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文化庁月報
平成23年10月号(No.517)

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連載 「日本の伝統美と技を守る人々 重要無形文化財保持者編」

重要無形文化財「芭蕉布(ばしょうふ)」 保持者:平良敏子(たいらとしこ)

沖縄県立博物館・美術館主任学芸員 與那嶺一子
平良敏子

重要無形文化財「芭蕉布」
指定年月日:平成12年6月6日


保持者:平良敏子
認定年月日:平成12年6月6日
(生年月日)大正10年生  (在住)沖縄県大宜味村


【重要無形文化財および保持者のプロフィール】

 芭蕉布は,糸芭蕉の繊維を糸にして用いる特色ある染織技術です。琉球藍染,木灰の使用などすべて天然の材料を用い,かつ,手くくり絣,手織り等による古来の技法が伝承されています。
 平良敏子氏は,糸芭蕉の栽培に始まり苧引(うーび)き(繊維取り),絣結び,染色,製織,洗濯(仕上げ)に至る,伝統的な芭蕉布製作技術の全工程に精通しています。長年の研究成果を基に,常に芭蕉布の新たな可能性を追求し,清新で現代感覚にあふれる独自の作風を確立し,高い評価を得ています。また,平良氏は,重要無形文化財「喜如嘉(きじょか)の芭蕉布」の保持団体である喜如嘉の芭蕉布保存会の会長を務め,その伝承の中心となって多くの後継者を育てています。

目次

  1. 1 芭蕉布
  2. 2 沖縄における芭蕉布
  3. 3 平良敏子氏と芭蕉布
苧倒し(2000年撮影)

苧倒し(2000年撮影)


苧炊き(2005年撮影/古堅希亜氏提供)

苧炊き(2005年撮影/古堅希亜氏提供)

芭蕉布

 リュウキュウバショウは,沖縄や鹿児島県奄美地方に分布する多年生の大型草本です。その断面は幾重もの輪層をなし,その繊維は,芭蕉布の原材料となります。
 バショウは2〜3年で成熟し,10月〜2月頃,切り倒されます。表から一枚目の皮を剥ぎ,繊維の太さで4種類に分けられます。現在,一番外側(ウヮーハー)は座布団などを作り,その次(ナハウー)は帯地,三番目(ハナグー)は着尺地(きじゃくじ)となります。最も内側(キヤギ)は変色が多いため,染色用の糸に使われます。

沖縄における芭蕉布

 沖縄で,芭蕉布がいつから登場したのか,それを探るのは容易なことではありません。琉球王国時代の史料をみると,古琉球から近世琉球には,芭蕉布は衣生活の中心となります。アラバサー(荒い芭蕉布)と呼ばれる百姓の野良着から,最も細い糸で織られる士族の官服まで糸は多様で,また,神女の衣装から幼児の普段着まで幅広い用途がありました。着物以外にも,船の帆,紙,縄など,あらゆる場面で活用されていました。しかし,琉球王国が解体し,近代化の波の中で,どの家でもみられた芭蕉布づくりも次第に衰微してゆきます。

平良敏子氏と芭蕉布

 平良敏子氏が生まれ育った大宜味村喜如嘉(おおぎみそんきじょか)は戦前から芭蕉布づくりが盛んな地域で,平良氏も家の手伝いとして,何の疑問をもつこともなく,芭蕉の糸績みや機織りを身につけてゆきます。しかし,それを,平良氏が自らの仕事として心を決めるのはずっと後のことです。
 戦時中,女子挺身隊として行った倉敷紡績の大原総一郎氏との出会いが,戦後,平良氏が芭蕉布づくりを牽引してゆくきっかけとなります。その時読んだ柳宗悦の『芭蕉布物語』が復興を志す平良氏の支えとなったと後に語っています。
 芭蕉布の特徴は,なんと言ってもそのヒンヤリとした質感にあります。生成(きなり)の地色は自然の砂浜のごとく爽快な美しさがあります。平良氏は芭蕉を育て,良い糸を績むことにこだわりがあります。そこに,ものづくりの本質をみていらっしゃるのかもしれません。その糸はシャリンバイや藍で染めた(かすり)(しま)となり模様が織られます。目映い沖縄の光に,平良氏の織る芭蕉布は自然にとけ込んでゆくように見えます。このような芭蕉布は,かつて,沖縄の人々が日常,好んで身につけていたものでした。それを,一つの芸術に昇華させたことは平良氏の功績です。
 さらに,平良氏は,かつて王国時代,高位の人々が好んだ赤や黄色などの色芭蕉や花織,絽織(ろおり)などの紋織りにも精力的に挑戦しています。

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