国語施策・日本語教育

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次第・議事要録 第1委員会における審議状況について1

清水会長

 それでは,配布資料についてはこれで一応説明を終わらせていただいて,次に,各委員会の審議状況についてお諮りをし,御意見等々をいただきたいと思うので,各委員会の進行状況をそれぞれの順番でひとつお願い申し上げる。大変恐縮であるが,第1委員会の方からよろしくお願い申し上げたいと思う。

井出(第1委員会)主査

 それでは,「第1委員会における論議の概要一5」を御覧いただきたい。
 今期の第1委員会の審議は,第20期及び第21期国語審議会の審議経過報告を受けて進められている。平成5年11月に出された文部大臣の諮問で示された課題のうち「言葉遣いに関すること」の継続審議であり,特に「敬意表現」を焦点としている。
 「敬意表現」とは, コミュニケーションにおいて相手や場面に応じた様々な配慮に基づいて使われる表現の総称である。この問題を取り上げたのは,敬意表現が,多様化した社会において人間関係を円滑に保つ上で重要な言葉遣いの要素だと考えるからである。
 審議の結果を次のような3部構成によってまとめて答申としたいと考えている。すなわち「I 現代社会の言葉遣いをめぐる課題」において,現代社会におけるコミュニケーションをめぐる課題,敬意表現にも深く関連する事柄を指摘し, これを踏まえて「U 言葉遣いの中の敬意表現」において,敬意表現の理念や概要を述べ, さらに「V 敬意表現についての留意点」において,敬意表現を用いる上での留意点を述べる。
 お手元の資料の3ぺージを御覧いただきたい。「I 現代社会の言葉遣いをめぐる課題」。このIは, 21期報告のIにあることをおおむね踏襲している。すなわち,現代社会の在り方や特徴と関連する言葉遣いの問題点のうち重要な事柄を挙げ,それぞれの問題点と敬意表現との関係について述べている。都市化,国際化,情報化,少子高齢化などの社会変化に伴い,価値観や暮らしぶりの多様化と並行した言葉遣いの多様化が見られる。このことは,言葉の持つ豊かさである一方,人々の円滑なコミュニケーションを困難にする要因ともなっている。
 一つずつ見ていきたいと思う。
 「1 都市化の進展と言葉遣い」。都市化が進展したことで,地域社会が従来有していた共同体的性格は大きく変容した。人間関係は,従来の狭く深く長い人間関係から,相対的に広く浅く短い人間関係に変わりつつある。このような人間関係の間で意思疎通を円滑に図るためには,相手、場面, 目的などに応じた言葉遣いがより必要となり,敬意表現が重要となっている。異なる地域社会に属する人や未知の人などとの意思疎通には共通語が必要である一方で,地方の伝統文化や地域社会の豊かな人間関係を担う方言もまた不可欠である。相手や場面に応じて両者を使い分けることも敬意表現の一側面であって,現代社会の言葉遣いの課題であると考える。
 「2 世代差と言葉遣い」。少子高齢化,核家族化等の現象によって,世代間でのコミュニケーションを行う機会が減少し,世代間の言葉の差は相互に理解されにくくなっている。若者も高齢者も,言葉遣いの伝統や慣習の意義や時代の変化と共に起こる現象を確認しながら,相互に尊重し合って,コミュニケーションを円滑に図ることが求められている。このことにも敬意表現が深く関連している。
 「3 性差と言葉遣い」。近年,両性の平等意識が定着しつつある中で,言葉遣いの性差は減少してきている。言葉遣いの性差については,肯定的にとらえる意見,差異の減少はやむを得ないという意見のほか,性差はない方が良いとする意見(少数)など,様々な意見が見られる。基本的には一人一人が自己の人格を投影する自己表現として納得でき,しかも相手や場面にふさわしい表現を選択することが課題である。このことは敬意表現としての言葉遣いの一側面であると考える。
 「4 情報機器の発達と言葉遣い」。新しい情報媒体によるネットワークの構築は,人々のコミュニケーション観や人間関係にも影響を及ぼし,「親しさ」のとらえ方も従来とは変わってきている。情報機器の利用については,利用目的と手段を自覚した上で,主体的に活用能力を高めていくことが課題である。そこでの言葉遣いにも,相手や目的に応じた敬意表現が重要な働きをしている。
 「5 商業場面における言葉遣い」。近年の商業活動では,一般に言葉の手引を用いた敬語が使われることが多くなっている。これらによる接遇については, プラス面,マイナス面の両面があるが,基本的には相互の立場を尊重し合うことが重要である。相手や場面に応じた柔軟で適切な言葉遣いをすることが課題であり,広く敬意表現への配慮が求められる。

井出(第1委員会)主査

 「6 マスコミュニケーションと言葉遣い」。テレビやラジオの番組等に現れる言葉遣いが幼児や青少年に与える影響が話題になることが多くなっている。放送や新聞等のマスコミ関係者や出版関係者は,その影響力の大きさを自覚し,言葉遣いについて更に慎重に配慮しつつ,人々の言葉に対する意識が高められるよう努めることが期待されている。
 「7 外国人との意思疎通と言葉遣い」。近年, 日本語の国際的な広がりにより人々が外国人と日本語で意思を疎通させる機会も日常的なものとなっている。日本人の言語習慣に慣れない外国人との意思疎通においては,言語習慣の違いを客観的に認識し,分かりやすく誤解を与えない言葉遣いを選択することが,今後の国際化の進展の中での敬意表現の重要な課題だと考える。
 以上のような現代社会における言葉遣いの課題に共通するものは, コミュニケーションを取り巻く社会や人間関係の在り方とともに,言葉遣いも多様化しているということである。このような中で意思疎通を円滑に行うためには,話し手が相手の人格や立場を尊重し,その都度の相手や場面への配慮に基づいて多様な言葉遣いから適切なものを選択することが必要となっている。相手や場面への配慮を基盤とする言葉遣いとしての敬意表現は, このような意味において,現代社会の言葉遣いの課題に深く関連している。
 「U 言葉遣いの中の敬意表現」,「1 円滑なコミュニケーションと敬意表現」。国語審議会は,現代社会の言葉遣いの在り方を考える上で重要な概念として「敬意表現」を提唱する。敬意表現とは,我々が他者と言葉をやりとりする際に,相手や場面に応じた様々な配慮に基づいて使っている言語表現の総体である。ここで敬意表現を取りげるのは,それが人間関係を円滑にする上で重要な言葉遣いの要素だからである。
 コミュニケーションの基本は,話し手と聞き手とが相互に尊重し合い,他者の人格を認め,気持ちを思いやりながら,情報や意思を互いに伝え合うことにある。
 情報や意思を円滑に伝え合うためには,表現内容の論理性や分かりやすさを支えるなどの言葉遣いの工夫が必要であるが,敬意表現は,とりわけ人間関係を円滑に保ちながら,意思疎通を図るための工夫として必要なものと考えている。
 「2 敬意表現の概念」,「(1)敬語と敬意表現の関係」。敬語は日本語の根幹にかかわる存在であり,上代から現代まで続いてきた日本の文化である。これは,立場の上下意識を強調しすぎる面や,用法が複雑で習得困難な点があるという面もある。
 昭和27年の国語審議会建議「これからの敬語」は,従来の複雑な敬語を廃し,民主主義社会にふさわしい平明・簡素な敬語を示した。ここに挙げる内容のうち,「相互尊敬」を旨とすることや,過剰使用を避ける等のことは現代にも継承されるべきであるが,一方には社会における敬語使用の実態に即していない面がある。従来は,敬語のみが注目されてきたが,我々が日常生活の中で敬語以外にも相手や場面に応じた配慮を表す言葉を多く使っていることにも目を向けるべきであると考える。そのため敬語に加え,敬語以外の配慮の表現も含めて「敬意表現」と呼ぶこととし, ここに取り上げる次第である。敬意表現のような配慮を表す表現は, どの言語にもそれぞれの文化に裏打ちされたものがあり, どの社会においても用いられるものと考えている。
 次に,「(2)敬意表現の内容」。ここでは敬意表現とはどういうものかということを具体的に示してある。そのまま読ませていただく。
 敬意表現とは,様々な配慮の下,相手や場面によって使い分けるものである。使い分けの一例を挙げる。例えば何かを借りたいとき,親しい人に対しては「貸してくれない↑」「貸してほしいんだけど」などの言い方ができるが,相手が親しくない人の場合には,「貸していだだけませんか」「お借りできないでしょうか」などの敬語を含んだ言い方をする。しかし実際にはこの表現だけで完結することは少なく,「すみません」「ちょっと」などの前置きの言葉や,「ちょっと使いたいので」など,理由を説明する言葉を添えることが多い。親しい人から借りる場合であっても,それが相手への負担の大きいものであれば,そのほかにも,「悪いね」などと気持ちを表すこともあろう。

井出(第1委員会)主査

 このように,「〜ていただく」や「お〜する(できる)」などの敬語を使うことはーつの配慮の表し方ではあるが,その他,前置きの言葉や理由説明なども相手に対する配慮を表すものであると言えよう。親しい間柄での打ち解けた言い方にしても,「貸せ」という命令だけの言い方と比べると,「〜てくれる」などの恩恵を示す言葉,「〜てほしいんだけど」と最後まで言い切らない言い方をすることなどによって,相手への配慮を示すようになっている。配慮を表す表現は,「すみません」のような,多くの場面で繰り返して使われる形の決まったものもあり, また,場面に応じて話し手の気持ちを表す,形にとらわれない様々な表現もある。話し手は,話の内容に応じ, また,相手との関係や場面などに配慮して,その時々にふさわしいものを選んで使っている。このような種々の表現が敬意表現である。
 敬意表現は相手を尊重する気持ちを表すもので,相手を立て, 自分を控え目に表したり,相手に対して優しさを示したりする。さらには,仲間内であるかどうかによって,打ち解けた敬語抜きの言葉遣いや丁寧な言葉を選んだり,改まったりくだけたりというような場面による違いを表す言葉遣いなども含まれる。
 また,内容や相手に合わせた伝え方の工夫をするなどの伝え方にかかわることや,相手が望まないことは言わないなど,何を言うか言わないかという内容の選択に関することも敬意表現に含まれる。
 次に,「3 敬意表現の働き/実際」として, ここで敬意表現の具体的な例を示しながら内容をくだいていく。
 (1),敬意表現は人間関係に対する配慮に使われる。多様な価値観が共存する現代社会では,人々はいろいろな立場,役割を持っており, コミュニケーションを行う際は,相手の立場や役割,仲間内かどうかなどを判断し,それにふさわしい言葉遣いをすることが期待される。これらの判断は社会的慣習に従って行われるものである。
 〔立場の同じ相手に対する配慮〕。同等の立場の相手に対しては,相互尊重の配慮に基づき,相手を立て, 自らを控え目に示す言葉遣いをすることが多い。例えば,会議の席で「御発言の中で分からないところがあったのですが」と,相手を責めないで, 自分が理解不足であるという言い方で謙虚な態度を示し,そう言われた人は「私の説明が不十分で………」と謙虚な態度で応じるといった相手を立てた言葉遣いのことである。
 次に,〔立場の異なる相手に対する配慮〕。組織の中の人間関係で,立場や役割が明らかに異なり,言葉遣いの丁寧さもそれなりに異なってくることが少なくない。例えば,「これ, ファイルしといて」という上司の依頼に対して,秘書が「はい」と丁寧に答えるなどの例である。
 次に,〔仲間内の相手か否かによる配慮の違い〕。仲間内ではくだけた言葉遣いを,仲間内でない間柄では丁寧な言葉遣いを使い分けるということが一般的な使い方だと思う。ここでは,「おはよう」又は「おはようございます」ということで仲間内かどうかの区別をするわけであるが, ここにあるように立場の上下,年齢,性別の相違にかかわらず相互に同じ形式を使っているものと思う。
 「(2)場面に対する配慮」。話し手は,場面の性格,改まりの程度,その場面における相手と自分の役割を的確に判断し,それに応じた言葉遣いをすることが期待されている。伝える内容が相手に負担を掛けるような場合は,和らげて伝えるなどの工夫をすることがある。また,相手の状況に合わせた伝え方をすることが,相手を尊重していることになる。
 〔改まりの程度の異なる場合の配慮〕。改まりの程度に応じて,言葉遣いの丁寧さが異なってくる。改まった場面では丁寧な, くだけた場面ではくだけた言葉遣いになる。先の会議の例で,ふだんなら「それ,どういう意味なの↑」と聞いてしまうような親しい相手に対してでも,「御発言の中でよく分からないところがあったのですが」と丁寧に言うとすれば, これは会議という改まった場面に対する配慮からである。
 次に, 〔相手に負担を掛ける場合の配慮〕について。依頼など相手に負担を掛けることを言う場面では,相手の負担を最小限にするための配慮の言葉遣いをする。友人に約束の時間を変更してもらう場合,変更を申し出る人は,「悪いけど,急な用事が入ったので,待ち合わせの時間ずらしてくれない↑」のように,やむを得ない事情のためであって相手を軽んじているわけではないことを示し,その上「悪いけど」という申し訳ない気持ちも示している。そう言われた人は,「仕事じゃ仕方ないよ」のように相手の事情を察し,「ほかの日にする↑」とむしろ気遣いを示している。約束の時間変更に加えて,お互いに心を通わせる言葉遣いを行っている。

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