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文化庁月報
平成25年3月号(No.534)

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連載 「言葉のQ&A」

「失笑する」人は笑っているか

国語課

 「彼の態度は,皆の失笑を買った。」のように使われる「失笑」。「国語に関する世論調査」では,6割の人が「失笑する」の意味を「笑いも出ない」様子であると答えました。本来はどのような意味の言葉でしょうか。

  • 問1 「失笑」とは,本来どのような意味なのでしょうか。
  • 答 こらえ切れず吹き出して笑う,という意味です。

 「失笑」を辞書で調べてみましょう。


「日本国語大辞典 第2版」(平成12〜14年・小学館)

しっしょう【失笑】
 [名]思わずふき出してしまうこと。

「広辞苑 第6版」(平成20年・岩波書店)

しっしょう【失笑】
 (笑ってはならないような場面で)おかしさに堪えきれず,ふきだして笑うこと。

 このように,「失笑」は,本来,笑いを抑えることができず,吹き出してしまう様子を言ったもので,「笑いも出ない」状況に使われる言葉ではありません。「失笑」の「失」には「失う」ではなく,「失言」「失火」などと同様に,中に抑え込んでおくべきものを,抑え切れずに,又はうっかりして外へ出してしまうという意味があります。ですから,そのつもりはないのについ笑ってしまったり,笑うべきでない場面で思わず笑ってしまったりすることを「失笑」と言うのです。例えば,緊張するような状況で,周囲の人が真剣な顔つきをしているのがかえっておかしくなり,つい笑ってしまうようなときにも「失笑」を用いることができます。文学作品を見てみましょう。

 先生がそこを訳読し始めると,再び自分たちの間には,そこここから失笑の声が(おこ)り始めた。と()うのは,あれほど発音の妙を極めた先生も,いざ翻訳をするとなると,ほとんど日本人とは思われないくらい,日本語の数を知っていない。

(芥川龍之介  「毛利先生」 大正8年)

 生徒が先生を笑うのは失礼なことです。普通はこらえるのですが,つい笑ってしまうような状況に「失笑」が用いられています。「失笑の声が起り始めた」という表現からは,声を出して笑っている様子もうかがえるでしょう。笑いが失われているわけではありません。

  • 問2 「失笑する」について尋ねた「国語に関する世論調査」の結果を教えてください。
  • 答 本来の意味である「こらえ切れず吹き出して笑う」と答えた人が3割弱,本来の意味ではない「笑いもでないくらいあきれる」と答えた人が6割という結果でした。

 平成23年度の「国語に関する世論調査」で,「彼の行為を見て失笑した。」という例文を挙げ,「失笑する」の意味を尋ねました。結果は次のとおりです。(下線を付したものが本来の意味。)

〔全 体〕
失笑する

(ア)こらえ切れず吹き出して笑う・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27.7%
(イ)笑いも出ないくらいあきれる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・60.4%
(ア)と(イ)の両方・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2.7%
(ア),(イ)とは全く別の意味・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4.1%
分からない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5.2%

〔年代別グラフ〕

失笑する

 全体の調査結果を見ると, 本来の意味ではない(イ)「笑いも出ないくらいあきれる」と回答した人の割合が約6割となっており,本来の意味である(ア)「こらえ切れず吹き出して笑う」と回答した人の割合(27.7%)を33ポイント上回っています。
 年代別に見ると,60歳以上を除く全ての年代で,本来の意味ではない(イ)の割合が,本来の意味である(ア)の割合を大きく上回りました。16歳から30代までの年代では,70ポイント前後の差となっています。40代からは,年代が高くなるにつれて(ア)と(イ)の数値が少しずつ接近し,50代では33ポイント,60歳以上では3ポイントにまで縮まっています。年齢の高い人たちには,本来の意味でこの言葉を使う習慣が残っていると言えるでしょう。
 では,「笑いも出ないくらいあきれる」と回答した人の割合が高くなっているのはなぜでしょうか。まず,先にも触れたように,「失」を「失う」と捉えて,「笑いを失う」様子だと受け取ってしまうということが考えられるでしょう。加えて,この言葉が「失笑を買う」という形でよく用いられる点も関係がありそうです。「失笑を買う」は「愚かな言行をして笑われる」という意味ですから,「あきれて笑われる」様子とも言えます。ほかにも「失笑が広がる」「失笑が漏れる」など,失笑は「あきれる」様子と結びついて使われることが多く,そのために,「笑いも出ないくらいあきれる」という意味の方を選んだ人が多くなっているのかもしれません。
 同様の理由で,「失笑」を「愚かな言行に対する笑い」と受け取って,「冷笑」や「軽蔑の笑い」というような意味で使用する傾向もあるようです。

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