2016年2月16日
伊那谷のコト八日行事
飯田市美術博物館学芸員 櫻井弘人
南アルプスと中央アルプスに挟まれた長野県南部の伊那谷。その中央を流れる天竜川の東岸を中心にして,風邪などの疫病神を鎮めたり送り出したりするコト八日行事が伝承されています。なかでも飯田市の千代・上久堅地区では,2月8日・9日に「事の神送り(送り神)」,その前日(最近は前後の土曜日が多い)に「事念仏」とか「大将荒神」とよばれる行事が,対をなして行われます。
事念仏[越久保]
事念仏[飯田市上久堅原平]
前日の行事は,子供たちによって担われます。例えば上久堅原平集落の「事念仏」の場合,午後6時から11時頃にかけて,小学校2年生から中学2年生までの子供たちだけで集落内の全戸(約70戸)や祠・石碑などを回ります。各場所では,帽子を取って整列し,最年長の頭取の号令で太鼓と鉦にあわせて大声で唱えます。「今日(今晩)事を申します」,「光明遍照十方世界 念仏衆生摂取不捨」,「南無阿弥陀仏」(9回),「弥陀願以此功徳 明道誠一切道発 菩提心清浄安楽」――家を払い,疫病神を鎮めるというのでしょう。唱える回数は,出発する山の神社では3回,各家や祠・石仏では1回,最後の阿弥陀堂では5回となります。参加するのは本来数え年10歳から15歳までの男子で,兄弟のうち1人とされましたが,今では兄弟複数や女子も加わるようになりました。
事の神送りのミコシ作り[飯田市千代芋平]
事の神送り[飯田市上久堅 風張・上平]
翌日の「事の神送り」では,家庭ごとに用意した笹竹に,家族の爪やボンノクボ(領)の毛,洗米を入れた紙包みを結わえつけ,「事の神送り」「風邪の神送り」と書いたり,猿が馬をひく木版を刷ったりしたタンザクをつるします。コトウボタモチを供えて家族で食してから,先の笹竹で家中を祓い,それを担いで鉦・太鼓にあわせて歌いながら集落境まで送ります。「風邪の神を送れよー,どこまで送れよー,北の原まで送れよー」。
この疫病送りを単独で行う集落のほかに,6集落・8集落をまたいで2日間にわたって送り継ぐ2コースがあり,最後は子供たちが同じ喬木村との境に投げ捨てて事念仏を唱えます。
この民俗行事は,特に子供たちを育む上でも貴重な民俗行事といえますが,最近では,地域の人口の減少,とくに少子化が進み,その伝承が危ぶまれている現状です。