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文化庁月報
平成26年1月号(No.545)
連載 「日本の伝統美と技を守る人々 重要無形文化財保持者編」
重要無形文化財「越前奉書」保持者 九代岩野 市 兵衛 氏
九代岩野市兵衛
重要無形文化財「越前奉書」
指定年月日:平成12年6月6日
保持者:九代
認定年月日:平成12年6月6日
(生年月日)昭和8年生 (在住)福井県越前市
【重要無形文化財及び保持者のプロフィール】
公文書用紙である奉書は,江戸時代には各藩で
九代岩野市兵衛氏は,福井県今立町(現・越前市)に生まれ,父の八代岩野市兵衛(重要無形文化財「越前奉書」保持者)と伯父の岩野正男の厳しい指導を受け,伝統的な越前奉書の製作技法を学びました。昭和53年に九代岩野市兵衛を襲名し,先代と同じ仕事場で全く同じ製法で越前奉書を漉き,技術の錬磨に励んで同技法を高度に体得し,平成12年に重要無形文化財「越前奉書」の保持者に認定されました。伝統技法を深く研究してその長所を守り,格調の高い越前奉書を漉くことに専念する唯一の技術者です。
谷の奥へ
岩野市兵衛さんの家は,越前和紙の中心地である五箇地区大滝町の,南に伸びる狭い谷筋の奥,岡本川の上流にあります。
土地の人が「上出(かみで)」と呼ぶ,谷の奥の方へ向かって歩いてゆくと,川の流れや立ち並ぶ漉き場から,水の音が絶えず聞こえてきます。奥へと進むにつれ,土地が狭くなって,小さい漉き場ばかりが点在する一角へとたどり着きます。
紙漉き
奉書を漉く家
市兵衛さんの作業場は,さほど広くはありません。設備や道具もごく簡素なものです。ほかのいろいろな模様紙や大きな紙を漉く家であれば,もっと複雑な道具や,多くの人手が必要となります。しかし奉書は,普通は装飾のない簡素な紙であり,漉いて
越前和紙では,様々な種類の紙を漉いていますが,やはり「越前奉書」は特別な存在といえるでしょう。中世より武家の公文書用紙として用いられた厚手の
紙漉きには大量の水を使いますが,岩野家では裏の山から引いており,この水の質がよいために,よい紙が漉けるのだと市兵衛さんは言います。敷地内には,漉き場のほか,干板に紙を張る板場と,その板を入れて乾燥させる
漉き場に入ると,北側の壁面に大きく窓が設けられていて,ほとんどの場合,照明は
「この漉き場,暗くないですか?」
「ほうかね。暗いかね。夕方は,明かりをつけることあるけど…」
蛍光灯の明るさに慣れた目には,漉き場の中は暗いように感じられますが,自然光でないと,原料や紙の表面の微妙な様子がよく見えないのだそうです。そんなことは,漉き屋の人たちにとっては当たり前すぎることのようでした。
工程
塵選り
紙を板に張る
あるとき,市兵衛さんを訪ねると,川小屋で塵選りをしていました。
「ここで紙漉きを習いたいという人が来たんやけど,この塵選りはいややと言うんや」
市兵衛さんのところでは,いつも那須楮27sを釜で煮て,一連の工程を終えるのに,10〜13日かかるそうです。実際に
かつては越前で当たり前のように行われていた工程や作業のうち,もう市兵衛さんのところでしか見られなくなってしまったものもあります。例えば,岩野家では塵選りを終えた楮を分厚い板の上に置き,昔ながらの叩き棒を使って繊維をほぐしていますが,このような道具が現役で使われているのはこの家だけではないでしょうか。
また,「
順市さんが紙出しを行った明くる日,市兵衛さん自身が紙を漉く作業も,見せてもらいました。派手な動きはなく,静かにゆっくり桁を前後に動かし,1枚漉いては紙床に伏せ,また漉く,という動作を淡々と繰り返してゆきます。仕事を邪魔してはいけないと思いつつも,筆者は長時間その手つきに見入ってしまい,しばし質問をすることも写真を撮ることも忘れてしまいました。
筆者のように,取材や見学でこの漉き場を訪れる人は後を絶たないのに,特に嫌がりもせず,市兵衛さんはいつもにこやかに接してくれます。そして惜しみなく話をしてくれるので,いつも何かしらの発見をもらって帰ることになるのです。
「あんたの紙でなけなあかん,と言うてくれる人があるさけに,その間はうら(私)もがんばって漉こうと思うんや」
気負うことなく,静かに自分の役割を果たそうとするこの職人の姿は,越前和紙の誇りを体現していると,いつも感じるのです。

