ハツ」「ホツ」の2音を認めている。

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