2018年2月5日
文化庁では,文化活動に優れた成果を示し,我が国の文化の振興に貢献された方々,又は,日本文化の海外発信,国際文化交流に貢献された方々に対し,その功績をたたえ文化庁長官が表彰しています。この長官表彰では,日本語教育分野からも表彰されており,平成29年度については3名の方(本賞 1名・文化発信部門 2名)が表彰されました。そこで,「地域日本語教室からこんにちは!」では,3回にわたって受賞者のこれまでの日本語教育への関わりや思いを紹介します。今回は,元東海日本語ネットワーク代表の米勢治子さんに執筆していただきました。
「日本語教育は誰のため?」
米勢 治子(よねせ はるこ)
元 東海日本語ネットワーク代表
この度,文化庁長官表彰(文化発信部門)を頂きました。ここまで導いてくださった,また,活動を共にした方々に心より感謝申し上げます。この誉れを私が所属している東海日本語ネットワークの仲間やこれまでお世話になった方々と分かち合いたいと思います。そして,私自身も人をつなぎ,その活動を支える人になれるよう一層努力したいと思います。
変わらなきゃ
表彰名簿の経歴欄の肩書に「元」が付いているのは「超マイノリティ」なのですが,この「元」は私の誇りでもあります。東海日本語ネットワーク(以下,TNNという。)は1994年に発足し,私は10年間代表を務めました。ちょうど10年目を迎えたとき,「同じ人間が長くトップにいるのはよくない」という言葉が強く心に響きました。そこで,言い訳を並べて代表を降り,次の代表も10年間。そして,今,三代目の代表が会を率いています。代表が代わることで,新しい風が吹き,メンバーも変わり,活動の視点も変わります。任意団体であるTNNが今日まで活動してこられたのは「変わる」ことができたからだと思います。
このことは個人においても言えるのではないでしょうか。「学ぶことは変わること」という言葉がありますが,私自身も地域日本語教育との関わりの中で変化していきました。
私と地域日本語教育
現場である日本語教室では,学習者から学ぶことがたくさんあります。私はこれまでにいくつかの日本語教室で活動してきました。中でも,日系ブラジル人を中心とした外国人の割合が半数に上る愛知県豊田市の保見団地にある日本語教室での経験が,その後の考え方に大きく影響しています。外国人労働者は,今や日本の産業を支える重要な存在です。保見団地のような集住地域に居住する外国人労働者にとっては,日本語学習の優先順位は低く学習がなかなか継続しません。一方で,地域社会は彼らにこそ日本語を学んでもらわなければと考えている。そういった実情を目の当たりにする中で,日本語教育の受益者は外国人ではなく,「社会」の側なのではないかと思うようになりました。
日本語教室の活動を通して,自治会,子供支援団体,自治体や国際交流協会などとのつながりが生まれ,自分たちの活動を複眼的に眺めることで外国人住民やその子供の状況をより深く知ることになります。その後,浜松学院大学「多文化共生社会に資する日本語教員養成プログラム」(静岡県浜松市)や豊田市と名古屋大学が共働する「とよた日本語学習支援システム」(愛知県豊田市)にも参画し,日本語支援人材に地域日本語教育の専門性が必要であることを痛感することになります。
複数の教室現場に関わったり,TNNの活動を続ける中で,様々な日本語教室の状況を知ることができました。こうした経験を通じ,開催場所や開催日時による学習者の違い,主催者の教室への関わり方の違いが浮き彫りになりました。さらに,国立国語研究所,全国の日本語支援者,文化庁,日本語教育学会とつながり,事業に参画することで,より広い視野を得ることができました。
こうした様々な立場の活動や学びを通して,社会の動きにも敏感になり,課題を把握し,改善策を考える力を多少なりとも身に付けることができたように思います。
多文化共生社会を目指して
長く地域日本語教育に関わる中で確信したことが二つあります。一つは,どんなに日本語教室がたくさんできても,そこから疎外され日本語ができないままの外国人は存在し続けるということです。先に述べたように外国人労働者にとって日本語学習のニーズは決して高くありません。彼らが,安定した生活を送る高度人材や,基礎日本語教育を受けてきた技能実習生が混在する日本語教室の中で,居場所を得られない状況は想像に難くないでしょう。
二つ目は,日本語習得だけではより良い生活に結びつくのは難しいということです。彼らを受け入れる日本社会の態度が変わることが不可欠です。地域日本語教育の対象者は外国人のみならず,日本人でもあるのです。日本語教室に参加することで学習者を理解し,どのような支援が必要か,即ち日本社会の在り方を考えることになるからです。また近年,自治体などを中心として,外国人に分かりやすい日本語で話したり,表記したりする「やさしい日本語」という考え方が注目されるようになりました。こうした動きは,広く市民も「やさしい日本語」で外国人とコミュニケーションできる社会が望まれていることを象徴しています。こうした啓発活動にも地域日本語教育は貢献できることでしょう。
外国人にとって,日本は「夢を叶える場所」です。けれども現実は厳しく,不安定な生活の中,日本語習得もままならず老後を迎えることになる人々の存在は,将来の日本社会にとっても好ましいものではありません。地域日本語教育の在り方はそれを緩和し,誰もが住みやすい社会をつくる鍵となるのではないでしょうか。
東海日本語ネットワーク
- 活動内容
- 東海地域の日本語教室等により構成されるネットワーク組織です。会員である団体・個人が行っている日本語学習支援活動を,相互交流や情報交換を通じて充実・促進させることを目指しています。具体的には,研修会やシンポジウムの実施,会報の発行等の日本語教育事業の運営を行っています。
- ホームページ
- http://tnnjp.com/