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文化庁月報
平成23年5月号(No.512)

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連載 「言葉のQ&A」

「流れに(さお)さす」の意味

文化部国語課

 「棹さす」の「棹」は,舟を進めるために使う長い棒。観光地などで,船頭さんが「棹さす」姿を見ることはあっても,現代の日常生活とは,縁遠い光景かもしれません。慣用句「流れに棹さす」の意味も,理解されにくくなっているようです。

  • 問1 先日,「世の中の流れにあえて棹さす気持ちで,流行に迎合せずにやっていきたい。」という文章を読みました。「流れに棹さす」の使い方が間違っているのではないでしょうか。
  • 答 御指摘のとおり,この場合は誤用と考えられます。「流れに棹さす」は,「流れに逆らう,流れの勢いを止めようとする。」という意味ではありません。「流れに乗って,勢いをつける。」という逆の意味です。

  まずは辞書を見てみましょう。『日本国語大辞典 第二版』(小学館)では,「流れに棹をつきさして船を進め下るように,好都合なことが重なり,物事が思うままに進むたとえ。」と説明されています。昔,まだ日常生活の中で舟がよく使われていた頃には,船頭が長い棹を流れの中にさすようにして水底を押し,舟をうまく水流に乗せて進めていく光景がよく見られました。その様子を「物事が思うままに進む」という意味で,比喩的に用いた慣用句が「流れに棹さす」です。

例えば,作家の内田魯庵(ろあん)は次のような使い方をしています。

 「丁度此(ちょうどこ)の欧化主義(鹿鳴館時代)の最絶頂に達して,一も西洋,二も西洋と,上下有頂天となって西欧文化を高調した時,此の潮流に棹さして極端に西洋臭い言文一致の文体を(はじ)めたのが(たちま)ち人気を沸騰して,一躍文壇の大立者(おおだてもの)となったのは山田美妙斎であった。」(内田魯庵「美妙斎美妙」)

 山田美妙が世の中の欧化主義の流れに乗り,「西洋臭い言文一致」の小説を書いて成功したということを,「潮流に棹さして」を使って説明しています。「流れに逆らって」「流れを止めて」という意味で考えたら,文脈が通りません。

 国語辞典の中には,誤用を指摘しているものもあります。

『明鏡』(大修館書店)

「流れのままに棹を操って船を進めるように,物事を時流に乗せて順調に進行させる。 ▽誤って,時流に逆らう意で使われることもある。」
  • 問2 「流れに棹さす」について尋ねた「国語に関する世論調査」の結果を教えてください。
  • 答 全ての年代を通して,本来の意味ではない「傾向に逆らって,ある事柄の勢いを失わせる行為をすること」を選んだ人が多くなっています。また,この言葉の意味自体が分からないと答えた人が2割弱います。
流れに棹さす

 平成18年度の「国語に関する世論調査」で,「その発言は流れに棹さすものだ。」という例文を挙げて,「流れに棹さす」の意味を尋ねました。結果は次のとおりです。(下線を付したものが本来の意味。)

(ア)傾向に逆らって,ある事柄の勢いを失わせる行為をすること・・・・・・・・62.2%
(イ)傾向に乗って,ある事柄の勢いを増す行為をすること・・・17.5%
(ア)と(イ)の両方・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1.5%
(ア),(イ)とは全く別の意味・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・0.3%
分からない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18.5%

 年代別の結果を示したグラフからも分かるとおり,この言葉については,全ての年代を通じ,本来とは違う意味で使っている人の方が多くなっています。そればかりでなく,「分からない」と回答した人の割合が,本来の意味を選んだ人の割合を上回っています。舟を走らせるための「流れに棹さす」という行為は,もはや日常生活と縁が薄くなり,比喩としての機能を果たせなくなっているのでしょう。その結果,慣用句としても理解されにくくなっているのです。「流れに逆らう」「勢いを失わせる」というように誤解される原因としては,「水をさす」(=「邪魔をする」の意)などとの混同があるのかもしれません。

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