文化庁月報
平成25年11月号(No.542)
連載 「著作権トピックス」
「文化庁eBooksプロジェクト」の報告
文化庁eBooksプロジェクトのウェブサイト(公開時)
近年,電子書籍をめぐる情勢が著しく進展する中で,国立国会図書館(NDL)の保有するデジタル・アーカイブ(デジタル化資料)の活用の在り方が重要になっています。「文化庁eBooksプロジェクト」(本プロジェクト)は,このNDLのデジタル化資料の中から,市場ニーズが高いと思われる作品を選定し,著作権の処理を行い,電子書籍化し,民間の電子書店から配信するという一連の工程を実験的に行いました。
本プロジェクトの結果,ダウンロードされた電子書籍の合計は1か月で9万件を超え,様々なメディアでも大きく取り上げられ,既存のデジタル化資料を活用した電子書籍ビジネスには,大きな潜在市場のあることを確認できました。プロジェクトを通じて得られた知見は,将来,民間事業者や公的機関などが既存のデジタル化資料を基に新たに電子書籍化して配信する場合の参考となるよう取りまとめました。本稿ではその概要を報告します。
本プロジェクトの経緯
平成23年12月に取りまとめられた「電子書籍の流通と利用の円滑化に関する検討会議」の報告においては,「(NDLの)デジタル化資料を活用した新たなビジネスモデルの開発が必要」であり,「事業化に意欲のある関係者による有償配信サービスの限定的,実験的な事業の実施なども検討することが必要」であるとされました。さらに,平成24年5月に策定された「知的財産推進計画2012」においても,コンテンツのアーカイブ化とその活用推進の観点から,同旨の施策の実施が求められていました。
このため,本プロジェクトは,電子書籍の流通に係る事業分野(出版,制作,配信)ごとの実務者と有識者によるワーキンググループ(主査:福井健策弁護士)を設置し,NDLの協力をあおぎながら,デジタル化資料を利用した電子書籍制作・流通の実証実験を実施するとともに,新たなビジネスモデルの可能性を検証することにしました。
デジタル化資料の電子書籍化の実際
本プロジェクトは,(1) 資料の選定,(2) 著作権の処理,(3) 電子書籍の制作,(4) 電子書籍の配信,(5) 一般消費者による評価,の五つの工程を設定し,段階的に実施しました。以下,工程ごとの実施内容と得られた主な成果や課題について紹介します。
(1) 資料の選定
江戸期から昭和43年までに出版された約100万点の書籍のNDLデジタル化資料の中から,市場ニーズが高いと思われるものを出版された年代や分野に配慮して100冊選定しました。選定に当たって,NDLデジタル化資料や青空文庫のアクセス数ランキングを参照し,さらに古書ビジネス,復刊ビジネス,図書館,青空文庫の関係者(故 富田倫生氏)にヒアリングを実施し,資料選定の参考にしました。
選定作業を通じて,NDLデジタル化資料には,歴史的価値の高い資料や,現在においても市場ニーズのある文芸作品が多数存在していることが確認されました。さらに,「河童」や「コドモのスケッチ
(2) 著作権の処理
選定した100冊の資料を電子書籍化して配信するために必要となる著作権処理をしました(図表2)。具体的には,資料に含まれる全ての著作物とその著作者を洗い出し,著作者の没年を調べて著作権保護期間内かどうかを
一つの資料には,本文以外にも,挿絵や写真,後書きなど,複数の著作物が含まれていることがあるため,ページをめくりながら手作業で著作物とその著作者の洗い出しを行います。また,著作権保護期間は,著作物の種類や公表名義の別,著作権法の旧法と現行法とでは異なるなど,資料ごとに精査しなくてはなりません。さらに,著作権保護期間内の資料において,著作権者の連絡先が市販の台帳等に掲載されていない場合,出版社や著作者が所属していた団体等に連絡して,探す必要があります。本プロジェクトではこうした作業を実地で行って,要した時間や手法,課題を整理しました。
図表2 著作権処理の流れ
(3) 電子書籍の制作
著作権処理のできた資料の中から13資料を選定し,各コンテンツの特性に基づいて制作方式(固定型,リフロー型)※1を決め,国際的な標準フォーマットで,日本語の縦書き表記などに対応した電子書籍のフォーマット「EPUB3.0」を基本とした電子書籍を制作しました。デジタル化資料の状態に応じて,コントラストを高めたり,しみや書き込みの一部を除去したりして,電子書籍の品質向上を図りました。なおNDLデジタル化資料は保存を主目的に作成されているため,スキャニング台や資料のサイズを示す目盛りも写り込んでおり,電子書籍化に当たって,これらを切り落とす作業も行っています。
本プロジェクトにおける電子書籍制作の特筆すべき点として,青空文庫のテキストデータを活用してコンテンツの魅力向上の可能性を追究したことが挙げられます。例えば「羅生門」では,NDLデジタル化資料の中から末尾の文章の異なる初版本を,青空文庫の新字新仮名による文章と読み比べできるようにしました。「コドモのスケッチ
図表3 制作・配信した電子書籍とダウンロード件数
(4)電子書籍の配信
制作した電子書籍は,民間の電子書店(紀伊國屋書店)の協力を得て,平成25年2月1日から3月3日までの期間に2回に分けて配信しました。配信に当たって,電子書籍にDRMによるコンテンツの保護処理をし,検索や作品紹介のための書誌データを作成しました。また,新聞,テレビ,ラジオ,ネットメディア等に対してプロモーション活動を行い,本プロジェクトの周知に努めました。
配信期間中の電子書籍のダウンロード件数は,合計で92,517件に上り,多くの一般の消費者に利用されました。また,様々なメディアで取り上げられ,その多くが本プロジェクトの意義を高く評価する内容でした。
(5)消費者による評価
本プロジェクトで提供したサービスの事業性を評価するため,会場調査の手法を用いて,実際に本実験サービスを体験した100名を超える一般消費者から,NDLデジタル化資料を活用して制作した電子書籍の提供・販売サービスに対するニーズや利用意向を把握しました。NDLデジタル化資料の商用利用について本プロジェクトにおける電子書籍の配信は無償で行いました。
この結果,本サービスに対して「利用したい」と「どちらかといえば利用したい」を合わせて6割程度の利用意向がありました。
更に価格感度分析※2を行ったところ,コンテンツごとに課金するサービスの場合は1冊200円,定額サービスの場合は,月額500円であれば,適切な価格であるという結果になりました。有償であっても本サービスに対する潜在ニーズの高いことが検証されました。
本プロジェクトで取り扱った書籍の市場を,「新しい書籍」と「古い書籍」,「コレクションしたい書籍」と「読みたい書籍」の二軸で分類すると,「古い書籍」を「読みたい」というニーズを持つ利用者層であると考えられます(図表3)。この領域は,既存の出版市場,電子書籍市場,古書市場,復刊ビジネス市場とは重複しない,手付かずの市場に位置付けられます。この利用者層の多くは,古い書籍を読みたいという潜在的な欲求はあっても,古書市場や復刊ビジネス市場などで自ら積極的に購買するには至らないといった層であり,利便性が高く,気軽に読むことのできる電子書籍の配信サービスは,このようなニーズを充足させることができると考えられます。
図表4 文化庁eBooksプロジェクトの利用者層の位置づけ
「オープンデータ」政策への期待
本プロジェクトが終了して数か月経過した平成25年6月,欧州連合(EU)が,公共部門が保有するデータの二次利用を推進する政策「オープンデータ」を,公共の図書館や美術館・博物館などに広げる指令を採択しました※3。今後,欧州では文化・芸術分野のデジタル化資料が,これまで以上に誰でも利用できるようにインターネットで提供されていくものと予想されます。
我が国でもオープンデータは,「世界最先端IT国家創造宣言」(平成25年6月14日閣議決定)に取り上げられ,重要な成長戦略の一つとして位置付けられていますが,対象となるデータに,文化・芸術分野のデータは明示されておりません。しかし,本プロジェクトがNDLデジタル化資料の二次利用によって新たな市場創造のできることを示したように,オープンデータ政策との親和性は高いものがあります。本プロジェクトが契機となって,オープンデータ政策の追い風を受けながら,NDLデジタル化資料をはじめ,既存のデジタル化資料を活用した新たなビジネスが創出されることを期待します。
文化庁eBooksプロジェクトの詳細は,「電子書籍の流通と利用の円滑化に関する実証実験報告書」(平成25年3月)
を参照ください。
※1 固定型は、画面サイズにかかわらず、元のレイアウトが維持される表示方法。リフロー型は、文字サイズを変更すると画面サイズに合わせて 1 行の文字数が自動的に変更される表示方法。
※2 製品やサービスなどの適正価格を調査するための手法の一つ。
※3 Official Journal of the European Union “DIRECTIVE 2013/37/EU OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 26 June 2013 amending Directive 2003/98/EC on the re-use of public sector information”
(氏名)小林 慎太郎 (職業) 株式会社野村総合研究所
【経歴・活動欄】
ICT・メディア産業コンサルティング部並びに未来創発センター所属の上級コンサルタント。専門はICT公共政策・経営。情報流通が活発でありながら,みんなが安心して暮らせる社会にするための仕組み作りを探求している。
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