2017年6月5日
文化庁では,文化活動に優れた成果を示し,我が国の文化の振興に貢献された方々,又は,日本文化の海外発信,国際文化交流に貢献された方々に対し,その功績をたたえ長官が表彰しています。平成28年度は5名の方(本賞2名・文化発信部門3名)が表彰されました。そこで,「地域日本語教室からこんにちは!」では,5回にわたって受賞者のこれまでの日本語教育への関わりや思いを紹介します。今回は,公益財団法人長野県国際化協会の春原直美相談役に執筆していただきました。
地域日本語教室へのいざない
春原 直美(すのはら なおみ)
公益財団法人 長野県国際化協会・相談役
平成28年12月16日は,私の人生で「後にも先にもない一大事」の起こった日となりました。「文化庁長官表彰」の文化発信部門において表彰していただき,一世一代の記念すべき日となったからです。受賞を機に,自分の日本語教室活動への関わりを振り返ってみました。
平成5(1993)年3月,地元新聞の朝刊の「日本語教室,始まります」という見出しに目が留まったのが,教室活動に参加するきっかけでした。その小さな記事には,周囲とのコミュニケーションがままならない外国人市民のことや,子供が学校から持ってくるお便りが読めなかったり返事を書けなかったりするという外国出身の母親の切なさをきっかけとして,日本語習得のお手伝いが始まるという内容が書かれていました。教室活動が始まった当時は,試行錯誤・紆余曲折,全てが初めてのことばかりでした。この教室活動は現在も継続していて,お陰様で今年25年目を迎えます。
この地元の教室活動に参加しつつ,年を経るとともに長野県庁,長野県国際化協会を始めとし,県内各地の自治体や県内の大学の先生方,地域の日本語関係者との出会いを多々頂きました。こうしたつながりから,人的ネットワークができていったこと,また長きにわたり活動できたことは,県内の多くの仲間に支えられた結果だと感謝しています。これらのことから,今回の受賞は長野県内の日本語の仲間たち,そして多文化共生推進の同志たちを代表して,頂いたものと受けとめています。
今までの活動を思い起こすと,ある年代までの活動で頭の片隅に存在していた思いは,交通の不便な山国信州に,「自分の足で通える教室が増えていけばいいな」という気持ちです。またいつの頃からか,教室運営上の思いとして意識し始めたことは,日本語教室では学習者が「主役」で私たち支援者は“裏方”ということでした。またコンセプトといえるほどのことではありませんが,潜在的な意識・立場としてあったのは,具体的に言えば県内各地域の教室に伺い,研修では得られない生の教材,そこで実際に見聞きした教室活動の成果や課題などを,他の地域に伝え各教室で生かしていただく,それが各々の教室のステップアップにつながればと考えていました。
地域の日本語教室は,地域に住む生活者としての外国由来の方々や日本人住民の,「地域の支え合いの組織」であり,「地域の居場所」でもあり,「学びの場」でもあると考えます。例えば,外国由来の方には,自分の出身国の文化を紹介することはもちろん,日本と風俗習慣などの違いを語っていただいても良いかと思います。ということから考えると「指導をする・支える人=日本人」「教えられる・支えられる人=外国由来の人」という構図は成り立たず,外国由来の方も日本人も,その立場が変われば,支える側と支えられる側に入れ変わります。
私の感触では,日本語教室でのボランティア活動は,敷居の高いボランティア活動と受け止められていて,それに携わる人たちは日本語教育について専門性を持った人の集団と思われがちです。指導上,専門的な知識や経験も必要なことも事実ですが,地域住民としての指導は資格がなければできないことではありません。実際に自分が経験したことなどを話すことは,誰にもできることですし,日本語を学ぶ外国人はそうした経験談から生活習慣や文化を学ぶのではないでしょうか。主婦や母親としての経験を生かした指導は,現場では大変有効です。また,現代においては選択に困るほどの多様なボランティア活動がありますが,この日本語教室活動は,若者から高齢の方まで生涯現役でできる活動だと思います。
最後に,日本語教室での活動に少しでも関心のある方に,私からのアドバイスを送ります。楽しみながら多様な文化背景を持つ学習者たちとの色々な違いを学び,学習者に対して少しの応援とお節介をする,そして御自身の「居場所」にすること。これが日本語教室活動のポイントではないかと思っています。さあ,あなたも近くの日本語教室の扉をたたいてみませんか。