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文化庁月報
平成25年2月号(No.533)

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特集 「世界遺産条約採択40周年記念事業」

世界遺産条約採択40周年記念最終会合(京都会議)について

文化財部記念物課

目次

  1. 1 はじめに
  2. 2 世界遺産条約の歩み
  3. 3 世界遺産条約の現在
  4. 4 世界遺産条約の将来
  5. 5 むすびに

 平成24年11月6日(火)〜8日(木),世界遺産条約採択40周年記念事業の最終会合が,京都市で催されました。会合には世界61か国より661名が参加し,「世界遺産と持続可能な開発:地域社会の役割」という40周年記念事業全体テーマのもと,幅広い議論が行われました。最終日には,会合の成果文書として「京都ビジョン」が採択され,世界遺産条約の将来に向けた呼びかけが発表されました。

1 はじめに

 昭和47年(1972)11月16日,第17回ユネスコ総会において世界遺産条約が成立し,昨年はその40周年に当たります。そのため,昨年2月に岩手県で開会式典が行われたのを皮切りに,1年間かけて世界各地で記念事業が行われました。その総括として,日本政府主催・ユネスコ協力のもと,京都市の京都国際会館を主会場に,平成24年11月6日(火)〜8日(木)に最終会合が催されました。会合には,イリーナ・ボコバ氏(ユネスコ事務局長),キショー・ラオ氏(ユネスコ世界遺産センター長),ソック・アン氏(世界遺産委員会議長,カンボジア副首相)など世界遺産条約の関係者をはじめ,世界61か国から661人が参加しました。
 3日間にわたる会合では,開会セッション・閉会セッションのほか5つのセッション・1つのプレゼンテーションが催されました。11月6日(火)は,開会セッションにおいて外務省文化交流担当大使の西林万寿夫氏(最終会合議長)により開会の辞が述べられ,ボコバ氏及び松本大輔氏(文部科学副大臣,当時)ほか日本政府代表による挨拶が行われました。続く第1セッションでは,茶道裏千家15代家元の千玄室氏(ユネスコ親善大使)及びアン氏による記念講演が行われました。第2セッションは,「世界遺産条約の歩み」をテーマに催され,クリスティーナ・キャメロン氏(カナダ)の基調講演に続き,世界遺産条約の将来を担う若い世代(13ヶ国27人)によるユースステートメントの発表,松浦晃一郎氏(前ユネスコ事務局長)を座長とするパネルディスカッションが行われました。また,第3セッションでは,同年2月にオウロ・プレット(ブラジル)で催された「世界遺産と持続可能な開発に係る会合」など,世界各地で開催された40周年記念行事の報告が行われました。
 11月7日(水)には,「世界遺産条約の現在」をテーマに第4セッションが行われました。第4セッションでは世界遺産と持続的な開発について議論されたほか,世界遺産と防災・災害復興についてパネルディスカッションが持たれました。続く第5セッションでは,「世界遺産条約の将来」をテーマに,人材育成及び国際協力について議論が行われました。
 11月8日(木)には,フランチェスコ・バンダリン氏(ユネスコ文化担当事務局長補)により,2015年のミレニアム開発目標見直し以降における世界遺産条約の役割についてプレゼンテーションが行われたほか,世界遺産管理のベストプラクティスとしてフィリピンの「ヴィガン歴史地区」が表彰されました。また,閉会セッションとして「京都ビジョン」が発表され,西林議長による閉会の辞をもって最終会合は閉じられました。
 以下,最終会合で議論された内容について概括します。

2 世界遺産条約の歩み

 世界遺産条約は,ユネスコが進めていた文化遺産のための国際援助の枠組みを作る動きと,IUCN(国際自然保護連合)が検討を進めていた自然遺産保護の条約案,また,これに並行してアメリカ政府が進めていた自然遺産と文化遺産の両方を対象とした条約案(世界遺産トラスト構想)の3者が融合して,昭和47年(1972)に誕生しました。条約の目標は,遺産保存のための国際協力を促進するために,信頼でき,かつ均衡の取れた代表性のある世界遺産の一覧表を作成することにあります。
 ユネスコ世界遺産センターの初代所長であるベナード・フォン・ドロステ氏は,議論の中で,条約誕生から現在までを4つの時代に区分しました。第1の時代は昭和47年〜平成3年(1991)で,条約の枠組みや世界遺産委員会の権限などが,遺産保護に実績を持つ専門家の手によって構築された「専門家の時代」としています。第2の時代は平成4年(1992)〜11年(1999)で,ユネスコに世界遺産センターが設置され,文化遺産と自然遺産との融合が進められた時代としています。第3の時代は平成12年(2000)〜17年(2005)で,世界遺産一覧表の不均衡を是正するため,世界遺産委員会が腐心した時代です。平成6年(1994)の第18回世界遺産委員会(タイ・プーケットで開催)で採択された「グローバル・ストラテジー」に基づき,欧米の,支配者層を中心とした文化遺産の登録に偏っていた反省から,文化の多様性配慮しつつ,文化遺産と自然遺産との不均衡及び地域不均衡を是正すべく,努力が重ねられました。第4の時代は平成18年(2006)〜現在で,1000件に迫る世界遺産と,ユネスコ加盟国のほぼすべてに当たる190か国の締約国を抱え,条約の量的な成功をみた時期としました。他方で,この量的な拡大は条約の質的変容を生じさせました。たとえば,毎年開催される世界遺産委員会の意思決定が,専門家中心から外交官中心に移行しつつあり,政治色を帯びてきていることに対し,ドロステ氏は警鐘を鳴らしました。

3 世界遺産条約の現在

 世界遺産条約が,遺産保護の国際協力を促す手法として確立されてきたとされる一方で,様々な課題を抱える条約の現在の状況についても議論されました。とりわけ複数の発表者が問題視したのは,平成19年(2007)及びその2年後に起こった,2件の世界遺産の登録抹消についてです。
 前者は,平成6年(1994)に自然遺産として世界遺産一覧表に記載された,アラビアン・オリックス保護区(オマーン)です。記載時には同国が口頭で保護制度の整備を約束したものの,天然ガス開発のため世界遺産委員会に無断で保護区を縮小したことに対し,委員会では長時間を割いて対処の議論が行われました。しかし,委員会の議論より何よりも,締約国であるオマーン自身が,世界遺産一覧表からの削除を望み開発優先の意思を表明したため,やむなく削除に至ったものです。
 後者は,平成16年(2004)に文化遺産として記載された,ドレスデン・エルベ渓谷(ドイツ)です。エルベ渓谷に建設が計画されていた新しい橋梁について,景観を阻害するものとして世界遺産委員会は計画の中止・撤回を何度も求めてきました。しかし,同遺産が所在するドレスデン市が,建設賛成を求める住民投票の結果を受けて架橋に着手してしまったため,世界遺産一覧表から削除することとなってしまったものです。
 遺産の削除は,こうした開発に対し異議を唱えるものとして強力なものです。しかしながら,今次最終会合では,遺産保護の国際協力を目的とする世界遺産条約において,その一覧表から遺産を削除するということは,条約の責任を放棄する行為であると強く非難されました。
 また,条約の現在に関するセッションでは,世界遺産の防災・災害復興に関する議論も行われました。我が国からは大和智(文化庁文化財監査官)が,東日本大震災の復興に際して,地域コミュニティと連携しつつ被災した文化財建造物の調査・復旧を行った「文化財ドクター事業」等について報告するなど,災害に対する地域社会の役割や危機管理の在り方について確認されました。

4 世界遺産条約の将来

 では,世界遺産条約の今後の在り方については,どのような方向性を示すことができるのでしょう。この議題に対し,最終会合では,人材育成と国際協力という2つのキーワードが挙げられました。
 世界遺産条約の成功は,地域社会に様々な恩恵をもたらしました。たとえば観光分野です。世界観光機関(UNWTO)の統計によると,条約が発効した1970年代前半には約2億人だった年間の国際観光客数が,平成17年(2005)には年間7億人にまで伸びています。もちろん,その増加のすべてが世界遺産条約によるものではありません。しかし,有力な観光ツールとして注目される世界遺産の影響は否定できないでしょう。
 こうした恩恵を受けつつ,今後世界遺産の保護においては,地域社会の役割がますます重要になってきます。遺産保護の責任と恩恵は,現在の世代のみのものではなく,将来の世代にも通用するものでなければならないという「世代間平等」という観点も重要でしょう。また,地域社会の維持を担っている女性の役割も,遺産保護の分野で極めて重要なものになっていることが報告されました。遺産が所在するそれぞれの現場において,地域社会全体が遺産の価値をしっかりと理解したうえで,その価値に影響を及ぼす脅威を分析し,これに関係する可能性のあるすべての利害関係者の調整を行うこと。このようなマネジメントの能力を持った人材の育成が重要であるということが確認されました。
 また,今後の条約運用に当たって,国際協力の必要性も強調されました。世界遺産条約は政府間条約であるので,一義的には政府間による技術的・財政的協力関係が考えられます。他方で,これまで世界遺産条約は,平成元年(1989)に創設された日本信託基金などの基金,平成3年設立の世界遺産都市機構などの団体のほか,NHK・Panasonicなど企業との連携を進めてきました。今後はこうした政府間・民間の国際協力体制が,世界規模のみならず,アジア・太平洋など地域規模で,また世界遺産が所在する都市間連携のように,さまざまな規模で実現されることが望まれます。

5 むすびに

 世界遺産条約40周年最終会合が締めくくられたということは,同時に条約50周年に向けた次の10年間の取組が始まったことを意味します。最終会合で催された数々のセッション,またその成果文書として発表された「京都ビジョン」では,世界遺産の持続性を図るうえで,地域社会の役割の重要性が改めて確認されました。
 世界遺産は,だれのためのものなのでしょう?第一には,その遺産を所有・管理する人のものでしょう。しかし,文化遺産にせよ自然遺産にせよ,その遺産が位置する地域社会と全く無関係に所在するわけではありません。むしろ,多くの遺産が地域社会に深く根ざし,地域社会の支援を得て存続していると言っても過言ではありません。その意味では,世界遺産の保護によってもたらされる恩恵は,遺産の一義的な所有者・管理者だけではなく,地域社会にももたらされるべきものであると考えられます。
 京都で行われた最終会合に先立ち,平成24年11月3日から5日まで,「遺産と持続可能な開発」をテーマとした国際専門家会議が,富山市を主会場として催されました(詳しくは本紙稲葉稿参照)。遺産は地域社会とともに保護が図られるべきものであり,その代わり,遺産保護による恩恵は地域社会も享受すること,そして,遺産の保護を通じて地域社会の維持・繁栄が図られるものであること,という考え方は,富山会議でも確認された内容です。すなわち,遺産の持続性のみならず,遺産と(地域社会の)持続性を図ること。こうした遺産保護の在り方が実現可能なものかどうか問い続ける姿勢が,世界遺産条約50周年に向けたチャレンジの一つであると考えます。
 世界遺産条約の立ち上げから現在の運用に関わる世界各国の要人が一堂に会し,上記のような遺産保護の在り方について認識を共有したことは,とても大きな成果です。190か国の締約国が加盟し,962件の世界遺産一覧表記載資産を有する世界遺産条約は,「ユネスコで最も成功した条約」と言われます。その条約の当面の運用方針が,この最終会合で確認されたものと位置づけることができます。

最終会合 会場の様子
最終会合 会場の様子

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