国語施策・日本語教育

HOME > 国語施策・日本語教育 > 国語施策情報 > 第15期国語審議会 > 仮名遣い委員会の審議経過報告について(主査報告資料)

仮名遣い委員会の審議経過報告について(主査報告資料)

第4 意見調査による委員の意見の概要

 仮名遣い委員会では,二度にわたる総会への報告の後,総会での論議を踏まえ,上記第2で記したような問題点の中から調査項目をまとめて,審議会所属の各委員の意見を調査し,以後の審議に資することとした。その結果,全委員数の8割を超える回答が寄せられた。意見の概要はおおむね以下のとおりである。(なるべく原文にある言葉を生かしながらまとめた。)

1 「現代かなづかい」実施の得失(功罪)等

 「現代かなづかい」の実施がもたらした得失について,また,失と考えられる面があるとすれば,それを補うため今後どのようにすればよいかなどについて記述された意見の概要。

  1.  まず,得(功)については,明らかに得であり功であった面が大きいとする意見,一般の社会生活にとっては,圧倒的に得が多く,失はほとんどない。一部に失を大きく感ずる人や社会がありうるが,本質的な意味では得を評価すべきだと考えるという意見など,得(功)が多大であるとする意見が多い。
     具体的には,旧仮名遣いの場合と比べ,日常生活で迷うことが少なく,能率的であるという意見,国民のだれもが現代の語音に基づいて自然に,かつ容易に文章を書き表すことができるようになったことは,疑いのない事実であり,様々な分野の中で日本の文化水準を引き上げる上で「現代かなづかい」の果たした役割は大きいという意見など,能率の増進や文化水準の向上に役立ったとする意見が多い。
     また,学校教育において国語表記の習得の負担を著しく軽減したという意見,殊に字音仮名遣いが簡単になったことは,かけがえのない利点であるという意見など,習得の負担を軽くしたとする意見が多い。
     その他,混乱しがちな仮名の用法によりどころを与えるという効果は十分に上がっている。日本語に現代的な広がりを持たせた意義は非常に大きい,国際語に育つ方向に前進した,などの意見もある。総じて,戦後の国語改革の中で,国民の生活の中に定着して成功したものの一つだと評価する意見が多い。
  2. 失(罪)については,失又は罪は少なかった,罪はむしろ漢字制限の方が多かったと思う,などの意見もあるが,古典や文化的伝統との断絶の面を挙げた意見もかなりある。すなわち,「現代かなづかい」世代が旧仮名遣いで書かれた古典や戦前の文章に大きな違和感を持つようになったという意見,古典文法を現代文法との関連において考えたり,言葉の成り立ち,変化等について説明したりするのに遠回ししなければならなくなり,古典教育全般について,「現代かなづかい」施行以前に比べ,困難な問題が多くなったという意見,失の最大は文化伝統の弱化,断絶であり,殊に明治大正時代の諸文献が教育面をはじめとして全般的に「現代かなづかい」に改められたことに不満を抱くという意見,「現代かなづかい」は効率主義一点張りというべき思想に立つものである結果として,これをそのままにしておくと,国民が精神的なもの,うるおいとか優雅さとかを身につける機会を失わしめるなかりでなく,過去との断絶という取り返しのつかない結果を生むことになろうという意見などがある。
     その他,文章の味わいがなくなったこと,仮名文字の情緒性が薄れたことなどを挙げた意見がある。また,ただ一つの書き表し方だけが正しく,それ以外は間違いだという考え方,言わば画一的な強制を失として挙げた意見もある。
     一方,失があるとすれば,不徹底に表音主義であるため,いろいろ例外を設けて複雑にした点であるという意見,「現代かなづかい」の中に歴史的仮名遣いの残滓(し)があり混乱する面があるという意見など,表音化の不徹底を挙げた意見もある。
  3.  失を補う方策,あるいは今後の審議の方向としては,国語は余りいじるものではない,現時点では小修正で我慢せざるを得ないという意見,安定させ落ちつけることが第一で,大幅な変更は混乱以外の何物でもないという意見など,小修正にとどめるべきだとする意見が多い。
     具体的には,言葉の成立過程や語源を不明にしていることがあるので,「じ・ぢ」「ず・づ」(四つ仮名)などの正書法の若干の手直しは必要だという意見,「現代かなづかい」の規定の中のあいまいな部分,例外的な事項をできる限り取り除き,簡明で分かりやすいものにするという意見などがある。また,「現代かなづかい」の規範性を緩めるという意見,表音主義を徹底させるという意見などもある。
     歴史的仮名遣いとの関連については,学校の国語教育において歴史的仮名遣いとの断絶感をなくすための方途が講じられるべきであるという意見,少なくとも近年百年くらいの小説は楽しんで読めるような教育をすべきであるという意見などがある。一方,歴史的仮名遣いの復活については,歴史的仮名遣いに戻ることを考えるより,「現代かなづかい」をよりよくすることを考えるべきだという意見,歴史的仮名遣いを現代において復活させることは,漢字音の表示においても当然「歴史的」なものにしなければならないのでもはや不可能に近いという意見などがある。
     また,国語審議会は「現代かなづかい」をそのままにしておく弊害について,十分な議論を行わなければならないという意見,わずかな失に引きずられて全体を評価しては,日本語の将来を誤る。ただ,失を重視し,根本的に改革すべきだという意見があるのなら,この際,十分に議論を尽くしておく方がよいという意見もある。

2 基本的な問題

 仮名遣いの規範性の問題,適用分野の問題等,「現代かなづかい」をめぐる基本的な問題についての意見の概要。

  1.  仮名遣いの規範性(性格)については,是非にこれに従うべきもの(強い規範)と考えたいとする意見もあるが,なるべくこれに従うのが望ましいもの(ゆとりのある規範)と考えたいとする意見が多くを占めている。
  2.  適用分野については,現行のとおり,適用分野を特定しないでよいとする意見もあるが,常用漢字表(及び送り仮名の付け方)のように「法令,公用文書,新聞,雑誌,放送など,一般の社会生活」としておく方がよいとする意見が多くを占めている。
  3.  専門分野や個々人の表記への適用については,現行のとおり,専門分野や個々人の表記については言及しないでよいとする意見と,常用漢字表(及び送り仮名の付け方)のように「科学,技術,芸術その他の各種専門分野や個々人の表記にまで及ぼそうとするものではない」としておく方がよいとする意見とが,それぞれ相当ある。
  4.  適用する文体等については,現行のとおり「主として現代文のうち口語体のもの」に適用するとしておいてよいとする意見と,常用漢字表(及び送り仮名の付け方)のように「現代の国語」として文体に言及しないでよいとする意見とが,それぞれ相当ある。
  5.  固有名詞については,現行のとおり,固有名詞については言及しないでよいとする意見と,常用漢字表(及び送り仮名の付け方)のように「固有名詞を対象とするものではない」としておく方がよいとする意見が,それぞれ相当ある。そのほか,固有名詞も対象とすることを明示すべきだという意見もある。
  6.  仮名遣いのないよう(個々の語の仮名遣い)については,現行のあいまいなものをはっきりさせるにとどめるとする意見が多くを占めているが,多少の変更は検討されてよいとする意見や,現行のまま変更しないでよいとする意見もある。
  7.  規則の立て方(組織,構成)については,なるべく簡明なものにする等,全体の手直しを図る方がよいとする意見が多くを占めているが,現行の不備な点を修正するにとどめるとする意見もかなりある。現行の組織,構成のとおりでよいとする意見,新しい法則を示すべきだという意見もある。
  8.  歴史的仮名遣いとの対比については,現行のとおり(歴史的仮名遣いとの対比に重きを置いている。)でよいとする意見や,歴史的仮名遣いとの対比を示すことは必要でないとする意見もあるが,何らかの形で歴史的仮名遣いとの対比を示しておくことは必要であるとする意見が多くを占めている。
  9.  国語仮名遣いと字音仮名遣いの扱いについては,両者を区別する方がよいという意見もあるが,現行のとおり,両者を区別しないでよいとする意見が多くを占めている。
  10.  擬声・擬態の表現や嘆声・特殊な方言,外来語・外来音などの書き表し方との関係については,現行のとおり(言及しない)でよいとする意見と,これらの書き表し方を対象とするものではないことを明らかにしておく方がよいとする意見とが,それぞれ相当ある。そのほか,これらの語である限り正書法の対象になるという意見,新工夫を奨励する意味でいろいろの例を示すのがよいという意見もある。

3 具体的な問題

 助詞「を」「は」「へ」の問題,オ列長音の問題等,「現代かなづかい」をめぐる具体的な問題についての意見の概要。

  1.  助詞「を」「は」「へ」については,現行の手直しを検討するという意見もあるが,現行のとおりでよいとする意見が多くを占めている。
  2.  「おうさま(王様)」「とうげ(峠)」など,オ列長音の書き方については,オ列長音は,オ列の仮名に「お」をつけて書くことにするという意見もあるが,現行のとおりでよいとする意見が多くを占めている。
  3.  「とお(十)」「おおかみ(狼)」「こおり(氷)」「とおい(遠)」などの書き方については,語によっては「う」に改めることも検討するという意見もあるが,現行のとおりでよいとする意見が多くを占めている。
  4.  「きゅうくつ(窮屈)」「うれしゅう」など,ウ列拗長音の書き方については,和語の場合,「うれしゅう」を「うれしう」と書く類を検討するという意見もあるが,現行のとおりでよいとする意見が多くを占めている。
  5.  「言う」の書き方については,終止形,連用形の場合「ゆう」と書くことにする(…とゆう,そうゆうこと)という意見もあるが,現行のとおり(「いう」)でよいとする意見が多くを占めている。
  6.  「ねえさん」「ええ」など,エ列長音の書き方については,漢語の「えい」「けい」等も「ええ」「けえ」と書くことにする,などの意見もあるが,現行のとおりでよい(漢語の「えい」「けい」等は,そのまま。)とする意見が多くを占めている。
  7.  「じ・ぢ」「ず・づ」(四つ仮名)については,現行のとおりでよいが,昭和31年の「正書法について」を再検討するなどして,改めて書き分けの標準を示すべきであるとする意見が多くを占めている。そのほか,現行のとおりでよい,「ぢ」「づ」はすべて廃止する,同音の連呼の「ぢ」「づ」だけ廃止する,なるべく理屈に合った書き分けをするなどの意見もある。
  8.  地方的な発音としての「クヮ・カ」「グヮ・ガ」及び「ヂ・ジ」「ヅ・ズ」については,このことに言及しないでよいとする意見が多くを占めているが,現行のとおり,地方的な発音への配慮を残すとする意見もかなりある。
  9.  促音化する語中の「キ」「ク」については,現行のとおり(言及しない)でよいとする意見と,このことについて何らかの標準を示すか,説明をしておくという意見とが,それぞれ相当ある。
  10.  その他の発音にゆれのある語については,現行のとおり(言及しない)でよいとする意見と,このことについて何らかの標準を示すか,説明をしておくという意見とが,それぞれ相当ある。

4 仮名遣いと古典教育の問題

 仮名遣いと古典教育の問題について記述された意見の概要は次のとおりである。

  1.  まず,古典教育は,日本文化の継承,発展の基礎となるものであって,十分に行う必要がある,また,古典教育は「現代かなづかい」の学習にとっても,その歴史的過程を知るために不可欠であるなど,古典教育の重要性についての意見がある。
  2.  古典教育は新旧いずれの仮名遣いを用いて行うべきかという問題については,古典教育は歴史的仮名遣いで行うべきであるという意見,明治以降の文章を国語教育の教材として用いる場合も歴史的仮名遣いによるものはそのままの形で扱うのが望ましいという意見がある。一方,高度の専門的な古典教育は別として,一般の古典教育においては,古典教材を「現代かなづかい」に改めて使用するのも一法であろうという意見,古典に振り仮名を施す場合,字音については「現代かなづかい」でよいという意見,明治以降の文章を国語教育の教材として用いる場合,現在行われているように口語文については「現代かなづかい」に改めることは一向差し支えないという意見などがある。
  3.  歴史的仮名遣いをどのように教えるかという問題については,歴史的仮名遣いはしっかり教えたい。少なくとも自由に読めるようにすべきであり,歴史的仮名遣いに対する違和感をなくすようにすべきであるという意見,歴史的仮名遣いを教えるのは理解力に余裕の生じる段階になってからでよい,進路や関心に応じて程度の差があってよいという意見などがある。なお,歴史的仮名遣いの読みを身につけさせることは,高等学校での古典の学習を通じて実現されているという意見もある。
  4.  その他,「現代かなづかい」の実施によって古典教育が著しく困難になったという批評は当たらない。古典が現代人にとってある程度疎いものになるのはどこの国にもあることだという意見,古典が一般の現代人にとって難しいのは,語彙(い),文法,社会的背景の相違など様々な要因によるものであって,仮名遣いだけを元に戻して解決するという問題ではないなどの意見がある。

5 その他の問題

 その他の問題として記述された意見の概要は次のとおりである。
 仮名遣いの答申に際しては,「常用漢字表」や「送り仮名の付け方」との関連を考慮すべきであるという意見,「現代かなづかい」の問題点の処理に当たっては,性急に完全を求めるべきでなく,時間の経過にゆだねる部分があってよいとする意見,言語については,実用性だけでなく,芸術性,歴史性をも尊重する必要があり,その意味で言語改革はなるべく保守的であるのが望ましいとする意見などがある。また,「現代かなづかい」の改定は,国民の大部分が「現代かなづかい」の下で育った世代となる20年後を期して行うのがよいという意見もある。

トップページへ

ページトップへ