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第78回国語審議会総会(昭和46.12.20)

 庶務報告
 渡辺茂委員が5月10日に死去されたこと,および,9月6日付けで高橋早苗,平田幸男,実方亀寿の各委員が辞任し,その後任に加藤嘉男,志達宏,伊藤太一郎の各委員が発令され,加藤委員は,漢字部会,志達,伊藤両委員は,かな部会の所属となったことを国語課長から報告した。
 議事要旨の確認
 前回の総会の議事要旨を確認した。
 「当用漢字改定音訓表(案)」の審議
 漢字部会長が報告した「当用漢字改定音訓表(案)」を審議し,これを答申の原案とすることを決定した。
(1) 漢字部会から今までの審議の経過,この案の性格,構成,前文および参考資料「『異字同訓』の漢字の用法」などについて,おおむねつぎのような報告があった。
 第8期に国語審議会に対して文部大臣から「国語施策の改善の具対策について」の諮問があったので,漢字とかなの両部会および小委員会を設けて検討することになった。そして漢字部会では,当用漢字表,当用漢字音訓表および当用漢字字体表のうち,総会で承認を得て,当用漢字音訓表を審議することとした。
 第9期には,第8期以来検討してきた音訓の案がまとまったので,総会の承認を経て,試案として世間に公表し,一般から意見を聞くこととした。そこで,東京,名古屋の2か所で説明会を開き,また各省庁や関係の団体および国語研究者を主とする個人に試案を送って意見を求めた。
 第10期には,世間から寄せられた意見を参考にして試案の再検討を行ない,ようやくこの音訓表がまとまった。この間に部会を15回,音訓小委員会を27回,前文検討委員会を2回,それに国語審議会委員に対する説明会を2回開き,さらにかな部会との協議会を数回開いた。
 今回の案は,当用漢字表内の漢字の音訓を検討したものであって,当用漢字表には手をつけていない。したがって,これは将来当用漢字表が改定されると,再び改められることになる性質のものである。
 なお,昭和29年の当用漢字表の補正資料は,国語審議会で正式なものになってはいないので,これには触れなかった。音訓を検討するための資料としては,国立国語研究所で出した「現代雑誌九十種の用語用字」および「電子計算機による新聞の語彙(い)調査」,その他新聞社の資料などを使った。
 音訓表の構成は,試案と同様,前文,表の見方,本表および付表からなっている。
 前文では,(ア)音訓を,漢字に即してというより,文章を書く場合の漢字の使い方という観点,つまり,文章を書くのに必要な音訓はどういうものかという考え方から選んだことを述べた。
(イ) 「目安」という表現の内容が,試案では意味がはっきりしないということだったので,今回はそれがはっきりするように書き直した。
(ウ) 音訓表の適用範囲を法令,公用文書,新聞,雑誌および放送等一般の公共生活に使うものということに限定した。
(エ) 今回の音訓は,現代語を書くためのものであって,過去の文献を読むためのものでないことを断わった。
 音訓の数は現行と比べて実質的に357増加している。このほか熟字訓など付表に掲げたものが106語ある。
 個々の音訓で非常に議論のあったものに「育」の訓「はぐくむ」があったが,結局漢字の「育」と「はぐくむ」ということばの結びつきが弱いということで取り上げないこととした。このことは,「はぐくむ」ということばを使うことを制限するなどと考えているのではない。
 異字同訓のうち,特に慣用として広く使われているものは取り上げた。たとえば「まるい」には「丸」と「円」があるが,この両者の書き分けはむずかしいかもしれない。しかし,両方とも従来から慣用として使ってきたということで取り上げた。参考資料「『異字同訓』の漢字の用法」は異字同訓の書き分けのだいたいを用例で示したものである。
 付表には慣用として広く用いられている熟字訓などを中心に取り上げた。この熟字訓などを取り上げたのも改定案の大きな特徴である。
 本表では,たとえば「街」を「カイ」と使う場合は「街道」しかないが,この類のものは備考欄に入れたりしていたのを,今回は音訓欄に入れて1字下げで示した。
(2) 審議の中で出たおもな意見や質疑応答は次のとおりである。
 「育」の訓「はぐくむ」を試案から削除することには反対である。その理由は次のとおりである。(1)「はぐくむ」ということばは,万葉の昔からあり,平安時代の辞書にも「育」には「そだてる」でなく「はぐくむ」をあててあるというように,これは歴史的に由緒ある訓である。(イ)これは親鳥がひなを両方の翼にはぐくんで愛し育てるという意味の非常にいいことばである。また,これは日本の教育の原理でもある。(ウ)この訓が古めかしいとか使用度数が低いということであるが,わたしがたまたま目にした範囲でもいくつか用例がある。また,委員の間からもむしろ度数の少ないのをふやすためにも認めてはどうかという意見が出ている。(エ)現在教壇に立っている若い教員などに,教育とは教えはぐくむという意味であるということを知ってもらう必要がある。
 「育」に「はぐくむ」という訓をつけるかどうかを,ここで挙手によって判断してはどうか。
 「育」の訓「はぐくむ」の処置を表決によって決めてはどうかという意見もあるが,この音訓表は第8期以来相当の時間をかけて審議してきたものであり,またこの訓についても,かなり長い時間議論を尽くしているわけであるから,できるなら表決は避けたい。
 今回の音訓表は,現行のように制限ではなく,音訓を使用するうえでの「目安」としたところに大きな意味がある。したがって,「はぐくむ」に「育」を使用することはいっこうさしつかえないのである。一つのことを抜き出して投票で決めるというようなことは行き過ぎだと思う。もしそれを始めると,一つ一つ全部投票しなければならず,全体的なつりあいからみて賛成できない。両方にそれぞれの言い分はあっても,部会で長い時間をかけて審議決定したものは原則としてそのまま承認すべきものと思う。
 現在一般の漢字国では漢字の減少や簡略化を行なう傾向があるが,今回の改定では,それに逆行してだんだんと漢字を使用することがふえていくように思われる。それでもかまわないか。子どもの学習や外国人が日本語を学ぶ場合のことも考慮すべきである。「はぐくむ」というりっぱなことばをかなで書くことによって,より感銘を深くする子どもがふえるようにしたほうがよい。
 音訓の改定を始めたのは,戦後,漢字の使い方をあまりにも制限しすぎたため,いろいろ問題が起こってきたからである。国の文化とか文字とかの問題にはその国独自の事情がある。日本人は漢字を中国から輸入して以来今回まで,千数百年かかって異質の言語の文字である漢字を日本語という言語体系の中に取り入れ,漢字かなまじり文という日本独自のものとして使ってきたのである。日本語は1億の日本人がものを正確に考え,厳密に表現し,情緒をじゅうぶんに表現できる言語であるかどうかという観点から考えるべきであって,かな書きにすれば外国人にも学びやすくなるという意見は,全体の価値からみればあまり重要なことではない。また,漢字かなまじり文の語を一つずつ分けて書かなくても漢字の部分が語の切れ目になるという実際上の効果もある。日本は膨大な言語文化を持つことによって文化国として存在しているのである。ことばの利用度や性質を考えたとき,今回増加した程度の音訓は当然使いこなすべきものであり,また使いこなせる範囲のものである。音訓を制限とせず,「目安」だという立場を貫くことがことばを正確に,また厳密に使いたい人にも,やさしく書きたい人にもその機会を与えることになる。そして,ことばを選び,決定していくのはこれからの国民全体であるという考えが「目安」の背景にあるわけである。
 今回の音訓の改定は,戦後の施策にあまりにも行き過ぎがあったのでこれを修正したという意味であって,さらに後ろのほうへ向けていくということには反対である。今回の音訓表を使用するにあたって注意すべきことは,これは無制限ではなく,制限ではあるが,「目安」であるということである。これは今まであった規制力を0にしたり,野放しにしたり,無制限にしたということではない。このことを試案では「一定のわく」と表現したが,これが刺激的だということではずしたが,今回は「目安として設定された。」とした。この「設定された。」という中に「わく」の趣旨が含まれるものと考えている。もしそうしないと,音訓表を作ったこと自体が無意味になるからである。
 今後審議を重ねるごとに音訓がふえていくことがないようにという希望意見を付して,この案に賛成したい。
 この音訓表は,今までじゅうぶん時間をかけて検討してきたものであるから,いまさらここで個々の音訓を審議する必要はない。この表は「目安」であり,「はぐくむ」に「育」を使おうと思えば使えるわけである。音訓の数がふえるのは逆行だという意見もあるが,現行のものが制限しすぎたためにかえって役にたたず,みんなが無視することになっていると思う。今度の目安が無視されるかどうかは実施してみないとわからないことであって,今回の行き方はこれでよいと思う。そこで今回の音訓表が,試案や音訓表と比較して,いかにまさっているか説明してほしい。そうすれば今回の音訓は多くの委員が了承されると思う。
〔漢字部会長からこれに対する説明があり,また会長から現行および試案との相違に関する資料は後ほど送る旨の発言があった。〕
 最初に,総会として前文の方針を承認するか否か審議してはどうか。部会としてはこの前文の方針に従って検討してきたのであるから,承認されれば個々の問題は,この前文の方針が適用されることになる。
 今回の前文の〔適用の範囲〕の項には,試案になかった「学校生活を経た人々」という語句がはいっている。ここの意味は,音訓表に示されただけの音訓を義務教育で学習することはできないという考えのようだが,高等学校についてはどのように判断しているのか。また,「別途の研究に待つ」とあるのは,具体的にだれが研究するかなどがはっきりしない。
 現場の立場からいっても,今回の音訓改定に伴う高等学校での音訓の取り扱いをはっきりせてほしい。一般では「目安」で済むことが,教育の現場では入学試験問題一つ作るにもはっきりしたわくが必要となるからである。
 音訓を検討するにあたって,この音訓の範囲を義務教育の期間内に教えられる範囲内にとどめることができるかどうかが議論された。結局,社会で使う言語を全部義務教育で教えることはできないので,義務教育以降のいろいろな学習を予想して音訓の範囲を考えるべきだということになった。義務教育を済ませたあと,すぐ社会にはいる人,学校生活を続ける人のことを考えて,その人たちが成人として,あるいは社会人として読み書きする音訓という意味で今回の音訓を考えた。
 今後の総会の運営について
 会長から次のような発言があった。「改定送りがなのつけ方(案)」は次の総会で審議し,その決定をまって,今回の音訓表と合わせて最終の総会で答申案として決定することとしたい。また答申のときには両案とも新しい表記で書くこととしたい。また,一般問題小委員会で検討中の「国語教育の振興について」の建議案も,最終の総会で決定することとしたい。
 なお,漢字部会長から,用例などで並べ方の順序を変えたりしたほうがよいものが出てきた場合は,そのように変更を加えたい旨了承を求めた。

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