HOME > 文化庁月報 > 連載 「言葉のQ&A」

文化庁月報
平成25年8月号(No.539)

文化庁月報トップへ

連載 「言葉のQ&A」

「煮え湯を飲まされる」のは,どのような相手からか。

文化庁文化部国語課

 「こんな仕打ちを受けるとは煮え湯を飲まされた気分だ。」のように使われる「煮え湯を飲まされる」。「国語に関する世論調査」では,本来の意味で使っている人が6割台半ばいるものの,年代が若くなるに従って,本来とは違う意味で捉える人が多くなる傾向が分かりました。

  • 問1 「煮え湯を飲まされる」とは,本来どのような意味なのでしょうか。
  • 答 信頼していた者から裏切られる,という意味です。

 「煮え湯を飲まされる」を辞書で調べてみましょう。

「広辞苑 第6版」(平成20年・岩波書店)

 煮え湯を飲まされる   自分が信じていた人に裏切られてひどい目にあう。

「明鏡 第2版」(平成22年・大修館書店)

 煮え湯を飲まされる   信頼していた者に裏切られてひどい目にあう。

 「煮え湯」は,沸騰した熱い湯のこと。信頼している相手から,何も知らされないままに「煮え湯」を出され,疑うことなくそのまま飲んでしまえば,大変なことになるでしょう。そこから,信頼していた者から裏切られてひどい目に遭わされることを「煮え湯を飲まされる」と表現します。小説での用例を見てみましょう。

 道場は大混乱だ。必ず勝つと信じていた栄三郎が森徹馬と仕合って明らかに自敗をとった。弥生を避けて負けたのだ! 早く母に死別し,自分の手一つで美しい乙女にほころびかけている弥生が,いま花の(つぼみ)に悲恋の苦をなめようとしている! こう思うと鉄斎老人,煮え湯をのまされた心地で,栄三郎の意中をかってに見積もってあんな告げ紙を貼り出したことが,今はただ弥生にすまない! という自責の念となり,おさえきれぬ憤怒に転じてグングン胸へ突きあげてくる。鉄斎は()って来て,栄三郎をにらみつけた。「これ,卑怯者(ひきょうもの),竹刀を取れ!」

(林不忘「丹下左膳 乾雲坤竜の巻」昭和2年)

 剣術の道場主である鉄斎は,優勝者に自分の娘である弥生を与えるとの貼り紙を掲げた上で試合を開催します。鉄斎は,弥生が道場で最も実力のある栄三郎に思いを寄せていることを知っていました。まな弟子である栄三郎の勝利を確信しているからこそ,二人が結ばれるように仕向けたのです。しかし,勝者を決める徹馬との試合で,栄三郎は明らかにわざと敗れてしまいました。鉄斎は「煮え湯をのまされた心地」,つまり,信頼していた栄三郎から裏切られたという思いにさせられています。

  • 問2 「煮え湯を飲まされる」について尋ねた「国語に関する世論調査」の結果を教えてください。
  • 答 本来の意味である「信頼していた者から裏切られる」と答えた人が6割台半ばですが,年齢が若くなるに従って,本来の意味ではない「敵からひどい目に遭わされる」と答えた人が多くなっています。

 平成23年度の「国語に関する世論調査」で,「煮え湯を飲まされる」の意味を尋ねました。結果は次のとおりです。(下線を付したものが本来の意味。)

〔全 体〕

(ア) 信頼していた者から裏切られる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・64.3%
(イ) 敵からひどい目に遭わされる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23.9%
(ア)と(イ)の両方・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3.9%
(ア),(イ)とは全く別の意味・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1.3%
分からない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6.6%

〔年代別グラフ〕

煮え湯

 全体の調査結果を見ると,本来の意味である(ア)「信頼していた者から裏切られる」と回答した人の割合は6割台半ばとなっています。一方,本来の意味ではない(イ)「敵からひどい目に遭わされる」と回答した人の割合は2割代半ばにとどまっています。
 年代別に見ると,40代以上では,本来の意味である(ア)を選んだ人の割合が6割を超えていますが,20,30代では5割台,16〜19歳では4割強にとどまり,本来の意味ではない(イ)の割合が,(ア)に近づいています。また,20代以下では,「分からない」と回答した人の割合が1割を超えています。

 では,若い人たちの間で「今期の売上げ争いでは,ライバルのA社から煮え湯を飲まされた。」といったように,「敵からひどい目に遭わされる」という意味で使われるようになってきた理由はなんでしょうか。
 「煮え湯を飲まされる」は,予期していないのに,ひどい目に遭わされるときに使う言葉です。煮え湯を差し出すような相手であると分かっていれば警戒できますが,そんなことをされるとは思っていないからこそ,痛い思いをさせられる状況を表しています。しかし,沸騰した熱湯はそれ自体危険なものですから,「信頼していた者から」という前提がなくても,一方的に,あるいは,無理やりに飲まされればひどいことになるでしょう。そのように,信頼している相手から思い掛けず,という意味合いが忘れられ,敵対する相手やライバルにやり込められることについて使われることがあるのかもしれません。

トップページへ

ページトップへ