世阿弥生誕650年 に寄せて 【国立能楽堂1月公演】
国立能楽堂 大貫誠之
「初心忘るべからず」「秘すれば花なり」。能を御覧になったことのない方でも,きっと耳にされたことのある言葉ではないかと思います。どちらも今年生誕650年を迎えた,能の大成者・世阿弥の言葉です。
世阿弥は室町時代に活躍した能役者ですが,今年は哲学者の梅原猛氏が国立能楽堂委嘱作品としてスーパー能「世阿弥」を,また50年前の生誕600年祭に際しては劇作家の山崎正和氏が戯曲「世阿弥」を書き下ろすなど,魅力ある,また謎めいた人物として,今を生きる私たちにとっても,興味をそそられる大きな存在と言えましょう。
役者であると同時に,生涯に多くの能の作品を書いた世阿弥ですが,平成26年の新春を寿ぐ国立能楽堂1月公演では,「国立能楽堂開場30周年記念《月間特集・世阿弥生誕650年》」として,世阿弥作による能の名曲を揃えて特集上演いたします。
スーパー能「世阿弥」
世阿弥ゆかりの「面塚」(奈良・川西町結崎)
世阿弥は貞治2年(1363年)に生まれたとされます。父は観阿弥,能の音曲の改革に功績を残し,猿楽(当時の能)をほかの芸能を押しのけるほどの地位まで高らしめた存在です。観阿弥・世阿弥の父子は奈良を中心に活動していた大和猿楽の一座に属していましたが,足利義満やその周辺の側近たちの贔屓を得て,やがて都・京都へ進出し,華々しい活躍を見せます。応永15年(1608年)に将軍・義満が急逝し大きな後ろ盾を失いましたが,その後も世阿弥の活躍は続き,また芸論の執筆や能の創作にいそしんだのもこの時期です。
順調とも見えた人生に大きな変化が現れたのは足利義持の後嗣として,足利義教が将軍職に就いてからでした。将軍・義教は世阿弥の甥である,観世三郎元重(音阿弥)を重用し,世阿弥とその子息・元雅を疎んだようです。そのような中で,元雅は永享4年(1433年)に伊勢にて客死,翌々年には世阿弥自身が佐渡へ流配となります。殊に,晩年の世阿弥は多くの謎に包まれ,佐渡から帰還したかも定かではなく,また没年とされる嘉吉3年(1443年)も推定にとどまり,今なお確証となる資料に乏しいのです。
世阿弥は多彩な活動で知られますが,その活躍は次の三つの面から捉えられるのではないでしょうか。(1)能の演者として,(2)能の作者として,(3)能の理論家としての世阿弥です。演者としては父・観阿弥は言うに及ばず,同時代の名人たちの芸を柔軟に取り入れ,庇護者である将軍やその周辺の人物たちをその芸で魅了したとされます。
能作者としては「能の本を書くこと,この道の命なり」(『風姿花伝』)と述べるほど積極的に能の新作や古くからの曲の改作に取り組み,次の項で紹介する曲も含め,その多くは現在でもほぼ同じ詞章(謡の文句)で上演されていることは特筆すべきと言えるでしょう。
また『風姿花伝』など,理論書を含む世阿弥の伝書は20種ほどが今日まで伝わっていますが,その理論の中心は,冒頭に挙げました「秘すれば花なり」にも見える「花」でした。「花」とは能の魅力とも,能の与える感動ともされますが,世阿弥の理論は机上の空論でなく,やはり役者・実演者としての努力や工夫に裏打ちされていることで,十分な説得力を持ち,今なお読む者の心を捉えて離さないのです。
現代の私たちが受ける最大の恩恵はやはり能作者としての世阿弥の功績でしょう。その世阿弥が書いたとされる50曲以上の能の作品のうち,国立能楽堂では明年1月に次の5曲を取り上げて特集上演いたします。世阿弥がもともと拠点としていた奈良ゆかりの曲を多く取り上げるのも特徴です。
◎〔定例公演〕1月7日(火) 能「当麻」
有名な「中将姫伝説」による作品で,舞台は奈良・当麻寺。同寺を参詣した行者の前に現れた老尼は寺の来歴,そして中将姫が祈願した曼荼羅の縁起を語ります。行者が礼拝をすると,経巻を持った中将姫の霊が歌舞の菩薩の姿で現れて,仏法の有り難さを説きます。気品高く演じられ,また清々しさにも満ちたこの大作は,まさに新春にふさわしい作品と言えましょう。
◎〔普及公演〕1月11日(土) 能「野守留之伝」
能「野守」は,奈良・春日野を訪れた山伏の前に,鬼神が鏡を持って塚の中から現れて,山伏の求めに応え,天上から地獄までを鏡に照らして見せるという,大変にスケールの大きな作品です。世阿弥は奈良を中心に活動した大和猿楽の出身ですが,「鬼の能」はその大和猿楽が得意とした芸とされ,『風姿花伝』では鬼の能について「巌に花の咲かんがごとし」として,恐ろしさと美しさとが同時に備わってあるべきであると力説しています。
◎〔定例公演〕1月17日(金) 能「井筒」
世阿弥が自著『申楽談儀』の中で「上花也」(最上級の作品)と自賛するほどの作品がこの能「井筒」です。舞台は奈良・在原寺。旅僧の夢に紀有常の娘の霊が現れ,在原業平の形見の衣を身に付けて舞を舞い,そして二人の恋物語を懐かしみます。極めて洗練された作詞と作曲がなされた,「伊勢物語」による秋の名曲で,舞台先に置かれる井筒の作リ物(舞台装置)に挿された薄の醸し出す,すがれた雰囲気も印象に残る作品です。
◎〔企画公演〕1月23日(木) 能「呉服」
廷臣たちが摂津・呉服の里にたどり着くと二人の女が機織りをしています。この二人は実は応神天皇の御代の織女,呉織・綾織の再来でした。呉織は織り上げた錦を大君にささげ,御代を祝福します。舞台に据えられる織機の作リ物には5色の糸が掛けられ,その鮮やかさも目を惹きます。往時の治世讃美の曲で,明るい曲調に当代を寿ぐ満ち足りたさまを感じられることでしょう。また,当日は世阿弥が深い関わりを持った「禅」について,臨済宗相国寺派管長の有馬頼底氏をお招きし,「世阿弥の花と禅」のテーマの下にお話を頂きます。
◎〔企画公演〕1月30日(木) 能「西行桜杖之舞」
能「阿古屋松」(昨年4月に国立能楽堂にて復曲初演)と並んで世阿弥が「後の世,かかる能書く者や有まじき」と記した能「西行桜」(『申楽談儀』)。西行の歌に着想を得て,歌人と花の精との心の交流を描く作品で,老翁の姿をした桜の精は,歌問答を交わし,桜の花を讃えながら舞を舞います。花の精が老翁の姿で現れる,能ならではの独特な表現に魅力を覚える一曲です。
この公演では能の上演に先立ち,『申楽談儀』で言及され,その後上演の途絶えていた「玉水」を仕舞(能の一部分を紋服姿で囃子なしに舞う形式)として復曲再演し,また,平成5年に「能劇の座」で復曲された西行ゆかりの「実方」を今回は連吟(能の一部分を数人で謡う形式)で上演いたします。
当代きっての名手による舞台はどれも充実した時間を約束するものです。また,公演によっては能の上演前に解説や講演などを設けることで,世阿弥を様々な角度から迫れるような構成にいたしました。
この世阿弥生誕650年の記念年を一つのきっかけとして,能・狂言の舞台を是非お楽しみになってみてはいかがでしょうか。開場から30周年を迎えた国立能楽堂も,能の「花」を秘せずに扉を広く開け,皆様の御来場を心よりお待ちしております。
能「西行桜」
国立能楽堂
国立能楽堂1月公演 国立能楽堂開場30周年記念《月間特集・世阿弥生誕650年II》 ※全公演字幕付
〒151-0051 東京都渋谷区千駄ヶ谷4-18-1
- 問合せ
- 国立劇場チケットセンター(午前10時〜午後6時)
0570-07-9900,03-3230-3000[PHS・IP電話]
- 交通
- JR(総武線)千駄ヶ谷駅から徒歩5分,都営地下鉄(大江戸線)国立競技場駅から徒歩5分,
東京メトロ(副都心線)北参道駅から徒歩7分
- 公演日時
- 平成26年
〔定例公演〕 1月 7日(火) 午後1時開演 素謡「翁」・狂言「寝音曲」・能「当麻」
〔普及公演〕 1月11日(土) 午後1時開演 解説・狂言「鬼継子」」・能「野守留之伝」
〔定例公演〕 1月17日(金) 午後6時30分開演 狂言「鴈礫」・能「井筒」
〔企画公演〕 1月23日(木) 午後6時開演 講演「世阿弥の花と禅」・能「呉服」
〔企画公演〕 1月30日(木) 午後1時開演 おはなし・仕舞「玉水」・連吟「実方」・能「西行桜杖之舞」
- 入場料金
- 〔定例公演・普及公演〕
正面 4,800円/脇正面 3,100円(学生:2,200円)/中正面 2,600円(学生:1,800円)
〔企画公演〕
正面 6,100円/脇正面 4,700円(学生:3,300円)/中正面 3,100円(学生:2,200円)
※全公演障害者の方は2割引です。
- ホームページ
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【インターネット予約】(一般券のみ)
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