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文化庁月報
平成25年5月号(No.536)

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連載 「鑑 文化芸術へのいざない」

踊り、旅は道づれ…
国立劇場主催5月舞踊公演
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国立劇場制作部 安部有郷

 “旅”にはロマンがあります。国立劇場5月舞踊公演〈踊り、旅は道づれ…〉では,このロマン溢れる“旅”という言葉を手がかりに,日本舞踊で描かれたいにしえの日本の風俗や人情を垣間見たいと思います。華やかさと楽しさがたっぷり詰まった名作舞踊とともに,踊りの“旅”のひとときへ皆様をいざないます。

江戸時代,『駕屋』は交通機関の代表選手

 江戸の“旅”の始まりです。舞踊公演〈踊り、旅は道づれ…〉の幕明き,最初の作品は常磐津節の『駕屋(かごや)』。駕籠は江戸時代の交通手段の代表選手。ここで登場するのは“町駕籠”や“辻駕籠”と呼ばれた江戸の庶民が乗ったもので,歌舞伎舞踊でも『(もどり)()()』や『年増(としま)』など多くの作品に登場します。
 さて,この作品は幕末に上演された『仮名(かな)手本(でほん)忠臣蔵(ちゅうしんぐら)』十一段返しの変化舞踊の一コマで,六段目のお軽の身売りの迎えの駕籠からヒントを得ています。舞台は,京都の山崎街道あたりで,居眠りをしていた駕屋が,着ぐるみの犬を相手に滑稽な振りを痛快に見せる洒落っ気たっぷりの一幕です。単独で上演する場合には,お芝居のお約束で舞台を隅田川の川端にうつし,江戸前の粋な駕屋で演じることもありますが,今回は通し上演の一コマとしての演出で取り上げます。

女性たちと世の情け 『花の雲助』

 舞台は桜と菜の花が満開の街道筋。雲助(くもすけ)は,江戸時代に宿場や街道で荷物運搬や川渡し,駕籠舁きに携わった人足です。元は農民の労役でしたが,人手不足から浮浪人が多く従事しました。そのためか,中には悪い無頼の者もおり,歌舞伎でも『鈴ヶ森(すずがもり)』や『伊賀(いが)(ごえ)道中(どうちゅう)双六(すごろく)』(沼津)に登場する落ちぶれた小悪党のような役回りが多くなっています。
 さて,二つ目に上演する清元節の『花の雲助』には五人の女雲助が登場します。実際に女性の雲助は存在しません。ですが,ここは舞台の趣向です。この五人は前身が巫女,比丘尼,御守殿(屋敷勤めの女中),田舎娘,遊女というわけで,街道筋で客待ちをしながら,それぞれが身の上をコミカルに踊ります。雲助になり果てた女性たちと人の世の情けが,作品ができた当時(幕末)の風俗とともに描かれた明るく楽しい一幕です。

庶民の憧れ,『伊勢参宮』の旅

 今年は20年に一度の伊勢神宮の式年遷宮です。伊勢参りは江戸時代の庶民が「せめて一生に一度」と憧れた“旅”でした。商家では伊勢参りといえば主人に断りなしでも「抜け参り」といって大目に見られたり,全国から大勢の老若男女が繰り出しました。江戸の民衆にとって信仰と観光を兼ねた一世一代の旅行でした。
 さて,次に上演する長唄の『伊勢(いせ)参宮(まいり)』は,昭和5年(1930)に新曲として発表されました。作詞は歌人で国文学者だった佐佐木信綱。作曲は四世杵屋佐吉です。舞踊では,具象的な扮装(衣裳・化粧)や大道具を用いず舞踊家が体と動きだけで表現する「素踊り」の形式で上演されます。内容は,昔の伊勢参りの長閑な気分を中心に伊勢の風情や参詣の光景,「伊勢音頭」など伊勢を巡る様々なエピソードが盛り込まれたものです。無限の空想の世界へと皆様をいざないます。

踊りの“旅”の代名詞 『道行旅路の嫁入』(お蔭参り)

 舞台は富士山のそびえる東海道。歌舞伎舞踊には「道行物」と呼ばれる作品群があります。道行とは一般には旅をしてある場所からある場所へ行くことを言いますが,日本の文学や芸能ではこの道行が独特かつ重要な一様式を形成しました。それが人形浄瑠璃などを経て,歌舞伎舞踊にも一ジャンルをなしました。
 さて,通称「お(かげ)(まい)り」「八段目」と呼ばれる清元節の『道行(みちゆき)旅路(たびじ)嫁入(よめいり)』は,文政13年(1830)4月江戸市村座で「忠臣蔵」が上演された際に,八段目の道行として上演されました。江戸歌舞伎では,「忠臣蔵」などの義太夫狂言を通して上演する場合,音楽的な変化をつけるため,道行の場面を常磐津節や清元節などの他の系統の音楽に改作することがよくありました。本作もその一つで,上下に分かれており,上は加古川本蔵の妻()無瀬(なせ)が娘小浪を連れて大星由良之助の息子力弥に嫁がせるため山科へ向かう道中です。下は上とはなんの脈絡もなく,お蔭参り(当時流行した伊勢参詣者で,無断で家を出て,無銭旅行をすることが多かった)と軽子(担ぎ人足)が登場し,意気投合して道中を同じくします。江戸庶民の風俗が活き活きと描かれます。

桜満開の『吉野山』の道行

 そして“旅”の最後は,桜満開の吉野山中です。道行物の代表作の一つ,義太夫節と清元節による『吉野山』。義太夫狂言の三大名作の一つである『義経千本桜』の「道行初音旅」の改作で,決定版として今日に伝わる作品です。
 兄の源頼朝と決別して追われる身となった源義経は,西国へ下るのに失敗し,今は吉野に身をひそめています。義経の想い人の静御前は,義経のもとに赴くべく家臣の佐藤忠信(実は狐の化身)と主従の道行をします。静御前が初音の鼓を打つと,どこからともなく忠信が現れます。忠信は実は偽者で,正体は鼓にはられた狐の子供。親を慕って付き従っているのです。「女雛男雛と…」の歌詞にあわせ,あたかも相思相愛の男女を思わせる振りがあり,続いて忠信が源平合戦の物語りをします。旅の途中でひと休みした時に,旅行者同士互いに様々語り合う,そんな旅の楽しみを踊りに仕立てた場面でしょうか。物語の後,早見の藤太が追ってきて,所作ダテ(様式的な殺陣)になり,忠信が追手をやっつけ,旅は続きます。全体に夢幻的な美しさに満ちた一幕です。

国立劇場5月舞踊公演「踊り、旅は道づれ…」

〒102-8656 東京都千代田区隼町4-1

お問い合わせ
国立劇場チケットセンター(午前10時〜午後6時)
0570-07-9900,03-3230-3000[PHS・IP電話]
交通
東京メトロ半蔵門線・半蔵門駅より徒歩5分,半蔵門線・有楽町線・南北線永田町駅より徒歩8分
都営バス都03(晴海埠頭-四谷駅)三宅坂下車徒歩1分
公演日時
5月25日(土)14:00開演
休館日
入場料金
1等A席=8,000円(学生5,600円),1等B席=5,000円(学生3,500円),2等席=3,000円(学生2,100円),3等席=1,500円(学生1,100円)
※全席指定。障害者割引あり。
ホームページ
http://www.ntj.jac.go.jp/kokuritsu.html別ウィンドウが開きます

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