2019年3月20日
福沢一郎展
このどうしようもない世界を笑いとばせ
東京国立近代美術館美術課長 大谷省吾
福沢一郎(1898-1992)という画家を御存じですか。
昨年が生誕120年でした。この画家を今,改めて見つめ直すべきだと御提案したく,今回の展覧会を企画しました。
《教授たち 会議で他のことを考えている》1931年
一般財団法人福沢一郎記念美術財団蔵
まずは作品を御覧ください。
上品そうな身なりの紳士たちがテーブルに並んでいますけれども,それぞれの表情は見えません。題名を見てみましょう。《教授たち 会議で他のことを考えている》といいます。どういうことでしょう。よく見ると,それぞれの椅子の背もたれに,女性のヌードや男女の逢い引きのイメージが描かれています。みんな,すまして会議をしているふりをして,実は内心ではこんなことを考えているかもしれない,と暴露しているわけです。
このように福沢は,ユーモア精神を大切にしながら,常識を疑ったり,権威的なものに反抗したり,上品ぶったものをからかったりしようとしました。
このとき彼が表現の武器にしたのが,パリで学んだシュルレアリスムの考え方でした。
みなさんも時々,不思議なイメージを目にしたとき「シュールだ」と言ったりすることがあるかもしれませんが,シュルレアリスムというのはもともと,人間の合理主義的な考え方の限界を破り,理屈では説明できないような意外なイメージの組合せに新しい可能性を求めようとした芸術運動でした。福沢はそれに刺激を受けながらも,それを独自に解釈して,批評的メッセージを面白おかしく表現するための武器として応用したのです。
そしてまた,強調しておきたいのは,それぞれの作品は,その描かれた当時の時事諷刺にはとどまっていないということです。福沢のテーマは「人間」そのものでしたから,いつの時代・社会にもあてはまるような普遍性が,必ず含まれています。だから私たちは,現在の私たちの問題にひきつけて,彼の絵を見ることができるのです。
《悪のボルテージが上昇するか21世紀》1986年
富岡市立美術博物館・福沢一郎記念美術館蔵
例えば晩年の大作《悪のボルテージが上昇するか21世紀》では,マンハッタンの街並みと荒れた荒野を背景に,人々がドル紙幣を踏みつけながら争っています。1986年の制作にもかかわらず,2001年のアメリカでのテロと,その後の国際情勢を予言するかのようではありませんか。
社会のあちこちで矛盾が噴き出し,世界が混迷を深める今だからこそ,知的なユーモアを武器にして社会に物申すような彼の制作態度は,大きな意味を持つにちがいありません。
東京国立近代美術館
(住所)〒102-8322 東京都千代田区北の丸公園3-1
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- 10:00~17:00(入場は閉館30分前まで)
毎週金曜日,土曜日は20:00閉館 - 休館日
- 毎週月曜日(ただし,3/25,4/1,29,5/6は開館),5/7(火)
- 観覧料
- 福沢一郎展 このどうしようもない世界を笑いとばせ
一般1200円(900円),大学生800円(500円)
※( )内は20名以上の団体料金。高校生以下及び18歳未満,障害者手帳をご提示の方とその付添者(1名)は無料。 - ホームページ
- http://www.momat.go.jp