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文化庁月報
平成23年7月号(No.514)

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特別寄稿 「音楽の力を信じて 仙台フィルの2か月」

音楽の力を信じて
仙台フィルの2か月

公益財団法人仙台フィルハーモニー管弦楽団 専務理事 大澤隆夫

目次

  1. 1 スピードと細心の注意で,3月26日に最初の復興コンサート
  2. 2 状況に応じた音楽を,プロの技が連続コンサートを支えた
  3. 3 被災地と音楽を結ぶパイプ役が重要

 3月26日の震災後初めてのコンサート準備中,担当者から「会場のみなさんで歌う曲は何がいいと思いますか」と聞かれ,即座に「故郷」と答えた。以来,復興コンサートの定番となった「故郷」。長いマラソンコンサート中も,そして今も私自身は胸にせまるものがあって,大きな声で歌えない。大震災から2か月が過ぎ,困難な日々が続く中で数多くの芸術文化の関係者が被災地を訪れてくださっている。そうした状況のもと,私たち仙台フィルの思い,取組を紹介する場をいただいたことに感謝しつつ,2か月を振り返った。

◆スピードと細心の注意で,3月26日に最初の復興コンサート

第1回復興コンサート(3月26日 見瑞寺) 写真:佐々木隆二

第1回復興コンサート(3月26日 見瑞寺) 
写真:佐々木隆二

 引き続く余震に悩まされながら,仙台フィルは活動を開始し,継続してきた。震災発生時にはリハーサルのため大多数がコンサート会場に集合していたという偶然もあって,楽団員と事務局員ともに全員無事,楽器も最小限の被害に止まった。しかし,活動の本拠地である仙台をはじめ,東北一円のホールが甚大な被害を受けたため,6月までの演奏会は中止に追い込まれ,その後の開催も極めて不透明と,平常どおりのコンサートは,およそあり得ないという事態に陥った。
 しかし,そうした状況の中,私たちは躊躇することなく活動を再開した。私たちを駆り立てたものは,過去の災害や戦争によって傷ついた人々の心を癒やし,再生への力を与えてきた「音楽の力」への信頼であり,また,1973年に市民オーケストラとして誕生以来,この地域と人々に支えられ,ともに成長してきた団体としての,一種の使命感だったと思う。
 活動の目標は,震災の犠牲となられた方々を鎮魂し,ご家族や生活を失われた人々を癒し,地域再生のための希望の灯をともすことであり,具体的には,被災地域に直接音楽を届けることに全力を挙げて取り組むこととした。試行錯誤はいまでも続いているが,その一端をご紹介する。

 まず,地元をはじめ全国の音楽家にボランティアとしての参加を呼びかけたり,当初はアクセスが不可能とさえ思えた被災地で音楽活動を行うための資金協力の依頼といった活動を可能にするには,従来のオーケストラ事務局とは異なる新しい枠組みが必要だという認識のもと,「音楽の力による復興センター」の立ち上げを急いだ。組織の代表は,せんだい・みやぎNPOセンター代表理事でもある大滝精一・東北大学大学院経済学研究科教授が快くお引き受けいただき,事務局業務は私たち仙台フィルがボランティアで担うという体制を構築することができた。同センターに対する支援の輪は,国内に止まらず,海外にも広がっており,その反響の大きさに事務局一同,深く感謝している。復興センターの業務は,被害の大きな沿岸部の状況などから,少なくても2年間は継続しなければならないと予想している。大滝代表を中心に運営委員制を設けるなどし,組織面での強化を図っていくこととしている。
 同センターの設立と並行して,私たちは具体的なコンサートの準備を進めていったが,その過程では,かなりの葛藤があった。つまり,音楽を業とする者として,私たちはこうした災害に音楽が発揮する大きな力を信じているものの,東日本全域で多くのコンサートが「自粛」されるという動きに見られるように,「音楽は大きな力をもっている」が,社会共通の通念になってはいないのも事実のように思えたからだ。重すぎる現実を抱えた被災者に音楽を届けるのは,まだ早すぎるのではないか,かえって逆効果になるのではなどの疑問や不安を抱えながらのスタートだったことは否定できない。
 しかし,一方で,自ら被災者でもある私たちには,コンサート活動の再開にはスピードこそが肝要との確信があった。震災から立ち上がる心に寄り添い,折れそうになる気持ちを支えるのは「待ったなし」の急務だという実感があったのだ。早すぎるのではという懸念と,早く開催しなければ,と心が揺れる中での取組となった。特に,最初のコンサート開催にあたっては,未曾有の被害を受けたこの地域に,音楽のもつ力をどう知っていただくかに細心の注意を払った。

 まず,会場となるべきホールそのものが見当たらない中で,当楽団副理事長である片岡良和氏が住職を務める見瑞寺(けんずいじ)境内のバレエスタジオをお借りできたのは,大きな幸運と言うべきだろう。ちなみに,片岡氏は仙台フィルの前身・市民オーケストラ「宮城フィルハーモニー管弦楽団」の創立メンバーであり,初代常任指揮者でもある。本来,鎮魂の場である寺院境内が会場となったことは,コンサートの性格を雄弁に物語るものとなった。また,ガソリンが枯渇する中で仙台駅東口から徒歩10分に立地する見瑞寺は,演奏する側にとっても,聴く側にとっても至便の場と言えた。檀家には被災者も抱えるなどの仏事も多い見瑞寺で,震災からわずか15日後の3月26日にコンサートを開催できたわけだが,今になって振り返れば,まさに時宜を得た開催だったように思う。
 演奏メンバーは団員30名,指揮は大きな被害を受けた名取市在住の 佐藤(さとう)寿一(じゅいち)氏。コンサートマスターの伝田(でんだ)正秀(まさひで)氏は東京から,仙台出身のソプラノ菅英三子(すがえみこ)氏は京都から,まだ交通事情の悪い中を駆けつけていただいた。
 プログラムは,担当者が検討を重ね,厳選して次のように編成した。

  1. (1)バーバー:弦楽のためのアダージョ
  2. (2)チャイコフスキー:「弦楽セレナード」より 第一楽章
  3. (3)グリーグ:組曲「ホルベアの時代より」前奏曲
  4. (4)エルガー:愛の挨拶
  5. (5)グノー/カッチーニ/マスカーニ:「アヴェ・マリア」
  6. (6)高野辰之作詞/岡野貞一作曲:故郷

 暖かさ,安らぎ,祈りで構成したプログラムは,その後の演奏会プログラムの基準となった。また,演奏時間は,交通の便,引き続く余震などを考慮して昼間の1時間のみとして,来場しやすさを確保した結果,80名近い市民にご来場いただいた。
 こうして,演奏する側も聴く側もともに被災者という,垣根のないコンサートが期せずして実現した。集まった方々の心が寄り沿い,音楽の力を核とした癒やしと励ましの空間とコミュニティが生み出されるのを目の当たりにした。このことが当日の感動をさらに大きなものとした。
 このコンサートが実現するまでの試行錯誤の中で痛感させられたことに,「言葉の力」の大きさがある。ひとつは,いわゆるキャッチコピーである。コンサートが音楽の力を通じて「つながれ心,つながれ力」を大きな目標に掲げ,「鎮魂,そして希望」のために行う「復興コンサート」という枠組みや定義は,コンサート開催の意味を分かりやすいものとし,その後も継続して掲げることによって,私たちの活動の代名詞となっていった。
 もうひとつは,演奏する側が話し,呼びかける肉声そのもの。震災当日どこで何をしていたか,親戚・友人の消息,今そしてこれからの気持ち,演奏する曲への思いなどへの言及が,聴く側に同じ被災者である演奏者との一体感を創りだした。佐藤寿一氏,菅英三子氏の真摯で誠実,軽妙な話が胸にしみ込んだ。音楽の力は,言葉との協働作業をとおしてその効果を倍加するものであることが,その後の一連のコンサートの中で一層鮮明になっていった。

◆状況に応じた音楽を,プロの技が連続コンサートを支えた

マラソンコンサート(4月5日 アエル) 写真:佐々木隆二

マラソンコンサート(4月5日 アエル) 
写真:佐々木隆二

避難所訪問(4月23日岩沼市市民会館)
写真:大峡勝一

避難所訪問(4月23日岩沼市市民会館)
写真:大峡勝一

 こうして手探りの中で実施した第1回復興コンサートには,地元はもとより全国から熱い反響とご声援が寄せられた。自らも被災者である私たちは大きく励まされ,そして,さらなる活動への気力を奮い立たせた。例年になく寒い春先の天候のもと,多くの関係者のご協力をいただき,「屋内」で,かつ,「数多くの人が行き交い,また集まることができる」空間が確保できることとなった。仙台駅西口に近い再開発ビル「仙台アエル」の1階アトリウムと一番町のヤマハミュージック東北である。
 浪江町出身で実家が津波で流され,ご両親は避難所などに身を寄せていた担当職員の発案で,2回目以降のコンサートは,マラソン形式で実施することとなった。鎮魂と癒やし,そして復興には長い時間が必要であることから,その困難な日々に「音楽の力」で寄り添い,ともに立ち上がろうという願いのもとの「マラソン」である。
 ヤマハミュージック東北では4月3日から15日まで,アエル1階アトリウムでは4月5日から5月11日までの37日間。室内楽の編成で最初に「G線上のアリア」を献奏し,最後に仙台オペラ協会の方と会場のみなさんが「故郷」を歌うことを枠組みにして,毎日昼休みを中心に開催した。もちろん,仙台フィル以外の地元音楽家のみなさん,それぞれのビルや企業の関係者,チラシ配りや人の流れを整理するボランティア,記録を受け持つカメラマンなどの参加もいただいた。出演者は子ども向け,ポップスなども加えるなどのプログラムやトークに工夫し,来場者をすぐ側まで呼び込み,まさに目の前での演奏となった。「故郷」の合唱では目頭を抑える方も多い。4月中旬からは,大きな被害を受けた沿岸部の避難所や学校から「ぜひ来てほしい」と,コンサート開催の要望が寄せられるようになった。もちろん,それに対しては最優先で取り組むこととし,1日に複数のチームを送り出すことも多い。熱心に耳を傾ける児童,気持ち良さそうに眠ってしまう幼子,演奏にあわせて体をゆするお年寄り……。音楽の力を実感する日々である。こうしたマラソンや被災地に伺ってのコンサート,全国から 招聘(しょうへい)いただいての演奏会の総数はすでに百数十回を数えている。
 被災地などの状況にあわせて,クラシックにとどまらず必要とされる様々なジャンルの音楽を演奏するのは,まさに臨床。プロならではの技も大きな要素と言える。そして手術後の弱った体に病後の食事が滋養となり,体力の回復に繋がるように,音楽もまた弱った心にやさしく効き,立ち上がる気力の回復に役立つ。被災当初から音楽が必要とされる所以だ。
 釜石市,大船渡市,宮古市,気仙沼市,岩沼市などは,仙台フィルがこれまで何度も演奏会を開き,「第九」などで地域の音楽関係者のみなさんと共演を重ねてきた都市である。状況が可能になり次第,すぐにでも伺い,そして合唱や児童生徒の吹奏楽ともご一緒したい。私たちが届ける音楽にとどまらず自らの音楽活動の中から音楽の力を得ていただき,復興の歩みの弾みとして欲しい,と切に願う。

児童たちと(4月28日南材木町小学校)
写真:大峡勝一

児童たちと(4月28日南材木町小学校)
写真:大峡勝一

児童たちと(4月28日南材木町小学校)
写真:大峡勝一

児童たちと(4月28日南材木町小学校)
写真:大峡勝一

 全国の音楽関係者から「音楽の力による復興センター」の活動資金と被災地への義援金のためのコンサートへの招聘が引きも切らない。被災地で立ち上がった仙台フィルを呼んでコンサートを開催し,励まし,支援することはそのまま被災地を応援することに繋がると考えていただいているようだ。過分な位置づけだができる限り対応していきたい。また,演奏事業収入が途絶えた仙台フィルへの直接支援をいただくこともある。文化庁,宮城県,仙台市にもご心配いただいている。心からの御礼を申し上げる。
 仙台でのオーケストラ編成での演奏は,大震災以来開催不可能であった。しかし,市内の学校法人 常盤木(ときわぎ)学園の音楽ホール(300席)が利用可能であり,提供いただけることとなった。40名弱の団員が演奏できる場が確保されたことになる。オーケストラは大編成で演奏してこそ,音楽の力を最大限に発揮できる。4 月末,5月,6月にコンサートを開催している。それぞれの定期演奏会の指揮者が駆けつけてくださっている。
 さらに,7月には仙台フィルの定期演奏会会場である仙台市青年文化センターが使用可能の運びとなった。
 被災した地域,人々に直接音楽を届けようと,ほんとうに数多くのコンサートを開催し続けている。全国からの熱い反響と励まし,大勢の方との出会い,そして音楽のもつ力が新たな絆を紡ぎだし,さらに仙台フィル・サウンドに充実をもたらそうとしている。大震災以来の2か月の活動の中で,私たちはその確信を日々,深めている。

◆被災地と音楽を結ぶパイプ役が重要

 仙台フィルに激励のエールを送ってくださる各地の音楽関係者からは,「自分たちも被災地に直接音楽を届けたいが,いつ,どこに,どのように訪問すればいいのか分からない」という悩みを打ち明けられることも少なくない。自らも被災し,いわゆる土地勘もある私たちとは異なり,遠方の人たちの場合は,被災者の具体的状況が把握できないまま,結局は“自粛”という選択肢に落ち着かざるを得なかったケースも数多くあるように思われる。
 そうした悩みや迷いの「壁」を乗り越えていくために,この2か月の経験から私たちが学んだことをいくつか挙げてみると,まず重要になってくるのは基礎的な情報の把握だろう。被災地へのアクセス手段,演奏会場,お世話して下さる人手が確保できるのかといった具体的情報なくしては,いくら熱意があっても,動きようがない。次に被災地のニーズを的確に知ることである。音楽に加えて,演劇や舞踊,読み聞かせなど別な分野とコラボレーションが求められるケースもままあることから,ジャンルを超えたネットワークづくりも必要となる。会場の広さや被災者の年齢構成にあわせた芸術家やプログラムの編成などのノウハウも蓄積しなければならない。もちろん,そうした活動を支える資金の確保が極めて大きな課題であることは言うまでもない。当然のことだが,仙台フィルにも,復興センターにも様々な点で限界がある。国が中心となり,上記の様々な要素を取りまとめるシステムを立ち上げ,芸術文化を被災地に届ける組織的,継続的な事業に一刻も早く着手することが求められていると思う。

公益財団法人仙台フィルハーモニー管弦楽団

〒980-0012  仙台市青葉区錦町一丁目3番9号(仙台市錦町庁舎1階)

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