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文化庁月報
平成23年10月号(No.517)

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連載 「鑑 文化芸術へのいざない」

バレエ「パゴダの王子」 〜日英を結ぶ新しい舞台〜

新国立劇場舞踊芸術監督 デヴィッド・ビントレー
デヴィッド・ビントレー舞踊芸術監督

デヴィッド・ビントレー舞踊芸術監督


監督就任第1作目の「ペンギン・カフェ」は,監督自身の振付作品(2010年10-11月公演  撮影:鹿摩隆司)

監督就任第1作目の「ペンギン・カフェ」は,監督自身の振付作品
(2010年10-11月公演  撮影:鹿摩隆司)


自身の振付作品「アラジン」公演(2011年5月公演 撮影:瀬戸秀美)

自身の振付作品「アラジン」公演
(2011年5月公演 撮影:瀬戸秀美)


「パゴダの王子」公演ポスター

「パゴダの王子」公演ポスター


日英のプロダクションスタッフたちによるミーティング風景(新国立劇場にて)

日英のプロダクションスタッフたちによるミーティング風景(新国立劇場にて)


本公演アドバイザーの津村禮次郎氏とのリハーサル風景

本公演アドバイザーの津村禮次郎氏とのリハーサル風景

 3月11日に,地震と津波という形で未曾有の災害が日本を襲いました。震災によるあまりに甚大な被害の前では「ダイナミック・ダンス!」公演中止によって新国立劇場バレエ団ダンサーとお客様が受けた問題は小さく見えるかもしれません。しかしながら,バランシンの「コンチェルト・バロッコ」,トワイラ・サープの「イン・ジ・アッパー・ルーム」そして私自身の振付作品「テイク・ファイヴ」から成るこの公演が中止となったことは,常にこの運命の日を思い起こさせるものであり,芸術監督としての最初のシーズンに大きな空白を残しました。
 「シンデレラ」「ラ・バヤデール」「ロメオとジュリエット」といった人気の高い全幕物の中にあって,私が個人的に大好きな小品,ダンサーのみならずお客様をもきっと興奮させ夢中にさせてくれる小品を組み合わせたミックスプログラムを,1シーズン中に1つのみならず2つも上演できることを,この上なく嬉しく思っていました。シーズン幕開けのミックスプログラム,「シンフォニー・イン・C」「火の鳥」「ペンギン・カフェ」の大成功を見ながら,私は確信していたのです。絶え間なく成長し続けるダンサーたちの,どんなレパートリーもこなす多才さと高い技術に称賛を送って下さるお客様なら,きっと「ダイナミック・ダンス!」も気に入って下さるだろう,と。しかし,公演は中止となり,カンパニーにとっての大きな痛手となりました。ただ,「ダイナミック・ダンス!」が舞台に戻ってくる日はそう遠くないと,私は信じています。私たちがようやく公演を再開できたのは,5月の「アラジン」で,それはカンパニーにとって大きな喜びであり,みな,ほっとしたものでした。それまでダンサーがひたすら稽古する時間だけは,たっぷりありました。
 芸術監督としての2シーズン目にあたる2011/2012シーズンは,宣伝がすでに始まり,チケットの発売も開始されていますので,この「幻の」プログラムを見られる日はもう少し先になりそうですが,新シーズンも見るべきものはたくさんあると思っています。いくつかの新作をレパートリーに加えたいと思っていましたが,新シーズンのラインアップは,震災前からすでに日本を覆っていた厳しい経済状況と世界の景気後退を反映した「質素」ともいえるプログラムに見えるかもしれません。とは言っても,比較的新しく加わったレパートリー,広く人気のある作品,そして新作の全幕物からなる,吟味されたラインアップです。こうして選ばれた新シーズンの演目が,ダンサーには試練と成長の場を与えてくれるものであるとともに,多くの皆様にチケットを買っていただけるものであるよう,心から願っています。

 さて,新シーズンは,世界初演となる私の振付作品「パゴダの王子」(音楽:ベンジャミン・ブリテン)で幕を開けます。これは,シーズン中もっとも重要な作品であると思っています。この偉大なバレエ音楽は,1957年にジョン・クランコのために書かれたものですが,完全な成功を見ることはありませんでした。あらすじが弱く,構成がぎこちなく,そして作品全体がくどくて説明的すぎる傾向があったのです。しかし,ブリテンが残してくれた音楽は,高揚感と美しさ,そしてワクワクするような感動に満ちており,振付家に再チャレンジしたいと思わせるのに十分なものでした。私の恩師であり英国ロイヤルバレエ団の創設者でもあるニネット・ド・ヴァロア女史は,私が振付家としてまだ駆け出しの頃にブリテンの音楽を使うことを勧めてくれましたが,その頃の私は,ブリテンの音楽にさほど魅力を感じず,また,その提案を受け入れられるほど振付家としての経験もまだ十分ではありませんでした。しかし,その後長年にわたって,このことが,ずっと私の心の中に引っ掛かっていたのです。そう,まるで靴の中に入ってとれない小石のように。しかし,壮大過ぎる物語がいつもネックになって行き詰まっていたのです,……あの日までは!
 ある日私は,上野公園の国立博物館の中のブックストアで歌川國芳などの浮世絵の本を眺めていました。私はかねてから,日本独特の芸術様式である浮世絵,中でもとりわけ,國芳の奇想天外な豊かな想像力に心惹かれていました。そして,彼の画集のページをめくっているうちに,突然「パゴダの王子」のあらゆるイメージとテーマが,突如として私の目の前に現れてきたのです。これが進むべき道なのか?ブリテンの音楽を日本の物語として作り直してみてはどうだろう?

 それから数年間じっくりと考え,多くの文献を読み,企画を練り,日本の文化と歴史をたくさん吸収した(と願いますが)私は,美術家のレイ・スミスとともに,ベンジャミン・ブリテンの音楽に,「日本をテーマとしたおとぎ話」を改めて創造を開始したのです。わたくしたちはこれが,英国文化と日本文化の斬新かつ類まれな融合となることを確信しています。

 当然のことながらこのプロジェクトは,ブリテン生誕100年を間近に控えた英国の観客にとっても,大変関心の高いプロジェクトです。ブリテンのような重要な作曲家ともなれば,音楽界は,記念の年を祝ってその作曲家の作品を多く上演するからです。こうして「パゴダの王子」が,私のもうひとつのカンパニーであるバーミンガム・ロイヤルバレエ団との協力による制作となったのは,最も自然な流れであり,財政的な理由だけではないのです。「パゴダの王子」の上演は,素晴らしい出来事です。二つの国の文化と舞台との間の,計り知れない協力の可能性を示しています。そして,ブリテンの生誕100年だけでなく,偉大な浮世絵師歌川國芳の没後150年をも祝う作品なのです!

 この1年のシーズンは私にとって,ダンサーたちをより良く知るための,またとない機会となりました。新国立劇場と関わるようになってからもう6年になりますので,カンパニーのメンバーの何人かとはとても親しくなりました。しかし,バレエカンパニーとは,立ち止まることのない組織です。若くて才能のあるダンサーが常にやって来ては成長し,団員全体に刺激を与え,未来のスターを生み出しながら,絶え間なく変容し,進化し続ける,それがバレエカンパニーなのです。私は,決して飽きることなく,新しい才能を見出し,育て上げ,それが大きく開花するのを見続けてきました。また一方で,私がすでに十分理解していたと思っていたよく知っているダンサーの中にあった新たな面を発見しては,これまた飽きることなく驚かされ,喜びを感じています。前シーズン,私は,カンパニーを強化する人材だと私が確信した新しいメンバーを多数招き入れる機会に恵まれました。舞台を見に来て下さるお客様に,よく訓練され才能にあふれた最高のダンサーをお見せできるよう,私は常に,人材探しに目を光らせています。この探求はこれからも続いていくでしょう。

 この数か月,数々の困難がありましたが,カンパニーは昨年よりも成長し発展したと信じています。おなじみのダンサーたちが,カンパニーの評判を高めるために成し遂げてきた偉大な貢献を正しく反映するとともに,新進気鋭の若いダンサーをカンパニーの序列の中で正しく評価するために,私はダンサーの組織体系を作り替えました。その結果,プリンシパルを5人追加し,また多くのソリストを生み出すことができたことを,とても喜ばしく思っています。今シーズンも終わりを迎え,来シーズンの「パゴダの王子」に向けた準備がすでに軌道に乗っています。前途に待ち受ける大きな挑戦に向けてカンパニー一同沸き立ち,準備も万端です。観客の皆様も私たちと同じ気持ちで来シーズンを待っていらっしゃることを心から願っております!

□デヴィッド・ビントレー(David Bintley)


【経歴・活動欄】
英国生まれ。1976年サドラーズ・ウェルズ・ロイヤルバレエ(現英国バーミンガム・ロイヤルバレエ)で秀逸なキャラクター・ダンサーとして活躍後,英国ロイヤルバレエの常任振付家となる。この頃から次世代を担う振付家と目されるようになり,93年にフリーランスになった時には世界中の7つのカンパニーから新制作依頼が殺到した。95年からピーター・ライトを継いで英国バーミンガム・ロイヤルバレエ芸術監督。同バレエ団を大きく発展させた。2001年CBE(大英帝国勲章)受勲。
新国立劇場では,05年「カルミナ・ブラーナ」,08年と11年「アラジン」,10年「ペンギン・カフェ」「ガラントゥリーズ」が上演され高い評価を得た。10年9月1日より新国立劇場舞踊芸術監督。

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〒151-0071  東京都渋谷区本町1-1-1

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03-5352-9999 (10時〜18時)
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京王新線 初台駅直結(新宿駅より1駅)
ホームページ
http://www.nntt.jac.go.jp別ウィンドウが開きます

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