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文化庁月報
平成25年11月号(No.542)

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特集 「地震から文化財建造物を守ろう」

「地震から文化財建造物を守ろう」

文化庁文化財部参事官

1.過去の地震被害

 我が国は世界有数の地震国であり,文化財建造物を保存し活用していくためには地震への対策を行うことが必要です。本稿では文化財建造物の耐震対策が現在どのように行われているかを説明します。
 我が国で長い期間残ってきた文化財建造物の中には過去に大きな地震を経験したものも少なくありません。まず,我が国における建物の地震被害の歴史について少し触れてみたいと思います。
 文禄(ぶんろく)5年(1596)に関西圏を襲う大地震が発生しました。この地震で豊臣秀吉が築城した伏見城の天守閣が大破したことがよく知られております。京都府京都市にある重要文化財教王護国寺講堂は,この地震で倒壊し,慶長3年(1598)に部材をできる限り再利用し復旧したものであることが分かっており,現在も柱の上部や下部にこの地震の時の傷跡が残っていることが報告されています(写真1,2)。ほかにも,奈良県奈良市にある国宝唐招提寺金堂や重要文化財般若寺十三重塔なども被害を受けていたことが記録に残っています。

写真1 教王護国寺の講堂

写真1 教王護国寺の講堂

写真2 同左 柱上端に残る地震被害の痕跡

写真2 同左 柱上端に残る地震被害の痕跡

 また,福島県喜多方市にある重要文化財熊野神社の長床も,慶長16年(1611)に起こった地震で倒壊し,部材を再用するために規模を縮小し,慶長19年に復旧したものであることが分かっています。
 ほかにも,奈良県奈良市にある国宝薬師寺東塔は,嘉永(かえい)7年(1854)の地震で上層が傾斜し,地震後の復旧において最上層の屋根の上に延びる相輪に綱をかけ,引いて傾きを直したことが記録に残っています。
 このように過去の地震で大きな被害を受けながらも,修理され現在まで受け継がれ,文化財となっている建物があることが分かります。
 近代に入ると,地震時における文化財建造物の被害状況について写真などの記録が残り,その様子を詳しく知ることができます。
 大正11年に発生した関東大震災では,神奈川県鎌倉市において,国宝円覚寺舎利殿の倒壊をはじめ,数多くの社寺建築が被災しました(写真3)。被災後,修復されており,耐震補強を行ったものもあったようです。例えば,同じ鎌倉市にある鶴丘八幡宮(はちまんぐう)楼門はこの地震で舞殿とともに倒壊し,復旧の際に転倒防止と思われる補強金物を柱脚に設置しています。

写真3 倒壊した円覚寺舎利殿

写真3 倒壊した円覚寺舎利殿

 平成7年に発生した兵庫県南部地震では,重要文化財(建造物)116件と重要伝統的建造物群保存地区1件が被災し,重要文化財神戸旧居留地十五番館のように倒壊したものもありました(写真4,5)。建物内部に人を入れ活用していた建物が大きな被害を受けたことから,人命に危害を加えないために文化財建造物の耐震対策が必要であることが強く認識されることとなり,その後の文化財修理では耐震補強を積極的に行うようになりました。

写真4 倒壊した神戸旧居留地十五番館

写真4 倒壊した神戸旧居留地十五番館

写真5 境内建物がすべて倒壊した神社

写真5 境内建物がすべて倒壊した神社

 平成23年に発生した東北地方太平洋沖地震では,青森県から三重県にわたる広域において多くの文化財建造物が被災しました。被災棟数は重要文化財(建造物)143件,重要伝統的建造物群保存地区6件,登録有形文化財(建造物)438件に上り,その被害の内容は,建物の傾斜や倒壊,壁の亀裂や剥落,瓦や天井材の落下,地盤の地滑りや液状化,津波による被害など,様々でした(写真6,7)。この地震により,改めて文化財建造物における耐震対策の必要性が浮き彫りになる一方で,耐震補強や修理・維持管理をしっかりと行っていた文化財建造物は被害が小さく,耐震対策として有効であることが確認されました。現在,多くの被災建物において災害復旧に併せ耐震補強が行われています。

写真6 木摺漆喰が崩落した木造洋館

写真6 木摺漆喰(きづりしっくい)が崩落した木造洋館

写真7 瓦の落下が生じた伝統的な町並み

写真7 瓦の落下が生じた伝統的な町並み

2.耐震対策の必要性

 現在,多くの文化財建造物において,積極的に活用を図る中で,建物内部に人を入れる使い方もされていますが,このような場合,地震時に人に危害を加えないようにするための耐震対策が必要です。特に不特定多数の人が利用する文化財建造物については早急な耐震対策が求められます。
 また,被災により文化財としての価値を損じてしまうことから,耐震対策を行うことで文化財建造物を地震被害から守ることも重要です。1度壊れると元に戻すことが難しい文化財建造物は特に耐震対策が必要です。
 兵庫県南部地震以降,文化庁では文化財建造物の安全性確保に関する指針や耐震診断に関する指針及び実施要領を作成するとともに,耐震診断や耐震補強工事に関する補助事業を設け,文化財建造物の耐震対策を推進してきました。

図1 「地震から文化財建造物を守ろう!Q&A」表紙

図1 「地震から文化財建造物を守ろう!Q&A」表紙

 また,平成25年6月に,文化財の安全管理に関する責任者である所有者等に耐震対策の必要性について認識を持ってもらうことと,耐震対策の内容を理解してもらうことを目的に,耐震対策のパンフレット「地震から文化財建造物を守ろう!Q&A」PDFファイルが別ウィンドウで開きますを作成しました(図1)。
 更に,平成25年10月に,文化財建造物の耐震対策に携わる技術者,行政関係者を対象とした手引を作成しました。手引では,耐震診断,耐震補強,耐震補強以外の対策内容の解説や,耐震対策に関する国庫補助事業の運用方法の説明,対策事例の紹介を行っています。

3.文化財建造物の耐震対策の特徴

 文化財建造物の耐震対策では,まず耐震診断を行い建物の耐震性を判定し,診断の結果,耐震性能が不足するようであれば,耐震補強などの対策を行います。建物が傷んでいるような場合には,構造の健全性を回復させるために修理を行うことも重要です。
 国が指定している重要文化財建造物の場合,必要となる耐震性能は,どのように使われているかや文化財としての価値がどこにあるかによって異なります。例えば,不特定多数が利用する建物の場合には必要な耐震性能が高くなりますし,ほとんど人の入らない場合には必要となる耐震性能を低くすることができます。また,被害を受けると元に戻すことが困難な建物の場合には必要耐震性能を高くする必要があります。建物の使われ方や文化財としての価値の在り方に応じて,適切に必要耐震性能を設定することが重要です。
 また,文化財建造物の耐震診断では,建物ごとに建てられた時代や地域によって,骨組みの組み方や部材の接合方法が多種多様で,建設時の施工方法や経年劣化の程度も大きく異なることに注意する必要があります。このため,構造調査を行い,これらをしっかりと把握する必要があります。
 例えば,煉瓦造(れんがづくり)の建物のように,施工方法や経年劣化により材料の強度が著しく異なる場合には,建物本体の煉瓦壁(れんがへき)から採取した試験体で材料試験を行い,その強度を確認します(写真8)。また,土壁などの耐震要素の模型を作成し,載荷実験や振動実験を行い,その性能を確認することもあります(写真9)。

写真8 煉瓦壁の試験体採取

写真8 煉瓦(れんが)壁の試験体採取

写真9 土壁の模型の載荷実験

写真9 土壁の模型の載荷実験

 耐震診断の結果,耐震性能が不足していることが明らかになった場合には,対策を行う必要があります。対策には,耐震補強などを施すハード面の対策と,活用方法や避難方法を改善するソフト面の対策があり,両方の対策を併せて進めていくことが必要です。
 ハード面の対策として,耐震補強を行う場合には,耐震性能を向上させるだけでなく,補強部材によって文化財としての価値を損なわないよう配慮することも必要です。それぞれの文化財において保護すべき価値はどこかを把握した上で,適切な補強方法となるよう検討しています。
 例えば,補強部材が見えることで建物の雰囲気を変えてしまわないように,補強部材を隠れる位置に設置したり,見えてしまう場合には目立たないデザインにします。岐阜県にある国宝永保寺観音堂では,平成24年11月に完了した修理において床下や()(こし)の屋根が取り付く小壁など見えなくなる部分に挟み(はり)や面格子壁を設置することで,意匠上の影響を与えることなく補強を行いました(写真10)。また,山形県山形市にある重要文化財山形県旧県会議事堂では,平成2年9月に完了した修理で議事堂外部に鉄骨バットレスを付けることとなり,バットレスの形状については,模型を作成し実物に取り付けてみるなどの検討を重ね,決定しました(写真11)。

写真10 永保寺観音堂の小壁に設置した面格子補強

写真10 永保寺観音堂の小壁に設置した面格子補強

写真11 山形県旧県会議事堂の外部に設置した鉄骨バットレス補強

写真11 山形県旧県会議事堂の外部に設置した鉄骨バットレス補強

 ほかにも,補強の取付けのために貴重な部材を傷付けないように,補強部材の接合方法を工夫したり,見学者が文化財としての建物を正しく理解できるように,建物の既存の部材と補強部材を区別できるようにしたり,将来もっと良い対策が見つかった場合に備え,取付けた補強を取り外し元に戻せるようにしておく配慮なども行います。
 ソフト面の対策としては,活用方法において,地震時に被害が生じる可能性の高い箇所への立入りを禁止したり,避難誘導が可能な範囲に入場者数を制限し,地震で建物に被害が生じたとしても,人命に危害を与えないようにすることがあります。また,地震時に瓦や天井材が落下してきたり,建物周辺の石灯ろうや鳥居が倒れたりする危険な箇所に,危険性を明示する看板を立てたりすることもあります。
 また,これらに加え,近年では「経過的補強」という考え方も取り入れ対策を進めております。経過的補強とは,本格的な補強を行うまでの経過的措置として,少しでも地震被害を軽減させるために行う補強のことです。本格的な補強を行う場合,取付けのために建物を部分的に解体する必要があったりするため,これまで根本修理を行う際に併せて行われることが多かったのですが,今後は,当分根本修理の予定がないものや既に根本修理を完了したものについても,根本修理まで待つのではなく,減災の観点から,少しでも補強を行った方が良いと考え,経過的補強を行うことを提案しています。
 例えば,本格的補強であれば壁を一旦解体し,壁の内部の見えない場所に補強材を設置するところを,経過的補強では建物の内部外部のできるだけ目立たない箇所に露出する形で鉄骨フレームを設置することで,解体を行わずに補強を行ったり,天井材落下など危険性の高い非構造部材の対策のみを,建物全体の本格的な対策に先行して行ったりします。群馬県富岡市にある重要文化財旧富岡製糸場東置繭所では,平成24年3月に完了した耐震対策において,本格的な耐震補強に先立つ経過的補強として,地震時に発生しやすい煉瓦壁()の面外方向への崩壊により建物の利用者に危害を加えることがないよう,特に人通りの多い箇所の壁上部に崩壊防止のための金網を設置するなどの対策を行いました(写真12)。

写真12 旧富岡製糸場東置繭所の煉瓦壁面 外方向崩壊防止の金網補強

写真12 旧富岡製糸場東置繭所の煉瓦(れんが)壁面
外方向崩壊防止の金網補強

4.まとめ

 以上,文化財建造物の耐震対策についてまとめました。東日本大震災以降,耐震対策に対する社会的関心は特に高まっており,文化財建造物においてもこれに対応していく必要がありますが,まだ対策が実施されていない文化財建造物が多いというのが現状です。今後発生が懸念されている大規模な地震に対し,文化財建造物を利用する人々の安全を確保するとともに,被害によって文化財としての価値を失わないよう守るためにも,対策を早急に進めていきたいと考えています。

参考文献
「新編日本被害地震総覧」(宇佐美龍夫 (財)東京大学出版会発行 1989年)
「重要文化財教王護国寺講堂修理工事報告書」(京都府教育庁文化財保護課発行 1954年)
「国宝円覚寺舎利殿修理調査特別報告書」(神奈川県教育委員会文化財保護課発行 1970年)
「鶴岡八幡宮(はちまんぐう)楼楼門保存修理工事報告書」(鶴岡八幡宮(はちまんぐう)楼発行 2004年)
「重要文化財熊野神社長床修理工事報告書」(重要文化財熊野神社長床修理委員会発行 1974年)

図版提供
写真1,2 「重要文化財教王護国寺講堂修理工事報告書」より転載
写真3 「国宝円覚寺舎利殿修理調査特別報告書」より転載
写真8,9,10 (公財)文化財建造物保存技術協会提供

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