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文化庁月報
平成25年12月号(No.543)

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連載 「日本の伝統美と技を守る人々 重要無形文化財保持者編」

重要無形文化財「狂言」保持者 野村(のむら) 万作(まんさく)

武蔵野大学客員教授 羽田昶
野村 万作

野村 万作

重要無形文化財「狂言」
指定年月日:昭和42年4月10日


保持者:野村 二朗  芸名:野村 万作
認定年月日:平成19年9月6日
(生年月日)昭和6年生  (在住)東京都練馬区


【重要無形文化財及び保持者のプロフィール】

 狂言は,我が国最古の喜劇である。平安時代の猿楽を母体とし,14世紀頃より能と分かれながらも,同じ舞台で交互に上演されるのを常として,互いに影響を与えつつ発展を遂げた。科白(かはく)を中心とするいっぽう,脚本が固定化した18世紀前後から歌舞的要素が更に重視されるに至り,独自の格調ある明朗(めいろう)洒脱(しゃだつ)な科白劇として大成した。
 野村二朗(野村万作)氏は狂言方和泉流を代表する一人であり,緻密な演技の中に深い情感を表現し,軽妙(けいみょう)洒脱(しゃだつ)で品格ある舞台を見せている。

第14回よこはま「万作・萬斎の会」(H25.5.6) 『棒(ぼう)縛(しばり)』太郎(たろう)冠者(かじゃ):野村万作 撮影:政川慎治

第14回よこはま「万作・萬斎の会」(H25.5.6)
(ぼう)(しばり)太郎(たろう)冠者(かじゃ):野村万作
撮影:政川慎治

 野村万作さんは,「狂言は一に美しく,二に面白く,三におかしく」を持論としておられます。明晰(めいせき)でしなやかな芸,歌舞の技法に支えられた抒情性(じょじょうせい)と,清潔で(りん)とした演技が,その信条を如実に表しています。多くの賞に輝いた「(つり)(ぎつね)」「(はな)()」「()(ろく)()」などの名曲は(もと)より,どんな演目,どんな役でも,的確で軽快な美しさは若き日から他の追随を許さぬものがありました。そして,とかく能よりも低く見られがちだった狂言の真価を多くの人に知らしめ,狂言の社会的地位を高めるための努力を果たしてきたことも,大きな功績です。
 芸術の秋です。2013年の10月16日・17日,二日続けて野村万作さんの舞台を見ました。16日は能「(たか)(さご)」。(おきな)ナシ・八段之(はちだんの)(まい)・流シ八頭(やつがしら)大極之伝(たいぎょくのでん)と全ての小書を出しきった珍重すべき演出で,しかもシテ観世清和,ワキ宝生閑,囃子(はやし)藤田六郎兵衛(ろくろびょうえ)・大倉源次郎・亀井忠雄,地謡(じうたい) (うめ)(わか)(げん)(しょう)という人々が,終始,はち切れんばかりの力を横溢(おういつ)させた中で,万作さんの役はもちろんアイの()(がた)りです。最長老の万作さんは,後輩たちのエネルギッシュな演技に勝るとも劣らぬスピード感で,快い語りを聴かせました。それはまた,(わき)(のう)という,神が颯爽(さっそう)と出現して人の世を祝福する演目にふさわしい,きびきびとさわやかな朗唱法を的確に押さえた語りでしたから,おのずから「高砂」という能のあるべき位どりを牽引(けんいん)するものでありました。
 17日は狂言「隠狸(かくしだぬき)」で,子息野村萬斎さん演ずる()(ろう)()(じゃ)に対する主人。この役はアドですが,老練な演技で軽くいなすことはできなくて,シテとのあいだに心理的な攻防戦あり,共に長々と(うた)い舞う演技ありで,負担が大きく,両シテとも言われる役です。これもまた万作さんは,せりふ術,謡の音域と声量,舞の動き,どれをとっても萬斎さんをリードし,拮抗(きっこう)するエネルギーで演じきりました。
 二日とも,私は深く感じ入りました。そんなこと当たり前じゃないかと言われるかもしれませんが,お年を考えるとこれは大変なことです。20年前,30年前の万作さんとちっとも変わらない。克服されたとはいえ,御病気も抱えながら,御苦労のないはずはないのですが,それと感じさせない明るさと強さに加えて,何よりも端然とした美しさを(たた)えた舞台は,お見事というほかありません。こういうことが可能なのは,何といっても蓄えられた技倆(ぎりょう)がいかに深く大きいか,舞台への心構えと志がいかに高いかによるものだと思います。
 石田幸雄さんをはじめ多くのお弟子が,共に舞台で活躍できるまでに教導してこられたことも,人間国宝としての忘れられぬ功績です。

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