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文化庁月報
平成25年8月号(No.539)
みんなで考えよう!日本語教育の推進に向けて
座談会〜日本語教育の推進に向けて〜
「日本語教育の推進に向けた基本的な考え方と論点の整理について(報告)」の取りまとめを受けて
- <出席者>
- 伊東 祐郎
- 東京外国語大学教授・留学生日本語教育センター長
公益社団法人日本語教育学会長、第13期日本語教育小委員会主査 - 井上 洋
- 一般社団法人日本経済団体連合会社会広報部本部長
- 小山 豊三郎
- 愛知県地域振興部次長
- 西原 鈴子
- 独立行政法人国際交流基金日本語国際センター所長
前期(第12期)日本語教育小委員会主査 - 吉尾 啓介
- 独立行政法人国際交流基金上級審議役
- 岩佐 敬昭
- 司会,文化庁文化部国語課長
目次
- 1) 今,日本語教育に思うこと
- 2) 11の論点の読み方・考え方
- 3) やさしい日本語について
- 4) これからの日本語教育に向けて
○岩佐
本日は大変お忙しい中,文化庁月報の座談会のためにお集まりいただき,ありがとうございます。
本日の出席者は,文化審議会国語分科会の前期12期の日本語教育小委員会主査などをお務めいただいた西原鈴子さん,愛知県地域振興部次長の小山豊三郎さん,独立行政法人国際交流基金上級審議役の吉尾啓介さん,日本経済団体連合会の井上洋さん,日本語教育学会会長・東京外国語大学教授・留学生日本語教育センター長,そして今期の日本語教育小委員会において主査をお務めいただいている伊東祐郎さんです。小山さん,井上さん,吉尾さんには日本語教育小委員会の委員をお務めいただいています。
さて,日本政府観光局の統計によると,観光や仕事などで平成24年に日本を訪れた外国人の数は約836万8千人で,前年比34.6%増となりました。内訳は韓国204万人,台湾147万人,中国143万人,それから香港,タイ,シンガポールと続いています。
一方で,日本に住んでいる外国人は法務省入国管理局の統計によると,203万8千人で,中国65万人,韓国・朝鮮53万人,フィリピン20万人,ブラジル19万人となっています。在留資格の内訳は,一般永住者が59万人,特別永住者39万人,留学19万人,就労者が20万人,定住と日本人の配偶者等が各18万人,技能実習生が14万人となっています。
これほど多岐に渡る外国人の方が日本を訪問され,また定住しているわけですが,それに伴って日本人と外国人が話す機会が増えてきています。もちろん,日本人が外国語で話すこともありますが,日本語で話すことも多くなってきています。日本語は,漢字,平仮名,片仮名を混ぜ合わせて使いますし,尊敬語や謙譲語,丁寧語などの使い分けもあり,外国人にとって決して学習しやすい言語ではないと思います。
日頃から日本語教育に関わっていらっしゃる皆様から,外国人に対する日本語教育の難しさや,日頃お感じになっていることなど,自己紹介も兼ねてお伺いできればと思います。では,伊東さんからお願いします。
座談会の様子
1)今,日本語教育に思うこと
○伊東
東京外国語大学の伊東と申します。私の本業ですが,留学生に対する日本語教育をしておりまして,地域の日本語教育に関わり始めたのは平成8年のことになります。当時,文部科学省が外国人児童生徒に対する日本語教育のカリキュラムを作成することになり,その関係で初めて地域の小学校や中学校に足を運ぶようになりました。当初は,これまでの日本語教育の知識や経験を多少活用すれば良いのだろうと気軽に思っていたのですが,いざ学校に足を運んでみて,大人と子供の日本語教育ではずいぶん違うということを目の当たりにしました。成長過程にある子供は母語も確立していないわけですし,人間としても発達過程にある上,親に連れられて来ている子どもにとって外国の学校生活への適応も困難な状況になっています。そこで,ただ日本語を教えれば良いということではなく,様々なことをトータルで考えていかなければならないのだということを強く感じました。
その時,学校の受入れ体制の問題,外国人であるという特有の問題,日本語教育の内容・方法論の問題,この三つが大きな課題であると思いました。私の本業は留学生に対する日本語教育ですが,平成8年から学校に関わるようになって,日本語教育が非常に多様化している中,日本語教育を生業としてきた専門家である我々や,行政に携わる者がこのような課題解決のために連携し関わりを持っていくことが必要だと考えています。
○井上
経済団体連合会の井上です。私は大学で経済学を専攻し,経団連では産業政策を担当していました。言葉の問題に出会ったのは2002,3年頃,ちょうど10年前でした。当時,台湾が東南アジアを中心に外国人労働者の受入れに積極的だったので,それによって産業競争力を強化している実態を調査しに行きました。台湾で話されている北京語はフィリピンやベトナム,インドネシアの人々にとって難しいわけです。職場では通訳を付けたりしていたのですが,外国人労働者が生活環境になじめずに失そうするといったこともあり,言語の問題は大変だということを実感しました。
当時の会長の奥田さんの指示で,「外国人の受入れの問題を考えてみよう」ということになり,いろいろ調べる中で,日本には出入国管理及び難民認定法のみで移民法がなく,定住を前提とした受入れ態勢がないことが分かってきました。移民法制定の是非については国民的な議論が必要となるところですし,簡単には言えませんが,少なくとも日本で勉強してみたい,働いてみたいという人々が,一定の期間日本で過ごすために必要な要件がこれまで全く提示されていないというのは問題ではないのかということを考えました。外国人の高度人材は企業との契約の下で受け入れるわけですが,定住する外国人が日本社会とどういう契約を結ぶかについては,法律上,書かれていないのですね。
例えば,企業が日本語が全く話せない外国人を受け入れていいのかという問題があります。外国人が生活をしていく地域で,生活のマナー,ルールを理解し,またコミュニケーションをしっかり行うことが大切です。地域の日本人で受け入れる外国人全ての言語をマスターしている人はなかなかいないわけですから,外国人が日本語を話せないと困るということになるのですが,今はできない人もそのまま受け入れてしまっています。
経団連としては移民政策を必要だという考えの下,大きな柱として日本語能力を外国人に求めてもいいのではないかと考え,検討を始めていたところ,文化審議会国語分科会の中に日本語教育小委員会が設置されて,お声を掛けていただき,以来,委員として参加しています。
私は外国人の受入れには二つ側面があると思っています。「日本人の国際化」と,語弊があるかもしれませんが,「外国人の日本化」です。この二つのバランスがとれていないというのが私の見方です。例えば,最近,英語を社内公用語にする企業が増えてきていますが,会社では外国人が英語で仕事ができるとしても,日本語ができず地域での生活に苦しんで帰国してしまったら,それは効率の悪い人的投資ということになります。そういう意味で,「日本人の国際化」と「外国人の日本化」,この二つの側面が並行して進んでいかないと,これから日本社会全体の向上にならないのではないかと考えています。
○吉尾
国際交流基金で日本語教育事業の統括をしています吉尾です。日本語教育の専門家というわけではありません。私の日本語教育との関わりは1980年,当時の文部省に入省した時に,最初は留学に関する仕事をする部門に配属されたことに始まります。当時は留学生が一万人そこそこという時代で,大学で日本語をどうするかというときに,日本語を教える教員の配置のための予算に関わる業務等を担当していました。その後,日本語学校に関わる仕事もさせていただきましたが,現在は国際交流基金で海外での日本語教育について関わらせていただいています。
実は,今回の座談会の話をもらったときに,「困ったな,これはなかなか絡みにくいぞ。」という思いを抱きました。というのは,テーマの一つが「国内の日本語教育」という設定となっていたからです。国際交流基金は国外の日本語を母語としない人たちを対象としています。行政機関の仕事なので,国内・国外と,きれいに線が引かれていて,きっちりと整理がされているというのは,実によく役割分担ができているとも言えますし,ホームとアウェーで政策の切り口が明らかに違う点があります。
しかし,日本語教育ということで同根の課題・問題があって,なおかつ人の動きもこれだけ激しくなっているときに,仕事の上ではきれいに業務分担がなされていても現実には裏表,つながっている部分も出てきていて,現状の区分のままでいいのだろうかということを考えています。
国際交流基金では,3年に1度「海外日本語教育機関調査」
を実施していまして,7月8日に2012年調査の結果が公開されましたので,少し紹介します。海外の日本語学習者数は,前回調査から9.1%増えて398万人と,基金が調査した中で過去最高となりました。ただ,海外の日本語学習者数の伸びについては,これまでに比べて緩やかになっていますし,国によって特異な増え方,減り方をしているところもあり,海外での日本語教育にも課題があると思っています。基金としてはこのような諸課題について,国内外の状況を踏まえて,いろいろと取り組まないといけないわけですが,基金だけではできないこともたくさんあるので,日本語教育小委員会で御議論いただく中で,検討を加えていただければ有り難いと思います。
○小山
愛知県の小山です。愛知県の外国人人口は約20万人で全国3位となっています。全国でブラジル人が最も多い県で,ペルーとインドネシアも一番です。フィリピン人は全国2位ですが,1位は東京で28000人,愛知は26000人ですから,東京と遜色ないほど,フィリピンの方が住んでおられます。先日,フィリピンの大使が愛知に来られて,西日本では愛知が重点地域だとおっしゃっていました。ベトナム人も全国第2位ですし,ブラジル人が多いイメージが強いようですが,意外にアジア出身者も多いです。最近,リーマンショックや東日本大震災で,雰囲気的にも外国人数が減少していますが,そういった状況でもアジア系の皆さんは微増となっています。そういう意味では,以前よりも国籍が多様化してきていると言えます。
地域の日本語教育は,地方自治体では多文化共生という言葉で表されています。よく話題に出るのが1990年の改正入管法の施行ですが,当時愛知県は自動車関連を中心に製造業が大変好調だった時期ということもあり,誰でもいいから来てほしいという状況でした。日本語が話せなくても十分働けたので,日系ブラジル人を中心にたくさんの外国人が家族連れで来られました。
職場では日本語が不自由でも困らないかもしれませんが,生活になると日本語や日本の文化,地域のルール,例えばゴミ出しのルールなどが全然分からなかったりということがありました。また,ブラジル人はポルトガル語を話すわけですが,日本人側にはポルトガル語を話せる人がほとんどいない。そこでコミュニケーションの問題が起こり,受け入れた自治体も苦労していろいろな対策が取られました。
今でこそ,多文化共生という言葉はもう全国的に通用する言葉になっていますが,当時は,外国人が集住する地域は,群馬県や愛知県,静岡県など製造業を中心とした大手企業がある地域でした。地方自治体が集まって話をすると,「愛知県は税収も増えているのだからいいじゃないですか」という話が出て,なかなか理解してもらえずに苦労した時期もありました。今は全国的に問題が共有されたと思っています。国でも,各省庁がこの点についてよく理解され,施策を進めていただいていることについて,地方自治体としては非常に感謝しています。
施策を考えるときに,基本的に二つの方向性があると思っています。一つは「郷に入れば郷に従え」というスタンスがあります。もう一つは,相手の文化を尊重することを基本としたアプローチ。この二種類があると思います。多文化共生というのは,この両方のバランスを取っていくことを目指しているように思います。そして,実際に多文化共生施策として何かやろうと思うと,根本のところでコミュニケーション,言葉の問題が出てきます。私も日本語教育小委員会の委員として3年目ですが,日本語の専門家の皆さんといろいろと話ができて大変勉強になっています。
○西原
西原です。私が一番最初に日本語を教える経験をしたのは1961年でした。そこからもう50年以上経ちますが,日本語教育はこれまでに四つの段階を経てきたように思うんですね。
最初は,世の中,日本語を学ぼうなどという外国人は変わった人たちで,「(日本語教育の)普及」という言葉どころか考え方さえなかった時代でした。日本語を勉強したい外国人に教えればよかったので,日本語教育について考えるとき,言葉・言語の問題だけに集中していればよかった。日本語を深く分析して,学習動機は既に十分ある人や,日本語を極めようとしてる人に習得してもらうという,ある意味で単純な仕事だったように記憶しています。
次にヨーロッパなどで移民の受入れが盛んになり,必ずしも学習動機が高くない人たちに工夫して言語を教えるという波が生まれ,その波は日本にも押し寄せてきました。学習者に合わせて工夫して教えるという教授法,教育方法について議論し,言語習得とは何かということを考える教授法の時代が来ました。
その次に,ダイバーシティ(diversity:多様性)の時代が来ました。学習者は多様であり,学習は学習者自身の主体的な行動だという気付きが生まれた時代だったと言えます。つまり,私たちは喉の渇いた馬を水辺に連れて行くことはできても,水を飲ませることはできません。自分で水を飲んでもらうためには,つまり,言葉を学んでもらうためには,相手を良く知らないといけないんですね。そこで,学習者を知る時代が来たのです。ここまで,日本語研究の時代,教授法の時代,学習者を知る時代,そのように時代が動いてきたわけです。
そして今は,世界中が同じ考え方で言語教育を考える時代が来ていると思います。例えば,「「生活者としての外国人」に対する日本語教育の標準的なカリキュラム案」のシリーズも5冊できましたが,これは学習者に生活のために必要な行為を学んでいただくというものですね。日本語というよりもむしろ生活上の行為を習得していただいて,日本で自立して生活していただくことを主たる日本語教育の目的とする時代になっています。
パラダイムシフト(paradigm shift)が起きて,言語教育,習得の目的が言語を知ることではなく,「言葉を使って何ができるか」ということに目標が移ってきたわけです。ヨーロッパ共通参照枠CEFR(Common European Framework of Reference for Languages)に見られるように,複言語・複文化という,それぞれの言語文化が尊重されるだけでなく,相互に密接に関連して言葉の学び・習得を機能させようということを考えたときに,まず生活する上で,必要となる言語を使って何がどのようにできるかということをリストにするCan-doという考え方があります。カリキュラム案もCan-doになっていますが,生活上の行為が日本語でできるかできないかに注目し,生活上の行為ができるようにしようという考え方で成り立っているのです。
国際交流基金がCEFRの影響の下に作った「JF日本語教育スタンダード」
も目標設定はcan-doで書かれています。
達成度についても,名古屋大学及び豊田市が作ったものも,JF日本語教育スタンダードも6段階です。生活者のプログラムは6段階とはなっていませんが,can-doということでは同じ流れになると思います。
教育に関わる者の間で,プログラムが共有されて,学習者が移動しても,それまでの学習経験の引き継ぎがきちんとできるようになれば,共通の指標で語れる時代が来たと言えるでしょう。そのうち,日本の英語の指導要領もcan-doで書かれるようになると聞きました。50年を振り返ってそういう時代の変遷を感じています。
2)論点11の読み方・考え方
岩佐 敬昭国語課長
○岩佐
多様性について皆様にいろいろと挙げていただきましたが,外国人が集中的に訪日する時期もあれば,そうでない時期もあります。また,外国人の構成も変化しますし,外国人が何を求めているのかも多様になってきていると思われます。
文化庁が毎年調査している「国内における日本語教育の概要」では,平成24年度に国内で日本語を学習している人の数は約14万人でした。この中で日本語教育を実施する機関・施設には,都道府県や市町村が実施している講座や,大学等教育機関,法務省告示校,いわゆる日本語学校と呼ばれる教育機関,国際交流基金やNPO法人,任意団体など,多様な形態があり,日本語を教えている方も常勤講師や非常勤講師,ボランティアとして協力している方など,様々な方が関わっていらっしゃいます。
今年の2月に「日本語教育の推進に向けた基本的な考え方と論点の整理について(報告)」
を文化審議会国語分科会日本語教育小委員会に設置された「課題整理に関するワーキンググループ」で取りまとめ,その中で11の論点を示しています。
「日本語教育の推進に当たっての主な論点について」
○論点1 日本語教育に関する政策のビジョンについて
○論点2 日本語教育の効果的・効率的な推進体制について
○論点3 日本語教育の標準や日本語能力の判定基準について
○論点4 カリキュラム案等の活用について
○論点5 日本語教育の資格について
○論点6 日本語教員の養成・研修について
○論点7 日本語教育のボランティアについて
○論点8 日本語教育に関する調査研究の体制について
○論点9 総合的な視点からの検討について
○論点10 外国人の児童生徒等に対する日本語教育について
○論点11 国外における日本語教育について
本日お集まりいただいた皆様の中には,この議論に参加いただいた方もいらっしゃるわけですが,この報告書のポイント,注目している論点などについてお話いただきたいと思います。
西原 鈴子氏
○西原
この論点整理の報告書は,日本語教育の多様な有様を,広く社会の方々に知っていただき,理解していただくために,これまで挙げられてきた日本語教育に関する様々な課題を,論点として分類しようという強い意志の下,11の論点に取りまとめたものだと思っています。この報告書を手に取っていただいた方には,11の論点のどこからでも,それぞれ関心があるところから入っていただいて構いません。自治体が受け入れた外国人をどうするかというところから入る人もいるでしょうし,日本語教育の教員養成や資格の部分から入る人もいるでしょう。これらの11の論点は全部がつながっていて,どこから始まっても,全体につながっていく様相になっています。議論していただくときにそのことをお考えの上で議論していただきたいと思います。
○岩佐
11の論点がそれぞれ関連し,つながっているというお話がありましたが,地方自治体ではこの論点整理についてどのようにお考えですか。
○小山
現場の方々にとって,今の時期はこれまで約20年に渡って頑張ってきた成果が出て,少し落ち着いたところではないかと思います。今までやってきたこと,これからやっていくことを整理する上でちょうど良いタイミングで,この論点整理の報告書ができたと感じています。視点としては,文化庁による全国的な視点のものですが,各市町村や地域においてもこれをベースに考えてもらうことができます。この論点を見ながら,現状を整理するのも良い手掛かりになると考えています。
行政としては論点2「日本語教育の効果的・効率的な推進体制について」が最も重要だと思っています。多文化共生を考えるときに,非常に多くの方に関わっていただいていますが,そういった方々との連携をどういった形で進めることがベストであるか,それを考えていく上でのスタートになれば良いのではないかと思っています。
それから,論点7「日本語教育のボランティアについて」があります。実際の日本語教育を行う上で担い手の中心となるのはボランティアの皆さんであり,熱意あふれる方ばかりですが,日本語教育のバックグラウンドという点では様々な方がいらっしゃいます。行政としては日本語を教えることだけが目的とはなかなかなりませんし,社会全体の発展という観点から考えると,ボランティアも日本語教育に限定して参加するわけではないこともあるわけです。ただ,何をするにも日本語はバックボーンとなりますから,この論点整理がボランティアの方々の日本語教育に関するスキルを見直す,そういったきっかけにもなると良いと思っています。
○岩佐
多文化共生について行政の観点からお話がありましたが,企業や経済界からはどうでしょうか。
○井上
先ほども少し申し上げましたが,一つは高度人材の受入れの問題があります。ハイレベルな研究者や企業経営者などもどんどん日本に入ってきていますが,その人々について言えば,実際に日本語ができなくても生きていける環境があるわけです。その経費は企業コストの中で吸収できます。その一方で,海外からの留学生が10万人以上いて,そのうち毎年,少なからぬ若者が日本企業に入ってきています。私も時々企業に入ってきた元留学生と話すことがあるのですが,日本語能力はまだまだ十分でない場合が多いです。これは大学側の問題もあるのでしょうが,就職活動に頑張っても,企業に就職できないこともあるようです。中には大学を留年してわざわざ日本語学校に通い,日本語を勉強し直し,翌年就職に成功したという話も聞きます。ただ,このように日本語の習得をキャリアプランの中で考えられる人は問題ないのかもしれません。
一方で,日系ブラジル人ですが,アジアを中心とした国からは,技能実習生として来日するケースが多いです。そうした人々が確実に受入れ機関がコストをかけて日本語教育をしないといけないと思いますが,それが十分できていません。日系人もほとんどが派遣の形で働いています。通訳を付けて現場を持つ企業が雇用するのではなく,派遣会社との契約の下で働いているのです。そのときの日本語教育が抜け落ちています。今は経済状況が変わってきたので,このようなケースが目に付くわけではないですが,地域における外国人と日本人の間での社会的な摩擦は経済界でも看過できない問題だと思っています。
一つの考え方としては能力に応じ,在留資格を変えたら良いのではないかと思います。日本での在留にはいろいろな資格要件がありますが,ある在留資格で入った外国人について,日本語能力が伸びたり,日本国内の資格を取るなどして技能レベルを上げた人については,もう一つ上の在留資格を認める,在留期間を延ばすなどといった出入国管理政策とのリンクがあってもよいのではないかと思います。
この辺りのことは論点9「総合的な視点からの検討について」で書かれていると思います。前の政権では,内閣府の中に検討会議などを設けていましたが,引き続き是非霞が関で検討を深めていただきたいと思います。
○岩佐
政府内での連携については,日本語教育推進会議などの場も使って今後も議論をしていければと思っています。経済界から留学生の話題も出ましたが,地域における日本語教育という観点からはいかがでしょうか。
伊東 祐郎氏
○伊東
私が一番関心を持っているのは,論点6「日本語教員の養成・研修について」,論点7「日本語教育のボランティアについて」です。留学生に対する日本語教育についてはいろいろと経験もあり,ノウハウもあるが,「生活者としての外国人」に対する日本語教育はどうするかということを考え,研修の在り方も考えていかなければならないと思っています。これは日本語教師とボランティアが同じで良いかどうか,すみ分けないといけないかということが論点になるかと思っています。地域の日本語指導者はボランティアに依存していていいのかということもありますし,ボランティアは必ずしも日本語教師を目指しているわけではないので,教室に参加する方々の多様性を見ていくことが大事ですね。
これは個人的な見解ですが,養成について,プロとしての日本語教師養成と日本語ボランティアのそれとは分けて考えるべきだと思っています。将来,日本語教育を生業として目指していく人には専門的な知識を持ってもらうことが大切ですが,ボランティアの養成として,一般市民が身に付けている外国人とのコミュニケーションで使う日本語はどうあるべきかという視点から,ボランティア養成を構築していけたら面白いと思っています。より良い国際人を育てるにはどうしたらいいのか,どう教えるのかというよりも,どう多様化する日本社会の中で外国人と共生共存していけるのかということを考えてみたいですね。
○岩佐
論点の中にも「国外における日本語教育」として海外のことが取り上げられています。国内外の日本語教育の関係性という観点からいかがでしょうか。
○吉尾
吉尾 啓介氏
論点9「総合的な視点からの検討について」で,企業で求める高度人材ということで,留学生や研究者の日本語についての話がありましたが,「企業」と一口に言っても一部上場から中小までいろいろ,海外展開されているところもありますが,そこで必要とされている日本語力や日本語人材というのも多様であり,一からげで一本の施策を考えるとうまくいっていないケースもあるわけです。国内で外国人を雇用する日本企業の雇用・訓練・昇進処遇のパターンを考えると,それが日本語学習者のモチベーションを大きく左右するのではないかと思います。
企業秘密もあるでしょうが,いろいろと関係当局と話ができればと思います。というのは,先ほどの基金の調査のアンケートで,日本語学習の目的では,「アニメ,漫画から日本文化に興味を持って」という答えも多いわけですが,その一方で,一定数として将来の就職,日本への留学,仕事のためという答えもあり,間違いなくその辺りのところにもニーズはあります。
国内外の日本語というのは人材の移動の観点からつながっているということが言われますが,その通りだと思います。私も何か所か東南アジアで日本語を勉強した後にどうなっているのかということについて,感触を得たくて聞いて回ったことがあるのですが,明快にならず最終的な施策については絵が描けませんでした。私たちは専ら海外の日本語を考えていますが,どう考えるかということは重要であり,論点9については今後深く議論していきたいと思います。
論点8に「日本語教育に関する調査研究の体制について」がありますが,この研究開発の中身について,従来審議会では余り議論してこられなかったのではないかと思います。これは大学や国立国語研究所があったからなのでしょう。日本語教育では何十年という研究の実績があり,母語別に教材などができたりしていますが,特に学習スピードが上がったという報告も聞きませんし,今なお非漢字圏の人からは漢字学習が大変だと聞きます。そういう調査研究,研究開発のところでも本当はもっと議論があって良いのではないかと思います。
論点7に「日本語教育のボランティアについて」がありますが,プロとボランティアについては,日本語教育小委員会の第54回のヒアリングの中で,「プロとボランティアという分け方ではなく,プロとアマという観点で考えるべき」という指摘があり,はっと気付かされたところがありました。ボランティアだからと言って,腕に覚えがない人がやっているというだけではないのだから,ボランティアについては,定義を考える必要があると思いました。
また,国内の日本語教育はボランティアに依存していて,海外の現場には国際交流基金がプロをどんどん送っているという指摘もあったのですが,プロを送るには限界があります。それ以外は,「ボランティア」に関わっていただくということも考えていますが,「ボランティア」と一口に言っても,「ボランティア」という言葉でイメージされることは本当に多様で,皆同じやり方では,現地に歓迎される方とそうでない方が出てくるわけで,きっちりと定義をしないと政策が打てないかなと思っています。
いずれにしても腕に覚えがある人には是非手伝っていただきたいし,腕に覚えがなくても役に立ちたいという方に対する研修などを準備していくことも重要なのではないかと思っています。
○岩佐
腕に覚えがあるアマチュアの方もいらっしゃいますし,そういう方にもっと活躍していただきたいと思います。
○西原
コミュニティ心理学の分野において,ボランテイアの在り方も研究領域の一部になっていて,何をもってボランティアと言うのかということにはいろいろな理論があるわけです。例えば,「国境なき医師団」というNGOがありますけれども,これは医療のことを知らない人ではできないわけですね。そこでは,ボランティアとは何なのかと言うと,時間の提供をするということ。プロフェッショナルな能力はもう保証されているボランティアということになります。日本語教育の中にも,そういう方もたくさんいらっしゃるわけです。そういう人たちの活用というのもありますね。もう一つ,ボランティアと言うと,日本国内でまず「善意の固まり」として語られるところが,ボランティアを使いにくい,あるいはボランティアとしての自覚が足りないなどということとつながっていくので,そういう面で,論点7について,これからきっちりといろいろな論点が整理されていくことが,日本国内の大きな問題を解決することにつながるといいなと思います。
○岩佐
一部には「ボランティア=無償」という議論もありますが,そうではなく,力量がある人にはそれなりの対応をしなければならないと思います。
○西原
そうですね。そしてボランティアが無償であって,善意であるということが出発点でも良いのですが,ボランティアをするからには最低満たさなければならない条件があって,善意だけでは済まないというところがあるに違いないと思います。
小山 豊三郎氏
○小山
ボランティアについては,現場はいわゆるボランティアの皆さんがいないと成立しないというのが現状だと思うんですね。日本語教育小委員会でプロかアマかという話が出たのですが,そのようにすると価値観が入ってしまうのではないかと思うんですね。例えば,「あなたはアマレベルのボランティアです」と言うのはちょっとどうかというのもあるし,プロレベルではなくても現場では非常に活躍されている方も多くいらっしゃるわけです。
私として思うことは,ボランティアの皆さんには,基本的に日本で生活している外国人の方たちが快適に,しっかりと能力を発揮してもらいたいという思いがあって,「困っているから助けたい」,「地域を何とかしたい」ということをスタートとして皆さん,集まってくださいます。日本語教育について専門的な資格を持っている方は多くないけれども,そういう人にも何らかの形で,例えばカリキュラム案等の材料を提供することで,日本語教育能力を高めていただくような仕組みがあればいいなと思います。
そういう意味で言うと,「「生活者としての外国人」に対する日本語教育における指導力評価について」も非常に関心を持っています。自己のモチベーションを判定しながら自身のレベルを上げていく,それが実現できるような形になればいいかなと思います。
○西原
カリキュラム案シリーズの最後に出された「指導力評価」も基本はcan-doです。日本語指導力を具体的に記述をして,このようなレベルであれば,このようなことができるということを示すことの一つの良い点は,「できる・できない」の自己評価が自分でできること。ボランティアの成長のためにも「指導力評価」は使っていただけるものだと思います。
○小山
ボランティアの人からすると,カリキュラム案が使いにくいことの原因は,一つには分厚いということがありますね。あの量,厚さを見ると,皆引いてしまうんですね。そこを何とかうまくできないかなと思います。一生懸命議論されて,知識と経験に裏打ちされて作成された,ただの教材ではないので,何とか使えるように,いい方法があればと思っています。
○西原
カリキュラム案の活用に当たっては,日本語教育コーディネーターの存在はとても重要性です。養成・研修などをしっかりとすることによって,使いこなせる人を養成していくことがとても大切です。地域でカリキュラム案を示した時に,「面倒臭いな」という反応を示す人が何人かいましたけれども,「それを面倒臭いと言っていたらボランティアはできませんよ」といつも言うんです。指導力評価のチェックリストは確かに膨大なものではありますが,それを全部やるということではなく,自分の問題を自分でピックアップすることができれば,それで一歩前に出られる。
○伊東
それとやはり,地域において全然日本語ができない人たちが来て,日本の社会で生活していく,あるいは仕事に就くということを考えるときに,やはりある程度の日本語能力を身に付けてほしいと願うならば,やはり体系的にきちんと日本語を学ぶ必要があると思います。そのための日本語教育の場が提供されることがあればいいなと思います。それはボランティアでも専門家でもいいし,定住のための日本語能力という点でまとまって教える教室があっていいと思っています。
その一方で,地域の住民間の交流から始まる日本語でのやり取りもあってもいいのではないかと思います。多くのボランティアが交流型の日本語教室でいろいろなことを学んでいます。国際性や寛容性,グローバルな視点を持つことができて良かったという声もよく耳にします。
今,この点が整理されていないように感じます。教師養成をするときに,ボランティア指導者養成は将来の日本語教師を養成することが究極の目的かと悩むこともあります。コミュニケーション力を学びましょう,互いに尊重できる視点を身に付けましょうというような,ボランティア指導者養成とは別の次元としてあっても良いのではないかと思うんです。
○西原
論点6「日本語教員の養成・研修について」について,声を大にして言いたいのは,大学等の日本語教師養成機関は教員養成をするときに需要がどれぐらいあるのかということもきちんと考えていただきたいということです。今の大学の教師養成を見ると,養成し過ぎ,つまり,ニーズが充分ないところに教師を育てているのです。それが,論点6のところで,どういう教師が今プロとして必要とされていて,全国で何名養成したらいいのか,5年後はどうなのかということを整理して,その上で,自分の大学では,プロの教師養成だけではなく,異文化適応能力を備えた良き市民を育てるという意味での養成に集中しようということを考えるようにしてはいかがでしょうか。養成講座を持っているところがきちんと「日本語はどこにどれくらい必要なのか」というマーケットリサーチを考えていくことが大事なのではないでしょうか。
例えば,英語教育について言えば,使わないかもしれないけれど資格として取っておこうと教員の資格を取る人もいます。本当に英語の先生になる人は多分100人に一人ぐらいではないでしょうか。そういうことが日本語教師養成の中にも起こっていると思います。でも,なぜか日本語教員養成では,受講生側にも100%が日本語教師になるのではないかというような期待があるのではないでしょうか。教える側もそこを曖昧にしているのではないでしょうか。
○小山
自治体としてはプロの日本語教師を雇うことは非常に少ないですね。日本語教師で食べていくとまでは考えていないけど,資格はあるという方が仮にあちこちに散らばっているとして,そういう方がもしもボランティアで来てくれたら,私どもとしてはとても助かるわけです。100%有償でと言われると現実問題としてちょっと難しい部分があります。
○井上
井上 洋氏
最近の企業の動向としては,海外移転があらゆる分野で加速し,海外で指導的な立場にある外国人社員,役員を日本に連れてくることが起こり始めています。そうなると企業内で確実に日本語研修をしなければならないことになるわけですが,そういった人々への研修のノウハウが企業の中にないのですね。研修では日本語の問題だけではなく,生活環境やビジネスカルチャーの理解のために,指導しなければいけないことは極めて多いわけです。大企業の世界戦略として今,新興国から人材を集めていますが,皆やる気があって,一生懸命日本語を学んでいますね。
それと別に,例えば,日本語ができない外国人が地域にやって来たときに,受け入れた地域の人々の驚きや違和感を緩和するため,彼らへの日本語教育を考えないといけないと思うのですが,この部分のコスト計算が十分できていないのです。我々企業にそれが求められているという面もあると思います。
愛知県では,企業がお金を出して日本語教育のシステムを作ってやっている例がありますね。そういった環境がある地域は良いのですが,大量の外国人が突如入ってきた地域のマザーファクトリー(mother factory:主要企業)がコスト負担できず,生活や日本語面でのフォローが十分できなかったとき,地域では外国人の受入れは負の面しか見えてこないということがあります。それはここ10年変わっていないのではないでしょうか。
その点を解決するとすれば,入国した外国人に必ず日本語の試験を受けてもらうなどのシステムを導入するのが良いのではないでしょうか。それぞれの外国人の日本語能力の判定が義務化されれば,その中で初めて日本語教育を受ける必要性を外国人も理解するのではないでしょうか。
○西原
その前提として国が日本語を公用語としないとだめなのではないでしょうか。それが前提となって諸制度が整っていくわけですが,そこが踏み切れていないように思います。それがないうちは,民間の善意,企業の自助努力に今は任せざるを得ない。企業はコスト計算できるからうまくいくかもしれないけれども,最も問題なのは,地域ですよね。地域は何とかしてあげたい善意もあるでしょうし,地域の行政官の方も由々しき問題だと自覚はするわけですが,行政の予算ではどうにもならないわけですね。
○小山
社会コストを計算すると膨大なコストが掛かっているわけですね。県のコストは計算できますが,ボランティアなどのコストを含めると大変なコストです。
○井上
隣に日本語ができない外国人がいて,どこの国の人で何をしている人か分からないという不安が日本人側に増えてしまうと,移民政策についてもコンセンサスが取りにくくなってしまいます。こういうことについて,時代の空気を先取りしながら国が政策としてまとめていくことが大切で,そういった意味でも文化庁がこのように論点を整理したことは画期的だと思います。ベースは日本語なのです。
○西原
そうですね。このパンフレットを開いたところに木の図がありますが,この木の根っこの部分は国レベルで議論されるべきことですよね。さっき,論点の議論に入ってくるのはどこからかというお話がありましたが,現象として見えているのは,花と実のところになります。しかし,国として考えるのは根っこの部分だと思います。ですから,省庁連携とかいろいろなことが,地面の下でいろいろ行われているということは,とても大切なことじゃないかなと思います。
○井上
ある警察関係者の話です。かつて少年犯罪を担当していたその方が外国人組織の犯罪について,おっしゃったことがとても印象に残っています。一言でいえば,住みやすい環境や話しやすい環境を日本側が作れば,外国人犯罪は起きにくくなると。最近は,時代の雰囲気が外国人に対してよどんでいるような気がします。日本人側でダイバーシティを尊重していくのだという雰囲気を作っていくしかないと思うのですが,その主体は誰かと言うと,例えば,熱心にボランティアとして参加する人々です。その人々の包み込むような暖かさみたいなものが出てくると地域も変わってくるのですね。それがあって,ぎくしゃくした関係も変わっていくし,自分の方からコミュニケーションを取ろうとする外国人も増えて来るでしょう。国の施策と同時に,やはり市民の側,地域の側の努力もとても大切だと思います。日本語教育は,そういう雰囲気を醸造するためのツールとしても有効だと思います。
3)「やさしい日本語」について
○伊東
外国人に対する日本語学習ということも重要ですけれども,日本語母語話者が,多文化共生の中で,コミュニケーションのツールとして日本語を見直したり,コミュニケーションにどういう手立てが必要かを考えることが大事だろうと思うんですね。愛知県が「やさしい日本語」の手引きやアプリを開発されたと耳にしましたが。
○小山
愛知県では,昨年度「やさしい日本語」の手引き
を作成しました。「やさしい日本語」というのは,普段使われている言葉を外国人にも配慮した,簡単な日本語のことです。我々が普通に,当たり前に思っている言葉や表現は,外国人には難しい場合もあります。例えば,「高台に避難してください」という言葉を「高いところに逃げてください」と言い換えることで外国人にも分かりやすくなるということがあります。日本語を教えるに当たって,外国人の皆さんに日本語を勉強してもらうのはもちろんですが,日本人側も「やさしい日本語」で話す。「やさしい日本語」を使えば意外に通じるのです。言葉の面で日本人側からアプローチしていくのも,一つの方策だと思っています。
○伊東
日本人のためというのがとても嬉しかったのですが,ここが要になるのではないかと感じています。
○小山
英語の世界でも,ネイティブの英語に対して「世界共通語としての英語」と言われることがありますが,日本語も,世界共通語としての日本語というのは大げさかもしれませんが,外国人も含めた共通語としての日本語というような位置付けとして「やさしい日本語」という考え方ができるのではないでしょうか。そう難しいことではなく,少し気を付ければ,いろいろな人とコミュニケーションできるということを知っていただくことも大切かなと思います。これは日本人に勉強してもらうという面もあると思いまして,手引を作成し,スマートフォン用のアプリ
も開発しました。是非皆さんに御利用いただきたいと思っています。
○西原
日本語教師の話は外国人によく通じると言われますが,それは分かりやすい日本語の使い方をよく知っているからなんですね。その日本語教師の経験値を明らかにしようと研究している方がいます。「やさしい日本語」の研究なのですが,何かを伝えたいときに,普通に使っている日本語では通じないけれども,少しの工夫をすれば通じることがあって,それを日本語教師の経験値から学ぶということ,これも一つの動きかなと思います。
○岩佐
日本語を教えようということだけではなく,日本人が外国人と話す時の日本語を少し工夫することを含め,外国人に対して,日本人がどう接するかということも含めて考える必要があると思います。
4)これからの日本語教育に向けて一言
○岩佐
いろいろな御議論を頂きましたが,最後にこれからの日本語教育について一言お願いします。
○井上
高齢化社会ということで,日本人の寿命が延びていますが,ボランティアと言ったときにも,企業出身者が,しっかりと教育者として自立できるようなシステムを大学や地域で協働して作ってほしいと思います。よく地域の日本語教室が外国人のためのよろず相談所になっていると言われますが,そのとき日本語指導だけでなく,様々なサポートが受けられるようにカウンセラーの役割も必要だと思います。まだまだ若々しい日本の60代がやれることがたくさんあるだろうと思います。そのために,大学での学び直しの仕組みが大切であり,大学などと協働して,そういう人をどうやってこの世界に引き込むかを考えてほしいと思います。経験豊富なシニアを日本語教育の世界に引き込んでほしいですね。
○小山
県としてこの論点整理の中で,論点1「日本語教育に関する政策のビジョンについて」にも関心があるわけですが,愛知県では地域の日本語教育について,20年近い蓄積があることもあり,この辺りで振り返って考える必要があると考えまして,今年度,「日本語教育の指針」を作ることに挑戦してみたいと思っています。これは,文化審議会国語分科会日本語教育小委委員会の尾ア委員や金田委員にも手伝ってもらう予定です。文化庁としても,国レベルとしての指針,ビジョンを作っていただけると有り難いと思います。私どもの指針ができましたら,皆様に御報告をさせていただきます。
○吉尾
現在,外務省の「海外における日本語の普及促進に関する有識者懇談会」
でも議論していますが,論点1,2で言われている政策のビジョンや推進体制について,国内外両方を視野に入れた議論を政府として具体的にやっていただくことが今絶対に必要だと思っています。
○伊東
「生活者としての外国人」に対する日本語教育の標準的なカリキュラム案だとか,その後の教材例集や指導力評価について,作ってきたのですが,現場はパッと見て拒否したり,驚いたりすることがあるかと思いますが,私はこれを,今後の日本語教育の推進や,実践の振り返りに向けた話合いのきっかけにできたらと思っています。新しいことに批判はつきものですけれども,そこから共通の認識を増やしていって,文化庁,文科省で言葉の施策はどういう方向で考えていくのかということを考えるきっかけとしていただきたいと思います。
○西原
論点整理について,立派な冊子ができたので,是非これを一般の方々,それぞれの立場の方々の目に触れるキャンペーンをお願いしたいと思います。すぐには反応がない場合もあるかもしれませんが,こういうことをみんなで考えていくのだということがなるべくたくさんの方,いろいろな立場の方々に伝わるということが,必要になると思います。いろいろな方に説明をしていっていただいて,じわじわと効いてくるような形で世論が盛り上がっていくということを強く願っています。
○岩佐
今後,11の論点の具体化について,これからも引き続き,御意見を頂きたいと思いますので,どうぞよろしくお願いいたします。本日はどうもありがとうございました。
参考資料
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