令和元年10月29日
美術館で行う,ビジネスパーソン向けの鑑賞セミナー
東京国立近代美術館企画課主任研究員 一條彰子
東京国立近代美術館は今年6月,初のビジネスパーソン向け講座”Dialogue in the Museum”を開催しました。「ビジネスセンスを鍛えるアート鑑賞ワークショップ」とうたったこの有料講座は,申込み開始1日で30名の定員が埋まる注目度の高さでした。
ギャラリーチェアに座り,セザンヌ作品をじっくり鑑賞する参加者
講座の特長は二つ。まず,東京国立近代美術館が永年取り組んでいる「対話鑑賞」体験,そして,ベストセラー「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか?」の著者である山口周氏による講義です。講座の内容は,山口氏と一年半をかけて練り上げました。
対話鑑賞とは,作品の前で,ファシリテータの進行のもと,参加者同士が語り合いながら鑑賞を深めていくギャラリートークの手法で,作品解説ではありません。知識なしで作品を読み解いていくこの手法は,観察力や言語能力,批判的思考力を育てるとして,学校向けによく使われます。しかし東京国立近代美術館は,「教養がないと美術はわからない」との思い込みから美術館と疎遠になりがちな大人にこそ,この手法は最適と考え,2003年から毎日「所蔵品ガイド」を実施しており,今では優秀な対話鑑賞ファシリテータ(ガイドスタッフ)40人を抱えるまでになっています。
講義する山口周氏
講座では,3つの対話鑑賞グランドルール,「キャプションを読まない」「見えるものや感じたことを発言する」「人の意見を否定しない」を伝えたあと,5人ずつ6グループに分かれ,60分かけて三作品を鑑賞します。東京国立近代美術館の誇る近現代美術のコレクションに,最初はやや戸惑いつつも,さすがに意識の高いビジネスパーソンのみなさんです。よく話し,よく聞きながら,一人では気づかなかった細かな描写に気づいたり,背後にあるだろう物語をみなで考えたりして,その作品の魅力に迫っていきました。
その後山口氏が,アート鑑賞により鍛えることができる5つの力,「観る力」「感じる力」「言葉にする力」「多様性を受け入れる力」「美意識」の必要性について,最近のビジネス事例を交えながら講義を行いました。
山口周氏書き下しの公式テキスト(非売品)
事後アンケートでは,仕事や生活に大きな気づきがあったという声が多く見られました。「言葉に磨きをかけて正解のない感性への自信をつけ,組織コミュニケーションにつなげたい」(鉄道・部長,50代),「対立や衝突なしに,視点の違いを尊重できるこの方法(対話鑑賞)を,会議に導入したい」(広告,30代),「ヴィジョンを持つためにアートは必要」(商社・役員,40代),「知性と感性の両方を活かせる講座」(出版,30代)など,満足していただいた様子が伝わります。
東京国立近代美術館のある竹橋は,大手町や丸の内といった日本有数のビジネス街に隣接しているにもかかわらず,これまでなかなか社会人層を呼び込むことができずにいました。しかし今回,館の強みである「コレクションの厚さ」と「対話鑑賞」を基に,有能な外部講師を迎えることでインパクトのある情報発信ができ,日経新聞その他のビジネス各紙の報道に繋がり話題となりました。本プログラム以降,通常の解説プログラムに社会人層が増えた感触もあります。東京国立近代美術館では,これまでどおり誰でも気軽に参加できる良質な無料プログラムを行いつつ,一方で対象を絞った特別なプログラムにも挑戦し,新たなファン層も広げていきたいと担当者一同は考えています。
東京国立近代美術館
(住所)〒102-8322 東京都千代田区北の丸公園3-1
- 問合せ
- 03-5777-8600(ハローダイヤル)
- 交通
- 東京メトロ東西線「竹橋駅」 1b出口より徒歩3分
- 東京メトロ東西線・半蔵門線・都営新宿線「九段下駅」4番出口,
半蔵門線・都営新宿線・三田線「神保町駅」1A出口より各徒歩15分 - 開館時間
- 10:00~17:00(金曜日・土曜日は10:00~20:00)
- ※いずれも入館は閉館30分前まで
- 休館日
- 月曜日(祝日又は祝日の振替休日となる場合は開館し,翌日休館),展示替期間,年末年始
- 観覧料
- ≪所蔵作品展≫
一 般 500円(400円)/ 5時から割引 300円
大学生 250円(200円)/ 5時から割引 150円 - ※()内は20名以上の団体料金(いずれも消費税込)。
※高校生以下及び18歳未満,65歳以上,障害者手帳をお持ちの方(付添者は原則1名まで)は無料。 - ≪企画展≫
展覧会により異なります。
各展覧会ページで御確認ください。 - ※企画展の観覧料で,観覧当日に限り所蔵作品展も御覧いただけます。