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発音のゆれについて(部会報告)

 現在,われわれが日常使っていることばのなかには,同じ意味で,一般には同じことばと認められていながら,発音が必ずしも一定せず,二とおり,三とおりの言い方が並び行なわれているものがある。また,一つのものごとに,二とおり,三とおりの呼び名・言い方があるものがある。このようなことばは,いくつかの類型に分けることができ,なかには,むしろ,別語とみるべきものや,方言・なまりとみるべきものがある。また,発音の違いは認められながら,現代かなづかいによるかなの表記のうえでは,特に書き分けることをせず,一定しているものがある。また,発音の違いがかな表記の面にも影響をもつものもある。
 たとえば,「花こう岩」と「みかげ石」とは,ともに同じものをさしているが,「花こう岩」は学術用語であり,「みかげ石」は一般用語である。「かまど」・「へっつい」・「くど」は,広く全国に通用することばと,限られた土地・地方で使われることばとの違いであり,「テニス」と「庭球」というのは,外来語(外国語)と国語(翻訳語)との違いである。
 このようなものとしては,以上のほか,漢語と和語,公式の名称・用語と一般(通俗)の名称・用語,新しい呼称と古い呼称,正式の呼称と略称などが対立しているものなどたくさんあり,また,同音異義語との混同を避けようとして,わざと発音を変えているようなものもある。
 以上のような例は,発音のゆれとみるよりは,むしろ,語い(単語)のゆれ,あるいは,別語として取り扱うべきものと考えられる。
 次に発音のゆれていることばには,たとえば,「煙(ケムリ)」を「ケブリ」,「表紙(ヒョーシ)」を「ショーシ」などという場合があるが,これはなまり音とみるべきものである。
 また,「愛想」は「アイソ」か「アイソー」か,「統治」は「トーチ」か「トージ」か,「発足」は「ホッソク」か「ハッソク」か,「谷底」は「タニソコ」か「タニゾコ」かなどのゆれは,音の長短,漢晋・呉音・慣用語,連濁などに関するものである。
 また,「先生」は「センセー」か「センセイ」か「センセエ」か,また,「音楽」は「オンカク」か「オンガク」かなどの発音のゆれは,このうちのどの発音であっても現代かなづかいでは「せんせい」,「おんがく」と書くことに定められていて,音の違いがかな表記には表われることがない。また,「水」の「ミズ」・「ミヅ」,「菓子」の「カシ」・「クヮシ」については,一般の発音としては,それぞれ,「ミズ」および「カシ」と認められており,表記においても,「みず」・「かし」となっているが,「ジ・ヂ」,「ズ・ヅ」,および「カ・クヮ」,「ガ・グヮ」を言い分けている地方に限って,かな表記においても書き分けてさしつかえないことになっている。以上に掲げた発音のゆれに関しては,第5期の国語審議会でも審議が行なわれた。
 発音のゆれのなかには,以上のようなもののほかに,たとえば,「的確」は「テッカク」か「テキカク」か,「水族館」は「スイゾッカン」か「スイゾクカン」かなどのゆれがある。
 これは,末尾に「キ」あるいは「ク」の音をもつ構成要素のあとに,カ行音ではじまる音をもつ構成要素が接続してできた熟語において,その熟した箇所を促音化して発音するのか・促音化せずに発音するのかによる違いである。
 このような音が接続している熟語は,その結合した箇所をすべて促音化して発音するとか,促音化せずに発音するとか,そのどちらかに習慣的に決まっている語もあれば,どちらとも決まっていない語もある。
 たとえば,「学校」という語は,一般に「ガッコー」と発音しており,「ガクコー」のようには発音していないが,「碧空」は一般に「ヘキクー」のように発音し,「ヘックー」とは発音しないのが普通である。そして,現代かなづかいによる表記では,それぞれ「がっこう」,「へきくう」と書き,「がくこう」,「へっくう」とは書かない。
 ところが,たとえば,「的確」は「テッカク」とも発音されるが,「テキカク」のようにも発音され,かな表記においても,「てっかく」・「てきかく」の両様が行なわれており,「水族館」は「スイゾッカン」とも発音されるが,「スイゾクカン」のようにも発音され,かな表記では,「すいぞっかん」・「すいぞくかん」の両様が行なわれている。
 このような種類の語の発音のゆれは,直接にかな表記のゆれにつながっており,一般の国語辞典などの見出し語の表記や,漢和辞典に示されている語の読み方,教科書におけるかなでの表記やふりがななどの表記においてもまちまちなものが行なわれており,統一がない。また,普通の自然な発音では,促音化していても,改まって発音する場合は,促音化しない語も多い。

 わが国の標準的とみられる発音では,無声子音の間にはさまれた母音「イ」・「ウ」は,ごく自然な発音では,原則として無声化し,あるいは脱落する。「テッカク」か「テキカク」かなどのような発音のゆれは,語の第2音以下にある「キ」・「ク」の音-そして,この音のあとにカ行音が続いている。の母音が脱落するか,しないかで起こる。母音が脱落した場合には促音化するから,これをかなで書き表わす際には「っ」を用いることになり,かな表記の面では,ゆれは起こらない。また,脱落もせず無声化もしない場合は,かなで書き表わす際に,「き」・「く」を用いるので,これまた,かな表記の面では,ゆれは生じない。
 ところが,無声化の段階にある場合は,無声化の度合いによって促音のようにも聞こえ,あるいは,促音でないようにも聞こえる。また,一般には無声音と有声音との区別は意識外にあることが多いので,同じ発音でも聞き手によって,ある人は促音ととり,ある人は促音でないととる。したがって,それを仮名で書き表す場合に,ある場合には「っ」を,ある場合には「き」・「く」を用いることになってくる。このようなことが人により,語により,また,場合によって一定していない。すなわち,同じ語でも自然な発音では促音化するが,改まっていう場合などには,促音化しないものもある。そして,これは個人差・職業差・環境差が多い。
 この種のゆれについて検討した結果,いちおう次のようにまとめた。

1 「キ」のあとにカ行音が続く語例

(1) 撃剣 赤化 (電光)石火 石灰 石器 赤褐(かっ)色 隻脚 赤血球 石鹸(けん) 石膏(こう) 敵機
などは,だいたい促音で発音されるのが普通であると認められるが,なかには,ときによって,促音でなく発音されるものもある。
(2) 適格 的確 適確
などは,どちらが優勢ともいいがたいと思われる。
(3) 液化 演劇界 喜劇界 劇化 激化 劇界 激昂(こう)
などは,だいたい,促音でなく発音されるのが普通であると認められるが,なかには,ときによって,促音に発音されるものもある。

2 「ク」音のあとにカ行音が続く語例

(1) 悪化  悪漢  悪口  各科  学科  学課  学会 学期  楽器  画期的  学級  学区 各個  学校 各国  却下  客観  逆境  脚光  逆行  曲解 国花  国家  国会  克己  国旗  国境  刻々 作家  錯覚  作曲  昨今  借金  熟考  触覚 食器  食券  俗化  速記  即興  俗曲  即金 即決  即効  速効  続行  即刻  属国  卓球 卓見  築港  着工  直下  直角  直感  直径 直結  直航  特価  読解  特急  特級  特許 特効  徳行  独行  薄給  白金  白血球  白骨 万国旗  百科  百貨  百箇条  百箇日  白光  百戸 百石  復興  副官  復刊  復帰  復旧  復古 北海  北極  木剣  北国  墨痕(こん)  目下  黙許 木琴  木工  黙考  木骨  薬価  薬科(大学) 訳解  躍起  薬局  薬効  浴客  欲求  落下 楽観  陸橋  陸行  略解  略記  旅客機  緑化 六階  六歌仙(せん)  六感  肋(ろっ)骨
 などは,だいたい,促音で発音されるのが普通であると認められるが,なかには,ときによって,促音でなく音発されるものもある。
(2) 悪感情  各界  逆効果  逆光線  逆コース  駆逐艦  三角巾(きん) 三角形  三色旗  水族館  声楽家  俗気(け)  多角形  肉塊 腹腔(こう)  北極海  陸海  陸海軍
 などは,どちらが,優勢ともいいがたいと思われる
(3) 毒気(け)  欲気(け)
 などは,だいたい,促音でなく発音されるのが普通であると認められるが,なかには,ときによって,促音で発音されるものもある。

 以上,多くの語例について,現在行なわれている標準的とみられている発音をよりどころとして,その語の一般社会における使用の度合い・分野,改まった場合の発音か,自然な発音か,口頭語的か文章語的かなど,いろいろな観点から検討を加え,総合的に判断した結果,いちおう上記のように分類したものである。
 なお,発音のゆれについて審議してきた過程において,次のようなことが必要であると痛感した。

  1. 発音のゆれている語は意外に多く,このままに放置しておいてよいものではない。何らかの基準を求め,統一の方向に向かうようにすべきである。
  2. 発音について一般社会の関心を高め,国民全体の認識を深めるようにすべきである。
  3. それがためには,教育上じゅうぶんな施策をたてることが必要である。
  4. 発音のゆれについて,今後も引き続き審議が行なわれることが望ましい。

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