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当用漢字修正資料取り扱いについて(部会報告)

1.当用漢字補正資料取り扱いの問題

 部会でまず取り上げることに決まった当用漢字補正資料というのは,昭和27年7月30日から29年2月12日まで,当時の国語審議会「漢字部会」で当用漢字の各字について検討した結論である。その審議の結果は,昭和29年3月15日の国語審議会第20回総会に報告され,総会は,これに関して下記のような発表を行った。


当用漢字表審議報告について  国語審議会

 このたび,漢字部会から当用漢字表に対する再検討の結果が報告された。これは,漢字部会が,当用漢字表を中心として広く社会に日常使用される漢字について2か年間26回にわたり,熱心に審議した結果であって,将来当用漢字表の補正を決定するさいの基本的な資料となるものである。
 思うに,当用漢字表の補正は,その影響する方面や範囲が広く深いので,この漢字部会の補正資料は,このさい一般の批判をもとめ,今後なお実践を重ねることによって,その実用性と適性さが明らかにされると考えられる。
 この漢字部会の非常な努力によって,当用漢字表が全体的に妥当なこともわかった。この点についても同部会の労を多としたい。


当用漢字表審議報告  (漢字部会)

1 当用漢字表(音訓表・字体表を含む。)から削る字
 且 丹 但 劾 又 唐 嚇 堪 奴 寡 悦 朕 濫 煩 爵 璽 箇 罷 脹 虞 謁 迅 逓 遵 錬 附 隷 頒


2 当用漢字表(音訓表・字体表を含む。)に加える字

  テイ ホウ テイ ボク ヤク - ジョウ
- - - - - ほり -
  ショウ ショウ - チョウ - ボク
よい - もどす - - すえる -
  - - カク ジュウ デイ コウ ガイ
すぎ さん から しる どろ - -
  ケイ キョウ シャク - セイ リュウ
うず - - - つり - -

3 音訓を加える字,字体を改め音訓を加える字

  コ・カ   トウ トウ
- - -

 この問題を審議することとなったのは,補正資料は発表以来すでに5年たっているから,このへんでこれをどう取り扱うかをはっきり決める必要があると考えられたからである。ただし,その審議の態度については,最初,当用漢字全体の問題としてこれを審議しようという考えもあった。しかし,今ここで当用漢字全体を検討の対象とすることは,当用漢字表そのものを動かすことを意味し,影響するところが大きいから,ほかのものとからませないで審議したほうがよいという意見が出たので,いちおう問題を28字の出し入れだけに限って検討してみようということになった。
 次に,28字について,1字1字検討していこうという考えに対しては,次のような反対意見があった。
 「1字1字の検討は,当然ほかの当用漢字や表外の漢字にも審議が及ぶことになる。しかし,そのような審議は,補正資料を決める過程ですでに済んでいることである。また,補正資料の中には,今日から見て,いらないと思われるような字のあるかもしれないが,補正案を検討して,もし1字でも出し入れがあった場合は,前の補正案に対して第2補正案ということになり,当用漢字が始終ふらふらしている感じを与え,当用漢字に対する信頼感をなくすことになる。だから,補正資料は,全体として採用,不採用を考えるとにしたい。」
 これに対して,次のような意見が出された。
 「全体としてどうするかということを考えるにしても,やはり補正資料が決まるまでの経緯などもふり返りながら,いちおう1字1字の検討をし,そのうえで,全体をどうするかを考えるべきだろう。たとえ,どんな結果が出ようとも,もう一度じゅうぶん審議検討をしたうえで方針をきめるのがよい。」
 このようにして,けっきょく,補正資料の1字1字の検討にはいることとなった。

 当用漢字補正資料の各字の検討をした結果,削るほうの28字についてはあまり意見は出なかった。しかし,加えるほうの28字については,いろいろ意見が出た。また,ここで補正を決定した際考えなければならない問題点として指摘されたものには,次のようなものがあった。

  1. 憲法について
     憲法は,すべての国民が読めなければならないということで,憲法の漢字は全部当用漢字表の中にはいっているが,補正によってこの精神は変わることになるのか。
  2. 学術用語について
     各学会は,これまで当用漢字表をもとにして,苦心して術語の整理をしてきたが,また,その修正を各学界に求めることになるのか。
  3. 法令用語・公用文について
     前の当用漢字表を審議したときには,各官公庁に対して,これで実施できるかどうかという意見を事前に問い合わせているが,今度もまた問い合わせるとして,官公庁で細かないろいろな意見が出たら,それをどうするのか。
  4. 戸籍について
     戸籍法施行規則を変更することについて,関係方面の意見を取り入れるには,どうするのか。
  5. 教育上の処置について
     すでに実施されている教育上の処置との関係についてはどうするのか。
  6. その他
     改定に対して,一般からの納得を得るにはどうするのか。また,改定したものを政府が採択する可能について。
 

 しかし,これらの問題が解決されたとしても,やはり28字の出し入れだけに限って考えることには,無理があるという考えが強かった。そこで,各字についての検討を打ち切り,改めて,補正資料全体の取り扱いの審議にもどった。この審議の間に出たいろいろな意見をまとめてみると,だいたい下記の5種類となる。


  1. 〔補正案を無修正で採用するのがよい。〕
     補正案は,さきに国会審議会で当用漢字表を根本的に検討した際の結論である。それをまた検討直すことによって,当用漢字表がいつもぐらぐらしているという感じを世間に与えるのはよくない。補正案は,新聞で5年もやって支障がなかったのだから,ここらで本決まりとして,学校で教える字と新聞の字との間の食い違いをなくすべきだ。
  2. 〔補正案を無条件で採用するのは考えものだ。〕
     補正案の各字を検討したところから見ると,補正案の範囲内で考えることには無理がある。もし当用漢字表の改定を考えるのなら,長時間をかけて検討すべきだ。当用漢字表は,5年や10年で変えてはならない。朝令暮改は,当用漢字表に対する信頼をなくするだけでなく,まじめに実行しようとしている人に大きな迷惑をかけることになる。
  3. 〔さしあたって,加えるほうだけを決めたらどうか〕
     加えるほうは,加えればそれだけぐあいがよいが,削るほうはどういう支障があるかわからない。だから,まず28字加えておいて,そのうえで全体について慎重に削る字を考えたらよい。
  4. 〔さしあたって,削るほうだけ決めたらどうか。〕
     これまでの審議では,加える字には問題があったが,削るほうにはだいたい異論はなかった。教育的にも,削る字には教材として重要なものはない。しかし,加えるほうは,生徒の負担を増すことになるし,また28字以外にももっとたくさん入れたいものがある。だから,加えるほうはゆっくり慎重に考えるのがよい。
  5. 〔当用漢字表はそのままにしておいて,別に補正案を認めたらどうか。〕
     たとえば,新聞別表とするとか,教育上の許容字として使ってもよいし使わなくてもよい字とするとか,参考表として一般の人に示し,また今後も当用漢字表にたえず検討を加えていく材料とするとかする。ただし,この意見のなかには,実質的に補正案を採用したのと同じ効果があるように,教育面や行政面で処置したいという考えと,単なる参考案として認めるという考えとがある。

 以上の意見をさらに要約すると,次の3種となる。

  1.  補正資料をそのまま採用し,それによって当用漢字表の改定をただちに行なうべきであるという意見。
  2.  当用漢字表はそのままにしておいて,それとは別に補正資料を認める,あるいは,補正資料の中の加える字または削る字のどちらか一方についてだけ考えたらどうかという意見。
  3.  もし当用漢字表を改定するのなら,今ここで急いで決めるようなことはしないで,根本的な検討を始めるべきであるという意見。

 以上のような意見が種々の立場からこもごも述べられ,討議が続けられた末,昭和35年5月に,部会員の総意として,下記のような結論が決まり,第41回総会(昭和35.7.19)で報告された。

 当用漢字表補正資料は,過去5年間新聞などで実施してきた結果から見て,その内容はほぼ妥当であると認められる。しかし,当用漢字表を修正する場合には,用意を新たに,周到な準備によって再検討にとりかかる必要がある。したがって,補正資料は当用漢字表を修正する際の重要な資料であることをここで再確認し,社会一般においてもその趣旨を尊重することを希望する。したがって,補正資料は,従来どおりの取り扱いをしばらく続けることとする。

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