国語施策・日本語教育

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次第・議事要録 委員会の設置について1

清水会長

 次に,議事に入りたいと思う。
 ただ今報告があったように,運営委員会でいろいろ議論した中に,これからの進め方の一つとしての「委員会の設置について」ということがある。
 前回,文部大臣,また文化庁長官からも御説明があったように,今期の審議会では,ワープロ等における漢字の字体の問題が主たる大きなテーマとなっている。もう一つは,敬語など言葉遣いに関する問題で,これらを中心にして十分な審議をし,できれば漢字の字体については答申をいただきたいというお話があったので,この具体化のために積極的に審議を進めてまいりたい。ということになると,委員会として二つ作ることが適切ではないかなというようなことから,先ほど報告があった9月6日の運営委員会で御討議いただいた。そして原案を作ったので,それを御覧いただきながら御意見を承りたいと思う。
 課長の方から,原案について御説明いただきたい。

大島国語課長

 資料1の「委員会の設置について(案)」をお手元にお配りしてある。これは運営委員会でいろいろと御意見をいただいたもので,今期の審議の充実を期するために,第1委員会と第2委員会の二つの委員会を設置してはどうかという案である。
 第1委員会の位置付けとしては,前期20期に言葉遣いを検討した第1委員会を引き継ぐとともに,第2委員会で検討していただいた国際化・情報化への対応の観点も加えて,主として第22期以降のまとめへの橋渡しとなる審議経過報告の原案をお作りいただくーそういうイメージで第1委員会を位置付けている。
 第2委員会は,前期20期の第2委員会で御検討いただいたワープロ等の字体の問題を特に取り出して御検討いただき,答申の原案を作っていただくーそういうイメージで第2委員会を位置付けている。
 第1委員会の具体的な検討事項をそこに一例として書いてある。その一つ目に挙がっているのが,「国語審議会における「言葉遣い」の考え方について」である。前期では言葉遣いの標準の在り方などをいろいろ御議論いただいたわけであるが,言葉遣いの標準をどう具体化するかなどについて,更に検討を深めていただきたいと思っている。
 それから,「現代日本の言葉遣いに関する,各分野の考え方・調査等について」,把握をしていただいてはどうか。
 「国際化時代における日本人の言語運用能力の在り方について」は,ほかの事項とやや感じが違っているようであるけれども,例えば外国語や外来語とのかかわりとか,高度情報化の中での日本語のコミュニケーションの在り方とか,幅広く御検討いただければと思っている。
 それから,「新しい「敬語の指針」を示すことについて」は,第20期でも,昭和27年に国語審議会で建議された「これからの敬語」の見直しの作業を相当やっていただき,それを踏まえて,更に具体的な緩やかな基準を目指すという方向を,一つの考え方としてお示しいただいているけれども,それを「敬語の指針」というふうなことで具体化していただければと考えている。
 第2委員会では,特に,ワープロ等で発生している字体の問題について解決策を御提案いただきたい。検討事項の例としては, 「国語審議会における「字体」の考え方について」「いわゆるJIS漢字における「字体」の考え方について」「各分野における字体の現状について」「表外字の代表字体を示すことについて」の四つをそこに掲げてある。
 委員会の規模としては,従来所属委員は10名から12名という辺りが目安になっているようである。
 そして,前期の審議の継続性ということを考えると, 従来の第1委員会と第2委員会,それぞれに入っていただいた先生方は,なるべくまた引き続いてどちらかの委員会にお入りいただければ有り難いと思っているところである。
 簡単であるが, 取りあえず説明とさせていただく。

清水会長

 委員の構成等についてはまた後ほど触れるとして,こういった二つの委員会を,今,御説明があったような検討項目を主にしながら,更に何か御意見があれば,それらも付け加えながら進めていき,また総会に御報告を申し上げ,そして御意見をいただくというようなことの繰り返しで,この審議会を進めたいということである。
 まず,この二つの委員会について,何か御質問あるいは御意見があれば伺わせていただきたいと思うが,いかがか。
 継続性を考えたときに,今の第1委員会は,20期の第1及び第2委員会の漢字の字体以外の部分につながるわけである。前期入っていた方には,今期もできるだけ入っていただきたいということになると,例えば,委員構成で言えば何人くらいずつになるのか。

大島国語課長

 例えば,従前第1委員会に入っていただいた方のうち半数ぐらいの方が,引き続き今期も21期審議会の委員として御就任いただいているし,第2委員会についても,それぐらいの数になろうかと思う。私の手元の資料を見ると,20期で委員会に入っていただいた方で,21期も委員になっていただいたのが10名ということになるので,この方々は,もし第1委員会,第2委員会の設置が認められたら,なるべく継続してお入りいただければ有り難いと考えているところである。
 したがって,全体として円滑な御審議をいただくということから言って,それぞれの委員会のメンバーが,資料1に書いてあるように10名から12名程度ということになると,やはり半数ぐらいの方は,新しく御就任いただいた委員の中から入っていただくことになろうというふうに考えている。

清水会長

 ということで,二つの委員会を発足させたいということである。
 北原委員どうぞ。

北原委員

 第1委員会と第2委員会を設置することに基本的には賛成だが,第1委員会の内容で,「言葉遣いの問題について,国際化,情報化の時代における日本語の在り方,円滑なコミュニケーションという観点から検討する。」というのが最初に書いてあるけれども,20期からの継続という点から言うと,「言葉遣いについて, 国際化, 情報化の時代における日本語の在り方」というようなことは,全然議論してきていない。
 この審議会の資料の後の方にある前期の審議経過報告の最初の目次を御覧になるとお分かりだと思うが,「言葉遣いに関すること」というのは,基本的な認識としては,平明,的確で,美しく,豊かな言葉についてを基本に考えるということと,言葉遣いの標準の在り方について考えるということでやってきたわけである。
 今回,ここに入っている国際化とか情報化というのは,Uの「情報化への対応」とかVの「国際社会への対応」ということで,Iの「言葉遣いに関すること」というところとは別のところで議論されていたわけである。
 先ほど大島課長がおっしゃった検討事項の3の「国際化時代における日本人の言語運用能カの在り方について」という辺りは,Vの「国際社会への対応に関すること」というところで議論されているわけであり,言葉遣いというのは,我々はもうちょっと狭い範囲で考えたわけである。もっと絞ると敬語になるわけである。ここまで第1委員会を広げるとなると,第1委員会は今期で結論を出さなくてもいいということが書いてあるので,広げてもいいと思うが,少なくとも20期にやってきたことよりはずっと広がってしまう。収斂(れん)の方向ではないというような気がする。
 一方,第2委員会では,UとVをやってこられたわけであるけれども,これはワープロの字体に絞られたので――絞るのは大いに結構だと思うけれども――第1委員会の方は,問題を広げると,また2〜3期掛かるのではないかという気がして,ちょっと心配している。

清水会長

 広げることについてはどうか。

大島国語課長

 確かに北原委員がおっしゃるように,第20期の第1委員会と第2委員会を両方併せたような課題で,かつ字体の部分だけ除くというふうに,非常に広がっているのではないかということであるが,私どもとしては,言葉遣いの問題は,非常に多面的なものがあるととらえている。そして,例えば20期報告の「言葉遣いの標準の在り方」のところには,緩やかな標準でも,まず,作るのが可能な範囲から手掛けていくべきであろうという趣旨が盛り込まれており,そういう観点から言うと,敬語の問題という,昭和27年の大分古くなった建議を見直すということが優先順位としては高いのではないかと考えている。
 そういうふうに絞っていただいて,おまとめを順々にやっていただくということはもちろん考えられるわけであるし,そういうものを考えていただくに当たって,幅広く第20期の第2委員会で御議論いただいた観点も取り入れて,円滑なコミュニケーションという観点から敬語を考えるということも,あるいは考えられるのではないか。
 検討事項の例としていろいろなものを取り上げているが,構成メンバーが固まって,第1委員会が開かれた暁には,総会の御意見も踏まえて,具体的に何をどういう手順でやっていくかということをもう一度委員会として御検討いただきたいと思っているわけである。
 運営委員会での御議論でも,検討事項の一つ一つについてお考えいただいたという面もあるが,ただ,それは限定的にこれに絞るということでもないし,例として挙がっているものを全部一つ一つやっていくということでもないし,典型的な検討事項の例という意味合いで,受け止めて御議論いただいたんじゃないかと思っている。

清水会長

 いかがであろうか。

山口委員

 私は,前期,20期には第1委員会に属していたけれども,委員会の中で問題がいろいろ出てきてしまって,出来上がった報告は物すごくあいまいになってしまったという感じがしている。そして21期でも, もう一度あの前期のようなあいまいなものを出すかと思うと,ちょっと気が引ける。第2委員会の方は,20期からの続きで言うと,非常に絞られた「字体」というものを打ち出しているから,これは結論が出てくるんじゃないか。それであれば,第1委員会の方も,20期の轍(てつ)を踏みたくないという気持ちが私などにはあるので,敬語なら敬語というふうにしてしまった方が非常に明快で,それだけはやったという感じがするのではないかと個人的には思っている。

山川委員

 よく国際化とか情報化という言葉が文書にも出てくるけれども,国際化だからといって,日本人の使う言葉がそうころころ変わるわけではないし,また情報化というのも,ワープロなどで多少変わるかもしれないが,やはりそんなに日本人の言葉が変わるわけではないので,今,山口委員がおっしゃったように,第2委員会は字体,第1委員会は言葉遣いないしは敬語というふうにしっかり絞り込んだ方が,はっきりするのではないかと思うし,本当に泥沼のような審議はなるべくやめた方がいいんじゃないかと思う。

清水会長

 ありがとうございました。
 このことについて,ほかに何か御意見があったら,伺わせていただく。

井上委員

 この資料1は初めて目にするわけであるが,こういう形,こういう文案で出るだろうということは,前回の第1回の審議内容から予想していた。しかし,文章として,この前とは違うものが出てきたというので今の発言になったんじゃないかと思う。こういう文案になったのは運営委員会の審議の結果と考えるが,それでよろしいか。だとしたら,ここにこういう文案にするのに大いに寄与した方がいらっしゃるんじゃないかと思うし,その方にちょっと御発言をいただくわけには行かないのか。

津野委員

 この第1委員会,第2委員会の考え方については,私は基本的にはこれでいいんじゃないかと思っているわけであるけれども,第1委員会の方については,私は初めての審議会の委員で過去の経緯は必ずしも詳しくないので,その点は若干差し引いていただきたいと思う。
 先ほどどなたかから,国際化時代になったからといって日本語は変わらないというようなお話があった。しかし,考えてみれば,現在の国際化あるいは情報化によって,そもそも日本語自体が昔に比べれば非常に変わってきているということは,恐らく客観的な事実として我々は認識できるであろうと思う。
 例えば,法律用語を見ても,日本語の翻訳能力あるいは造語能力が,今の日本人は非常に落ちているのではないか。あるいは専門家としてのお立場の先生方も,外国の言葉をそのまま安易に受け入れる現象が強いのではないかという気が非常にしている。その辺のところは,かつて明治時代には,法律用語においても,ほかの社会的ないろんな問題についても,ヨーロッパの言葉――もちろん日本語として,あるいは漢文としてもなかった言葉かもしれないけれども――それに対応する言葉を日本語として作ってきた。ところが,最近はほとんど外来語の氾(はん)濫である。しかも,情報化時代になって,御承知のように,インターネットとか,いろんな機器などが出てきている。そういう言葉を日本語に置き換えることは非常に難しいと思うけれども,そういう面での日本語の在り方というのは,非常に難しい議論があるのではないかというようなことを私は申し上げたことがある。
 今回の,敬語についてだけ中心にすべきであるという御意見は,一つの考え方であり,この会合でそういう方向がいいということであれば,私たちとしても異論はないわけであるけれども,この前の総会の時には,必ずしも敬語だけでやろうというお話ではなくて,もっと幅広い意見が非常にたくさん出てきたように思うわけである。そういう意味からすると,前回の国語審議会の審議というのは一体何だったんだろう。みんながいろんなことをおっしゃって,いろんな意見が出てきた結果,こういう御意見を事務当局の方でまとめられたのであろうというふうに思うわけである。敬語を中心にということならば,前回の審議会の時にも,敬語を中心にすべきであるというような御意見が当然たくさん出てよかったはずであるけれども,必ずしもそうではなかったという感じがしているので,私の意見を申し上げた。

西尾委員

 私は20期に第2委員会に所属していた。今の御意見に対しての私の考えを申し上げる。
 第20期では,確かに国際化,情報化,その中で日本語がどう位置付けられていくかというところまで非常に広い議論がなされた。
 今,もしも第1委員会が敬語に絞られ,第2委員会が字体に絞られていく――絞られていくことには大賛成であるけれども,そうなると,20期であれだけ議論して,今日本語が日本人だけのものではなくなって,世界中で大勢の人たちが,あるいは在日している大勢の外国人が日本語で生活しようとしている,こういう時代の日本語というものについてどういうふうに考えていくのか。日本語自体が変わっていくというよりも,日本語の位置付けが変わっていったことは確かだと思うので,そういう時代において,言語政策的に日本語教育というものをどうするのか,在日する外国人に対応して,日本という国が多言語主義で行くのか,あるいは飽くまでも日本語,日本文化に適応していってもらうのか,そういうことに至るまで議論したあの時間とエネルギー,そして,あれだけ広げた話題が,もし今期敬語と字体だけに絞られていくとした場合に,この行き先はどこなのかということで非常に残念に思う。
 一方,今までの委員会にいた者がなるべく継続するようにというお話であるから,私が国際化とか情報化というところの第2委員会にいた関係では,今度は第1委員会に入ることになるのかなと思うと,敬語のことは,また改めて勉強し直さなければならない。こちらは,20期でずっと突き進められた敬語の御議論をまたすっかり勉強し直していかなければならないという負担のようなものは感じる。
 それで,できるならば,非常にぜいたくかもしれないけれども,敬語の問題,字体の問題,もう一つ日本語の位置付けという問題で委員会ができれば一番納得できる線である。一応意見として申し上げることにする。

山川委員

 言葉のゆれとか,乱れとか,盛んにこの審議会の総会でも言われているけれども,国際化とか情報化ということによって日本人の言葉に迷いが起こってきて, それをどうしていいのか,どちらが正しいのか,どういうことになったらいいのか,この外来語は取り入れるのか取り入れないのかなどということは,確かに国際化とか情報化の影響は多少あるかもしれない。そのときに,国語,日本人の言葉というものがどういうふうにあるべきか,それは今までどおりであっていいのか,それとも変化しなければいけないのか,その辺のところは御議論があると思うけれども,私は,やはり今まで日本人の文化の中で培ってきた正しい日本語,あるいは言葉遣い,そういうものを伝承していくことも大事だと思う。
 私は,国際化だからといって日本語が次々と新しい言葉遣いを生み出していくとか,情報化だから右往左往するということは,国語審議会の総会の中の一つの話としてはいいけれども,それをああだ,こうだと言うよりは,今日本人が迷っている言葉遣いについて正しい指針を示すということが国語審議会の一番大事な使命だと思う。そこまでなかなか話が行かないものだから,何とかそういうふうにしてもらいたいなという希望を述べたわけである。

井出委員

 西尾委員とただ今の山川委員の意見をサポートしたいと思う。私も,これだけのメンバーがそろった審議会であるので,もちろん具体的なものも必要だが,一体日本語というものを国語審議会はどう考えるのかということを外に向かって言えるような,抽象論で結構であるが,そういったものが必要なのではないかとかねてからしみじみ思っている。
 というのは,3年ほど前に国際応用言語学会というところで,私は日本人のディスコースについてオーバービューのスピーチをしなければならなかったので,その当時の国語審議会の,ここにあるような資料を取り寄せて大分勉強した。世界の人たちに対して,英語で日本人の日本語についての考え方を出すには,国語審議会の御意見が一番適当かと思って大分勉強したが,英語で言おうと思うと何が何だか分からなかった。英語で言ったら,ほかの人もますます分からなかったろうというのが実感だった。
 基本的な認識の「平明,的確で,美しく,豊かな言葉」 というのを英語に直すと,「美しい」というのは何をもって美しいというのかが分からない。平明とか的確というのは分かるが,最後の「豊か」というのは,どういうものをもって「豊か」と言うのか。
 そういう具体的なものは,日本語の中にいると,私どもも何となく納得して,うん, 分かる分かるという感じになっているが,外に向かって,これはどういうものかという具体性を持って言えるものもないのに,みんなで納得して,そこからスタートしたときに,この審議会は車座になって日本のことだけを考えている。国際化における日本語の問題というのは,外に向かって「こういうものです。」と言えるものがなかったら,「豊か」という言葉の意義も国際化の中で生きてこないのではないかと思う。だから, 委員会は,具体的なことのほかに,こういった観点からの議論も尽くしてみる必要があるのではないかと思っている。

篠田委員

 初めて参加させていただく篠田である。
 中学校の国語教育の担当の一人として一言申し上げたいと思う。言葉について,国がある基準を示すということについては様々な意見があるということは前回から分かったし,その結果として,緩やかな標準というようなところに落ち着いているということもよく分かったが,小中学校という基礎的,基本的な段階,義務教育の段階で教えるべき日本語の基準というのが必ずしも明確ではない。
 学習指導要領というのがあって,国語の時間にやるべきことは示されているが,言葉の基準というような形では出ていない。何を使って,どういう言葉を教えてというところまでは書いていない。かつてはそういうことが書いてあったそうであるが,今の学習指導要領は大綱的なものになってきている。
 そこで,どこで議論されるのか,第1委員会の中の一分野としてでも結構であり,あるいは成案が得られなくても結構であるが,ともかく義務教育段階で教えるべき日本語の基準といったものについては,是非一度議論していただけたらなというふうに思う。

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