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青木保文化庁長官トークサロン「カフェ・アオキ」対談一部抜粋

 今回の青木保文化庁長官トークサロン「カフェ・アオキ」は,浜野保樹さん(東京大学大学院教授)をお迎えして,メディア芸術に関する話題を中心にお話を伺いました。その中から,メディア芸術の成り立ち,メディア芸術総合センター(仮称)の整備など今後の展開に関する発言を中心に,内容を適宜要約・抜粋して御紹介します。  対談の全容は,「文化庁月報」平成21年7月号(7月5日頃発行予定)に掲載します。

○ 青木
 「メディア芸術」とは,どのようなものを含むのでしょうか?
○ 浜野
 1990年代後半に,文化庁の研究会で,デジタルの技術を使うことによって可能になる新しい表現,複製ができて安い価格で提供される自己表現を総称して,「メディア芸術」と呼ぼうということにしました。浮世絵のように,安くて,複製がたくさん出るもの,その中にいいものがある,それが日本の魅力的で巧みな部分だと考えて,総称することにしました。
 当時は,これを芸術選奨の1分野にもしたいと発言したら,高名な方から「アニメやマンガが芸術なのか」と怒られましたが。
○ 青木
 
 浮世絵は,今は描く方はいらっしゃるのですか。
○ 浜野
 いらっしゃいますが,浮世絵はもう保護される対象になってしまって,我々の主たる自己表現のツールではなくなった。私の思いとしては,自己表現になり得る表現でないと,もう第一線を離れてるのだと思います。現代の日本では,マンガ,アニメ,ゲームが,若い人の非常に重要な自己表現の手段になっているので,それをなぜ「芸術」といって悪いのか,という思いがありました。
○ 青木
 最近はネットで文章を書いて簡単に自己表現する事例が増えていますが,そのような自己表現といわゆる芸術との境目はどこにあるのでしょうか。
○ 浜野
 それがメディア芸術祭の重要な役目だと思います。よく言われる「等身大」の自己表現も,少しの示唆や教育で普遍的な表現になり得ます。メディア芸術祭を行って,目利きの人たちに見せて,良いものを見出し範を示していただくことが必要です。
○ 青木
 メディア芸術に専門の教育は必要でしょうか。
○ 浜野
 作品の見せ方など基礎的なことは他の芸術分野とも共通していることだと思います。日本のアニメやマンガのレベルが高いのは国が関与しなかったからだという人もいますが,それは観客が目利きだったから高い質を獲得するようになったのであって,むしろこの分野を体系づけるということが行われておらず,若い人たちにキャリアパスが示されていないのは残念なことです。
○ 青木
 日本では,まだ映画にも偏見があって,日本のメジャーな大学ではあまり扱っていないですね。映画でこの程度だから,他のメディア芸術になると…
○ 浜野
 文化芸術に対してあまり公費助成をしないアメリカでも,映画協会(AFI)に公的資金が入っており,その目的は人材養成,アーカイブ作成,レコグニションの3つとのこと。まずその存在を知り,素晴らしさを認め,国の宝だ,と「レコグニション(認知)」することが重要なんだと。日本では,この「認知」という視点が欠けていると思うのです。
○ 青木
 メディア芸術は,なぜ日本でこのようにさかんになったのでしょうか。
○ 浜野
 高畑勲氏は,昔から日本人がこういった表現が好きで,日本人が得意な分野だと言っています。私は,これに加えて日本語の構造上絵を併用せざるをえなかったということがあると思います。ペリーが日本に来たときに日本の侍が皆上手に絵を描くのを見て驚いたという逸話があります。また,日本には,表現の世界では,一般庶民から専門家まで差別をせず,表現者を尊ぶという伝統があります。万葉集を見ればわかるとおりです。
○ 青木
 メディア芸術についての今後の展望はいかがでしょうか。
○ 浜野
 私は,日本人の表現をできるだけ海外に紹介していきたいとも思っています。黒沢明監督は,日本人の持つヒューマニティや正義感を映画により海外に紹介し,海外における日本の評価を大いに高めた人です。黒沢監督の後,それに代わる人として,私は宮崎駿さんや大友克洋さん,押井守さんの作品に感動して,彼らの作品が出るたびに交流のある海外の著名な監督に送り付け続けました。字幕もないのですが,おもしろいおもしろいと。それが映像の力なんですね。
 黒沢監督は遺言とも言える自伝の中で,次のように書いています。「日本人はなぜ日本という存在に自信を持たないのだろうか。なぜ外国のものは尊重し,日本のものは卑下するのだろうか。歌麿や北斎も写楽も逆輸入されて初めて尊重されるようになったが,この見識のなさはどういうわけだろうか。悲しい国民性というしか他はない。」と。外国での日本人の良いイメージというのは,黒沢映画のイメージなんですね。その黒沢監督が,最後にこう書かざるを得なかったのが残念です。私は,その思いの一端でも果たしたいと,映画でも,メディア芸術ででも,黒沢監督の思いを実現したいと考えてきました。
○ 青木
 メディア芸術総合センターの設置構想についてはいかがですか。
○ 浜野
 メディア芸術の発信についても弱いと思います。メディア芸術祭も,期間が短いので,海外から来てもなかなか観られない。海外からのお客さんが,日本のどこに行けばメディア芸術に関するものを見たり聞いたりできるのかわからない。これだけの蓄積を総合的に示す場所が作りたい。最近の外国人は,日本語学習の動機がマンガであっても,そこから入って浮世絵や茶道など日本文化への興味をどんどんふくらませていく。絵巻物からメディア芸術まで総合的に文脈がわかるような展示が求められていると思います。

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