国語施策・日本語教育

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次第 協議

坂本会長

 ただいまの林主査の御報告に対して御質問があれば,御発言いただきたいと思うが,いかがか。

村松(定)委員

 今日いただいたものと関連するが,このままではないのをお許しいただきたい。
 一つは,6月30日に開かれた外来語委員会の議事録の中で,「『原音における「ファ」「フィ」「フェ」「フォ」の音は,なるべく「ハ」「ヒ」「ヘ」「ホ」と書く。ただし,原音の意識がなお残っているものは「ファ」「フィ」「フェ」「フォ」と書いてもよい』としているのを逆にしたい。」とあるが,ということは,「ファ,フィ,フェ,フォ」の方が正当で,「ハ,ヒ,ヘ,ホ」の方を「……と書いてもよい」と,逆にすることになったようで,括弧して「賛成」と書いてあるので,委員の方全部がそういう御意見だったと考えたが,その後に,「フォ」を外来語の音として国語の中に入れるのは問題がある,従来「ホ」と発音し,「ホ」で書くという習慣ができているから」という御発言がある。
 そうすると,きょういただいた1枚目のEの中に,「ファ,フィ,フェ,フォ」の「フォ」も別にしないでアステリスク付きで掲げているが,これは「なるべく「ハ」「ヒ」「ヘ」「ホ」と書く」という原則と逆に「ファ」の方を中心にしようといったものと,ちょっとここで矛盾をしてきやしないかということが一つである。
 もう一つは,これもまだ決定はしていないかと思うが,10月13日の議事録に,NHKの表記規則で,「(ヴァ,ヴィ,ヴ,ヴェ,ヴォ)」の項に,「ドイツ語などの語頭にくるW〔V〕や,スラブ語の末の〔VA〕は,「ヴァ」行を使わず,「ワ,ウィ,ウ,ウェ,ウォ」とする。」とあるけれども,その場合に,「ワ゛」についてはどうか。──森おう外の小説なんかには「ヴァ」ではなくて「ワ゛」の例がある。上田敏の訳詞などでも「ヴィオロン」というときに「ヰ゛」,おう外は「ワ゛イオリン」というのを大いに使っている。
 これで見ると,「V」は「ヴァ」か,「ワ゛」か,あるいは「バ」にするのが本流だと思うという御発言があるが,「ワ゛」も今後加えるお気持ちがあるかどうか,それも承っておきたい。
 もう一つは,本当に小さい問題なのだが,この間若い人の文章を見ていたら,ホームステイか何かでショッピングへ行って,「ポーチを買った」と書いてある。私は意味が分からなくて,家内に「ポーチ」とは何だと言ったら,「小袋」だと。「小袋」というところを和英辞典で見たら,「パウチpouch」で,玄関の方は「ポーチporch」で発音が違うのだが,そういう「ポーチ」もこれからはどんどん許すのか,それとも,そういうものを区別するような外来語の表記を国民に指示するのか。外来語表記の未来像のようなお考えがあったら,承りたいと思う。

坂本会長

 3点の御質問であるが,表記委員会としての御議論の中で,どうであったのか,私からはお答えしにくいので……。

林(大)主査

 第1点が,よく聞き取れなかったので,申し訳ないが。

坂本会長

 第1の御質問がちょっと聞き取りにくかったということなので,もう一度お願いする。

村松(定)委員

 要するに,元は「「ファ」「フィ」「フェ」「フォ」という表記をなるべく「ハ」「ヒ」「ヘ」「ホ」と書く。ただし,原音の意識がなお残っているものは,「ファ」「フィ」「フェ」「フォ」と書いてもよい」という遠慮がちみたいなのを,今度は逆にして,「なるべく「ファ」「フィ」「フェ」「フォ」と書いて,ただし,「ハ」「ヒ」「ヘ」「ホ」の方を,使ってもよいというふうにしたらどうか」という御発言があったのに対して,括弧して「賛成」となっているんで,そういうふうにお決めになったのかどうかということだ。

林(大)主査

 逆にしたということは,なるべく「ハ」「ヒ」「へ」「ホ」と書くと言わないで,「ファ」「フィ」「フェ」「フォ」と書くことにしておいて,従来の習慣が確定しているものは「ハ」「ヒ」「ヘ」「ホ」と書いてもいいだろうというふうに考えてはどうかということだ。

村松(定)委員

 ということを御賛成になったわけか。

林(大)主査

 そういう意見が委員会で出て,それについて皆さんは賛成なすったということである。

村松(定)委員

 そういうふうに考えてよろしいか。

林(大)主査

 はい。

村松(定)委員

 「ファ」「フィ」「フェ」と同じように「フォ」を外来語の音として国語の中に入っているものと認めるかどうかが当面の問題だ。……従来「ホ」と発音し「ホ」と書くという習慣ができている語についてどう考えるかというのは,次の段階での話だという発言があって,簡単に言うと,「ホ」だけを切り離したいという御発言がある。
 そうすると,きょういただいた資料の「〔原則10〕なるべく「ハ」「ヒ」「ヘ」「ホ」と書く」というところは,「ホ」だけは外しておいた方が,この発言と合うんじゃないかと思った。

林(大)主査

 「ホ」については多少その問題があるけれども,結局は「ホ」も,他の「ハ」「ヒ」「ヘ」と同じような扱いにしてよかろうというのがきょうの御報告である。

村松(定)委員

 では,そういうふうに心得ておく。

林(大)主査

 それから,おう外その他の作品に「ワ゛」が出てくるということは,認めないわけにはまいらないけれども,それを今後ここへ加えるかどうかという御質問だったと思うが,そのことは議論をしていない。と申すのは,前のアンケートの際もこれが問題に出ていて,それについては考えないでよかろうというお答えが多かったように承知している。これは「使わないでよい」という意見が多くを占めており,そのとき37人の方がそうお答えになっていらっしゃって,「使うことにする方がよい」という御意見はお一人であったという記録があるので,我々はそれを問題にいたさなかった。

村松(定)委員

 「本流だと思う」という御発言については,別に討議をなさらないわけか。

林(大)主査

 そうだ。それは実は検討の対象にしてこなかった……。

松村副主査

 非常に細かい微妙な問題で,どういうふうなお答えをしていいのか分からないけれども,はっきり言って,従来の外来語表記委員会の席上では,「ワ゛」を認めるか認めないか,あるいは認めるとしたらどういう形にするか,そういう論議にはまだいっていない。だから,結果的にはまだそのことは何にも決まっていないということだ。
 ただ,「ワ゛」を取り上げていないのはどうしてかというと,従来「ヴ」の方の表記が一般的になっている。我々は,「ヴ」を一応表記として考えようということで,それを2類に置いてあるわけだ。
 じゃ,なぜ「ワ゛」を採らないで「ヴ」の方を採ったかということについては,林さんのお答えにもあったように,前期の委員会で全体の方にアンケートをとっていて,そのアンケートの中の項目で,「ワ゛」「ヰ゛」「ヱ゛」「ヲ゛」という仮名を使うかどうかということについての御意見を聞いている。そのお答えいただいた大部分の方から,「使わないでよい」という御意見が出ている。回答された38名のうち,37名の方が「使わないでよい」という御意見であり,「使うことにする方がよい」という御意見が1名あったけれども,そういうことを踏まえて,私どもとして今の段階では「ヴ」の方を採っている。これが第2類に出ている,そういうことである。
 それで,最終的に「ワ゛」をどうするかということは,今後の問題に残されているわけだ。というのは,最終的にそれぞれの外来語の表記をどうするかという規則として決めるときには,原則及びその例外的措置,その他のことを細かくやっていかなければならない。つまり,従来の慣用を重んずるということを一方ではっきり私どもは持っているので,慣用がはっきりしている表記は,原則はこうだけれども,慣用として一般的なものは認める。この場合は,例外的措置になるから,そういう中でおさめるわけだが,どこまでどうおさめるかについては,まだ今後の問題になっている,そういうことである。

村松(定)委員

 私が申し上げたのは,外来語委員会のお一方が「ワ゛」は「バ」と同様に本流だと思うという発言があったから,それが大勢を支配したのか否かということをお尋ねした。

林(大)主査

 第2点の「ポーチ」か「パウチ」かという問題であるけれども,先ほど申した中では,私の理解では「ハンカチ」か「ハンケチ」か,「グローブ」か「グラブ」かというのと似た問題かと思う。これを詳しく論じると,ちょっと厄介かもしれない。「ボーリング」か「ボウリング」か,遊戯では「ボウリング」を使っているし,穴を掘る方では「ボーリング」と言っているというようなことがあって,それと似ているかと思う。

村松(定)委員

 ちょっと違うと思う。「ハンカチ」か「ハンケチ」かというのは,同じものを別々に発音しているんだが,「ポーチ」か「パウチ」かの場合は,「小袋」と「玄関」というものを同じように書いていたので,これからは同じ発音でも,それは日本語にもいろいろあるけれども,そういうものを変えて書かせるようにした方が混乱を招かないで済むのではないかとか,そういうようなことについての委員会の御意見があるのかどうかということだ。

林(大)主査

 その議論,長音の問題をどういうふうにするかということは,話合いには出ているけれども,具体的にどのようにしようということはまだ決まっていない。ただいま申したように,「ボウリング」が2種類あって,それは慣習として既に機械の方では「ボーリング」と書いてあるし,球を投げるのは「ボウリング」としてあるように思う。そういう習慣が固定しているものと考えると,それは尊重しなければならないとうようなことになるかと思う。
 「ポーチ」か「パウチ」か決まっていないようなもの,慣用が成立しているとは考えられないものに対してどうするかということは,まだ私どもは議論はしていない。

坂本会長

 ほかに御質問等は……。

江藤委員

 昨日行われた運営委員会の席上でも,きょうの総会をどういうふうに進めるかということの資料として,この「審議状況について」という紙が出てまいったので,その段階で途中まで御質問させていただいたのであるけれども,今たまたま村松委員から関連の御質問があったので,改めて総会の席で記録にとどめる意味もあって,質問させていただきたいと思う。
 この「審議状況について」の3枚目の一番下の5であるが,「性格(規範性)や適用分野等について」というところで,今,林主査が,これができ上がった場合には,「常用漢字表」「送り仮名」等と同じように,「目安」「よりどころ」であって,排他的な規範性を持つものではないとおっしゃっていただいて,私は大変我が意を得たわけである。
 ただ,その次の(2)は,前からそう書いてあるのかもしれないけれども,「法令,公用文書,新聞,雑誌,放送など,一般の社会生活」となっているから,とはいうものの,この目安,よりどころは,相当広い範囲に網をかける目安,よりどころであるなということが,ここで分かるわけである。
 そして3番目には,「科学,技術,芸術その他の各種専門分野や個々人の表記にまで及ぼそうとするものではない。」とあるから,個々人がどう書こうが,これは勝手であるということは基本的に認められていると。これは確認までにここのところを読み上げさせていただいているわけだ。
 したがって,文学者が創作,評論活動等をするときに,どのような表記をするかは分からないわけであるが,先般私ども日本文芸家協会は,7月21日の総会に要望書を提出させていただいた。そして,外来語表記の件については,できるだけ自由にさせていただきたいというお願いとともに,一般社会生活の中で教科書等に明治,大正の教材が使われる場合がある。それが「ヰ」「ヱ」あるいは「ヰ゛」「ヱ゛」等々が使われている場合に,原文どおりではなくて,義務教育の場合には書き換えられるわけであって,そのような問題は,文化遺産としての国語の一貫性を断ち切るものであるから,そのような方向でまとめられることはできるだけお避けいただきたいというような趣旨も──これはかいつまんで申し上げているけれども──文芸家協会は要望させていただいてある。
 そして,文芸家協会の要望書は,今副主査がおっしゃった全38件のアンケートの後で提出されている。これはみんなここの委員が個人の資格でお答えになったアンケートだと思うが,文芸家協会の場合には,国語問題の委員会で大岡信さんが委員長になって,協会内で議論をいたした結果の要望書であるから,これは1,600人に上る文芸家協会員の要望というふうにお取りいただきたいわけである。
 この席でのプルーラリティーで議論が進められるというのは,一つのそれこそ目安としては相当であるけれども,日本の国語状況をどう判断するかという問題については,いささか早計ではなかろうかという懸念を持つ。
 そこで,排他的なものではないと主査が明言されたのであるけれども,2ページ目から始まっている4「規則の立て方について」の(4)のEである。「ヰ」「ヱ」「ヲ」「ヂ」「ヅ」,それから「ワ゛」「ヰ゛」「ヱ゛」「ヲ゛」というふうに,濁点を打った例が明治以来使われているということの指摘があって,それは過去の言語現象としてはあったけれども,ここでは取り上げていない。いないのは,この2種類の御説明をいただいたわけだが,林主査の御説明を伺うと,これらは排除された言葉であるから,特に「ヰ」「ヱ」「ヲ」「ヂ」「ヅ」については,昨日も御説明いただいたけれども,特別の場合のある条件の下では用いていいことになっているけれども,それ以外は使わない文字である,そういうことになっている。
 そうすると,まだこの議論をしていないという松村副主査の御説明のとおりであるとして,今後これをきちっと御議論いただいて,まだ結論が出ていないというのなら,それはそれで結構だと思うが,これらはもうアンケートの結果を見ても議する必要がないから,これは排除されてしまったものとして棚上げにして進むという御趣旨であるとするならば,私は実はいささか納得がいかないわけである。
 現に,文芸賞という文学新人賞があるが,昨年度の文芸賞の受賞者の一人は,たしか長野まゆみさんという若い女性の方であって,「少年アリス」という大変夢幻的,幻想的な小説をお書きになった。この文字遣いを見ていると,あたかも日夏耿之介氏の詩ではないかと思われるような,ある意味ではアナクロニスティックな文字遣いをして,それは新鮮な効果を出そうという芸術的努力が行われていて,私は必ずしもそれに賛成ではなかった,私はそれを強く推薦したのではないのですが,他の選考委員たちの強い支持を得て,受賞作になった。
 その他,例えば左横書きというのが仮に一般社会生活の目安として確立しているかのようであっても,むしろ若い世代の人々から,そうでないような文字の使い方に新鮮さを見出すような傾向が,もう既に大学祭なんか見ていると出てきていて,これは戦後40年間以上の言語教育がどうであろうと,実際の言語現象というのはそれを超えて動くものであるということの証左ではないかと私考えるわけである。
 そこで,きのう伺ったところ,私,間違って伺っているかもしれないけれども,この「ヰ」「ヱ」「ヲ」「ヂ」「ヅ」等々が現に排除されているから先へ進んでよかろうという御判断の前提となるのには,1枚戻って2ページ目の「規則の立て方」のところに出てまいる「現代仮名遣いに掲げる101の仮名(「ン」を含む)」,それに補われて全部で113とおっしゃったか,この113というものが基礎になっているようにうかがわれるわけであるけれども,実はその更に基礎に私どもは「五十音図」というものを持っているわけである。「五十音図」はワ行を含んでいるわけで,ワ行には「ヰ」「ヱ」「ヲ」「ヂ」「ヅ」がちゃんと入っているわけだ。この文字をなぜ使わないか。
 それは,現代仮名遣いの101ないしは外来語の場合それに補って113文字の中に,それらが入ってないからだということになると,なぜ入らないか。現代仮名遣いの101(「ン」を含む)というものが,要するに,言語現象を決定する基本的規範として金科玉条になるのかならないのか,その問題については,この審議会は審議を付託されていないのか。
 私は17期から委員を務めているけれども,大臣の最初のごあいさつのときに,その他の国語現象に関する一切の議論というのが入っていて,特定しては外来語表記を審議するけれども,それに関連があろうがなかろうが,その他国語現象について非常に大事なことがあれば,それは議論してくれという,こういうご趣旨を承っている。
 私はこのことはかなり根本的なことではないかと思うので,その点について改めてお答えを承りたいと思う。

坂本会長

 そういう御質問になると,少なくとも責任者である皆様方から選ばれた会長の見識を問われるところになるんじゃないかと思うけれども,今ここでにわかに私がどうこう言うのもいささか先走り過ぎるかと思う。基本的には,江藤先生のおっしゃるように,大臣の発言等も含めて,そういう問題をないがしろにするというわけにはいかないのではないか。したがって,今後の表記委員会,小委員会,さらに総会という場が,多少の時間的余裕をいただいているわけだから,その中で一度でも二度でも議論し合うという,そういう姿勢であるということだけきょうの段階では御認識いただくということで,いかがであろうか。

江藤委員

 もちろん,そのように審議をお進めいただければ,大変幸いである。

林(大)主査

 主査としてでなくて,ひとつ意見を述べさせていただきたいと思うが,外来語の表記の問題を取り上げることになって,その表記の問題を取り上げるとき,現代仮名遣いの考え方を踏襲するものということは,一応はここの総会での,あるいはアンケートでの御意見であったかと私は考えている。

江藤委員

 それは総会の総意で現代仮名遣いを踏襲するということについて,議決したことはあるか。

林(大)主査

 議決したことはない。

江藤委員

 それで,総会は,毎回第何期,第何期と改めて任命されていくわけであるが,前の総会でそういうことがあった,あるいはそれに束縛されるという了解でやっているわけでもないだろう。そうでなければ,大臣の,その他国語に関する一切の問題を慎重に審議してもらいたいという諮問のときの一言が出てくるわけがないと私は了解しているが,そうではないのか。

松村副主査

 これは私の個人の考えも入るが,今の江藤委員の御意見はよく分かる。ただし,私どもが17期,18期の国語審議会の仕事として,外来語の表記の問題を担当し,その中で特に専門的な立場ということも踏まえながら,表記委員会の委員にされ,具体的な案を作るという立場になっている。そういう立場になっている私個人の考えというふうにお考えいただきたいのだが,私どもの立場は,要するに,戦後の国語問題として,国語審議会では当用漢字,漢字表と字体表と音訓表,それに関連して送り仮名の問題,さらには漢字を離れるが,仮名遣いを決めた。それがある程度社会的に行われてきた。それに対する批判が非常に高まって,それを受けて中村文部大臣のときに,それをもう一度検討しようという諮問があって,それを受けて,第8期から国語審議会が再検討してきた。再検討の結果として,当用漢字は「常用漢字表」になり,「常用漢字表」の中に字体表の問題もみんな含めて,それから送り仮名,仮名遣いの関係もやった。
 私どもが今の仕事として外来語をやるのも,そういう国語審議会の歩みがある。その中で私ども当然考えていくわけで,それと全然違う考えもあるけれども,しかし,私ども具体的な仕事を積み重ねるという過程でやってきたので,当然「改定現代仮名遣い」「常用漢字表」,そういうものとの関連でやっているものだから,江藤先生の御意見もよく分かる面もあるけれども,私ども具体的な立場としては,皆さんの御意見を伺いながらまとめていく立場ということになるわけだ。
 しかも皆さんの御意見を伺うと,さっきのアンケートも,別に数で私どもは処理をしようという考えはないけれども,今「ワ゛」のことが具体的に出たので,それに話を絞ると,仮に「ワ゛」のような仮名は使わないでよろしいという意見が大多数を占めると,vaという音を表すのに,「ワ゛」のほかに「ヴァ」の表記があって,どちらを採るかというと,じゃ,「ヴァ」の方を採っていこうかとか,そういう方向で考える。
 私どもとしてはそう考えるのが自然だろうと思う。それに対して,江藤委員のお考え及びその背景になっている文芸家協会のお考えがあって,それが出てくる。それはよく分かるのだけれども。
 ただ私どもは,今の方向としては,少なくとも今度の審議会の委員のいろんな御意見を伺いながらやっていくと,どうしてもそれを中心に考えざるを得ない。そういう現状である。ただし「ワ゛」をどう扱うか,これはまだ最後に残されている。

江藤委員

 松村先生,どうもありがとうございました。実際におまとめになる表記委員会の先生方に非常な御苦労をいただいていることは,私も毎回審議状況の概要をお送りいただいていて,よく承知している。また,毎回お誘いもいただいているが,いろいろ所用に取り紛れて一度も出席,傍聴させていただいていないのを大変残念に思っておりながら,こんなことを申し上げているわけであるけれども,実は私はこの問題は,第17期の委員の委嘱を受けたそのときから,このワ行の問題は非常に重要な問題として出てくるだろうということを予測していたわけである。当時の新聞の縮刷版等にちらっと出ているところもあるかもしれないが,新委員として所見を聞かれたときに,ワ行がいじめられ過ぎていると思うけれども,こういう問題をちゃんとやってみたいと思う,そういうような抱負を語ったことも記憶の片隅にある。
 こういう問題は,確かに中村梅吉文部大臣以来の再見直しで御苦労いただいている間に,いろいろいい方向に直ってきているということは,私も感謝しているわけであるけれども,送り仮名の問題等があの段階で一応解決されたといたしても,外来語の問題を深くやっていらっしゃると,どうしてもワ行の問題にぶち当たるなということは,専門家の先生方もよく御存じのことであろう。私は国語学者ではないけれども,国語で生きている人間の一人として,それを痛感しているわけである。
 したがって,せっかくその問題が出ているわけであるから,そこで今度は元の現代仮名遣いに戻って,そこで踏みとどまることなく,多少混乱するかもしれないけれども,この問題はできるだけ十分に議していただきたい。そうお願いいたしたいと思う。
 それから,その結果,排除というのではなくて,そんなのもあるから,趣味的に使う者がいたら,それは芸術だけじゃないけれども,これは早くそれについても排除ではないと,もう少し緩やかな表現でおまとめいただければ,私も文芸家協会に帰って説明もしやすいわけである。その辺のことである。
 どうもありがとうございました。

坂本会長

 質問がやや別の御意見の方に話がわたってきたかと思うが,どうぞそういう意味合いも含めての御発言で結構であるので,ひとつ活発にお願いしたいと思う。

紅野委員

 感想のようなことになるかも分からないが,私,何年間かの仕事として,御承知のように,筑摩の「明治文学全集」の100巻,99巻本文で,最後の1巻,明治語すべてを拾い上げてデータにするという仕事を,亡くなられた稲垣さん,あるいは私たちの友人の竹盛天雄君や中島國彦さん,そういう方々と一緒に20年近くにわたってやってきた。
 その場合に,先ほどの江藤さんや村松さんのお話と関係するわけだが,3ページ目のEのところだが,明治語の豊かさ,明治人が実に様々な工夫をして表記している,それがすべて許容されているという現実を,カードをとりながら,しかと確認をしたわけである。そういうことを考えてみると,今日は言葉自体も貧しくなっているし,表記自体も貧しくなっているんじゃないかなという感想を持つ。
 さっきのワ行の問題であるが,これは確かに仮名遣いその他で書きやすくなった一面,現在大学の国文科の学生ですら「ワ,ヰ,ウ,ヱ,ヲ」が書けないという,ここまで来ている事実。これは各大学ほとんどそういう状況だと思う。「ワ,ヰ,ウ,ヱ,ヲ」が書けないという恐るべき状況が現実としてあるわけである。私は早稲田であるが,早稲田だけではなくて,そういう事実まで突き進んでいることを考えると,やはり「ワ,ヰ,ウ,ヱ,ヲ」の問題は大事に取り扱っていただきたい。かつては豊かにいろいろなものが許容されていた。
 いろいろな御苦労は私も存じている。だから,特に反対というふうな強い構えで申し上げるんじゃなくて,緩やかな形で,3ページ目の5のところの「科学,技術,芸術,その他……」などのことは,まず真っ先に言っていただきたいという気持ちを私は持っている。そして「一般はこのように……」とかという形にしていただければ幸いだと。
 付け足しのように最後のところで,この分野に関してはひとつ例外であるという形でなくて,この分野は及ぼすものではないのだと。もっと広やかな──確かに広やかな形でなさっておられて,寛容な,したがって,目安だとか,よりどころだとかいうことを言っていらっしゃるわけであるから,どうぞその点,もっと広やかな形で何かしていただければと,感想だけであるが,提出させていただきたいと思う。

坂本会長

 今のお話を伺っていると,外来語表記の問題のもう一つ以前の教育の問題にまでさかのぼりかねないような話もあって,なかなか難しいなという感想を持たないわけでもないけれども,しかし,大変重要な御発言だと思うので,今後の議論の中で検討させていただくというところで,きょうのところは御了解いただきたいと思う。
 ほかに今の御質問でなしに,御意見等──実はこの後,かなり重要なまとめ方をしなければならないような段階も出てくるかと思うので,いかがか。
 まだ多少の時間があるので,御発言いただけたらと思う。

林(大)主査

 ちょっと伺っておきたいと思うが,ただいまお二方から御意見が出た。先ほど私は個人の意見として申したけれども,我々表記委員会では,現代仮名遣いの線を踏襲するものという了解で委員会を進めてまいった。それは私,主査の責任かもしれないが,そういう考え方でまいった。
 それで,現代仮名遣いを踏襲しているのはよろしくないという基本的な考え方で御批評を受けるとすると,これはここで皆様方が今まで審議してきた状況について,その点の基本的な考え方を改めろというふうにお考えになるかどうか,その辺を改めて伺っておきたいような気がするわけである。
 一つの基本的な点は,私にとっては,現代仮名遣いの表音原則というようなものについて見直した上で,外来語の表記を見直せということになるか。そうすると,今日私が申し上げた結論ではないけれども,ここで原審差戻しというようなことになるかどうか,その辺を皆様方から御意見を伺っておかないと今後の委員会が進まないと思う。どうぞよろしくお願いする。

坂本会長

 今の林主査の御発言は大変ごもっともな点があろうかと思う。これは御列席の先生方も,委員のお一人として,総会での在り方については御了解いただいているわけだから,今の林主査の御発言は,それはそれでなおかつというのであれば,またそこに話の運び方があろうかと思うけれども,その点はいかがか。

江藤委員

 今,林先生がおっしゃったのは,林先生の御意見として承ることができれば,私はすべて納得いたすけれども,どうなのか。表記委員会で一つの作業原則として,一応現代仮名遣いを基礎にしてやってみようとお決めになって,それで今日までやってこられたという言わば歴史的なプロセスの御説明であれば,それは納得のいくことであるけれども,表記委員会がいかなる原則でこの整理作業をやっていただくかということについては,御一任申し上げているわけであって,いかなる原則によっておられるかについて,立ち入って総会は何も納得もしていないし,反対もしていないというのが実情じゃないかと思う。
 だから,私は表音原則なるものを,そういうお立場をおとりになる林主査以下が──以下の方はそれぞれお違いになるかもしれないけれども,おとりになって,今まで作業を進めてこられた御苦労に対しては,非常に尊敬の念を持っているのであるけれども,ここで表音原則はどうするか,白か黒かということを私どもにお尋ねいただいても,困るんじゃないだろうか。
 つまり,表記委員会での御審議の途中で,仮に表音原則に立っているというお立場をおとりになっても,それが揺れることがあるだろう。その揺れは揺れとして──私どもは大地は動かないと思っているけれども,幸い日本は地震が起こって揺れるので,大地も動くということを知っているので,その揺れが来たときには,その揺れも非常に巧みにお取り入れになって,その結果出てきたものをそれぞれの立場の委員が見て,ああ,なるほどというふうな納得が得られるようにしていただければ幸いだと,そう申し上げているわけであって,ここで表音原則に賛成か反対かと問われて,「はい,賛成です」「はい,反対です」と申し上げるのは,ちょっと私はいかがなものかと考えるわけである。

坂本会長

 ほかに御意見はないか。

松村副主査

 林主査から表音原則のことが出たが,この言葉は,林主査の個人的な御意見,個人的なお考えというふうに受け取っていただかないと,表記委員会が表音原則をまず土台に置いているとか,そういうことではないと,これだけは御了解いただきたいと思う。
 御承知のように,表記委員会の委員はたくさんいらっしゃる。その中の具体的なお方をお考えになっても,基本原則でやろうというのに大反対の方もおられることはお分かりだろうと思うから,あえて申さないが,林主査の御発言の中にはときどき個人の意見が交ざる。実は私どもはそれは非常に困ると思うのだが,(笑声)同時に,それだけ林主査が非常に情熱を持ってやっておられるので,その辺は御了解いただきたいと思う。

林(大)主査

 勝手なことをやろうと思っているわけではもちろんないので。だが,基本的な考え方が問題になるとすると,私は早く引っ込んで,委員会の考え方を修正した方がいいのかもしれないというような気もするわけである。もう少しそれでやっていけと言われるようであれば,進められるだろうというわけである。
 先ほど来,江藤先生と紅野先生からお話があった文芸の上での問題は,私は,当然除外される分野にある。その方々がどういうふうにお考えになっても,それは問題がないというような了解だと思っている。文芸家協会からお申し入れがあったいろいろごもっともな御意見も承っているが,文芸家協会に対して我々は攻撃をかけようなどということは,全然考えていないので。攻撃なんていうのは私の言葉で……。(笑声)

坂本会長

 平素表記委員会,林先生におんぶしているものだから,誠に申し訳ないと思っている一人なんだけれども,今の江藤,林論争で大筋のところは御了解いただけたのではないだろうかと思うから,そういうことでともかく取り進めさせていただきたいと思うが,いかがであろうか。よろしいか。
 それでは,そういうことで今後取り進めさせていただくが,ほかに御意見等があれば,御発言いただきたいと思う。
 それでは,きょうはかなり基本的な問題にも触れて御討議いただけたので,それを基にして,表記委員会でまた引き続き検討を進めていただきたいと思う。
 ついては,これからの日程のことであるけれども,昨日開催した運営委員会でも御相談したのだけれども,今年度内に外来語表記委員会としての試案をまとめていただいて,従来の例に倣って一度世の中に公表する,そういう運びを考えるわけである。そうすると,1月中に全員協議会という形でお集まりいただいて,公表する試案の原案について御協議いただくことが必要になるのではないかと思うわけである。
 具体的な日取りとか場所については,決まり次第事務局から御通知いたすので,ひとつよろしくお願いしたいと思う。
 表記委員会の開催については,所属外の委員にも御案内をしているので,表記委員以外の先生方で御関心をお持ちの方はどうぞ御出席いただきたい,そういうことである。
 ほかに特に御発言はないか。
 事務局側よろしいか。
 それでは,きょうの総会はこれで閉会する。

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