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文化庁月報
平成25年9月号(No.540)

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日本の宗務行政

寄稿  宗務行政百年と宗教法人

國學院大學神道文化学部長 石井研士

宗務行政百年

 大正2年に内務省の宗教局が廃され,文部省に宗教局が設置されてから平成25年で百周年を迎えます。明治時代から制定が議論されては頓挫してきた宗教法は,昭和14年に宗教団体法,昭和20年に宗教法人令,そして昭和26年に現行の宗教法人法が公布されました。まだ記憶に新しいところですが,平成7年には,オウム真理教事件をひとつの契機として宗教法人法が改正されました。法律の公布,施行はすべて文部科学省(文部省)になってから行われたことになります。
 その時代の宗教団体ひいては日本人の宗教のあり方は,宗教に関する法制度によって大きく制約を受けます。憲法によって示されたこの国の宗教のあり方は,宗教団体に関する法律として制定されました。そうした意味でこの百年は,宗務行政が確立した百年でもあるということもできるでしょう。
 ところで,宗教団体や日本人の宗教性は,地域社会や家族構造といった社会構造のあり方とも深く関係しています。それゆえに,戦後の地域社会の崩壊や家族構造の変化を経験することで,宗教団体は,あるときは変化を強いられ,またあるときは積極的に対応することになったのです。とくに戦後の高度経済成長期の都市化と過疎化は,宗教団体のあり方に大きな影響を与え,現在は宗教団体自体がそうした変化による影響の大きさを明確に自覚するまでになっています。

都市化と過疎化

 昭和30年代に始まる高度経済成長によって急速に都市化が進みました。東京を中心とする首都圏への急速で大規模な人口流入が生じた結果,団地やマンションなどの集合型住宅が増加しました。「酷電」といわれた満員の通勤電車,渋滞の激しい道路,スーパーや24時間営業の店舗の出現など,これまでとは異なった都市的生活環境の中で多くの人々が生活することになりました。
 マイホーム主義や私生活主義と形容された個人への志向を強く持ったライフスタイルの浸透は,日本人の宗教意識・行動をしだいに伝統的なそれとは異なるものへと変容させていきました。伝統的な宗教との関わりが薄くなり,氏神様の認知や参拝の頻度は低下していったのです。お盆やお彼岸の墓参の盛況さとは裏腹に,()(だん)関係は(もろ)さを呈するようになりました。家庭祭祀(さいし)に変化が現れ,神棚や仏壇の保有率が低下し参拝の形態が変わりました。生活の中で培われてきた儀礼文化が希薄化したのです。
 宗教団体にとってとくに深刻な影響を及ぼしたのは過疎化です。大都市への人口の集中は農山漁村を中心とする地方人口の急速な減少をもたらしました。人口の布置が瞬く間に変わり,日本の国土の半分が過疎地域となりました。農村では「三ちゃん農業」といわれ,嫁不足による結婚難,子どもの減少による学校の閉鎖,無医村化,高齢化が進み,生活や生産活動の維持さえ困難になっていきました。近年は過疎化がいっそう進んだ「限界集落」という表現が使われるようになりました。平成18年の調査では,全国の過疎地域にある約62,000集落のうち,4%強にあたる2,641集落が高齢化などで消滅する可能性があると指摘されています。

格差の増大

 都市化と過疎化が伝統宗教に及ぼした影響は,一方的な衰退ではなく格差の増大でありました。そして格差の増大は,現在,修復できないところまで来たように思われます。急速な過疎化・限界集落化で,地方とくに山間部における神社・寺院の活動が低下し,法人としての実態を欠くものが多く見られるようになりました。過疎化による人口減少,高齢化は,伝統宗教だけでなく,キリスト教や新宗教の宗教団体にも多大なダメージを与えています。高齢化した支部教会の維持が困難になる中で,法人全体のマネージメントが重要性を持つに至っています。不活動宗教法人の問題は,今後,これまでとは異なった質的量的対応が求められることが予想されます。従来も煩瑣(はんさ)であった清算手続きや帰属財産の処理の問題など,検討が必要になるでしょう。
 この問題でもうひとつ指摘しておきたいのは,包括宗教法人の役割であります。包括宗教法人が被包括の宗教法人の実態をどこまで把握しているのか,疑問に思われる事案を散見します。その一方で,東日本大震災をはじめとする大災害や現代社会が抱える困難な問題に対応しようとしたときに,包括宗教法人の役割は絶大であります。

情報化と消費社会の中で

 宗教法人の格差の増大は,情報化や高度消費社会によっても助長されています。一気に進展した情報化によってホームページを開設する宗教団体が増加しました。ホームページを開設している宗教団体とそうではない宗教団体との間で,本当に宗教団体の情報化が必要かどうかを別にして,情報格差が生じています。極端な事例では,ホームページをはじめとしたデジタル機器の利用によって,従来とは異なった信者の獲得や存続の道を歩み始めた教団が見られます。
 ホームページ上での情報発信が一般化した現在,宗教団体の情報を外部に向けて迅速かつ正確に提供していくことが,日本人の宗教団体に対する理解に(つな)がることになるはずであります。しかしながら,ホームページで公開されている情報は,きわめて一般的な内容が大半で,公知の事項とされることも掲載されていないのが実情であります。情報公開が社会の望ましい方向であるとすれば,宗教法人の情報公開に関わる問題は重大です。何をどこまで誰に向けて公開するのか検討の必要性を感じます。
 また,情報開示は宗教法人の公益性とも大きくかかわることになるでしょう。宗教法人の公益性について近年関心が高まっています。阪神・淡路大震災や東日本大震災での熱心で継続的な宗教団体の活動は,残念ながらあまり知られていません。具体的で目に見える社会貢献だけでなく,宗教団体の活動が身近な情報として認知されるようになることが,宗教団体の社会的意味を増すことになると考えます。
 宗教団体の活動が継続的安定的に維持されることは,我が国の宗教文化を維持する上で欠くことができません。宗教団体と宗教法の今後の百年を見据えながら,目下の問題に取り組む姿勢を望みたいと思います。

石井研士氏

石井(いしい) 研士(けんじ)
 國學院大學神道文化学部長・教授。
 東京大学大学院人文科学研究科宗教学・宗教史学専攻博士課程単位取得満期退学。東京大学文学部助手,文化庁文化部宗務課専門職員,國學院大學文学部助教授を経て,現職。博士(宗教学)。日本宗教学会理事,宗教法学会理事,神道宗教学会理事。専門分野は宗教学,宗教社会学。主要研究テーマは現代社会と宗教,情報化と宗教。主要著書に『増補改訂版 データブック 現代日本人の宗教』(新曜社,平成18年),『神道はどこへいくか』(編著,ぺりかん社,平成22年),『渋谷の神々』(編著,雄山閣,平成25年)など多数。