国語施策・日本語教育

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次第 今後の進め方その他について

古賀副会長

 それでは,これからは自由討議の形で,いままでのやり方の反省を交えて,今後の方針などについて自由に発言願いたい。

宇野委員

 一つの提案であるが,新聞でも御承知のように,かねて法務省の民事行政審議会において,子供の名づけ漢字のことが審議されており,先般その結論が出たが,子供の名前につける漢字は,あるわくをつくってそれ以外のものは認めないという方向に決定した。
 これは,常用漢字表案の前文の「人名漢字について」に,「戸籍法等の民事行政との結び付きが強いものであるから,今後は,人名用漢字別表の処置などを含めてその扱いを法務省にゆだねることとする。」とあり,法務省にいわば一任したわけである。ただし,「その際,常用漢字表の趣旨が十分参考にされることが望ましい。」ということが書いてある。「常用漢字表の趣旨」というのは,いろいろ議論があるが,要するに,目安であって制限ではない,ということが合意に達している。
 私は,子供の名前につける漢字は,もともと制限したのがけしからんと思っていたが,今回は「常用漢字表の趣旨が十分参考にされることが望ましい。」というただし書がついているから,当然これは自由になるもの,あるいは,実務上の問題もある程度考えるとしてもう少ししぼっていくにしても,人名に用いる漢字の表,それが何字になるか字数は別として,そういうものを参考に供して,なるべくこの字を使う,しかし,これ以外の字ももし強い希望があるならば認めるという方向になるべきものと,考えていたのである。
 ところが,そういう案もあったが,それは非常に少数で,何らかの方法で制限するという意見が圧倒的であった。そこで私の提案というのは,国語審議会としては,それは常用漢字表案を作成した趣旨とは違うのである。つまり,戦後の日本の国語政策というのは,明治35年以来,漢字は将来やめてしまうのだという根本方針があって,それが表に出たり,裏に隠れたりはしたが,少なくとも表向きにそれが公に否定されたことはなかった。そのことを指摘したのは,第7期国語審議会委員であった吉田富三委員である。それが,昭和41年6月の国語審議会総会での中村梅吉文部大臣のあいさつ,「国語の表記は,漢字仮名まじり文によることを前提とし,……」という言葉によって漢字を廃止する方向は否定されたと,私は考えていた。
 その基本的な方針のもとに漢字表の審議が行われたし,送り仮名と音訓表の問題も大体その方向で審議されてきたと思う。漢字表も,目安という言葉は,はなはだあいまいであるが,とにかく制限ではないということに決まったのはその方向なのであって,戦後の国語政策──大きく言えば国語政策全体,小さくしぼって言うなら,漢字問題──は,はっきり方向転換をしたはずである。
 前の戸籍法が施行されたのは昭和23年であるが,そのときは将来漢字はだんだんやめていこうという方向であった。だから,子供の名前につける漢字も制限するという方向が出たのは,私は不当だとは思うが,ある程度やむを得ないことであったと思う。
 ところが,今回は国語政策が変わったわけであり,漢字は,目安としては一応の表が作られるけれども,実際の使用においては,いわば特別な制限はないと了解するが,そういう方向になったからには,子供の名前につける漢字を制限するということは,我々の趣旨に反する。そこで私は,国語審議会としては,法務省の民事行政審議会に,決められた方針ははなはだ遺憾であるという趣旨の意思表示をしていただきたいと思う。
 昭和23年施行の戸籍法では「常用平易な文字の範囲は,命令でこれを定める。」とあるが,それを当用漢字表にしぼったわけである。しかし,当用漢字表はその前書きに,「固有名詞については,……別に考えることとした。」とあって,人名のことは全く考慮していない。ところが,それをそのままそっくり人名用漢字に使った。これに対しては,当時の国語審議会は,当然抗議を申し込むべきであった。申し込んでも通らないかもしれないが,通らなくても言うべきことは言っておかなければならない。私はかねがね以上のように思っていた。今回も,国語審議会が黙っているというのはいけないと思う。各委員の御承諾が得られるならば,遺憾である旨の意思表示をしていただきたい。いまさら民事行政審議会の子の名づけ漢字の問題について蒸し返しても始まらないが,要するに,私の得た感触は,名前というものは符号である,だから字などどうでもいいのだ,という考えが基底にあって出てきた考え方であると思う。事務上の能率とか,タイプライターを使う上において漢字が無制限では非常に処理が困るとか,いろいろ理由づけをするが,基本的にはそういう考え方が基底にあるからこそ,制限するという考え方が出てくるのだと思う。
 これについては,元東大総長の加藤一郎委員は,しきりに自由論を主張され,漢字は,名づけ漢字として幾ら増やしても,そこに入っていない字を使おうと考える人にとっては何ら救済にならない,だから一定の範囲を定めることはよくない,ということを主張されたが,全くそのとおりだと思う。子供の名前につける漢字は自由であるべきだという考え方は,文化とのかかわりがあると思う。つまり,人の名称とか,自分の子供につける名前に,将来の幸いとか,期待とかをかけるのが普通であるが,それは,私は文化的な,精神的な問題だと思う。事務的な問題のために精神的な問題が抑え付けられるということは,私のような立場の者にとっては我慢ができないことであり,事務的なことだけで処理するならば,我々のような者は必要ないのであって,事務関係者だけ集めて検討すればいいことである。我々を委員に任命したということは,少なくとも文化の問題に関してはその方面の意見を聞いてやろうという考えだったのだろうと思う。根本の思想の立場が違い,多勢に無勢で仕方がないが,私はそれを非常に遺憾に思う。
 こういう蒸し返しのようなことを言うのは,実は,この国語審議会における漢字の審議にもやはりそれがあると思うからである。漢字を目安にしても何にしても一応決めて,それでできるならば縛りたい。今度は縛らないということに少なくとも表向きはなっているが,縛りたいというところがある。そういう考え方で漢字表が審議されてきたと,私は見るわけである。
 いやしくも国語審議会というのは,国家の国語政策を審議するものである。国家の国語施策というのは文化問題である。だから,例えば新聞をつくるために漢字が多くてはテレタイプが困るとか,印刷上非常に不都合だというのは二の次,三の次であって,まず日本の国語,日本の文化というものを考える場合にどうあるべきかということを国語審議会では審議していただきたい,という気持ちが私にはある。私のいままでの発言は,すべてそういう基底の上に立っている。この際,先ほど述べたように,民事行政審議会に対して,遺憾であったという意見の意思表示をしていただきたい。天下後世のためにその処置をとっていただきたいと思う。

古賀副会長

 いま述べられた御意見は会長にも伝えるが,ただいまのお話に対する御意見があったら伺いたい。

小西委員

 いまの宇野委員の御発言は,人名漢字について国語審議会の趣旨はこういうものであるということで,実質的には抗議と受け取れるような申入れを法務省にするという御提案であるが,私は何もこれは法務省だけに対して言うことではなくて,今度の常用漢字表案の精神がどういうものであるかについて,国民の各層から意見を聞くことができるわけであるから,そういうときにも是非はっきりさせることを御推進願いたいと思う。
 根本的にどういう精神であるということよりは,何字増やすとか,何字減らすとか,この字は入れるとか,この字は削るとかいうことに議論が偏りがちな印象を受けるのであるが,そうではなくて,常用漢字表案の精神をはっきりさせるという努力は,何も法務省に限ったことではなくて行われるべきであろうと思う。
 どういうことかと言うと,宇野委員の述べられたように,これは制限ではないということである。以前にも述べたが,筑波大学の学術情報センターの人が調べたところでは,ある専門分野──宇野委員のような御専門のところは別であるが,物理学とか,歴史学とか,あるいは社会学といったような分野──だとそんなに多くの漢字の種類は要らない。漢字の必要度の少ない分野でおよそ600字,多い分野でも800字くらいあれば専門の論文は書ける。ところがその600字なり800字なりの漢字を調べてみると,常用漢字表案にない漢字も必要であり,余り制限されると,その専門分野の中で適当な概念を言い表すのに不自由をするということになる。そこで,それぞれの専門の分野において適切な考えを表すのに必要な漢字を制限するというのはもってのほかであって,学術の進歩に対して非常に支障になる。ただし,その数から言うと,2,000字なければだめだとか,あるいは3,000字なければだめだということではない。
 そこで,常用漢字表案というのは何であるかと言うと,物理学であるとか,数学であるとか,あるいは歴史学であるとかの専門には全然かかわりなく,一般の人たちが,例えば,新聞とか,雑誌とかで知識を得,意見を発表する場合に,この程度のものが必要であるという目安であろうと思う。したがって,それぞれの専門分野ではこの常用漢字表案にとらわれる必要は毛頭ない。ただし,それは習うべき漢字の数を増やせという主張にはすぐには結びつかないので,むしろそれぞれの必要な分野の必要な漢字を十分に読み,書くことができる訓練をしっかりやるというふうにもっていき,これを制限的なものと考えるべきではない。しかし,数としては,増やせ増やせという大合唱になっては困る。むしろそれぞれの分野において十分に指導をよくして,読み書きができるような範囲を考える一方,例えば文芸の世界で,こういう漢字を使わないとどうしても表現できないという場合までもこれで縛るということではない。これは私の意見ではなくて,審議会委員の御意見がそういう方向であったと思うので,それを確認していただき,法務省に対してだけでなく,もう一度これを推進していただきたい。

古賀副会長

 ほかに御意見はないか。

志田委員

 人名用漢字の問題について,新聞でこんなふうに決められそうだという記事があったが,宇野委員から,先ほどはっきり方針が決まったというふうに御報告いただいたように思う。それは,これまでの人名用漢字別表と同追加表をもう一遍洗い直して,その範囲を広げるとか,あるいは広げないということまで御議論になった上での方向であるのか,伺いたい。

上岡国語課長補佐

 その点について,当局から簡単に御説明し,実態については,民事行政審議会に国語審議会の委員の方もかなり入っておられるので,その委員の方からお教えいただければと思う。この問題について,私どもが事務的に法務省と連携をとってきたことは,委員の方もすでに御承知のとおりかと思うが,戸籍法においては,子につける名前はある一定範囲に制限するのだということできたわけであるが,そういうこと自体がいいのかどうかということが,国語施策とも絡んで法務省の方で検討課題になっていたわけである。
 ところで,法務省の方でそれを検討するに当たり,国語審議会では現在どのように考えているのかということで,昨年来,事務的に連携をとってきたわけである。具体的には,昨年6月30日現在での国語審議会の考えを法務省に通知して,民事行政審議会を発足させるに当たっての参考としてもらったわけである。そして,民事行政審議会は,本年1月,新しく委員を選んで発足したが,その委員の中に国語審議会委員の方も何人か入って議論していただいている,というふうに伺っている。民事行政審議会を所管している法務省民事局第二課の話では,5月31日に開催された民事行政審議会第4回総会でのおおよその傾向を新聞に発表したところが,6月3日付けの記事になったのだということである。それで,どういう経緯で結論に至ったのかなど志田委員の御質問については,委員の中に民事行政審議会委員がかなりおられるので,その方々からお教えいただければと思うわけである。

宇野委員

 どなたがお話しになってもいいが,私が火つけ役のような発言をしたので,私の理解したところを申し上げる。
 いまの志田委員のお尋ねであるが,私の記憶では,人名用漢字の範囲を増やすとか,減らすとかいう問題は,具体的にはなっていないように思う。ただ,当用漢字表と今後の常用漢字表案とでは,漢字に出入りがあるし,いままでの人名用漢字別表ないしは同追加表の中にだけ入っていたもので今後の常用漢字表案に入った漢字もあるから,それを全体にわたって再検討するということは当然了解されていると私は考える。もし違っていたらほかの委員の方から御訂正いただきたい。

古賀副会長

 ただいまの問題,あるいはそのほかのことでもちろん結構であるが,何か御意見はないか。

三根谷委員

 明後日から早速,常用漢字表案の説明協議会で説明をする役を仰せつかっているが,小西委員の御発言にあったように,専門分野での漢字の扱い方と,一般の社会生活(法令・公用文書・新聞・雑誌・放送等の公共の場)で用いる漢字の目安とは明らかに別なものであるということは,できるだけ詳しく説明して,混同されないようにしていきたいと考えている。
 それから,人名用の漢字のことについても,質問が出れば答えなければならないが,民事行政審議会の26人の委員の中に,国語審議会の委員が10人入っているというふうに聞いているが,数の上で間違ったことを説明に使ってもいけないので,それでよろしいか伺いたい。

室屋国語課長

 そのように承っている。

三根谷委員

 常用漢字表案の趣旨については,それだけの委員が民事行政審議会に加わっているので,かなりよく伝わっているのではないかというふうに説明し,民事行政審議会にゆだねた問題でもあるから,私自身としては細かくは説明しないつもりでいる。

角田委員

 私も民事行政審議会の委員を兼任しているので,一言申し上げたい。
 率直に申して,私は民事行政審議会の委員として,宇野委員とは反対の立場をとったものである。細かい議論は申し上げないが,常用漢字表案の前文に書いてあるように,常用漢字表の趣旨が十分参考にされることが望ましい,という意見で,そのこと自体については,私も国語審議会の委員としては,勿論賛成したわけであるが,民事行政審議会では,いろいろな議論の上,結局その趣旨が十分参考にされなかったということは事実だろうと思う。
 私は別に民事行政審議会を代表しているわけではないが,民事行政審議会で制限論に賛成した立場で申せば,遺憾ながら余りにも技術的な要求が強かった。それが大勢を支配した。遺憾ながらというのは適当でないが,技術的要求というものが大勢を支配して,圧倒的多数で制限論が結論になったというのが真相だろうと思う。
 なお,先ほどの志田委員の御質問にも関連するが,一応何らかの方法で制限するという基本方針は決まったわけであるが,それに基づいて字種をどうするかということは,今後民事行政審議会で小委員会を設けて十分検討するという段階であるというふうに私は理解している。
 以上,宇野委員とは別の立場の意見を民事行政審議会でとった者として一言申し上げる。

古賀副会長

 林(大)委員も民事行政審議会に参加しておられるようなので,一言お願いしたい。

林(大)委員

 三根谷委員の御質問のことであるが,民事行政審議会委員と国語審議会委員とを兼任している方が10人いる。稲垣委員,宇野委員,鷹取委員,角田委員,私,林(巨)委員,松村委員,馬淵委員,森岡委員,八木(徹)委員の10名である。
 なお付言すると,国語審議会で,人名用漢字について,自由にすべきであるとか,目安であるとか,制限であるとか,現状の程度がいいとか,いろいろな議論があり,その取りまとめがあって,法務省民事局へ,国語審議会の人名用漢字とその取扱いについての審議状況を伝えたわけである。その写しが民事行政審議会の席上で配られ,それも議論の材料になって,先ほど宇野委員が言われたように,いろいろ議論があったわけである。その結果,第4回民事行政審議会で,今後の方針としてどういうふうに決めたらよいかという一種の採決が行われたわけである。
 それについては,国語審議会が常用漢字表案の趣旨を尊重してほしいという考えであるから,国語審議会側の委員が,目安論だけを主張したかと言うと,結果として,そうではなかった。それについて,これは私の意見であるが,目安という言葉について,これが非常に厳格な制限ではないということには賛成であり,目安になったということが,一つの進歩であると考えているが,その目安という言葉についての解釈が,実は国語審議会の中でも十分に議論されていないように思う。私は私なりの目安論があり,それを主張したいと思ったのであるが,十分な議論をしていただいているとは思えない。しかし,全体から言えば制限ではないのだ,目安になったのだという点は各委員の一致した意見であり,私も同じ意見である。
 しかし,私の意見を申せば,目安という以上は一つの制限である。ただ,その制限が厳密な制限ではない。これを使わなかったらどうとか,この範囲だけは使えとかいったような議論ではないのだと考えるのであって,制限に向ってみんなが自制する,自分でコントロールをする,そういう目標であるというふうに考えているわけである。つまり,これは自由化という言葉で置き換えられないものだと考える。
 もう一つは,国語審議会が常用漢字表案を目安としたということは,すべての分野において,これが目安でなければならないのだ,日本人が漢字を使う以上はこれが目安でなければならないのだということは我々は考えていないのであって,ある分野においてはこの常用漢字表案を目安にして制限をするところがあっても構わないし,またある分野では特別の目安を立てても構わない。それぞれ特別の分野ではそういういことがあってしかるべきであろうと考える。常用漢字表案の前文にもあるように,法令・公用文書・新聞・雑誌・放送というような一般の社会生活で用いられる場合の共通の目安としてこれを立てようと考えたのであると,私は理解している。その辺の議論については,これから十分考えていかなければならないのではないかと思っている。

室屋国語課長

 人名用の漢字について,先ほどからいろいろな御議論を呼んでいるが,去年の6月,全委員にアンケート調査を行うとともに,人名用の漢字についての扱いをどうするかということでいろいろ御審議いただいた。6月30日の総会でそれをおまとめいただき,国語審議会としての意向を成文化したものを,7月15日付けの文書で法務省民事局長あて,文化庁次長名でお送りしてある。総会で出たいろいろな意見の中で,先ほど林(大)委員が指摘されたように目安論が大多数であったが,制限論もあり,自由化論もあった。
 目安についてもいろいろ微妙な点があったので正確を期するため,いままでの人名漢字に関する審議経過やいろいろな状況についての資料をつけて,法務省へ行って説明し,これを手渡し,国語審議会としてはこういう状況であるということを説明したわけである。民事行政審議会ではそれを参考にしながら,議論されたと見てよかろうと思う。

古賀副会長

 ほかに御意見はないか。もしないならば,時間があるから,念のために先ほど申した委員会の所属の件についてもう一度御説明申し上げる。
 委員会の所属希望を事務局に連絡いただき,会長に御相談して決定したい。所属委員の決定後,第1回の各委員会の席で互選によって,主査,副主査を決めていただきたい。
 それから,次の総会は9月以降になると思うが,日取りは後日文書でお知らせするということで御了承願いたい。
 御意見,御質問もないようなので,本日の総会はこれで閉会とする。

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