2017年12月1日
文化庁では,文化活動に優れた成果を示し,我が国の文化の振興に貢献された方々,又は,日本文化の海外発信,国際文化交流に貢献された方々に対し,その功績をたたえ長官が表彰しています。平成28年度は5名の方(本賞2名・文化発信部門3名)が表彰されました。そこで,「地域日本語教室からこんにちは!」では,5回にわたって受賞者のこれまでの日本語教育への関わりや思いを紹介します。今回は,多文化共生センター東京の王慧槿顧問に執筆していただきました。
「道のり,いまだ半ば」
王 慧槿(わん ふいじん)
多文化共生センター東京 顧問
私は,これまで「多文化共生センター東京」という団体で活動してきました。その前身は,1995年阪神淡路大震災発生の翌日から,被災した外国人への電話による多言語での情報提供を行った「外国人地震情報センター」です。この活動をきっかけとして,東京での外国人支援に取り組むことなり,約20年がたちます。
これまでの活動の中から見えてきたものは,外国人住民が多くの困難に日々直面しているという現実です。それから「基本的な人権の尊重」,「少数者の力付け」,「社会へのアプローチ」の3つの理念の下,2000年NPOの法人資格を取得,日常的な外国人支援(外国にルーツのある人を含め)の活動が始まりました。2000年は全国的に行政とNPOとのいわゆる「協働ブーム」の全盛期でした。2001年に設立した「多文化共生センター東京」が最初の仕事としたのが東京都23区の外国籍児童・生徒の在籍調査です。内容は23区の学齢児童・生徒の年齢別と外国人登録の年齢別人数の区ごとの差異の有無の調査でしたが,それにはどうしても行政のデータ協力が必要で調査の難航することが予測されました。しかし名刺に書かれた「NPO」の文字が威力を発揮したようで,教育委員会と外国人登録担当への協力依頼には,その多くに課長が対応してくれました。そして23区全てとはいきませんでしたが,職員の手作りを含めたくさんの資料やデータを頂くことができました。全国的にも初めての外国籍児童・生徒の実態調査の実施で,外国人登録数と外国籍児童・生徒の在籍数は全国的に把握されていないことが明確になったともいえました。それゆえ「多文化共生センター東京」は2001年に作成した『東京都23区の公立学校における外国籍児童・生徒の実態調査報告VOL.1』により外国人支援,特に教育分野のNPOとしてたくさんの地域でその存在を知られるようになりました。
また,2003年頃から,これまでのボランティアを基盤とした,土曜日だけの日本語支援・学習支援を行うようになりましたが、ここでは解決のしようのない相談が相次ぐようになりました。公立の中学校に入れないという相談です。学校という「学びの場」と「居場所」を得られない子供たちが出現したのです。その多くは,先に来日して日本で働く父や母に呼び寄せられて来日し始めた15歳以上の子供たちでした。この教育国日本において,外国籍とはいえ「学校に行きたいけど行ける学校がない」状況が発生したことを皆さんは御存じでしょうか。こうした子供たちが出現したのは,日本籍であれ外国籍であれ,中学を卒業して学齢を超えた子供たちの教育問題は,日本では想定されなかったからでしょう。まして日本語が話せない子供たちについてはなおさらです。
社会問題で言えば,時代の変化に行政の対応が追いつかないという事例は,枚挙にいとまがありません。そのため,先に道をひらき行政ができない隙間を埋める役はNPO等が担うという考えもあり,「多文化共生センター東京」は,主に外国から来日した学齢超過の子供たちに居場所と学習(日本語と教科)ができる場を作り,加えて高校受験情報を提供する「たぶんかフリースクール」を創設しました。このスクールでは多くの子供を支援し,これまで卒業生500名以上が主に公立高校に進学しました。また,神奈川県や千葉県でも,学齢超過の子供たちの居場所と学びの場を保障すべく,学習の場の確保のための活動を行っています。
子供の多くはいつでも,どこでも前向きで,こうした自分の置かれた状況にくよくよせず,与えられた条件の中でそれぞれがそれぞれのスタイルで頑張っています。それこそ幾つものハードルを乗り越え,踏み倒し,時にはう回しながら大人になっていきます。
しかし,「たぶんかフリースクール」ができて12年がたった今でも,私の中には外国籍児童・生徒の置かれている環境に対して「それにしても」という思いがあります。それは,外国籍児童・生徒が教育を受ける権利が制度として保障されることとがかなっておらず,個人や,家族,ボランティア,NPOの努力により課題解決が目指されているからです。今でもどこかに,学校につながっていない子供がいます。こうした子供たちは,たまたま日本語ができず,学齢を超えていることが原因で,学校制度のはざまに置かれてしまい,大切な学びの場がないままに放置されているのです。日本に住む外国人の過半数は永住をはじめとする今後も中長期的に日本に滞在していく在留資格を有しており,その子供たちの多くが日本に拠点を持ち,そして育ち,今後も生きていくという現実を考えればとても深刻なことです。
今回の文化庁長官表彰を頂いたことは,「多文化共生センター東京」の活動が評価されたことだと思います。様々な形で支えてくださっている東京都荒川区,その他たくさんの企業,団体,個人の方々に感謝いたします。それと同時に年少者の日本語教育がこれを契機により多くの方々に認識され,充実すること,併せて渡日してきた学齢超過の子供たちの学び場が公的に保障される日が一日も早く来ることを願っています。