2017年4月5日
久渡寺のオシラ講の習俗
青森県立郷土館主任学芸主査 小山 隆秀

久渡寺のオシラ講
(昭和30年代,故野呂善造氏撮影,写真提供青森県立郷土館)
東北各地にはオシラ様と呼ばれる民間信仰があります。その起源は明らかではなく,昔,長者の娘と飼い馬との悲恋から生まれた神だという伝説があります。その御神体の多くは,馬と女性をかたどった一対の棒状のものに,オセンダクという布を何枚もかぶせた姿をしています。青森県では,近世からオシラ様の記録があり,農作物や家,一族を守る神として女性が中心となって祀っています。春や秋には「オシラ様を遊ばせる」といって,各家やムラの集会所にイタコなどの民間宗教者を呼んでオシラ様を祀り,神様を下ろして,その年の豊作や災害などに関する「世の中占い」をするところもあります。
明治期以降,津軽地方でオシラ様の信仰の中心となったのが,弘前市の真言宗寺院久渡寺です。毎年,新暦5月15日と16日にオシラ講が行われ,青森県内や北海道,秋田県などから,木箱や行李などに入れたオシラ様を背負った女性たちが集まります。「位を上げる」といって,オセンダクに御朱印を押してもらいます。そしてオシラ様にきらびやかな衣装を着せて,祭壇に飾ってお供えをし,お坊さんに祈祷してもらいます。昭和30年頃まではその後に,イタコが祭文を唱えて,今年一年の豊作や災害を占いました。オシラ様で肩や背中を叩くと,痛いところが治るそうです。夜になると女性たちがにぎやかに踊って楽しみました。また本堂の前には,イタコが小屋を建て,人々は死者の魂を下ろしてもらいました。
この写真は昭和30年代に,同寺の境内で撮影したものです。笏を持った両腕の部品を付け,美しい冠や装飾,金銀の衣装で着飾った一対のオシラ様の姿は,久渡寺の影響で流行した形式です。それとともに晴れ着の女性たちも写っています。弘前市内の呉服屋の女将も着飾って参加したそうです。オシラ講は祈りだけではなく,女性たちの晴れやかな楽しみの場でもあったのでしょう。この行事は,平成11年に「久渡寺のオシラ講の習俗」として,記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選択されています。