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文化庁月報
平成25年1月号(No.532)

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連載 「言葉のQ&A」

「やおら」の意味

国語課

 「彼はやおら立ち上がって話を始めた。」のように使われる「やおら」。「国語に関する世論調査」でこの言葉の意味を尋ねたところ,本来の意味ではない使い方をしている人が多いことが分かりました。

  • 問1 「やおら」とは,本来どのような意味でしょうか。
  • 答 ゆっくりと,という意味です。

 「やおら」を辞書で調べてみましょう。


「日本国語大辞典 第2版」(平成12〜14年・小学館)

やおら〔副〕
 (1)静かに身を動かすさま。また,徐々に事を行うさまを表わす語。そろそろと。おもむろに。やわら。現代では悠然としたさまをいうことが多い。

 

「大辞林 第3版」(平成18年・三省堂)

やおら【徐ら】(副)
 人や動物がゆっくりと動作を始めるさま。おもむろに。「―立ち上がる」「―身を起こす」〔「急に」「突然」の意味で用いるのは誤り〕

 「やおら」は,「源氏物語」などにも見られる古くから使われていた語です。古語辞典を見てみましょう。

「古語大辞典」(昭和58年・小学館)

やをら(副)
 (1)人に知られないように,物音など立てずにするさま。静かに。そっと。こっそりと。
 (2)静かに,ゆっくりとするさま。そろそろと。おもむろに。

 このように,「やおら」は何かをこっそり行う様子にも使われた語でした。今は,悠然とした行為,ゆっくりとした動作などに用いられます。

  • 問2 「やおら」について尋ねた「国語に関する世論調査」の結果を教えてください。
  • 答 本来の意味である「ゆっくりと」と答えた人が4割強,本来の意味ではない「急に,いきなり」と答えた人が4割台半ばという結果でした。

 平成18年度の「国語に関する世論調査」で,「彼はやおら立ち上がった。」という例文を挙げ,「やおら」の意味を尋ねました。結果は次のとおりです。(下線を付したものが本来の意味。)

〔全 体〕
やおら  例文:彼はやおら立ち上がった。

(ア)急に,いきなり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43.7%
(イ)ゆっくりと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40.5%
(ア)と(イ)の両方・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1.1%
(ア),(イ)とは全く別の意味・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・0.3%
分からない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14.4%

〔年代別グラフ〕

「やおら」

 全体の調査結果を見ると, 本来の意味とは異なる(ア)「急に,いきなり」と回答した人が43.7%となっており,本来の意味である(イ)「ゆっくりと」と回答した人の割合(40.5%)を3ポイント上回っています。また,14.4%の人が「分からない」と回答しました。
 年代別に見ると,60歳以上でのみ,本来の意味である(イ)の割合が,本来の意味ではない(ア)の割合を上回りました。50代では(ア)と(イ)の数値が接近していますが,40代以下では,どの年代も本来の意味ではない(ア)の割合が,本来の意味である(イ)を大きく上回っています。
 「やおら」については,「東北・関東地方では戦前から「だしぬけに」の意味で使われていた」という指摘(「辞典〈新しい日本語〉」井上史雄・鑓水兼貴 平成14年・東洋書林)があるとおり,早くから意味が揺れてきたようです。その原因はどこにあるのでしょうか。三つの文学作品を見てみましょう。

 つまり諸々の人間はすでに数万年以前にゴリラとかチンパンジーというものから人間になってしまったというのに,この先生の祖先だけは(ようや)く二三百年ぐらい前にコンゴーのジャングルからやおら現れてきたばかりだという面影があった 。 (坂口安吾 「勉強記」 昭和14年)

 ここでは,「諸々の人間」が「すでに数万年以前に」人間になってしまったのに対し,「この先生の祖先」は,ゆっくりとようやく人間になったということを「やおら現れた」と表現しています。この場合,文脈から「やおら」の意味が読み取れます。次はどうでしょうか。

 ()げえ身の上話もこの()めにしたんだ。
 と()いながら,彼は始めて私から視線を()ずして,やおら立ち上った。 (有島武郎「かんかん虫」明治43年)

 この文脈では「ゆっくりと」立ち上がったのか,あるいは,「急に」立ち上がったのか,判断が付きにくく,本来の意味を知らなければ「急に立ち上がった」と受け取ってしまうかもしれません。もう一つ見てみましょう。

 次にはかっぽれの活人形(いきにんぎょう)のような飄逸(ひょういつ)な姿で踊りあがり,また三度目には(えび)のように腰を曲げて,やおら見事な宙返りを打った。 (牧野信一「鬼涙村」昭和9年)

 「宙返り」のイメージは,「ゆっくりと」「悠然と」とはなかなか結び付きません。こうなると,本来の意味を知らない読者は「急に,いきなり」と受け取ってしまうおそれが強くなります。もしかすると,書き手も「急に,いきなり」の意味で使っているのかもしれません。
 このように,本来の意味を知らないと,「やおら」が使われる文脈自体からは,意味を判断しにくいところがあります。そのために,本来とは違う意味が広がりやすいのかもしれません。同様の理由で,本来は「ゆっくりと」の意味がある「おもむろに」なども,「急に,いきなり」の意味で使われる傾向があるようです。

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