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文化庁月報
平成26年2月号(No.545)

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連載 「いきいきミュージアム 〜エデュケーションの視点から〜」

美術教育の目指すもの
文化庁東北復興支援事業における美術館活動の検証

MOA美術館館長 内田 篤呉

 MOA美術館では,現在,東北被災地の児童・生徒を対象に日本工芸会の作家と当館学芸員が講師となり美術科授業に取り組んでいます。文化遺産の豊富な東北地方で伝統工芸の素材や技をつかったワークショップを行い,「学習指導要領」にある「生きる力」の育成,更には日本の将来を担う「創造性」ある人材育成と街づくりを願いとしています。
 東日本大震災復興支援の取組は,「美術館が東北被災地で何ができるか」と検討した結果,仙台市立博物館で国宝・尾形光琳筆「紅白(こうはく)梅図(ばいず)屏風(びょうぶ)」の特別展観を企画しました。仙台市立博物館のアンケート調査によると,「感謝の言葉が多いのは珍しく,復興支援という展覧会の意図が観覧者に伝わった」とありました。またマスコミ各社が「復興へ心癒やして」と報道したことから,美術を通して「心の癒し」が届けられると確信しました。

津軽市柏中学校で指導する室瀬和美先生

津軽市柏中学校で指導する室瀬和美先生

 これを契機に,大規模な展覧会は年に1度程度しかできないので,小さくても子供たちに直接感動を与えられる支援ができないかと考えました。そして,漆芸の人間国宝・室瀬和美先生と竹工芸の人間国宝・藤沼昇先生にお願いし,岩手県大船渡市立第1中学校において伝統工芸作品の鑑賞とワークショップの授業を実施しました。
 この支援は,地元で大きな反響を呼び新聞で紹介され,また文化庁「文化遺産を()かした地域活性化事業」にも採択されました。日本工芸会,MOA美術館,各地域の復興支援実行委員会,市教育委員会等が主催する支援事業として,本年は東北各地の小中学校で6回実施しました。

八戸湊中学校の授業中の橋本正彦先生と馬場興彦先生

八戸湊中学校の授業中の橋本正彦先生と馬場興彦先生


石巻和渕小学校で竹割の実演をする藤沼昇先生

石巻和渕小学校で竹割の実演をする藤沼昇先生

 つがる市柏中学校では,室瀬和美先生による日本文化の話と,漆芸家・藤田正堂先生の津軽塗のワークショップを実施しました。室瀬先生は,登山家・三浦雄一郎氏がエベレスト登山で使用した漆塗(わん)を持参し,それに触れた生徒たちの感動は大きく,伝統工芸品の素晴(すば)らしさを体感しました。
 八戸市立湊中学校では,美術クラブの生徒を対象に陶芸家の橋本昌彦先生と馬場興彦先生による陶芸のワークショップを実施しました。石巻市立和渕小学校は,4回積み上げのワークショップとなりました。10月は竹工芸の藤沼昇先生と磯飛節子先生が講師となり,竹割と竹トンボのワークショップを行いました。子供たちが次第に目を輝かせはじめ,竹トンボがよく飛ぶように工夫する子や色をつけて美しく仕上げる子供がみられました。自ら考え,工夫する子供たちの変化を見て,先生たちの表情も次第に笑顔になっていきました。

 藤沼先生は,「子供たちに夢は(かな)うことを教えたかった。自ら工夫し考えることや竹の持つ素材感を味わわせたかった」とコメントしています。
 11月は,宮城教育大学教授で陶芸家の浅野治志先生による磁器の絵付けのワークショップを行いました。日頃落ち着きのない児童が,いまだ見たこともないほど集中している様子に,日野峻教頭も大変驚かれていました。12月は木工家の本間潔先生と吉田宏信先生による木片を用いたコースターづくりをしました。自信のない子供が先生に見てもらい,「おお,これはいいね」と言われ,本当に(うれ)しそうな顔をしていました。日野教頭は,「本人の中で自信につながったのではないか」と述べられ,更に続けて「子供たちは,はじめのうちは余り乗り気ではなかった子もいましたが,それが,ふだん見せない表情を見せるように変化し,自分を表現する力が,徐々に高まり身に付いてきているのを感じています。また学校におけるいじめ防止対策においても,高い文化に触れた子供は,いじめをくだらないことと捉えます。当校には陰湿ないじめ,不登校がありません。当校では,工芸家のワークショップをはじめ多くのイベントを行っていますが,それによって学力が下がるようなこともありません。むしろ向上しています。心のフィルターが形成されてくるのかもしれません。教育には,知育・徳育・体育のバランスが大事だといわれます。知力と体力だけで,道徳心がなければ,残酷な犯罪者にもなります。その徳を育てることは,文化を学ぶことではないかと思います。高い文化に触れることによって,子供たちの中に本物をみる力ができていると思います。さらに子供が学校で体験したことを家で感動と共に話すと,地域から学校に“私たちも体験したい”という声が届くというようになり,今回のワークショップが地域を巻き込んだ動きとなっています。すばらしい文化伝承,創造の可能性を感じます」とコメントしています。
 創作活動を通して,子供たちが自ら考え工夫し,また褒められることによって自信を得ることが,「子供が主体的に学ぶ自己教育力」や「思考力・判断力・表現力を重視する新しい学力観」の醸成となり,「学習指導要領」にある「生きる力」を培うことにつながると実感しました。また子供たちの喜ぶ姿を見た教師が変わり,ワークショップを通して工芸家が美術による教育の重要性を認識するという満足循環型の美術教育の在り方も(うかが)えました。
 これからの美術教育の重要性は,遠藤友麗先生(元文部省初等中等教育視学官・公益財団法人岡田茂吉美術文化財団理事)が「文部科学省で今1番力を入れているのが創造力,Creativityですね。Creativityとは新しいものを造る。世界の中で小さな日本がどんなことをしたらいいか,新しいものを創り出す。それはノーベル賞受賞者の江崎玲於奈さんも同じことを言っている。日本はCreativityを育てなければやっていけない。そしてCreativeなものは,必ず美を伴っている」と指摘しています。21世紀の国の方向性として創造産業が採り上げられています。知的財産の創造と市場開発を通して,財と雇用を生み出す産業群のことです。創造力や自己実現力を育成する美術教育は,将来の国を担う子供たちにとって,知識のみの学習では得られない教育として重要なのではないでしょうか。
 本事業は,平成27年度まで3年間の継続事業として実施します。MOA美術館は,家庭,学校,地域の方々と共に,美による情操教育と東北復興支援に積極的に取り組んでいます。

MOA美術館

〒413-0006 静岡県熱海市桃山町26-2

問合せ
TEL 0557-84-2511 FAX 055-226-9032
開館時間
9:30〜16:30(土・日・祝日は午後6:00まで)
休館日
毎週木曜日(祝日の場合開館)
観覧料
一般: 1,600円 高校生・大学生 :800円 シニア(満65歳以上)1,200円
※ シニアは満65歳以上とさせていただきます。(割引料金です。)
※ 高・大生及び満65歳以上の方は,入館の際に年齢の分かるもの(生徒手帳,保険証,運転免許証など)を御提示ください。
※ 障害者の方は,入館の際に障害者手帳などを御提示ください。
ホームページ
http://www.moaart.or.jp/別ウィンドウが開きます

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