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文化庁月報
平成25年4月号(No.535)

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連載 「言葉のQ&A」

「割愛する」ときの気持ち

文化庁文化部国語課

 「説明は,時間の関係で割愛します。」のように使われる「割愛する」。「国語に関する世論調査」では,6割台半ばの人が「不必要なものを切り捨てる」という意味であると答えました。本来はどのような意味の言葉でしょうか。

  • 問1 「割愛する」とは,本来どのような意味なのでしょうか。
  • 答 惜しいと思うものを手放す,という意味です。

 「割愛」を辞書で調べてみましょう。


「日本国語大辞典 第2版」(平成12〜14年・小学館)

かつあい【割愛】 [名](1)愛着の気持ちを断ち切ること。思い切ること。(2)惜しいと思いながらも省略したり捨てたりすること。また,惜しいと思いながら,相手に贈ること。

「明鏡 第2版」(平成22年・大修館書店)

かつあい【割愛】  惜しいと思いながら,思いきって捨てること。「文章の一部を―する」 △もと仏教語で,愛着の気持ちを断ち切ること。

 「割愛する」は,本来,惜しいと思っているものを,思い切って捨てたり省略したりすることを言います。「明鏡」が説明しているとおり,元々は仏教の用語で,人や物事に対する愛着の気持ちを断ち切ることを言いました。ですから,不必要なものを切り捨てる,又は,単に省略する,という意味ではありません。例を見てみましょう。

 極めて初期の作で「ザムボア」「創作」等に発表した小曲風のもの,及び「異端」「水(がめ)」「アララギ」「風景」等に発表した二,三の作はこの集では割愛することにした。詩風の関係から詩集の感じの統一を保つためである。 すべて初期に属する詩篇は作者にとってはなつかしいものである。それらは機会をみて別の集にまとめることにする。

(萩原朔太郎 「月に吠える」 大正6年)

 詩集の例言の中で,萩原は,詩集の感じの統一を保つために「割愛することにした」詩があることを述べています。しかし,それら詩集に入れなかった初期の作品について「なつかしいものである」「機会をみて別の集にまとめる」とも述べており,どうでもいいものを切り捨てたわけではないというニュアンスが感じ取れるでしょう。もう一つ見てみましょう。

 ()いたい点は沢山(たくさん)あるが,紙数に制限があるので割愛せねばならぬ。

(戸坂 潤 「読書法」 昭和13年)

 この文章でも,もっと書きたいことがあるのだけれども,その気持ちとは別に,物理的な制限があって書けない,という意味を込めて「割愛」が用いられています。「せねばならぬ」という表現からも,致し方なく書かないのだということが読み取れるでしょう。

  • 問2 「割愛する」について尋ねた「国語に関する世論調査」の結果を教えてください。
  • 答 本来の意味である「惜しいと思うものを手放す」と答えた人が2割に達していない一方で,本来の意味ではない「不必要なものを切り捨てる」と答えた人が65%いるという結果でした。

 平成23年度の「国語に関する世論調査」で,「説明は割愛した。」という例文を挙げ,「割愛する」の意味を尋ねました。結果は次のとおりです。(下線を付したものが本来の意味。)

〔全 体〕

(ア) 不必要なものを切り捨てる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・65.1%
(イ) 惜しいと思うものを手放す・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17.6%
(ア)と(イ)の両方・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1.7%
(ア),(イ)とは全く別の意味・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3.3%
分からない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12.3%

〔年代別グラフ〕

割愛する

 全体の調査結果を見ると, 本来の意味ではない(ア)「不必要なものを切り捨てる」と回答した人の割合が6割台半ばとなっており,本来の意味である(イ)「惜しいと思うものを手放す」と回答した人の割合(17.6%)を48ポイント上回っています。
 年代別に見ると,全ての年代で,本来の意味ではない(ア)の割合が,本来の意味である(イ)の割合を大きく上回りました。最も大きく差が開いているのは20代の61ポイント,最も差が小さいのは60歳以上の38ポイントでした。

 「割愛する」は,近年,「省略する」などとほとんど同じ意味で用いられることが多いようです。「惜しいと思うものを」という部分が意識されなくなってきているのはなぜでしょうか。次の例を見て考えてみましょう。

 さすがに山は山だけに風が強く,湖水には白波が立って,空には雲の往来が早い。遊覧船は寒そうだから割愛することにした。

(寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」 昭和10年)

 「遊覧船は寒そうだから割愛する」という表現には,「できれば乗りたかった」という気持ちが含まれているのですが,割愛という言葉の意味を知らなければ,乗りたかったという気持ちを文脈から読み取るのは難しく,ただの予定変更として受け取られるだけかもしれません。
 このように,何かを「割愛する」という表現が用いられている文脈においては,手放すものについて,惜しい,もったいない,という思いを持っていることを直接的に表明している場合は多くありません。冒頭に挙げた例文「説明は,時間の関係で割愛します。」というような表現は日常的に使われるものですが,「割愛」という部分以外には,話している人の気持ちを読み取れるところはありません。「割愛する」という言葉の意味を知らなければ,説明できないことを惜しく感じている話者の気持ちは伝わりにくく,単に「省略する」ということを言っているのだと受け取られてしまうことになるでしょう。

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