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文化庁月報
平成23年10月号(No.517)

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特集 「文化芸術への助成に係る新たな審査・評価の仕組みの導入」

芸術文化のさらなる振興に向けた戦略と革新を―新生「日本アーツカウンシル」への期待

株式会社ニッセイ基礎研究所主席研究員・芸術文化プロジェクト室長 吉本光宏

目次

  1. 1 英国アーツカウンシルの概要と助成の仕組み
  2. 2 審査・評価を媒介にした芸術団体等とのパートナーシップ
  3. 3 助成プログラムの戦略構築と再編
  4. 4 パイロット事業の試行から本格的施策への展開
  5. 5 時代の変化を見据えたビジョンの構築とそれを支えるシンクタンク機能
  6. 6 新生「日本アーツカウンシル」のビジョンと将来像の明確化を

 本格的なアーツカウンシルの実現に向けた取組が始まろうとしています。アーツカウンシルは日本語では芸術評議会などと訳され,欧米諸国やシンガポール,韓国など,世界各国で設置されています。それぞれ国の特性や文化政策の方針に沿った事業,運営が行われており,一概に定義するのは困難ですが,「芸術文化に対する助成を基軸に,政府と一定の距離を保ちながら,文化政策の執行を担う専門機関」,それがアーツカウンシルです。60年以上の歴史を有する英国のアーツカウンシルの取組も紹介しながら,これからの日本のアーツカウンシルに期待することをまとめてみました。

英国アーツカウンシルの概要と助成の仕組み

 英国のアーツカウンシルは,第二次世界大戦後間もない1946年に発足しています。初代会長となった経済学者のケインズは,ナチス・ドイツが芸術を政治的に利用したことに異を唱え,政府から一定の距離を置く「アームズ・レンクスの法則」を提唱し,現在も政府から独立した機関として,芸術助成を中心に幅広い活動を実施しています。
 1994年には,イングランド,ウェールズ,スコットランドの3つの地方ごとに分割されますが,最も規模の大きなイングランドのアーツカウンシルの場合,執行組織はロンドンの本部のほか,マンチェスターに助成の申請手続等を統括するサポートセンターがあり,9か所の地域事務所とそれらを束ねる3つの広域事務所で構成されています。組織全体の意志決定を担うのが全国評議会で,9つの地域にも地域評議会が設けられています。本部や地域事務所等で働く職員の総数は約500名(2011年1月時点),2009年度の総予算は約780億円(6億2,500万ポンド)で,そのうち215億円が宝くじ基金からの財源です。
 英国アーツカウンシルの助成プログラムには,非公募の継続的な助成(Regular Funding)と公募型の助成(Grants for the Arts)の2つがあり,2009年度の支出内訳を見ると,前者に430億円,後者に81億円の助成金が支給されています。その他芸術教育や自主プログラム等の予算が212億円,管理経費が57億円で,同年度の総予算は約780億円です。ただし継続的な助成は,2011年度からNational Portfolio Funding(全国戦略に基づいた助成,NPF)という仕組みに改められ,アーツカウンシル創設以来,初めてすべての助成が公募となりました。
 日本と大きく異なるのは審査の仕組みです。地域事務所には芸術分野ごとの専門職員が配属され,外部の専門家を起用した審査委員会を設けることなく,地域事務所内での検討によって助成先の原案が作成されます。それを本部事務所に持ち寄り,地域ごとの特性や方針を踏まえた上で,総予算の枠内に収まるよう合議制で最終案が作成され,意志決定機関である全国評議会が最終決定する,というのがその概略です。
 NPFの導入に際し,英国アーツカウンシルは「Achieving for Great Art for Everyone(あらゆる人に素晴らしい芸術を)別ウィンドウが開きます」と題した10年間の戦略フレームを発表しました。そこには,5つの大きな目標が掲げられ,NPFの審査では,その目標を達成するための提案内容が重視されます。公募型の助成は,通年で随時受け付けられ,6週間もしくは12週間後には審査結果が出る点も,日本の助成制度とは大きく異なる点です。誌面の関係で詳細は割愛しますが,日本の地方分権の流れを考えると,英国アーツカウンシルの地域事務所の位置づけや役割からも,学ぶ点はたくさんあります。
 さらに,英国アーツカウンシルは助成事業以外にもさまざまな活動を行っており,それらも踏まえた上で,日本のアーツカウンシルに期待することをまとめてみました。

審査・評価を媒介にした芸術団体等とのパートナーシップ

 日本で諸外国のアーツカウンシルに相当する仕組みが求められるようになった背景のひとつに,現在の日本の芸術助成制度では審査や事後評価が必ずしも十全に行われていない,という点があります。芸術文化振興基金別ウィンドウが開きますや文化庁の助成の審査は,外部の専門家による審査委員会によって行われていますが,この委員会は約1年で解散します。
 助成を受けた事業の終了後,芸術団体からは報告書が提出されるものの,そこでは,事業が適切に実施されたかどうかの確認に重点が置かれ,助成の結果どのような成果が生み出されたのかを評価する仕組みは十分とは言えません。この点,英国のアーツカウンシルでは,地域事務所に配属されたRelationship Managerという担当者が,助成団体の活動をモニターし,緊密な連携のもとで,その団体の問題点や課題,次の戦略や事業計画等を協働で検討するような体制が整えられています。
 ここで重要なのは,アーツカウンシルと芸術団体等が,審査・評価する側,される側,あるいは助成する側,される側という関係を超えて,芸術文化の振興に向けた目標を共有し,パートナーとしてその目標達成に向けた取組を進める,という点です。言い換えれば,審査・評価は互いの信頼関係を構築し,パートナーシップを形成する媒介的な役割を担っていると言えます。

助成プログラムの戦略構築と再編

 しかし,審査や事後評価はアーツカウンシルの機能の一部に過ぎません。その過程で得られた情報や現場の声から,助成制度を改善し,より効果的な助成プログラムを組み立てることが重要です。さらに,それらの積み重ねに基づいて,より大胆な戦略構築や助成プログラムの再編を行っていくこと,私が今回のアーツカウンシルの本格導入に期待するのはこの点です。
 長年の懸案だった制作人件費は数年前から助成対象に含まれるようになり,文化庁の補助金で実施する「トップレベルの舞台芸術創造事業」は,従来の赤字補填の考え方が刷新されるなど,制度面ではすでに改善が重ねられていますが,助成の対象や考え方は重点支援等の名称で文化庁が実施していたものが引き継がれています。また,芸術文化振興基金の助成事業の枠組みは,マイナーチェンジはあったものの,1990年の創設以降,ほとんど大きな見直しが行われていません。
 現在の助成プログラムは芸術分野の区分を主体にして編成されていますが,助成で期待する成果,目標を前面に打ち出した助成プログラムを構想することはできないでしょうか。例えば,日本の国際的なプレゼンス向上に資する芸術作品の創造,脚本や作曲,振付など新作委嘱の推進,芸術活動を支える人材育成と能力の開発,NPO等の実験的事業への研究・開発支援,等々。これらは一例に過ぎませんが,そうした助成プログラムの種を,助成先とのやりとりの中で見出していくことも,アーツカウンシルの重要な仕事だと思われます。

パイロット事業の試行から本格的施策への展開

 現在検討中の日本のアーツカウンシルでは,助成以外に自らが主体的に事業を実施することは想定されていません。しかし,シンガポールのアーツカウンシルのように,助成はむしろ事業全体の一部で,芸術教育をはじめ,国際芸術祭などの大型文化事業,遊休施設を活用した創造拠点の整備など,多様な事業・施策を自ら手がけているところもあります。そういう意味で,もうひとつ英国のアーツカウンシルを参考にしたいのは,パイロット事業の実施です。
 例えば,子どもたちの創造的な能力を養うことを目的に,アーティストやクリエーターを学校に派遣するクリエイティブ・パートナーシップという事業は,アーツカウンシルのパイロット事業としてスタートしたものでした。当初は,2002年から3年間の予定でしたが,各地で大きな成果を収めたことから実施期間が延長され,その後,CCE(Creativity Culture and Education)という専任組織が設立され,その組織に対してアーツカウンシルが助成する形で事業が実施されるようになりました。
 実はその過程で,アーツカウンシルはこの事業の成果を検証するために膨大な調査を実施しています。ケーススタディに加え,1万人以上の児童・生徒や500人以上の学校長を対象に調査を行い,この事業が子どもたちの自信やコミュニケーション能力,学習意欲を高め,その結果,国語や算数,理科の成績も伸びたという分析結果を発表しました。それがこの事業のさらなる展開につながったのです。先駆的な事業を試験的に実施し,その成果を検証することによって本格導入につなげていく,いわば,文化政策の具体的なプログラムの研究・開発的な機能,というものもアーツカウンシルの役割として視野に入れたいところです。なぜなら,それは,新しい助成プログラムの立ち上げにも有効な手法だと思えるからです。

時代の変化を見据えたビジョンの構築とそれを支えるシンクタンク機能

 さらに英国アーツカウンシルは,クリエイティブ・パートナーシップの調査に基づいて,映像記録を含め,実に多種多様な調査結果や記録を発行し,事業の成果を広くアピールしました。それは,直接的にはその事業に対する予算獲得のためですが,その次の政策展開を睨んだものでもありました。実際2008年には,すべての小中学校への週8時間の芸術授業の導入を目指し,「才能発見(Find Your Talent)」という名の新しいパイロット事業が始まりました。
 すなわち,アーツカウンシルの行う調査研究は,事業の成果を評価するだけのものではなく,市民の支持や賛同を広げながら予算獲得や政策推進につなげるアドボカシー活動,さらには新しい政策立案やビジョンの構築を視野に入れて実施されているのです。時代の変化や社会のニーズをくみ取り,同時に助成事業を通じて把握した芸術文化の現場の課題や可能性を視野に入れた上で,助成をはじめとしたアーツカウンシルの政策ビジョンや戦略,具体的な事業を組み立てていく。アーツカウンシルにシンクタンク機能が求められると言われるのはそのためです。
 先に紹介した英国アーツカウンシルの10年間の戦略も,長年の助成活動と調査研究に裏打ちされたものですが,最近,英国アーツカウンシルは興味深い政策レポートを発表しました。それは,「芸術の経済活動の成長を支えるために(Supporting growth in the arts economy)」と題されたもので,芸術活動と創造的経済(Creative Economy)との間にどのようなシナジー効果が期待できるのか,10年間の5つの戦略目標ごとに検討し,施策の方向性を提示しています。

新生「日本アーツカウンシル」のビジョンと将来像の明確化を

 ここまで述べてきたことは,「文化芸術活動への助成に係る審査・評価に関する調査研究会」の報告書に盛り込まれた内容,すなわち,現在,日本のアーツカウンシルの役割や機能として想定されている範囲を大きく超えています。けれども,それを承知で言及するのには理由があります。
 文化審議会文化政策部会では,事業仕分けの場面で,助成事業の成果をしっかりとアピールできなかったという反省から,審査や事後評価,調査研究を強化して助成の成果を的確に把握するため,諸外国のアーツカウンシルに相当する仕組みを導入すべきだ,という結論に至りました。一方で,日本のアーツカウンシル全体のビジョンやあるべき姿,行うべき施策や事業,整えるべき組織体制等に関する議論は,残念なことに部会ではほとんど行われなかったのが実情です。つまり,同部会の委員としての自己反省も含め,日本のアーツカウンシルには大きなビジョンと将来像の明確化が必要だ,と思えるのです。
 もちろん,日本の芸術文化に対する助成制度をより盤石なものとするには,審査や評価も重要です。しかしながら,英国をはじめとした諸外国のアーツカウンシルの取組や成果を見ると,審査や事後評価の仕組みを拡充するだけでは,アーツカウンシル本来のあるべき姿には,ほど遠いと言わざるを得ません。
 諸外国と日本では,芸術文化の成り立ち,それを取り巻く環境条件,さらには社会や行政の仕組みも大きく異なっています。そのため,海外のアーツカウンシルをそのまま参考にすることはできないでしょう。ましてや,英国アーツカウンシルの組織や予算の規模は日本の文化庁や芸術文化振興基金の組織体制や助成金額をはるかに上回っています。それでもなお,1990年の芸術文化振興基金の設立以降,次第に拡充されてきた日本の芸術助成の仕組みを前進させ,さらには,それを中核とした芸術文化の振興に係る文化政策を刷新するには,今こそアーツカウンシルを軸にした大きなビジョンや長期的な戦略が求められていると思えるのです。
 実は,芸術文化振興基金を所管する日本芸術文化振興会の英文名称が Japan Arts Council だということはあまり知られていません。つまり日本にはすでにアーツカウンシルは存在しているのです。しかし,本格的なアーツカウンシルの実現に向けた取組は,今ようやく始まったばかりです。目先の改革に終わることなく,将来的には国立劇場部門との分離や文化庁の実施する助成制度の統合なども視野に入れ,日本ならではの仕組みや事業,組織を備えた「新生」日本アーツカウンシル。その実現に向けて,今後も検討が重ねられ,大胆な改革が進展することを期待しています。

注1:英国アーツカウンシルの歴史や組織体制,助成の仕組みや審査方法の詳しい内容については,拙稿「英国アーツカウンシル―地域事務所が牽引する芸術文化の振興と地域の活性化(雑誌「地域創造」,2011,vol.29)を参照いただきたい。
注2:本文で紹介したクリエイティブ・パートナーシップ,「才能発見」は,残念ながら,政権交代と文化予算の大幅な削減によって,縮小,廃止が決定しています。
注3:1ポンド=125円で換算。

吉本光宏

(氏名)吉本 光宏 (職業)株式会社ニッセイ基礎研究所主席研究員・芸術文化プロジェクト室長別ウィンドウが開きます


【経歴・活動欄】
1958年徳島県生まれ。
早稲田大学大学院修了(都市計画)後,株式会社社会工学研究所などを経て,89年からニッセイ基礎研究所に所属。東京オペラシティや世田谷パブリックシアター,いわき芸術文化交流館アリオス等の文化施設開発やアートワーク事業のコンサルタントとして活躍する他,文化政策分野の幅広い調査研究に取り組む。文化審議会文化政策部会委員(2004年〜)。
主な著作に「再考,文化政策―拡大する役割と求められるパラダイムシフト(ニッセイ基礎研所報 2008年 Vol.51)」,「アート戦略都市―EU・日本のクリエイティブシティ(監修,鹿島出版会)」など。

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