2017年7月7日
体験でつなぐ筆の世界
筆の里工房 学芸員 山本彩
筆の里工房がある広島県熊野町は,日本一の筆の産地です。筆の里工房では,筆づくりの町という地域性を活かして,筆そのものはもちろん,筆が生み出す書や絵画,工芸,化粧など様々な「筆文化」を紹介しています。館内では,筆職人による筆づくりの実演や筆の歴史を紹介する常設展示,「筆文化」を紹介する企画展を行っており,博物館と美術館の両方の要素を持った施設です。
今,日常で筆を使うことはどんどんなくなっています。筆の町にある当館では,筆を使うだけではなく,筆が生み出した作品を「みる」ことを好きになってもらい,筆文化に親しむ人を育てなければならないと来館者に接する中で感じるようになりました。そして,そのためには子供のころから筆文化に触れることが必要だと考えました。
しかし,当館を訪れる学校は伝統工芸の筆づくりについて学ぶことを目的にしていることがほとんどで,「筆文化」を紹介する企画展を鑑賞する時間はとても少ないのが現状です。そこで,平成27年度から企画展をテーマにした鑑賞教育事業を始めました。年に一度,熊野町内の小学校5年生と中学校1年生に来館してもらい,作品をみて筆文化に親しむ機会を提供しています。
鑑賞事業の一幕。みんなで作品を鑑賞します。
企画展は毎回異なるので,鑑賞事業の題材も変わります。ただ,「筆」というテーマは当館のどの企画展にも共通しているので,どんな企画展で鑑賞事業を行っても「筆や筆文化に親しむ」という目的は同じです。
鑑賞事業の2回目(平成28年度)は,墨をテーマにした日本画の企画展「SUMIの輝き―黒の表現者たち―」で行いました。ここでは,筆に加えて「墨」というテーマが加わりました。墨も筆と関係の深い素材です。作家たちは固形の墨を使い,濃淡,にじみやかすれなどで多彩な色を表現します。しかし,今の小学生は墨汁を使うだろうし,固形の墨を知っているのだろうか…。そこで,作品を鑑賞する前に,墨の原料や性質について紹介することにしました。材料は熊野町と交流のある鈴鹿墨の産地,三重県鈴鹿市の業者から提供してもらいました。
墨の主な材料は煤,膠,香料の3つです。なかでも反応が大きかったのは,香料です。「いいにおい」「くさい!」「墨のにおいだ」いろんな声が聞こえてきました。また,接着剤の役割をする膠は,溶かすと何とも言えないにおいがします。「…うっ!」「くさい!」,子供たちにとっては未知の世界だったようです。
作品鑑賞では,「墨の濃さを工夫して描いている」とか「墨の線に勢いがあってかっこいい」など,墨の表現にも注目してくれました。鑑賞前に墨について体験したことを,鑑賞にも活かしながらみていたのです。
墨の材料 左から膠,香料,袋に入っているのが煤
さぼっているわけではありません。
作品前に寝転べる台を設置し,視点を変えて鑑賞しています。
この事業をしていると,子供にはっとさせられることがたくさんあります。作品はもちろん,今回の墨の材料のように,ちょっとした素材が大きな広がりを見せてくれます。そんなとき,本物をみたり,触れたりする「体験の力」を感じずにはいられません。
こうした体験は,子供たちの記憶の片隅に残ってくれるのではないでしょうか。そして,何かのときに思い出してもらえたら…。この事業を通して,筆と筆から生まれる文化を好きだと感じる子供が一人でも多くなればと願っています。
筆の里工房
(住所)〒731-4293
広島県安芸郡熊野町中溝5-17-1
- 問合せ
- 082-855-3010
- 交通
- バス
- ・広島バスセンター,JR広島駅から約45分(熊野萩原行 又は 熊野営業所行 乗車)
- ・JR矢野駅から約15分(熊野萩原行 又は 熊野営業所行 乗車)
- ・JR呉駅から約35分(熊野営業所行 乗車)
- ※いずれも熊野営業所で下車し,最寄りのタクシーで約約7分
- ・西より 山陽自動車道広島東ICから約25分(広島高速道路,海田大橋,広島熊野道路を経由)
- ・東より 東広島呉道路黒瀬ICから約15分(山陽自動車道高屋JCT・ICを経由)
- 開館時間
- 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
- 休館日
- 毎週月曜日(祝日の場合翌日)
- 観覧料
- 一般600円(500円), 小中高校生250円(200円),幼児無料
※( )内は20名以上の団体料金
※入館料は,展示内容によって変更します - ホームページ
- http://www.fude.or.jp/